5.王都グランディア



 この世界は、一つの大きな大陸と、その周りに点在する島々で成り立っていた。
 大陸のほぼ中心に王都が位置し、そこから放射線状にいくつもの街や村が広がっている。
 小高い丘の上に建てられた王都は、自然それらを見下ろす形となり、王家の権威の象徴とも見て取れた。
 島の特産物は一度、二箇所に設けられた港へと集められ、そこから、陸路を使い王都へと治められる。
 この世界の構造からなるものなのか、海路は二つの港町を除きあまり発展は見られず、その代わり王都へと続く陸路は完璧に整備されていた。その事からもこの世界の王家のもつ力の大きさがどれほどのものか容易に判断できた。

 クラトス達は、数日かけて王都へと到着したのだが、その間訪れた街や村に比べ、この王都グランディアの盛況ぶりには目を見張るものがあった。
 まず、驚いたのは、その人の多さであった。他の街や村には人があまりおらず、暗い雰囲気をただよわせていたのに、ここには、溢れんばかりの人々が集まり活気をおびている。そして、街には物が豊富に売買されており、今世界が危機にあるなどとは微塵も感じられなかった。
「ここに居れば安全じゃと皆思っておるのじゃよ。」
 むっつりと黙り込んでしまったクラトスに苦笑して、ダイナスが言った。
「ここは、堅固な城壁に囲まれておるからモンスターに襲われる心配はほとんどない。万一、入り込んできたとしても城の兵士達や、王族達が助けてくれると思っているんじゃ。」
「・・・・・」
「まあ、まあ。お主の気持ちも分かるが、今は調査の方が先決じゃろう?機嫌を直して図書館に行こうではないか。」
 ダイナスはクラトスの手をとると、人ごみを掻き分け図書館へと向かった。


 図書館は王立大学の構内の一角にあった。さすがにこの辺りに来ると、行き交う人は学生や研究者ばかりで、さきほどの賑わいが嘘のように粛々とした雰囲気がただよっていた。

「ここには各地の伝承を扱った書物も集められておる。その中にお主が元の世界へ戻る方法が記されているかもしれん。」

 二人は手分けして膨大な量の書物を読みあさったが、それらしき文献を見つけることは出来なかった。
 それどころか、歪められた歴史がつづられた書物が平然と置かれている事に驚く。
 しかし、こんな物なのかもしれない、とクラトスは思った。
 彼らにとってはここに書かれている歴史こそが真実の歴史なのだ。たとえそれが時の権力者によって歪められたものだとしても、幼き頃からそのように教え込まれてくればその事に疑問を持つ事もないだろう。自分達、クルシスもそのようにしてマーテル教を広めたのだ。

「ところで、この世界に時空を操るような術は存在するのでしょうか?」
「うむ・・・聞いたことがないのう。そもそもこの世界の魔術は生活に密着したものがほとんどじゃ。普通に生活しておればモンスターと戦う事もないし、ましてや、時空を操る必要などないからな。だから、一般の者は下級の魔術しか使えぬのじゃ。そんな必要はないからな。それは王家の者とて同じじゃ。高い魔力をもっていようが、ほとんど使う事などない。」
「つまり、可能性があるとすればエビル・・・ですか。」
「うむ、そういう事になるかの・・・。だが、奴がクラトス殿を呼び寄せて何になる?そんな事をしても意味をもたぬじゃろう。代替の肉体にしても、奴と同じ性質を持つ光子(こうし)しか同化する事が出来ぬはずじゃ。」

 同じ性質の体?つまり、体内のマナが同じ、もしくは似ているということか?

 クラトスの頭の中にマーテルと神子の関係が浮かぶ。

 しかし、自分がエビルと同質のマナを持っているとは思えぬが・・・。

 この世界にもマナはある。しかしそれは、自分が居た世界とは違う性質のものだ。その事は、この世界で意識が戻った時に一番最初に感じたことだった。
 かと言って、この世界に来て魔法が使えなくなった訳ではない。異質の物とはいえマナには違いないのだ。
 だが、もともと魔術を得意としていないクラトスにとってはマナを紡げるようになるまで少々時間を要したが・・・。

 マナの存在の根本が違っているのだ。異質の物であって当然だ。一つはマナの木から発せられるもの、もう一つはこの地に降り立った神と呼ばれるものが与えたもの。
 その違う性質のマナを有する二つの世界に、別々に存在していた者のマナが同質であろうはずがない。

 だが、もしも・・・・

 クラトスの脳裏にある仮説が浮かんだ。しかし、すぐに頭を振りそれを打ち消した。

 そんな事があるはずがない。思い過ごしだ。


「どうしたね?」
 一人考えに沈んでいるクラトスに、ダイナスが心配そうに声をかけてきた。
 クラトスはハッとして現実に引き戻される。
「すみません。ちょっと考え事をしていたものですから。」
「ここで分からぬとすると、奥の手を使うしかないかのう。」
「奥の手?」
「王宮の中に古文書を収めた部屋がある。そこで調べるんじゃよ。あそこの書物には手が加えられておらん。何か分かるはずじゃ。」
「しかし、城の中には一般の者は入れぬのでは?」
「だから、奥の手なんじゃよ。あんまり使いたくはないが致し方あるまい。善は急げじゃ。いくぞ!」

 ダイナスはクラトスの腕を掴むとぐいぐいと引っ張るように王宮へ向かったのだった。





 ダイナスは城門を警護している兵士と顔見知りらしく、案外すんなりと中へ入る事が出来た。しかも機密ともいえる古文書の置いてある部屋にも顔パスで通ってしまったのだった。思わず理由を尋ねようとしたクラトスであったが、ダイナスのいかなる質問も拒絶するような表情に言葉を飲み込んだ。

 二人は早速、古文書を手当たりしだいに調べ始めた。
 しばらくして、書物を捲るクラトスの手がはたと止まった。それに気付いたダイナスが覗き込んでくる。
 それは、昔に起きたある事件が書かれていた。ある村に居た一人の女性が消えてしまったという事件だった。その女性は夫を事故で失い、忘れ形見である乳飲み子を一人で育てていたという。それが、その乳飲み子を残したまま失踪してしまったのだ。

「ローネリー村か・・・北方にあった小さな村じゃな。しかし、そのような失踪事件など当時は日常茶飯事じゃったろう。これは、昔の新聞記事を写し取ったものらしいの。それほど重要なものとも思えんが、なぜ王宮に保管されておるのだろうか。詳しい年代も書かれておらんが・・・エビルの事件以前のことかのう。」
 ダイナスはそこでクラトスのただならぬ様子に気付いた。クラトスの目はその記事に釘付けになり、かすかに震えていたのだ。
「クラトス殿?」
「・・・北方の村と言うと、この村は次元の門の近くなのですか?」
「まあ、近いと言えば近いが・・・だが、次元の門に行くには海を渡っていかねばならん。女一人で行ける場所ではないし、第一、乳飲み子を残してそんな所に行くはずがなかろう。」
「次元の門の影響で、近くに時空の歪が出来ていたとしたら?」
「・・・・・・」
「申し訳ありません。今は理由を言えないのですが、当時の事を詳しく知りたいのです。しかし、当時の人間が今生きているはずはないし、知っている人はもういないでしょうね・・・・」
「いや、そういう事にやけに詳しいじじいを知っておるよ。わしの友人でな。セントールという村の長老じゃ。奴が知っているという保障はないが行ってみるかね。」
「よろしいでしょうか。」
「わしはおぬしを助けると言って付いてきたんじゃ。あんたが調べたいというのならわしはどこにでも行くつもりじゃよ。」
 ダイナスはにっこりと笑って言った。


 こうして、クラトスとダイナスは王都グランディアをあとにし、セントールに向かったのだった。


−王都グランディア  終−