1.老人ダイナス


 クラトスが意識を取り戻したのは、どこかの家のベッドの中だった。
「ここは・・・何処だ・・・?」
 全身が鉛のように重い。起き上がろうとしたとたん激痛がはしった。
「くっ!!!」
 包帯が巻かれた胸に手をやり、痛みに耐える。
 するとそこへ、老人が部屋に入ってきて慌ててクラトスに駆け寄った。
「まだ起きてはいかんよ。せっかく塞いだ傷口がまた開いてしまう。」
 老人の手を借りてクラトスは再びベッドに横たわった。
「ここは・・・何処です?私は一体・・・」
「ここはサバーブ村という所じゃよ。世界の端っこにある小さな村じゃ。3日前じゃったかな。近くの山へ山菜を採りに行った時酷い怪我を負って倒れているお前さんを見つけたんじゃ。」
「・・・サバーブ村?」
 老人は洗面器に浸したタオルを絞るとクラトスの額にのせた。
「こんな辺鄙(へんぴ)な所に何しにきたのかね。お前さん、剣士さんかい?立派な剣を持っていたが・・・」
 ベッドのそばに立てかけてあった剣を手に取るとクラトスに見せた。
「ここに置いてあるから安心しなさい。」
 そして再び元の場所へと戻した。
「剣士様だとすると、光子(こうし)さまの護衛に向かう途中に迷ったのかね。」
「こうしさま?護衛?」
「なんじゃ、違うのかね。光子(こうし)さまを知らんとは頭でも打ったかね。」
 老人は心配そうにクラトスを覗き込んだ。
「・・・ここは、テセアラでもシルヴァラントでもないのですね?・・・」
「なんじゃそれは。地名かね?あんた、本当に大丈夫かね?」
「申し訳ありません。少し混乱しているようだ・・・。申し遅れました。私はクラトス・アウリオンという者です。危ない所を助けてくださり有難うございました。」
「いや、いや、けが人を見たら助けるのは当然じゃて。わしはダイナスというけちなじじいじゃよ。ここはわしの家じゃから遠慮のう休んでいかれるがよい。もう一眠りしたらどうじゃ?少しは落ち着くじゃろうて。」
「・・・ええ、そうさせて頂きます。」
「スープでも作っておくよ。なんも食べんのも体によくないからな。」
 ダイナスはにっこりと笑うと静かに部屋を出て行った。

 老人を見送ると、クラトスはため息をついた。

 何が何だかさっぱり分からない。
 一体自分に何が起こったというのか・・・

 クラトスは目を伏せた。
「じたばたしても始まらんか・・・」

今は怪我を治すのが先決だ。
考えるのはそれからでも遅くはない。
どちらにせよ、この体では動けぬからな。

 腹をくくると、クラトスはもう一眠りするために目を閉じたのだった。





 結局、クラトスが起き上がれるようになったのは、それから5日後の事だった。ダイナスによれば、それでも驚くべき回復力だという。
 クラトスが発見された時、彼はほとんど瀕死の状態で、助かるかどうかも危ぶまれた程だった。
 彼にとって運が良かったのは、早くに見つけられた事と、ダイナスが回復魔法を使えたという事だった。
 老人は初級の回復術しか使えなかったが、何度もかけ続けてくれたのだった。
「あの日は本当は山菜採りに出かけるつもりはなかったのじゃよ。わしの気まぐれもたまには役に立つのう。」
と、老人は笑って言ったものだ。

 そう、全ては偶然だった。偶然が良き方へと重なり、クラトスの命を繋ぎとめたのだった。

 クラトスは助けてもらったせめてもの礼に、薪割りをする事を申し出た。
 ダイナスはそんな事は気にせずともいいと言ったのだがクラトスの気持ちがそれをよしとはしなかった。それで毎日薪割りをこなしている。体力を回復させるには少しずつでも体を動かした方がいいと、クラトスは思っていた。

「やあ、クラトスさん、せいがでるねぇ。あんまり無理すんじゃねえよ。」
 家の前を通りかかった村人が声をかけてきた。
「あとで採れたての野菜を持ってくるから食べてくんな。おらの野菜は体に良いからねぇ。」
「いつもすみません。」
「いいってことよ。あんたにはこの間、うちの畑を荒らすモンスターを退治してもらったからね。そのお礼も兼ねてんだからさ。」

 村の人たちは何処の誰かも分からないクラトスをすんなりと受け入れ、親切にしてくれていた。
 それで、クラトスはたまに村の中に入ってくるモンスターを退治したりもしている。
 村の人々の穏やかな気性のせいもあるだろうが、何よりダイナスの存在が大きいことをクラトスは感じていた。

 ダイナスはかなりの魔術を扱う事が出来、その上知識も豊富な人物であった。村人達は皆ダイナスを頼り、敬っている。
何か問題が起きると必ずダイナスの元へ相談に来る。いわば村の長老的な立場にあるのだった。

 クラトスは不思議に思い、一度尋ねた事があった。
「貴方ほどの方がなぜこのような小さな村に引っ込んでいるのですか。貴方ほどの知識があれば中央でいくらでも活躍できるでしょうに。」
 老人は笑って答えた。
「わしは生来怠け者でな。それに城というもんはどうも好かん。あんな自分の出世のことしか頭にない連中と共に働こうとは思わんよ。こんな年寄りの言う事など誰一人として耳を傾ける者などおらぬ。」

 その時のダイナスの口調にはかすかな自嘲がまじっていた事にクラトスは気が付いた。それで、それ以上その事に触れるのをためらったのだった。

 この数日の間に、クラトスはダイナスという人物に信頼をおくようになっていた。

 今の自分の置かれた状況を打開するにはダイナスの知恵を借りるしかないのかもしれない。
 なにより自分はこの世界の事を何一つ知らぬのだ。これからどうするにせよ、この地の事を良く知っておくに越した事はない。
 だが、果たして自分の突拍子もない話を信じてくれるものかどうか・・・

 クラトスは苦笑した。

 物事を悪い方へ、悪い方へと考えてしまうのは私の悪い癖だ。ロイドにも、そして昔にはアンナにもよく言われた事だった。

 ここはロイド風に『当たって砕けろ』でいくしかないか。

 クラトスは決意をかためると、ダイナスに全てを話すために家の中に入っていったのだった。


−老人ダイナス 終−