13.誓い


『ほう、お前がクラトスか。』
 火の神はゆっくりと歩み寄ってくるクラトスを見て目を細めた。
 クラトスは火の神の目の前で立ち止まり見上げた。
 すると火の神は突然に拳をクラトスに向かって振り下ろしてきた。

「きゃああああ!!!」

 思いもよらない火の神の行動にアンナは悲鳴を上げ目を閉じた。しかし何の音も聞こえてこないので恐る恐る目をあける。
 火の神の拳はクラトスに達する寸前で止められていた。クラトスは臆する様子もなく先程の位置に立ったまま無表情に火の神を見上げていた。
『エビルを恐れ逃げ出したと思ったのだがな。ここに来たという事は別の世界の人間であるにも関わらず奴と戦う覚悟を決めたという事か?この世界の為に命をかけるとでも?ふん、胸くそが悪くなるようなご立派な正義感だな。やはりあの女の息子だな。正義だ何だなど偉そうに振りかざしてくる所がそっくりだ。』
 火の神の挑発的な言葉に、クラトスはフッ…と笑いを浮かべた。
「貴方は私の母を快く思っていないようだが、それは私も同じだ。貴方が私の母をどんなに悪く言おうが私は何とも思わない。それに…あいにく私は薄っぺらい正義感など持ち合わせていなくてな。運命だとかそういうものは全く信じてはいない。この世界が滅びてしまおうが私にはどうでもいい事だし、あなた方神と呼ばれている者の期待に応えるつもりもない。私がここへ来た理由は一つだけ。ただ一人の人を守り抜きたいと思った…それだけだ。」

『……』

 クラトスの目にはもう迷いはなかった。決意のこもった瞳でまっすぐに火の神を見詰めてきている。

『フン。全くその強い意志をひめた瞳といい腹が立つほどあの女に似ている。だが面白い。これからお前達がどのようにして己が運命を切り開いていくのか見届けたくなったわ。いいだろう。力を授けてやろう。』

 火の神の言葉と同時に赤い光が二つ降りてきて二つの聖剣に吸い込まれていった。

『見せてもらおう、お前の決意を。だが、エビルの力を侮るな。その聖剣をもってしても勝てる保証はできぬ。奴の力は、この世界への憎しみはそれだけ強いのだ。最後はお前達二人の意志の強さにかかっている。何があっても諦めぬことだ。さあ、行くがよい。選ばれし戦士達よ。』





 神殿を出てきた二人は、その場に立ち止まった。クラトスは神殿を仰ぎ見て、そしてその視線をアンナへと移した。

「何で?何で来たの…?この世界が滅びようが関係ないって、巻き込まれて迷惑だって…水の神の前でも貴方はそう言った。私も貴方をこれ以上巻き込むのは嫌だった。だから一人で来たのに…それなのに何故?」
「お前はこの世界が滅びてしまう事を望んではいまい?この聖剣に最後の望みをかけてこの世界を救いたいと思っている。私はお前の最後の希望を絶ってしまいたくはなかったのだ。言っただろう?守るべきものを守り抜きたいのだと。」
「…それは…どういう意味なの…?」

 クラトスは無言で腰の剣を抜くと、何かの儀式のように剣を振った。 そしてその刃に口づけした後、跪きアンナにその剣を捧げた。

「私は今まで3回、この剣を捧げ誓いをたてた。1度目は祖国の王に。2度目はミトスに。3度目は妻の“アンナ”に。そして、3回ともその誓いは果たされず守り切る事が出来なかった。私はそんな頼りない騎士だ。だが、これが最後の誓いだ。今度こそ私は私の全てを賭けて、アンナ、お前を守り抜く事をここに誓う。」

 クラトスは真剣な目でアンナを見上げた。
 アンナは目を見開き言葉もなく立ち尽くしている。

「愛している。守りたいと思った。だからここへお前を追ってやって来た。神の為でも、この世界の為でもない。お前だけの為に。お前の望む事にこの命を、私の全てを捧げるために。もし、お前がこんな私の誓いでも受け入れてくれるならばこの剣をとり、刃に口づけしてくれ。それで誓いは成立する。だが頼りない私の誓いなど受けられぬというなら遠慮せずに突き返してくれて構わない。例えそうなったとしてもお前を恨む事もないし、私の思いが変わる事もない。」

 立ち尽くしているアンナの目から涙が零れおちた。
 震える手でクラトスから剣を受け取ると刃に口づけをして彼の手に返した。
「でも…いいの?私と一緒に行く事で貴方は辛い思いをする事になるかもしれない…」
 クラトスは立ち上がると、受け取った剣を先程と同じように何かを描くように振り、再び刃に口づけした後腰の鞘に戻した。
「…お前は自分の過去を私に話してくれたな。辛く悲しい、恐らく誰にも話したくはなかっただろうお前の子供の頃の話を…。だから、今度は私が話をする番だ。誰にも話すつもりはなかった。だが、お前には話しておいた方がいいのかもしれん。いや、話さねばいけないのだと思った…聞いてくれるか?」
 アンナは黙って頷いた。
 アンナの同意を見たクラトスは目を伏せ静かに話し始めた。
「私の母は、私が赤ん坊の頃に私を捨て何処かへと姿を消した。私は父の妹である叔母夫婦に育てられたのだ。その叔母もある日、私を庇って命を落とした。その日を境に全てが狂いだした。私も、そして叔父も…。私がいなければ叔母は逃げる事が出来ただろうし、叔母の死のショックで叔父が狂う事もなかった。全ては私に起因しているのだ。ある人が私は大きな運命を負っていると告げた。私の中に流れる血が平穏な人生を送る事を許さないだろうと。」
 クラトスは悲しげにアンナを見て微笑んだ。
「可笑しいだろう。その人は私の未来は生れた時から決まっていたと言うのだ。そんな事を誰が信じられるというのだ?だが、その言葉の通り、私はそれから常に激流の中に身を置く事になり、訪れるのは決まって大きな分かれ道ばかりだった。その道の選択も私は誤ってばかりだった。私は運命という言葉が嫌いだ。そんな一言で何でも片付けてしまいたがる人間も好きにはなれない。そして、いつも周りの者をも巻き込んで流され続けるしかない自分が一番嫌いだった。それと同時にそんな私を生み落としたまま姿を消してしまった母を恨んだ。だが恨むだけで、私は母を探そうとはしなかった。もし会ってしまったら自分を制御できる自信がなかったのだ。だから避け続けてきた。それなのに…」
 クラトスは俯き拳をきつく握り締めた。

「いるのね…お母さまは生きているのでしょう?しかもこの世界にいる。」

 アンナの言葉にクラトスは驚き目を見開いた。そして自嘲の笑みを浮かべる。
「そうだな…お前が気づいてしまったとて不思議はない。そう、この旅を続ければ恐らく私は母に会う事になるだろう。お前の事や母の事など色々な事が重なって、私は耐えきれなくなり逃げ出そうとした。だが、そんな恐怖感よりお前への思いの方が強い事に気がついた。ここで逃げ出したら私は一生後悔する事になるだろう。そんな事はしたくなかった。だから私は、お前と共に行く道を選んだ。もしかしたら今回も選択を誤っているのかもしれない。それでもいい。どんな事よりもまず、私はお前から離れたくはなかったのだ。」
「会うべきだわ。」
「アンナ?」
「貴方はお母さまに会うべきよ。会って貴方が抱え込んでいる全てをぶつけてやればいいわ。その時貴方がどんなに取乱そうと私が支えてあげる。」
 アンナはニッコリと笑った。
「貴方は私に騎士の誓いをたててくれた。だから今度は私が貴方に誓うわ。私は私の全てを賭けて貴方を支え続けます。この先どんな事が待ち受けているか分からない。でも、二人一緒なら…お互いに支え合いながら進んで行けば何だって乗り越えて行ける。ね、そうは思わない?」

 笑顔を浮かべたまま自分を見上げてくるアンナを見て、クラトスは目を丸くした。そしてフッ…と笑いをもらす。
「全く、お前にはかなわないな。二人一緒ならか…そうだな、そうかもしれないな。」


 本当に不思議な女性だとクラトスは思う。
 彼女の明るさとあの笑顔は、どんなに汚れきったものでも浄化してしまう力を持つ。
 彼女と出会う事が自分の運命だったというのなら、私はそれを受け入れよう。そして、この笑顔が消えぬように守っていく事を私の使命としよう。
 この先どのような結末が待っていようとも私は後悔はしない。


 今まさにもつれ合った運命の糸は解れ始めていた。
 そしてそれと同時に止まっていた “時” がゆっくりと動き始めたのだった。


−誓い 終−