「えっ!?別の世界?」
 ユアンの説明にゼロスは目を丸くした。
 ゼロス、しいな、コレットの三人は、ユウマシ湖に行くと言うユアンに付いてきていた。その道すがら、ユアンは三人に今回の事を詳しく説明したのだった。
「信じられないかもしれんが本当なのだ。」
「……そこで天使様は新しい敵と戦っているって訳か。だったら放っておけないよ。俺様も一緒に行く。」
 ゼロスの言葉に、しいなとコレットも頷いてユアンを見た。
 しかしユアンは静かに首を横に振ったのだった。
「!…どうしてだよ!?だって、クラトスが危ないんだろっ!?」
「そうだよ。仲間がピンチだっていうのに、指をくわえて見ていろって言うのかい!?」
「クラトスさんは私達を助けてくれました。だから今度は私達が助ける番です。」
「…クラトスもお前達の気持はとても嬉しいと思うはずだ。だが、それでもあいつはお前達が来る事を望みはしないだろう。お前達だってあいつがそう言う奴だって事はよく分かっているはずだろう?あいつは私やロイドを巻き込んでしまった事だけでも重荷に思っているんだ。その上お前達まで加わってみろ。あいつを余計に苦しめるだけだ。」
「確かに天使様ならそう思うかもしれない……でも…」
「大丈夫だ。クラトスは死なせない。その為に私はこっちに戻ってきたのだから…だからお前達は私を信じて待っていて欲しい。あいつは私が必ず連れて帰ってくる。」
 ゼロスは溜息をついた。
「分かったよ。俺達は待っている事にする。その代り絶対に連れて帰って来いよ。ドジ踏んだりしたら許さねえからな。」
「私はドジなど踏んだ事はない!」
 ゼロスの言葉に胸を張って答えるユアン。
「………まあ、敢えて何にも言わないけどね。」
 ゼロスはそんなユアンに肩をすくめてみせたのだった。

 そんなやり取りをやっている内に、一行はユウマシ湖に辿り着いた。
「ここがそのワープポイントなのかい?以前来た時と何も変わってないけどね…まあ、ユニコーンが住んでいたぐらいなんだから、何が起きたって不思議はないけどさ。」
「フッフッフッ。まあ見ていなさい。」
 ユアンは、キョロキョロとあたりを見回すしいなに自慢気な笑いを浮かべると、懐からペンライトのようなものを取り出した。
「これは風の神が、しっかり者の私を信用して授けてくれた魔法のアイテムだ。驚くなよ。これをこうして掲げると…」
 それを高々と掲げるユアン。
 しかし何も起こらない。
「ん?おかしいな…」
 首を傾げながらもう一度試してみるがやはり何も起こらない。その他の三人は顔を見合わせた。
「こんなはずはないのだが……くっそおおお!!…エ〜イッ!トォ〜〜ッ!!ドリャアアアアッ!!シュワッ!!」
 ユアンはさまざまな掛け声をあげながら、何度もペンライトらしきものを振り回すのだが、一向に何も起きる気配はない。
「…ところでしっかり者のユアンさんは一体何をしているわけ?」
「それは何かの儀式なのかい?それとも準備運動?」
「盆踊りじゃないですあ〜?」
 ユアンはゼーゼーと肩で息をしながら、充血した目を三人へ向けた。
「…いや、その……ゲートが開かない…」

「「「はい!?」」」

 三人の見事に揃った疑問形の声に、ユアンは思わずたじたじとなる。
「こうすればこの鍵の力でワープゲートが開くはずなのに何度やっても駄目なのだ……どうしよう?」
「どうしようって……あんたしっかり者なんだろ。なんとかしろよ!」
「そんな事言われたっていかに天才と呼ばれた私とて出来る事と出来ない事がある。風の神が、今は状況が状況だから、もしかしたら開かない可能性があるような事を言っていたのだが、まさか本当にそうなるとは思わなかった。別のポイントを探し出すしかないようだ。」
「そんなもん、どうやって探すんだよ!?」
「問題はそこなのだ。どうしたらいいかね?」
「知るかよ、そんな事!俺に聞くなってーのっ!!」
「オリジンを呼び出そうか?オリジンだったら見付けだせるんじゃないかい?」
 しいなの提案に、ユアンは目を伏せた。
「……言い忘れていたが、あいつも今留守なのだ。」
「へ?」
「あいつも今、向こうの世界に行っている。」
「じゃ、じゃあ、一体どうする気だい。うちの情報網もこればっかりは役に立ちそうにないし…」
「まさに猫の手も借りたい気分だ……そうだ!ねこにんに探してもらおうか?」
「その言葉の使い方、ちょっと今の状況と違うんじゃないの?てか、あいつらじゃもっと役に立たないでしょうが。」
「しかしこのままではクラトスが……ああ、どうしよう、どうしよう、どうしよおおおおおお!!!」
「あんたってホント決断力ないんだね。よくそれでレネゲードを統率できてたもんだよ。」
 しいなとゼロスは溜息をついた。
 だが、このままユアンを責め続けた所でどうしようもない。早くユアンをあっちの世界に送らなければ、クラトスの命が危ないのだ。二人は頼りないユアンに変わって必死に考えを巡らせた。
 とその時、今まで黙って皆のやり取りを見ていたコレットが、
「あのさ〜、ユアンさんが前に向こうの世界に引き込まれた場所ってマナの木の所だって言っていたよね?だったらもう一度あそこから行く事はできないのかなあ〜?」
 ユアンはハッとしてコレットを見た。

 そうだ、そうだった…。その事をすっかり忘れていた。
 確かにあそこはこのユウマシ湖同様、聖なる気に満ちている場所だ。
 あそこならもしかしたら…
 しかしこの女、単なる馬鹿だとばかり思っていたが、どうしてなかなか侮れん奴だ。

 ユアンはいきなり羽を広げると飛び立っていく。
「ちょっ、ユアン!?」
 ユアンのいきなりの行動に驚いたものの、他の三人も慌ててその後を追ったのだった。



 マナの木の丘に到着したユアンは、未だ小さなその木にゆっくりと歩み寄った。
「フ…。しばらく見ない内に、また少し大きくなったか?」
 温かい微笑みを浮かべ優しく語りかけると、再び懐からゲートの鍵を取り出すとそれをギュッと握りしめ目を閉じた。その後ろでは、追いかけてきた三人が、そんなユアンを固唾を呑んで見守っている。
 ここはユアンにとって、いつだって始まりの場所だった。四千年前にミトス達と旅立つ決意をしたのもここであったし、今回クラトスを助ける為に風の神によってグランディアの世界に呼び込まれたのもここだった。そして今もまた、彼はここから旅立とうとしている。

 もしここも駄目だったら?

 そんな不安がふとユアンの頭を過った。今回はクラトスの命がかかっている。自分が戻れなければ、それはクラトスの死につながってしまうのだ。そうなったら己の力の無さを嘆くだけでは済まない。そう考えると、だんだんと緊張してきてしまった。

 しっかりしろ!今までだってこのような状況は何度も乗り越えてきたはずではないか。
 命の危険にさらされた事だって数知れない。その度に仲間と力を合わせて乗り越えてきたのではないか。
 そう、仲間と共に……

 そこまで考えて、ユアンは愕然とした。
 そう、今まではいつだって仲間が傍にいた。助け合いながらなんとか乗り越えてくる事ができた……だが、今はどうだ?ミトスも、マーテルも、クラトスも、ボータも、誰もいないではないか。私は今、たった一人なのだ。
「あ…」
 ユアンはガクリと膝を落とすと、途端に震え出した。
「ユアン?」
 ユアンは顔をあげてゼロス達を見た。その顔は恐怖に歪んでいた。
「…駄目だ。失敗した時の事を考えたら怖くて何もできなくなってしまった……ハハ…ハハハ…」
 ユアンはヒステリックに笑い出した。
「情けない……クラトスに私を信じて待っていろと言ったのに…必ず戻ると約束してきたのに。お前達の言う通りだ。私は一人では何も出来ない。自分がこんなにも情けない男だとは思わなかった。」
 すると、半分泣き出しそうになりながら笑い続けるユアンに、コレットが堪らず叫んだのだった。
「そんな事ないですっ!」
「コレット?」
「だって、ユアンさんは輝石を取りに戻って来たじゃないですか。たった一人で命がけでクラトスさんの為に戻ってきたじゃないですか。」
「そうだぜ。失敗を恐れるなんてあんたらしくない。今までもここぞという場面で散々失敗してきたけど、それでもいつだってあんたはあっけらかんとしてたじゃねえか。」
「し、失礼な奴だな!私はあれでも結構傷ついていたんだぞ!」
 ムキになって言い返してきたユアンを見て、ゼロスはニヤリと笑った。
「それにさ、あんたは今一人だって言ったけど、そうじゃないだろ。それじゃあ、俺やコレット、しいなはどうしてここに一緒にいるわけ?」
「!!!」
「そうだよ。これで失敗したって別のポイントを探せばいい事だろ?あたしたちが手伝うよ。精霊達に頼んでみたっていい。彼らならあたし達よりマナの流れに敏感だろうから見付けだせるかもしれない。まだここでやってみてもいないのに何をウジウジ悩んでるんだい!」
 ユアンはしばらくの間、驚いたように目を見開き三人を見詰めていたが、やがて肩の力を抜くとふっと息をついた。
「…まさかお前らに励まされるとはな…」
 苦笑を浮かべながらそう言うと、再び鍵を握りしめマナの木を見詰めた。

 そうだった…私は一人ではなかった。こんなにも力強い仲間がいたじゃないか。何も恐れる事などなかったのだ。
 落ち付けユアン。今更慌てた所で何にもならんだろう?
 マーテル、力を貸してくれ。私は、クラトスを助けたいんだ!

「いくぞ!!」
 掛け声と共にユアンは、鍵を高々と掲げた。
 丘の上を一陣の風が吹き抜けて行った。
 祈るように鍵を掲げているユアンと、それを見守っている三人。
 しかし、何も起こる様子はなかった。
「……やはり、駄目だったのか?」
 ところが、諦めかけたユアンが悲しげな呟きをもらしたその時、突如マナの木から眩しい位の光が発せられたのだった。
 眩しさに目を細めていたユアンは、その光の中に信じられないものを認めた。
「まさか……マーテルにミトス?」
 果たしてそれは、マーテルとミトスだった。彼等の影は揺らぎながらも力強い光を湛えた瞳で真っ直ぐとユアンを見詰めていた。

 “私達の力で、なんとかここにゲートを開きます。だから諦めないで、ユアン。”
 “行って、クラトスを助けてあげてよ。今それができるのはユアンしかいないんだ。そうでしょ?”

 二人の声が聞こえてくると同時に、ユアンの目の前にポッカリと穴が現れてきた。
「マーテル…ミトス…」
 呆然と見上げるユアンに、二人の影は静かに微笑みかけていた。

 “信じているわ、ユアン。あなたならきっとクラトスを助けられる。だからあなたも自分を信じて。”
 “クラトスに会ったら伝えて欲しいんだ。僕が謝っていたと…そしてこれからは僕たちの分まで幸せになって欲しいと願ってるって。もちろん君の幸せも願っているよ、ユアン。”

 ユアンは目を伏せ、持っている鍵を握りしめた。
 くじけそうになった自分が恥ずかしい。こんな情けない自分を見かねて二人は姿を現したのだろうか?
 未だ不完全なマナの木に宿っている二人の魂が、その姿を現すのは大変な事だっただろうに。
 すまない…マーテル、ミトス。

 ユアンは顔をあげて二人の影を見詰めた。
「有難う、マーテル、ミトス!安心しろ。クラトスは私が必ず助けるから。そしてミトス、お前の気持ちも必ずあいつに伝えるからな。」
 そして後ろに立って自分を見つめている三人に向かって力強く頷いて見せる。
「有難う、ゼロス、しいな、コレット。では行ってくる!…そうそう、部下たちにもこの事は伝えておいてくれ。あとゴミの分別はきちんとするようにともな。」
 ユアンは、そう叫んで穴の中へとその身を躍らると、そのまま閉じて行く闇と共に姿を消したのだった。

「…どうでもいいけど、ゴミの分別って何よ?」
「さあ?」
「伝えてくれって言うんだから伝えておけばいいんじゃない〜?」
 首を傾げる三人に、マーテルの影がクスリと笑った。
“ユアンは相変わらずね。こんな時にも几帳面さを失わない…ああ、なんてス・テ・キな人なのかしら!”
“姉さま、あれはただの偏執狂だよ。ステキでもなんでもない。いい加減目を覚ましなよ。”

 二つの影の不毛な遣り取りに目を丸くする三人。

 この人達、ホントにあの古代英雄だったわけ?

 三人は、こんな連中と付き合っていたクラトスの偉大さを改めてかみしめながら、ユアンの消えて行った場所を再度見詰めたのだった。
 その目は一様にこう物語っていた。

 頼むから無事に帰って来てくれよ、クラトス。ユアンの相手はあんたしかできないんだから…




 その頃、穴へと消えたユアンは、時空の狭間の中を直走っていた。
 ユアンがいる光の道は、向こうに小さく見えているグランディアへの出口へと真っ直ぐに続いており、また狭間の荒れ狂う時空の嵐からその身を守ってくれていた。このままあの出口へ向かって走っていけば無事に戻る事が出来るはずであった。
 ところが、あと少しで出口だという所まで辿り着いたその時、いきなり辺りが大きく揺れ始めたのだった。
「えっ?な、何だ、何が起きた!?」
 あまりの衝撃に蹲るようにしていたユアンは、目の前の光の道が消えて行くのを見て目を見開いた。
「う、嘘だろう!?……うわあああああああ!!」
 次の瞬間、ユアンの体は時空の嵐の中へと投げ出されていた。咄嗟にバリアを張ったものの、その荒れ狂った波は否応なしにユアンの体を傷つけ、揉みくちゃにしながら、目的の出口から引き離し始めたのだった。
「違う、こっちじゃない!私が行きたいのはあの光の方なんだ!!」
 しかしどんなに叫んでも、この物凄い力に逆らう事は出来ず、どんどんと出口の光は遠ざかって行く。
「……駄目だ……ここまでか…」
 次第に意識が薄らいでいく中、ユアンの脳裏にクラトスの顔が浮かんで来た。
 あの時のクラトスの顔は、ユアン達を巻き込んでしまった事への後悔の念に満ちており、そして大きすぎる自分の運命に全てを諦めてしまったかのように、悲しみに歪んでいた。

 ユアンはキッとして顔を上げた。その背に天使の翼が広がる。

 “諦めないで、ユアン。信じているわ。あなたならきっとクラトスを助けられる。だからあなたも自分を信じて。”
 “クラトスを助けてあげてよ。今それができるのはユアンしかいないんだ。”

 そうだとも!今クラトスを助けられるのは私しかいないんだ。
 諦めない…絶対に諦めない!

「負けるものかあああああ!!」
 ユアンは荒れ狂う時空の波の中を、出口に向かって必死に泳ぎ始めた。
 こんな所で新しく生み出した新飛行法(?)が役に立つとは思わなかった。
 何度も押し戻されながらも、ユアンはひたすら出口に向かって泳ぎ続けた。激しい嵐は、ユアンの服を切り刻み、その体さえもバラバラにしようとしてくる。それでもユアンの瞳から光が消える事はなかった。やっとの思いで手に入れてきた輝石を傷つけぬように胸に押し抱きながら、空いているもう一方の腕でひたすら時空の波を掻き続けた。ここが踏ん張りどころだ。男ユアンが試される時!

 私はここに来るまで多くの人に助けられてきた。皆がお前を助けたいと願って私に力を貸してくれたのだ。
 クラトス、お前の為なら、誰もが惜しみなく力を貸してくれる。皆がお前の無事を願っている。
 どうしてだか分かるか?
 それはお前が今まで何の見返りも求めず無償で人の為にその身を捧げてきたからなんだ。
 そんなお前だからこそ、皆もお前を助けようとしてくれる。ゼロス達も、ミトスやマーテルも…。
 いい加減に気付け、クラトス。お前は皆に愛されているんだよ。
 私だって諦めないぞ。手助けしてくれた皆の、お前への思いを伝える為にも必ず戻ってみせる。
 だからお前も諦めるんじゃない。もうこれ以上自分自身を傷つけるのは止めるんだ!

「しかし、この流れに逆流し続けるのは辛いものがあるな。年寄りの身にはちと応える。いつになったらあの出口に辿り着く事ができるんだ?」
 ぼやきながら泳ぎ続ける事数分…とその時、ユアンの目の前に光が舞い降りてきたのだった。
『また随分とボロボロになったもんだな…』
「え…オリジン?」
 信じられないという様子のユアンに、オリジンはニヤリと笑うと手を差し伸べてきた。
 ユアンは迷いもなくその手を握り返す。
「地獄に仏とはこの事か!……ああ、頑張った甲斐があった。」
 思わず涙ぐむユアン。
『感動にむせている時間はない。とにかくここを脱出するぞ。』
 その言葉と同時に二人の体が光に包まれ、それは猛スピードで出口へと向かって行ったのだった。

 「ん?…着いたのか?」
 気付くとユアンは大地の上に立っていた。キョロキョロと見回していたユアンは、その視線を傍らに立つオリジンへと向けた。
「さっき、時間がないと言っていたな。あれはどういう意味だ?」
『エビルとの決着が付いた。だが、クラトスの様子がおかしいのだ。』
「そうか、決着が付いたか……しかしクラトスの様子がおかしいとは?まさか死んじまった訳じゃないだろうな!?」
 思わず輝石の入った箱を握りしめるユアン。

 間に合わなかった?そんな馬鹿な!

『いや、死んではいないようだ。どんな状態かは自分の目で確認したほうが早いだろう。』
 ユアンは頷いてセネリアに向かって走り出そうとした。
『待て。そっちではない。彼等は今ローネリー村にいる。その奥にあるマナの木へとクラトスを運んだようだ。』
「マナの木?こっちにもあったのか?」
『詳しくは道々話す事として、今は急いだ方がいい。クラトスの負担を軽くする意味でも早く輝石を交換するに越した事はないからな。』
「……分かった。」
 こうしてやっとの事でグランディアに戻って来たユアンは、輝石を手に、クラトスの元へと向かったのであった。

 今いくぞ、クラトス!そして一緒に帰ろう。皆が待っている元の世界へ。

 ユアンは直走った。
 皆の願いがこもった輝石を握りしめながら……。



−石を訪ねて三千里 完−