4.犬と猿?
イグネウスをあとにした5人は次の目的地である水の聖地スルースを目指していた。
砂漠を抜けるとそこには草原が広がっていた。爽やかに吹き抜ける風が砂漠の暑さに疲労した体を癒してくれる。
スルースは大陸の東に位置しており、北西にあるイグネウスからだとこの大陸を突っ切っていくことになる。はるか前方に山が見えているが、スルースに行くにはその山を越え、その先にある森を抜けなければならない。
ここから北に向かえば風の聖地セネリアがある。距離的にはそちらの方が近いのだが、そこは次元の門に最も近い聖地であるためモンスターも強い。それで遠回りではあるがスルースへ先に行くことにしたのであった。
時たま現れるモンスターを倒しながら5人は山を目指し進んでいたが、しばらくしてしんがりを務めているクラトスにアンナが近づいてきた。彼女はクラトスと並ぶと彼を見上げ睨みつけた。
「なんで一緒に来る気になったのよ。私のような小娘の言う事は聞けなくても長老様の言う事なら聞くって訳?」
「フッ…小娘という事は自覚しているようだな。」
「なっ、なんですって〜!!べ、別にかさに着るつもりはないけど私は光子(こうし)よ。ただの小娘じゃないわ!あなたも私の護衛として付いてきているのならそれなりの態度で接してほしいものね。」
「私は共に行くとは言ったがお前の家来になるとは言っていない。どちらにせよ、私は四神の地を回るつもりだった。目的地が同じなら同道した方がいいと考えただけだ。あまり自惚れぬ事だな。」
「!!あなったってホントにやな奴ね!」
「よく言われる。」
しらっとした顔で言うクラトスにアンナは完全に頭に血がのぼった。
「あんたみたいな態度のでかい男、はじめて見るわ。」
「そうか?よほど、ちやほやされてきたのだな。」
「き―――――っ!むかつく!あんたみたいな嫌味な男、だいっきらいよ!!」
「それは良かった。私もお前のような、はねっかえりは好かぬ。」
「なんですって!?はねっかえりで悪かったわね。」
「また始まった…」
ストレイが言い争っている二人をみて溜息をついた。
ここに来る間、一行は何度かモンスターと戦闘をしたのだが、その時も二人はぶつかっていた。小剣を手に前衛に飛び出そうとするアンナをクラトスが引き戻す。そこまではいい。だがやり方が悪かった。クラトスは猫を扱うように彼女の襟首を掴むと後ろに放ったのである。『邪魔だ!』という言葉付きで。
この扱われ方に、あのアンナが黙っている訳がない。すぐにモンスターそっちのけで言い争いになった。酷い時などアンナはモンスターではなくクラトスに切りかかっていた。もちろんクラトスは難なく避けていたが。
それを目撃したストレイは、女のヒステリーほど怖いものはないと思ったものである。
「ああいうのを猫鼠の仲というんだよな。」
ストレイが呟いた言葉を、やはり二人の争いを眺めていたユアンが聞きとがめた。
「それを言うなら『犬猿の仲』だろう…猫と鼠では猫の一方的な片想いになってしまう。」
「じゃあ、犬と猿って仲悪いのか?」
「いや、実際のところは分らんが昔から言われているのだ。恐らくそうなのだろう。」
「ふぅーん。そうなんだ。」
先頭を歩いていたダイナスは、後ろで繰り広げられている光景に頭をかかえた。
最後尾にいる二人はなにやら喧嘩しているし、その前にいる二人は喧嘩している二人を肴に漫才を始めている。
ここは自分がしっかりとパーティの手綱を引き締めねばなるまい。
ダイナスはこの先、この連中をまとめていかなくてはならない自分の立場に酷く疲れを覚えるのであった。
そんな間もクラトスとアンナの言い争いは続いていた。
「大体あなた、戦闘の時、口を出してくるのやめてくれない?煩くてしょうがないわ。」
「ストレイと私が前衛で敵を抑え、ユアンが中衛で援護。ダイナス殿とお前が後衛で術でサポートする。それが最良の戦法だと考えた上での事だ。お前は前衛向きではない。」
「馬鹿にしないでよ。これでも剣術の腕はそこらの男には負けてないつもりよ。女だからって甘く見ないで!」
「私はお前を女だからと見下しているつもりはない。パワーが劣る代わりにお前にはスピードがある。それを生かすには後ろに位置していた方がいいと思っているだけだ。どうしても武器で戦いたいのなら、前衛ではなく少なくとも中衛にいる事だな。お前に前でうろちょろされると、はっきり言って邪魔だ。」
「じゃ、邪魔ってなによ!だったらそういう風にちゃんと説明してくれればいいじゃない。」
「普段のお前を見ている限り、他人の忠告に素直に従うとは思えぬがな。きちんとした扱いを受けたいなら、何よりお前自身その高慢な態度を改める事だ。」
「生憎私はあなたみたいな男にペコペコする趣味はないの。あなた本当に何様のつもりなの。偉そうに人に指図ばかりして司令官にでもなったつもり?大体あなたって他人に対して冷酷よね。友達少ないでしょ?恋人もいないんじゃないの。」
そこまで言ったアンナは以前の事を思い出し、にんまりとした。
「ねえ、あなた、私と同名の“アンナ”って知り合いがいるでしょ。」
「!!」
「初めて会った時そう呟いていたものね。私と間違えるほど似ているのかしら。その人あなたの恋人?どんな人なの?」
「…何故そんな事を聞く。」
「だって私に似ているんでしょう?気になるじゃない。あなたもしかして私とその人を比べているんじゃないの?きっとそのアンナさんって私とは正反対のタイプなのね。だからあなたは私のする事が気に食わないんでしょう。ねえ、どんな人なのよ。教えてよ。」
「……」
「ふ〜ん。話したくないわけ?もしかして捨てられちゃったとか?そうよね。あなたみたいな冷血人間を好きになる女性なんているわけないもんね。」
アンナはそう言うとけらけらと笑った。
「おい、いい加減にしろ!!それ以上言うと許さんぞ!!」
アンナ、という言葉を聞きつけユアンが口を挟んできた。
続けて文句を言おうとしたその時、
「…その通りかもしれんな…」
後ろでクラトスが呟く声が聞こえ、ユアンは振り向いてクラトスを見た。
「おい…クラトス?」
「結局私はアンナに捨てられたのかもしれない…私にとって最も残酷な言葉を残していなくなってしまったのだから…」
アンナは今まで目にしたことのないクラトスの表情に押し黙ってしまった。
「アンナ。お前の言った通り、私は彼女にそっくりなお前に会ってから気付かぬうちに二人を比べていたのかもしれん。ならば、お前の怒りも尤もだ。彼女とお前は違う人間なのだからな。比べられていい気はしないだろう。これからは気をつける事にする。すまなかったな。」
クラトスはアンナに頭を下げ詫びると、ダイナス達の方へ行ってしまった。
それを見送ったユアンはまだ怒りが収まらぬ様子でアンナを睨みつけ、
「人には誰でも触れられたくない心の傷がある。些細な喧嘩ならまだいい。だが、その心の傷に触れた瞬間にそれはただの喧嘩ではなくなるのだ。だがお前は何も知らないのだから仕方がないのかもしれん。クラトスへの無礼も許そう。だからおまえは“アンナ”の事は忘れろ。そして、二度とクラトスに“アンナ”の事を言うんじゃないぞ。再び同じ様な事でクラトスを傷つけてみろ。私は絶対にお前を許さんからな!」
抑えてはいるが凄みのある声でそう言った。
「あの人と“アンナ”さんの間に何があったっていうのよ。」
「忘れろと言ったはずだ。忘れる事に対して一々説明する必要はない。」
ユアンは吐き捨てるようにそう言うと踵を返し、先を行くクラトス達の後を追い歩き出す。
残されたアンナは呆然としていたが、
「…な、なによ。たかが女一人に振られたのをからかったぐらいで、あんな大騒ぎする事ないじゃないの。態度でかいくせに女々しいんだから。」
と一人毒づき、彼女も前の連中の後を追い歩き始めた。歩きながら先を行くクラトスの背中をじっと見つめた。
先程のクラトスの顔が自然に浮かんでくる。
あの深い悲しみに満ちた表情。
いくら振り払おうとしても振り払えないそれは、アンナの心にしっかりと焼き付けられてしまったのであった。
−犬と猿? 終−