12.アンナの涙とクラトスの決意
神殿から出てきた二人は、とりあえずそのままイグネウスへ向かった。火の神が目覚めているのなら早いとこその力を受け取った方がいいとのアンナの提案によるものだった。
どうせ、火の神に会う事ができるのはこの二人だけなのだ。ならばこのまま向かった方が時間の短縮にもなる。スルースに残っているみんなにはそのあとに報告すればいい、というのがアンナの考えだった。
イグネウスでブラントから火の神殿というものがあると聞き、二人は休む間もなくそこに向け旅立った。神殿は火山の近くに存在するという。だがそこに行くには砂漠の中を何日か歩き続けなくてはならない。水の神殿で水の神が二人に回復魔法はかけてくれていた。そのおかげで傷口は塞がっていたものの完治した訳ではなく、砂漠を歩き続ける旅はけっこうこたえるものがあった。そんな中、結構大きなオアシスを見付け、二人は今日はここでキャンプをはって体を休める事にしたのであった。
ずっと無言のまま、何か考え込むように木陰に座っているクラトスを見てアンナは明るい声で言った。
「聖剣かぁ〜。何かすごいもん貰っちゃったね。でもこれでだいぶ前進できたのかな。打倒エビルが私の念願だから。」
そしてくすりと笑うと、
「前に貴方に、“運良く私は今回光子として覚醒する事ができた”って言ったわよね。でもね、あれ本当は運良くって訳じゃないの。だって私が光子になるって事は子供の頃から決まっていたようなものだったから。」
クラトスは伏せていた目を上げアンナを見た。
「私は小さい頃から他の人とは違っていたの。魔法が使えなかったのは他の村人達と同じだった。ただ私には普通の人には見える筈のない、この大地を漂っている下級精霊の姿が見えていたのよ。だから他の人が光子になるなんてありえなかった。私がなるんだろうなって自分でも薄々感じていた事なのよ。
村の人達はそんな私を気味悪がって近づこうとはしなかったわ。私の話し相手といったら、私を育ててくれた養父母と、お隣のストレイだけだった。ストレイって、ちょっと間が抜けているけどやたら正義感が強くて優しいのよ。よく苛められている私をかばってくれた。養父母も私を本当の娘のように愛してくれていた。だから村人の冷たい視線も気にならなかったわ。
そんなある日、村がモンスターに襲われたの。その時養父母が私を逃がすために犠牲になってしまった。目の前で、あの優しい養父母が殺されるのを見た時、私は誓ったわ。今回の光子には多分私がなるだろう。でも私はエビルの生贄になんかならない。私の手でこんな悲しい歴史に終止符をうってやるってね。だから私は剣術を習い始めたの。
旅を続けるうちに、自分の力なんてまだまだエビルには敵わないのかも、って思いはじめていたけれど、この剣を授かった事で、何とかなるかなって少しだけ希望が見えた気がしたわ。私達には神様という強い味方もついているしね。」
アンナはニッコリと笑った。
「とにかく今夜はゆっくり休んで、明日はこのまま火の神殿へ向かいましょう。貴方の怪我、酷かったものね。傷口は塞がってもまだ治りきっていないでしょう。今夜は私が火の番をするから、クラトスは明日に備えてゆっくり眠って。」
その日の夜更け、火の番をしていたアンナは足を忍ばせながらクラトスに近づいた。そして音を立てぬように覗き込んだ。
やはり、水竜の戦いは彼に相当負担を強いたのであろう。疲れからかぐっすりと眠っているようだった。
「ごめんなさい、クラトス。貴方を巻き込んでしまって。でも貴方がいなかったら私は死んでいたでしょうね。」
アンナは囁きながら、クラトスを起こさぬようにそっと彼の髪の毛に手を触れた。
「さっきはあんな事言ったけど、私、本当は凄く怖いの。光子になんてなりたくはなかった…」
静かに閉じられたアンナの目から涙が零れ落ちた。
「怖くてたまらない…ううん、自分が死ぬ事が怖いんじゃない。また自分の所為で愛する人を失ってしまうんじゃないかって。もうあんな思いはしたくない。貴方を死なせたくないの。光子としてではなく、一人の普通の女性として貴方に出会いたかった。そうすれば貴方に辛い思いをさせる事もなかったでしょうに。貴方がこの旅を続けるか否か迷っている事は分ってる。この旅を続ける事で、貴方はきっと今以上の苦しみを味わう事になるのでしょう?そんなの私は耐えられない。」
アンナはクラトスの額に口づけをした。再び彼女の頬に涙が伝う。
「馬鹿。何で涙なんか出るのよ。どうしても止まらない。」
乱暴に涙を拭き取り、無理やり笑顔を浮かべた。
「愛してるわ。貴方が大好き。だから、ここからは私一人で行くわ。勝手な事してごめんなさい。でも、これ以上貴方に辛い思いをさせたくはないから…。貴方に出会えてよかった。短い間だったけど、こんなにも愛せる人に出会う事ができて幸せでした。今まで有難う。貴方が無事に元の世界に戻れるよう祈っています。さようなら、クラトス。」
アンナはもう一度口づけを落とすと立ち上がり、夜の闇の中へと消えて行った。
アンナの姿が見えなくなると眠っていたはずのクラトスがゆっくりと起き上った。アンナが立ち去った方をじっと見つめる。
強い女性だと思っていた。自分の信念に基づいて進むことのできる芯の強い女性だと…
だが、何と言っても彼女はまだ20歳になるかならぬかという若さなのだ。その若い一人の女性に全てを背負わせ知らぬ顔をしているこの世界の人間に酷く腹立たしさを覚えた。
だが、それは自分も同じではないか?
この世界の人間ではない事を盾に取り、自分一人苦しみから逃げ出そうとした。
「アンナ…私もだ。私もお前を愛している。」
そうだユアン。お前が言った通りだ。私はこの自分の気持ちに気付きながらも気付いていない振りをしてきた。
“アンナ”のように再び失ってしまうのが怖かったから。
だが、それでどうなったというのだ。
目を逸らし続けたとてなんにもなりはしない。
クラトスは自分の頬に触れた。彼女が流した涙がここに落ちてきた。いつも気丈に明るく振る舞ってきた彼女の初めて流した涙…。
クラトスは頬に触れた手をぎゅっと握りしめた。
失うのが怖いのなら、そうならぬようにすればいい。
私は今ここで誓おう。
アンナ、お前の事は私が命を賭けて守り抜くと。
クラトスは決意を秘めた顔を上げると、アンナの後を追って走り出したのだった。
その頃、アンナは火の神殿に辿り着いていた。
やはり火の神は目覚めており、入ってきたアンナの前にその姿を現した。
ごうごうと燃え上がる炎を身に纏った巨大なその姿を目にし、アンナは思わず身を竦めた。
「あのぉ〜聖剣にお力を授けて頂きたいんですけどぉ〜」
恐る恐る剣を差し出しながら震える声でお願いする。火の神はそんなアンナを鋭い目で睨み付けた。
アンナはビクリとして後退った。
「そ、そんな怖い目で睨まなくても…」
『もう一人はどうした?』
「へ?」
『光の神が選びし者は二人いたはずだ。』
「あ、ああ。その事でしたらもう一人はちょっと都合がつかなくて…今回は私一人でって事で…」
『駄目だ!』
「え?」
『二人揃わねば意味はない。力を授ける事はできん!』
アンナはカチンときた。
「このけちんぼ!別に一人だって構わないじゃないのよ。私達だって忙しいのよ。御託並べてないでさっさと力授けなさいよ!」
『駄目だと言ったら駄目だ!授けて欲しければもう一人を連れて来い!!』
火の神は神殿中に響き渡るような大声で怒鳴りつけた。纏っている炎が勢いよく燃え上がる。
火の神の貫録に気押されながらも言い返すアンナ。
「こ、こっちだって駄目なもんは駄目なのよ。あんた達の代わりにエビルを討ってやるんだから少しぐらい大目に見なさいよ。」
するとその時である。アンナの背後から静かな声が聞こえてきたのだった。
「火の神よ。もう一人はここにいる。」
アンナが振り向くと、そこには置いてきたはずのクラトスが立っていたのである。
−アンナの涙とクラトスの決意 終−