6.二人のアンナ
飛んできた魔物は、剣を構えているアンナを見て嘲笑った。
「どうした姉ちゃん、震えてるぜ。」
「!・・・あんた、モンスターのくせに人語が話せるの!?」
「くせに、とは御挨拶だな。脆弱な生き物の分際で、エビル様に命を授かった俺達崇高な種族を愚弄せんで欲しいな。」
「何が崇高な種族よ!ただの羽根の生えた獣じゃないの!!」
「フフ・・・生きのいい姉ちゃんだな。ちょっとばかり興味はあるがな・・・だが、今の俺の目当ては後ろの男だ。女子供は引っ込んでな。」
しかしアンナは動こうとはしなかった。
「邪魔だって言ってるのがわからねえか!てめえは隅っこで震えてりゃいいんだよ。」
「嫌よ!!あんたなんか彼の手を煩わせる必要ないわ。私一人で十分よ。」
「なら、てめえから片付けてやる!!」
魔物は大きく羽ばたくとアンナを足で鷲掴みにしようとした。アンナはそれを剣で防ぎ、そのまま脚に切りかかった。
しかし、
「くっ!!固い!?」
剣は弾かれ、アンナはバランスを崩してしまう。
「はっはっはっは!俺の脚を切ろうなんて百年早いんだよ。」
魔物は笑いながら今度は嘴で攻撃してきた。アンナは態勢を立て直し必死に剣で防いでいたが、魔物の攻撃は思ったより重たく、剣を持つ手が痺れてくる。魔物はそんなアンナの様子を見て楽しそうにいたぶってくる。そして、止めとばかりに大きく嘴をふりあげた。
もう、だめか・・・と思った瞬間、
ガシッ!!!
嘴がアンナの頭上に落ちる寸前それを受け止めた者がいた。
「クラトス!!」
いつの間にかアンナの前に回り込んできていたクラトスだった。クラトスは受け止めた嘴を押し返すとそのまま剣を振り切り魔物をすっ飛ばした。
「お前は下がっていろ。あいつの目当ては私だ。」
クラトスはそう言うと、空中で羽を広げて再びこちらへ向かってくる魔物に対峙した。
「無茶よ、クラトス!!」
アンナは叫ぶが、すでに戦闘は始ってしまっていた。
クラトスの動きが鈍い。後ろで見ていて彼がかなり無理をしているのが分かる。クラトスの負傷を知っている魔物は早いスピードで多彩な攻撃をしかけており、空中を自在に動きまわり動きの鈍っているクラトスを翻弄しつつ、彼の体力を徐々に削りながら自滅するのを待っているかのようだった。
アンナはすぐさま援護の術の詠唱を始める。その時である。
どし〜ん!!
「ぐへ!?」
アンナは目を見開いた。呆然と立ち尽くしているクラトスの前で、魔物が潰されている。その上には、どこから来たのだろうか、赤い服を着た少年が乗っかっている。ユアンやストレイ達の方からも魔物の潰される声が聞こえ、そちらを振り向くと、
ユアンの前には、何やら手の何本も生えている奇妙な人、ストレイの前には大きな犬、ダイナスの前にはリスみたいな生き物の群れが、それぞれ潰れた魔物の上に乗っかっていた。
「????」
赤い少年がハッとしたように上から飛び退くと、魔物に向かって「すみません、すみません」と謝り出した。そして、手のいっぱいある人に向かって怒鳴りつけた。
「人の上に落っこっちまったじゃんか!変な所に転送すんじゃねえよ!」
『仕方なかろう。この世界では我の力はほとんど振るう事が出来んのだ。それによく見ろ。こんな変な姿の人間がおるか?』
そこまで言った時、手のたくさん生えた人の隣で目を回していた大きな犬が目を覚ました。キョトキョトと辺りを見回していたが、自分がひいている魔物をみて驚愕して吠えまくった。
「ギャイ〜ン!!キャン、キャン!!」
犬は気味の悪いその物体を排除するために、大きな後ろ脚で蹴り飛ばした。こうして7匹のうちの2匹が空の彼方の星となったのであった。
次に犠牲になったのは手のいっぱいある人の下敷きになっている奴らだった。
「おい、何俺達の上に乗っかってやがる。とっととどきやがれ、くそじじい!!」
『!!・・・くそじじいだと!?我は精霊王なるぞ。愚弄するでない!!』
そう言って下の2匹を四本の手でつかむと放り投げたのだった。この2匹も空の彼方へと消えて行った。
赤い少年はそれらを眺めていたが、そういえばと自分が潰した“人”を覗き込んだ。
「ありゃ〜?こいつ、くちばしと羽があるぞ。変な奴だな。」
そこで初めて気がついたようにそばに呆然と立っているクラトスを見る。
「クラトス?クラトスだ〜!」
少年は嬉しそうにクラトスに飛びついた。そして彼の怪我に気付く。
「!!怪我してるじゃんか!そうか、この鳥野郎にやられたんだな。」
少年は残っている“鳥野郎”達を睨みつけた。
「・・・い・・・いや、ロイド・・・これはこいつらにやられた訳ではないのだが・・・」
クラトスがぼそぼそという言葉は少年には聞こえなかったようで、あとは鬼神と化したロイドの独壇場となった。
こうして、7匹の魔物達は、突然やってきた変な一団によって全て排除されたのであった。
「息子?・・・・・息子って何よ!?」
アンナは素っ頓狂な声を上げた。
ここはスルース。水の聖域である。あの後、アンナ達は変な一団と一緒にここまでやってきたのだった。負傷しているクラトスはノイシュ(道すがら変な一団はクラトスによって紹介された)に乗せてここまで運んできた。
クラトスは今手当を受けている為、この場にはいない。ユアンも彼に付き添っている。ストレイとダイナスは宿で休んでいる為、今この場にいるのは、ロイドとアンナ、そしてノイシュだけであった。
「息子っていうのは、男の子供のことだろう。そんな事も知らねえのか?」
ロイドはアンナにのんびりとした口調で答えた。
「・・・クラトス・・・結婚していたの?」
「あれ?聞いてなかったのか?」
「・・・奥さんって、もしかして“アンナ”さん?」
「うん、そうだけど。」
アンナは愕然とした。アンナは少し迷った末、ロイドに尋ねた。
「あなた、息子なら、“アンナ”さんの事詳しいわよね・・・どんな人なの?」
「なんでそんな事聞くんだ?」
「・・・ほら、私と同じ名前でしょ。それに・・・顔が似てるみたいだし・・・べ、別に変な意味はないのよ・・・ただ、少し気になって・・・」
「クラトスは・・・父さんは何て言ってるんだ?」
「あの人は何も言ってくれないわ。だから、あなたに聞いてるの。」
「・・・ごめん。だったら俺も何も言えないよ。クラトスが黙っている事を俺がペラペラ話す訳にはいかないよ。」
「どんな人か知りたいだけなのよ。少しだけでいいの。」
「・・・あんたが知った所でどうなる訳でもないだろう。それに・・・俺、母さんの事はあんまし覚えてないんだ。」
「覚えてない?」
「俺が小さい時に死んじまったから・・・」
「!!・・・う、嘘!な、なんで?病気で?」
「・・・みたいなもんかな・・・」
『もしかして捨てられちゃったとか?そうよね。あなたみたいな冷血人間を好きになる女性なんているわけないもんね。』
アンナの頭の中に以前クラトスに言った言葉が浮かんでくる。
し、死んだ?・・・そんな・・・そんな事・・・・それじゃ、私・・・あの人になんてひどい事を言ってしまったの・・・
アンナはどれ程の心の傷をクラトスに負わせてしまったのか初めて気付き、言葉を失い呆然としてしまうのだった。
「ここにはまだ守護竜は現れていないようだな。」
ユアンが窓の外を眺めながら言った。
「私の軽率な行動を責めないのか?」
クラトスの声にユアンは振り向いた。クラトスはベッドに腰掛け俯いていた。膝の上で組んだ手が微かに震えている。
「確かにお前にしては軽率だったな。」
ユアンはそれだけ言うと黙ってクラトスが話し始めるのを待った。
クラトスは自分の抱えている問題や悩みを他人に話す事はめったにない。自分の中に抱え込み自分自身で消化していくというのが常だった。それで解決できていればいいのだが、殆どの場合が消化しきれずに、ただその事に鍵をかけ胸の奥へ仕舞い込んでいるだけであった。
だが、いくら忘れようと努めてもそれは彼の中に存在し続けているのである。もし、何かが引き金となり心の鍵が壊れてしまったら、彼はどうなってしまうのだろう。今がその時なのだとユアンは思っていた。
今回引き金となったのは、アンナの出現であろう。クラトスが過去の“アンナ”と今のアンナの間で激しく揺れ動いているのをユアンは見てきた。そしてクラトスの中で芽生え始めているアンナへの思いにも気が付いていた。恐らくクラトスは、その生まれてきた感情が一体何であるのか分っていないのであろう。いや、分かっていても認めたくないのか・・・
いずれにしても答えはお前自身が出さなくてはならない。その為にもため込んでいるものを全て吐き出してしまえ。
ユアンはそのまま辛抱強く待ち続けた。そして、ようやくクラトスはぽつりぽつりと話しだしたのだった。
「・・・ユアン・・・私はどうしてしまったのだろうな・・・。アンナは妻の“アンナ”とは違う。名前と姿が似ているだけで、性格は全く正反対だ。その事が分かっている以上あのアンナと妻を重ねて見る事などありえないと思っていたのだ。
だが、あの時・・・アンナを庇ってこの怪我を負った時にやはり私は彼女の中に妻を見てしまっているのだと気付いた。そうしたら、急に恐ろしくなった。何が怖いのか分らない。ただ、このまま彼女のそばにいる事が耐えられなくなった。・・・ユアン、私はここで別れようと思う。これ以上彼女と共にいるのは良くない事のように思えてならないのだ。」
「それでどうするつもりなのだ?オリジンの話では、この世界ではエターナルソードはその力を十分に発揮できないという事だ。オリジンの力をおぎなえる“何か”を見つけない限り我々は元の世界に帰ることは出来ない。その“何か”を見つけ出すにしても我々はこの世界についてあまりにも知識がなさすぎる。彼女たちこの世界の人間の協力は不可欠だと思うがな。」
「しかし・・・」
「クラトス。お前は勘違いしている。お前は“アンナ”と彼女を重ねて見ている訳では決してない。その事は、お前自身とっくに気が付いているはずだ。その事実から目を逸らし続けている限り、例え彼女から離れたとしてもお前の今の状況は変わらぬと思うぞ。」
「・・・どういう意味だ?」
「それは、お前自身で見つけ出す事だ。その為にもお前は彼女から離れるべきではない。お前は自分の本当の気持ちを知ってしまうのが恐ろしいのではないか?お前が全ての答えを導き出せた時、お前の恐れも自然に消えていくだろう。私は出会いとはある意味運命的なものだと思っている。その出会いをいいものにするか悪いものにするかは本人次第だ。彼女はお前を大きく変えてくれる存在だと私は確信している。」
「・・・・・」
クラトスは俯き、黙り込んでしまった。
その時、ドアが控えめにノックされる音が聞こえた。ユアンがドアを開けるとロイドが立っていた。
「何だ。どうした?」
「スルースの長老様が皆に集まってくれって・・・」
「分った。すぐ行く。」
三人が長老の部屋へと行くと、もうすでに全員が揃っていた。アンナは入ってきたクラトスを見たがすぐに目を逸らせてしまう。クラトスもそんなアンナを見て目を伏せた。
そんな二人をちらりと見るとユアンが口を開いた。
「何かあったのですか?」
スルースの長老はルフィアという女性だった。長老と呼ぶには若い感じで、清楚な趣を備えている。
「ええ。実は私は先程まで水の神に祈りを捧げていたのですが、その時神からのお告げを聞いたのです。」
「お告げ?」
「そうです。これは今までになかった事なのですが、確かに頭の中に澄んだ女性の声が聞こえてきたのです。その声は、こう仰っておりました。
『今この地に訪れている光の子を神殿へと向かわせよ。そこで我はその者に聖なる証を授けるであろう』
神殿は東にある洞窟を抜けた所にあります。それで、光子様にそこへ赴いていただきたいのです。」
「聖なる証とはなんじゃろうな?」
ダイナスが首をかしげる。
「それは私にも分りません。ただ、このスルースには、世界が危機に陥る時必ずや水の神は目覚め運命の者に力と与えるとの言い伝えがあるのです。恐らくこの事ではないかと・・・」
「おお、それじゃあ、早く行ってその証って奴をもらってこようぜ!」
ロイドが張り切った声をあげるが、
「いいえ。皆様全員で行く事は許されません。水の神に選ばれし者しか神殿に入る事は出来ないのです。」
「光子様一人で行けって事ですか?そんなのあまりにも危険じゃないですか。だって、光子様はまだ守護竜の試練を受けていないんですよ。もし神殿でそいつに出会っちまったら大変じゃないですか!」
ストレイが抗議した。
「いいえ。一人ではありません。神は光子様とクラトスという方の二人でくるようにと仰っておりました。」
その場の全員がクラトスを見た。
クラトスは目を見開いている。
「貴方がクラトス様ですね。」
ルフィアはクラトスに歩み寄り微笑んだ。
「ええ、そうですが・・・何故私が?私はこの世界の者ではないのですが。」
「貴方を呼びに行っている間にダイナス様よりその事は伺いました。でも、神は確かに貴方を選んだのです。」
「待てよ!クラトスは怪我をしているんだぞ。そんな無茶させられないよ!!」
「いや、ロイド。体の方はもう大丈夫だ。ここへと来る間、アンナやダイナス殿が回復魔法をかけ続けてくれたのと、着いてからもすぐにスルースの医師の治療を受けた事で、戦闘にも支障がないくらいになれた。底をついていた魔力も休んだ事で回復しているし問題はないのだ。ないのだが・・・」
クラトスは目を伏せた。
ああ、まただ・・・じわじわと訳のわからない恐怖感が湧き上がってくる。彼女と二人きりになる事に、これ以上彼女に近づく事に、恐れを感じている。
何故だ?私は何を怖がっているのだ。
「もう、やめて!!」
アンナが突然に叫んだ。
「もういい。もういいのよ。これ以上私達の世界の事にクラトス達を巻き込む訳にはいかないわ。この世界を救う使命をもって光子に覚醒したのは私なんだから。私がやらなきゃいけない事なのよ。」
クラトスは顔をあげ、アンナを見詰めた。アンナはクラトスに歩み寄り、
「ごめんなさい、クラトス。ロイド君から“アンナ”さんがもうこの世にいないっていう事を聞いたの。知らなかったとはいえ、私は貴方を深く傷つけるような事を言ってしまった。もっと早く謝るべきだったけど、どうしても言い出せなかった。でも、やっと口に出す事ができたわ。」
静かな声でそう言うとクスリと笑った。
「これでスッキリした。もやもやした気持ちのまま行くのは嫌だったから。神殿には私が一人でいくわ。試練が待っているというのなら見事打ち勝ってみせる。だから安心して。」
「・・・お前は馬鹿か?」
「え?」
「そんな遺言のような言葉を残して、何が“安心して”だ。安心など出来るはずなかろう?それに水の神は私達二人で来るように言っているのだ。お前一人で行った所で神が受け入れるとは思えん。私も一緒に行こう。」
「クラトス!!」
アンナの顔が明るくなる。
これが最後だ・・・神殿に行くまでの間に私はお前に全てを話そうと思う。私が“アンナ”をこの手で殺した事を知ったらお前はどうするだろうな?
真実を知ったら恐らくお前は私を嫌悪するだろう。二度とそんな笑顔は見れなくなるだろうな。
だが、それでいい・・・
ユアンはああ言ったがやはり私達は共にいるべきではないのだ。
クラトスは神殿への旅を最後にアンナと別れる決意を固めたものの、同時にアンナの笑顔がもう見れなくなる事に対して一抹の寂しさを感じてしまっている自分に戸惑いを覚えるのであった。
−二人のアンナ 終−