墜ちるのが怖いユアンは、ノロノロと地面すれすれの高さでひたすら低空飛行を続けていた。あまりにノロノロと進んでいた為に、シルヴァラントに付いた頃には夜が明けてしまっていた。これではいくらなんでも飛ぶ意味がないような気がするのだが、ユアン自身は満足しているようだった。
「フッフッフッ。このぐらいの高さなら怖くないし、墜ちても痛くないだろう。最初からこのようにすればよかった。私ってあったまいい〜〜!!」
 そんな風に自画自賛しながら飛んでいたユアンは、ふと妙な考えにとらわれた。
「しかし不思議だな。どうして飛ぶときには皆、両手を前に出すのだろう?このようにだらりと下げていてもよかろうに。代わりに足を上げてもいいよな・・・だが、これはちと疲れるな・・・。体を丸めて飛ぶとか?・・・駄目だ。これも疲れる・・・クロールのように掻きながら進んだり、平泳ぎのようにするとか・・・ふむ、これはわりといけるな。」
 とか言いながら、空中でバタバタと始めるユアン。
 そんなユアンと、散歩中の親子連れがすれ違った。子供は虫取り網を持っている。
「パパ〜、ママ〜。今すれ違ったのなあに?羽が生えて浮いていたよね。」
「知らん振りしていなさい。最近は物騒だから変なのには近付かんほうがいいんだ。」
「あれも虫?きれいな羽だし、チョウチョかなにかかな?捕まえたらみんなびっくりするよね?」
「こわ〜い害虫かもしれないわよ。今見た事は忘れなさい。」
「がいちゅう?」
「マーくんを、“かゆい、かゆい”にしちゃう蚊とかの事よ。もしかしたらモンスターかもしれないわ。それにあんな大きいの、マーくんの網じゃ捕まえられないわよ。」
「やってみる!!」
 網を構えて走り出す子供。
「やめなさい!!危ないぞ!!」
「蚊なんて平気だよ。“どこ○もベー○”をもってるもん!」
 さて、ユアンの方はといえば、新泳法・・・ではなく新飛行法の研究に夢中になっており、子供が駆け寄ってくるのに気付かなかった。
 宙に浮いてバタバタとやっているユアンのそばにやってきた子供は、ユアンの頭めがけて網を振り下ろしたのだった。
「グエ!?」
「パパ〜、ママ〜、見て見て捕まえたよ〜」
「なにさらすんじゃ、このクソガキがっ!!」
 網を振り払い子供を睨み付けるユアン。
「あ、蚊がしゃべった!でも怖くなんてないぞ。ぼくにはこれがあるんだからな!!」
 子供は、“ど○でも○ープ”を水戸黄門の印籠のように突き出した。
「誰が蚊だ、誰が!!私にこんなもんが効いてたまるか!なんて失礼なガキなんだ!」
 子供の頭をぽかりとするユアン。さすが四大天使。子供とて容赦はしない。
「ウワ〜〜ン、虫がぼくを苛めるよお!!」

(虫じゃないっちゅーに・・・)

「マーくん、血を吸われないうちにこっちにいらっしゃい!」
 子供を抱き寄せる母親。父親は二人を庇うように前に出ると必死になってユアンに頭を下げた。その顔は恐怖に引き攣っている。
「す、す、すみませんでした。蚊のモンスター様とは知らず大変失礼な事を。子供のしたことですのでどうかお許しを・・・」
 パパとママは、ユアンにひたすら頭を下げながら、ごねる子供を引きずるようにして去って行く。
「ママ〜、宿題の標本にあれをのせたかったのになあ。」
「振り向いちゃだめよ!それにあんな大きな蚊のモンスターなんて標本にしたって学校へ持っていけないでしょ。」

「だから蚊ではないと言っているのに。しかもモンスターだと?全く親子揃って失礼な奴らだ。この私のどこを見ればモンスターなんかに見えるというのだ!」
 ユアンは、しばらくの間、親子が去って行った方を見ながらプンプンとしていたが、すぐにハッと我に返った。
「おっと、いけない。こんな所でぼやいている暇はなかったのだった。先を急がねば。」
 気を取り直して、再び飛び始める。
「詰まらん事で時間を食ってしまった。ちょっと高度が低すぎたのかな?また一般人に邪魔をされてはかなわないからな。もう少し高い所を飛んだ方が良さそうだ。怖い事は怖いのだが、イセリアの森はもうすぐだ。ここからなら少し高度を上げても我慢できるだろう。」
 覚悟を決めて高度を上げたユアンであったが、やっぱり怖い。
「ん!?・・・そうだ、いい事を思いついたぞ。下を向いているから怖いのだ。背泳スタイルで飛べば下を見ずに済むではないか。」
 私って天才!とか言いながら仰向けになるユアン。
 しかしそれでは前が全く見えない。高所に対する恐怖の所為か、ユアンはそのことをすっかり忘れていた。
 案の定、ユアンは前からやってきたレアバードに気付かずにはね飛ばされてしまったのだった。
 「あ〜れ〜〜〜」という声と共に彼方へと消えて行くユアン。乗っていたのは、なんとゼロスであった。
「今なにかにぶつかったような・・・気のせいかね?この高さを、しかも空を飛んでる人間なんているはずないもんな。でも、ちょっとユアンに似ていたような気も・・・ま、いいか。」
 ゼロスは肩をすくめると、鼻歌を歌いながら飛び去って行ったのだった。



 たった今ゼロスとすれ違ったとは露知らず、ユアンは、ある家の前まで飛ばされてしまっていた。そのままの勢いでドアを突き破ってしまい中へと転がり込む。
「くっそおおお〜!いずれにせよ私は墜落する運命の星の元に生まれてしまったのだろうか!だが、ここは一体どこなのだ?見覚えがあるような気もするが。」
 腰をさすりながら起き上りキョロキョロと見回していると、
「おい、なんて事してくれるんでえ!ドアが壊れちまったじゃねえか!他人の家に入る時はせめてドアを開けて入って欲しいもんだな。」
「ん!?お前はダイク?・・・・・・では、ここはダイクの家なのか!!」
 ラッキーッと喜ぶユアン。ダイクは目を丸くした。
「なんでえ、ユアンさんじゃねえか。」
「ドアの事はすまなかった。修理費用はクラトスにつけておいてくれ。」
「クラトスさん?だってクラトスさんは遠くへ行っちまったんじゃねえのかい?」
「いや逝ってはいないぞ。まだ生きている。」
 首を傾げるダイク。
「誰も死んだなんて言っちゃあいねえんだがな・・・」
「まあ、色々とあってな。それはおいおい話すとして・・・。ときに、ここにゼロスが訪ねては来なかったか?」
「ゼロスさんならさっきロイドを訪ねて来たぜ。だが、あの馬鹿息子、どこをほっつき歩いているのか未だ帰ってこねえんだ。そう言ったら、すぐに帰っちまいましたがね。」
「帰った?ううむ。一足遅かったか。しかし、あいつとすれ違った覚えはないのだがな?やはり、ちょうどよくこの家に飛ばされたとはいえ、あの交通事故はまずかったかもしれんな。」
「交通事故に遭ったんですかい?そりゃまた大変でしたねえ。」
「その反動でお前の家のドアを壊してしまったというわけだ。ああ、そうだ、一応言っておくが、ロイドの事なら心配はいらんぞ。ちょっと急用があってな、旅に出た。」
「そうですかい。いや、別に心配はしてねえんだが。あいつはああ見えて結構しっかりしていやがるし。」

 もう一人の父親とは偉い違いだな・・・放任主義ってやつか?
 やはりクラトスの奴は、ロイドに対して過保護すぎるのだ。
 戻ったら、息子に構うのも程々にしろ、と忠告してやらねばな。

 ユアンがそんな事をぼんやりと考えていると、ダイクがユアンの格好をジロジロと眺めながら訳のわからない事を言ってきた。
「お?ユアンさんもバンダナをするようになったのかい?ゼロスさんの向こうを張って白いバンダナときたかい。いや〜お洒落だねえ。よく似合ってんぜ。」

(バンダナ?そんなものはしてないのだが・・・)

 首を傾げながら額に手をやったユアン。その手が額の包帯にさわった。
 ゼロス邸で額の傷の手当てをしてもらった時に、メイドが巻いてくれたものだった。
 もしかしてこの事を言っているのか?

「・・・これは、バンダナではない。包帯だ。ちょっと怪我をしたものでな。(てか、普通バンダナと包帯を間違えたりしないだろう?)」
「ほう、違ったんですかい。ロイドの奴に額に巻いてる布がバンダナだって教えられたもんでね。」
「まあ、これも布には違いないがな・・・」
「するってえと、包帯の別名がバンダナって言うんですかい?」
「だから、包帯はバンダナではないと言っているだろうが!(わからんオヤジだな!)」

(どうもこのオヤジと話していると調子が狂っていかん。ここは早々に退散したほうが無難だな。)

「で、ゼロスは家に帰ったのだな?」
「へい、ユアンさんが来る少し前の事でしたね。」
「奴からエクスフィアを預かっていないだろうな?」
「エクスフィア?・・・いいや、預かってねえな。」
「分かった。少々急ぎの用事があるものでな、これで失礼する。邪魔をしたな。」
 外へ走り出て行き、飛び立とうとしたユアン。
 羽を広げ、すーっと数メートルほど浮かび上がった所で、背後からダイクの間延びした声が聞こえてきた。
「そういやあ、寄り道して行くって言ってたなあ。」
 ユアンは再び墜落した。
「そう言う事は早く言わんか!!」
「今思い出したもんで・・・すみませんね。」
「どこに行くと言っていた?」
「ええと、確か、しいなちゃんトコへ行ってから城に顔を出して、そのあとアルテスタさんの所にも行くとか言ってやしたねえ。それから・・・」

(えらくいろんなところに寄り道するのだな・・・)

「とにかく最初はしいなの所だな!?」
「へい。」
「分かった。邪魔したな。」
 今度こそ空へと舞い上がるユアン。
「気を付けるんだぜ〜〜〜!!」
 手を振るダイクに見送られ、飛び去って行く。



 「くっそ〜〜〜!一体、いつになったら輝石が手に入るのだ!?・・・神子め、大事な物を持ったままウロウロするとはけしからん奴だ。」
 ブツブツと文句をいいながら飛び続ける事一時間ちょっと・・・。今回はかなりのスピードを出して飛んだ為、割と早くミズホに到着した。
 もう、高い所が怖いなどと言っている場合ではなくなって来たユアンであった。
 やれやれと村へと舞い降りたユアンであったが、そんな彼を、今度は無数の手裏剣が襲ってきた。
「おのれ、曲者!!」
「うお〜〜〜?な、な、なんなのだ!!」
「羽など生やしやがって、見るからに怪しい奴!さては貴様、クルシスの生き残りだな!!」
「ん、まあ、生き残りといやあ、生き残りではあるな・・・・・」
「やはりそうであったか!覚悟しろ!!」
 再び無数の手裏剣がユアンを襲う。
「ま、待て!違う、違うんだ。私はただ・・・痛いっ、痛いったら・・・止めろ!・・・止めろと言っているだろうが!・・・・ウオッ!?・・・ケ、ケ、ケツに刺さったああああ!!」

「うるさいねえ!なんの騒ぎだい!!」

 表の騒ぎに気付いたしいながようやく家の中から姿を現した。
 すると、大勢の若い衆が一人の男を取り囲んでいるではないか。
「怪しい奴を捕えました。どうやらクルシスの生き残りのようなのです。」
「クルシスだって!?」
 中を覗き込んだしいなは、そこに、尻に手をやり蹲っているユアンを発見し、目を丸くした。
「ユアンじゃないかい!!」
「た、たすけてくれ〜〜」
 ユアンは涙を浮かべながら、そう繰り返し叫んでいたのであった。

 数分後、ユアンは頭領の家へと運び込まれ、しいなに手当をしてもらっていた。
「ゼロスなら少し前に来たけどねえ。でも、もう帰ったよ。城に行くとか言っていたね。」
 ユアンはただ溜息をついた。
「ところで、あんた無事だったんだね。いきなり消えちまったから心配してたんだ。」
「まあ、色々とあってな・・・」
「ふ〜ん。で?ゼロスに何の用なんだい?」
「あいつは、テセアラベースからクルシスの輝石を持ち出したのだ。詳しい理由を話している時間はないのだが、とにかく早急にあれが必要になったのでな。それでやつを追いかけている。断わっておくが別にストーキングしているわけではないからな。」

(別にわざわざ断らなくたってそんな事一言も言ってないんだけどね・・・)

「ところで、しいな。その・・・なんだな・・・女性に尻を手当されるのはどうも・・・」
「文句を言うんじゃないよ。他にはあんたの汚いケツなんかを手当しようなんて奴、いないんだから仕方ないだろ。」
「・・・・・・・」
「ほら、終わったよ!」
 バシッと尻を引っ叩くしいな。ユアンは悲鳴を上げ飛びはねた。
「く〜〜〜〜〜」
 必死に痛みを堪えるユアンを、しいなは容赦なく怒鳴りつけた。
「何、ぐずぐずしてるんだい!急いでるんだろ?ほれ、行くよ!」
「えっ!?」
「手伝ってやるよ。あんたには結構助けられたからね。理由はあとで話してくれりゃいいからさ。」
「しいな〜〜〜!有難う!!」
 ユアンはしいなに抱きついた。当然のごとく、直ぐに突き飛ばされる。
「調子にのるんじゃないよ!さっさと立ちな!早くしないとゼロスに追い付けないよ!」
 ユアンはしいなに引きずられるようにミズホを後にしたのだった。

 心強い助っ人を得る事が出来たユアン。輝石を取り戻す為、再び空へと舞い上がるのであった。
 次なる目的地はメルトキオ。
 頑張れユアン!クラトスを助けられるのはお前しかいないのだ!!


−いつまでつづくの?−