10.戦士ストレイ


 セネリアを出たクラトス達は神殿を目指して進んでいた。神殿はセネリアの北にある為、当然一行は次元の門へ一層近付く事となる。進むにつれ魔物の出現率も高くなり戦闘を繰り返しながらの旅となっていた。
 アンナは、戦闘に突入する度にさりげなくストレイの動きを観察していた。村を出てくる時のダイナスの言葉が頭から離れなかったのである。アンナの目にもストレイは危なっかしく頼りなさげに映っていた。技の数が少ない上に荒削りで、繰り出してもヒットする事があまりない。そして何より隙だらけなのだ。ストレイのミスでパーティが危機に陥った事も数知れなかった。
 それを乗り越えてこれたのはひとえにクラトスのお陰であった。ストレイが技を繰り出すタイミングを外した時には、彼がさりげなくフォローして受けるダメージを最小限に抑えているし、隙が出来た時にも彼が魔物の攻撃を防ぎながらストレイの次の動きを細かく指示していた。
「あんたがクラトスのサポートをしなければならないのに、逆にサポートされててどうすんのよ。」
アンナはその光景を目にする度にそう言って毒づくのだが、それにしてもクラトスの凄さには舌を巻く。
 彼がストレイと組むのは初めてと言ってもいい。その初めての相手にこうも合わせる事ができるものなのか。まるで彼の頭の中ではストレイの動きが全て計算され尽くされていると言わんばかりの見事なコンビネーションであった。
 この神殿への旅の間、クラトスは休憩の度にストレイに剣術を指導してきた。戦闘後も悪かった点などを指摘し細かい動き方まで辛抱強く教え込んでいた。その甲斐あってか、滅茶苦茶だったストレイの剣も大分動きがまとまってきている。それでもストレイの剣がまだまだである事に違いはない。それなのに何故クラトスはユアンやロイドではなくストレイを選んだのだろう。ただでさえ魔物のレベルが格段に高いのだ。それらを相手にしながらなお、ストレイの動きの一つ一つを見て行く事などいかに彼とて相当の負担になっているはずだ。そうなると分り切っていたのに何故ストレイを連れてきたのだろう。
 アンナは、気付くといつの間にかクラトスに対して疑心暗鬼になっている自分に嫌気がさし、ポカリと頭を叩いた。
「え〜い、私らしくもない!いつまでもグダグダと考えてないで、はっきりと本人に問いただせば済む事じゃない。」
 そう結論付けたものの、その機会をなかなか掴めずにいた。



 そうこうしている内に一行の旅は残るところ四分の一という所まできてしまった。
「この先の山を越えればもう神殿が見えてきます。山と言ってもそれ程険しい訳ではありませんが道が入り組んで迷路のようになっています。魔物も当然出るでしょうし、もうすぐ日も暮れます。今日はここでキャンプする事にしましょう。」
 サラの助言でここで一夜を明かす事にした一行。よし、チャンスだとばかりにアンナはクラトスに話しかけようとするが、クラトスはストレイを連れ少し離れた所で剣術の稽古を始めてしまった。アンナはチッと舌打ちすると仕方なくキャンプの準備をしているサラの手伝いを始める。
「ストレイさんもだいぶ動きが良くなってきましたね。」
 サラの意外な言葉にアンナは首を傾げた。
「そうですかぁ?元が酷過ぎたからそう見えるだけじゃないですか。」
不貞腐れたようなアンナにサラはクスリと笑った。
「もともと彼は勘がいいのでしょうね。だって戦闘中にクラトスさんが指示を与えるとすぐに反応しているでしょう。ああも瞬時に切り替えができる人ってそうはいないと思いますよ。」
 アンナはハッとして顔を上げると稽古をしている二人へと視線を移した。
「ほら、今だってクラトスさんの“違う右だ”という言葉に、バックステップで避けようとしていたにも関わらずすぐに右へ跳んだでしょう。確かに覚えは悪い方かもしれませんが一度覚え込んでしまえば確実に自分のものにしているようですし、どんなにミスを繰り返してもああして根気よく教えて行けばいずれ強くなるでしょうね。」
「…そうかもしれない。でも、いずれじゃ駄目なんです。だってそうでしょう?これから守護竜と戦わなければならないし、エビルとの最終決戦だって近付いてきてるんです。そうなれば今の彼は足手まといにしかならない。“今”強くなければ駄目なんです。“いずれ”じゃ遅すぎる。」
 いきり立つアンナにサラは優しく微笑み諭すように言った。
「アンナさん、焦ってはいけません。もっと仲間を信じてみたらどうですか?」
「焦ってなんていません!私は…」
 アンナが言いかけたその時、ストレイの素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「ほえ?ちょ、ちょっとクラトスさん?」
 何事かと稽古中の二人の方を見てみると、ストレイが繰り出した渾身の突きをクラトスが素早く避けたようで、勢い余ったストレイが木へと激突した所だった。クラトスと言えばそんなストレイに全く注意を払ってはおらず、こちらの方をじっと見詰めている。
「クラトスさ〜ん、いきなり避けるなんてひどいじゃないですかあ。一体どうしたんですか。」
 クラトスはストレイの抗議の声にも振り返らず、じっとこちらへと視線を向けたまま、
「済まなかったな。すぐに戻るから素振りでもしていてくれ。」
 棒読みのようにそう言うと、呆気にとられたストレイをその場に残しこちらへと歩いてくる。
 なんだかわからないけどこれはチャンスだとばかりにアンナはいそいそとカップにコーヒーを注ぐと飛びきりの笑顔で
「お疲れ様。大変だったでしょう。」
 とやってきたクラトスへカップを差し出した。だが、クラトスは
「あとでもらう。」
 とだけ言い置くと、そのまま二人の横を通り過ぎてその先にある林の方へと行ってしまった。
 しばしカップを差し出したままの恰好で固まっていたアンナであったが、ハッと我に返ると歩み去って行くクラトスに向かって怒鳴った。
「ちょっと、無視しないでよ!!」
 アンナの声に、クラトスは面倒臭そうに振り返ると、
「だからあとでもらうと言っただろうが。」
「そうじゃなくて、あんたには言いたい事が山ほどあるんだからね。」
 アンナはドシドシとクラトスに近づくと、彼を睨みつけた。
「なんだ。言いたい事があるなら早く言え。」
 そう言いながらもクラトスはしきりに林の方を気にしている。アンナは完全に頭にきた。
「なら言わせてもらいますけどね。最近のあなた少し変よ。ストレイを連れてきた事にしてもそう。ストレイじゃ足手まといになるだけなのに何故彼を連れて行くのだろうって皆不思議がっているわ。」
「皆?皆ではなくてダイナス殿がだろう。」
「へ?なんでそれが?」
「何故それが分ったか、と聞きたいのか?私が屋敷を出る時、ロイドはユアンと、ブラスト殿はアブソーブ殿と、それぞれ話をしていた。お前にそんな事を言う事ができるのは残るダイナス殿しかいないだろう。ダイナス殿はお前の隣に座っていたしな。お前は言葉の使い方が間違っている。「皆」とは複数の者を指す言葉だ。特定の個人を指す言葉ではない。もっと勉強するのだな。」
 それだけ言うと再び林の方へ行こうとするクラトス。アンナは慌てて彼のマントをつかんで引き止めた。
「まだ答えてもらってないわ。あなたはなんで足手まといのストレイを選んだのよ。ストレイはもともと運動神経もよくないし戦士には向いてないわ。」
「お前は彼には戦闘は無理だと思っているのか。ならばこちらからも質問させてもらおう。そう思っているのなら何故お前は彼を護衛として連れてきたのだ?」
「えっ?だってそれはストレイが無理矢理ついてきたから…」
「断ることだってできたはずだ。お前の性格ならはっきりと足手まといになるからとも言えただろう。それをする事もせずに連れてきておいて、今になって彼は戦士には向いてないなどと文句を言うのは卑怯というものではないか?彼はお前が言う程役立たずではない。もしそうなら私達はここまで来る事はできなかったはずだ。彼に足りないのは経験だ。経験を積んで行けば彼は必ず強い戦士になるだろう。その為に経験を積ませる事が何故いけないのだ?」
「……」
「彼は戦士としての素質を十分持っている。そして確実に強くなってきている。驚くべき速さでな。何故彼の成長が速いかわかるか?彼にはお前を守り抜きたいという目標があるからだ。お前を守りたい、その思いだけで彼はここまで必死に頑張ってきた。お前だって本当は気付いているのではないか?だから彼の同行を拒む事をしなかった。もっとストレイを信じてやれ。彼は必ずお前の助けとなるはずだ。」
 クラトスはそう言うと、今度こそ林の方へと行ってしまった。
 アンナは呆然と立ち尽くしたままその後ろ姿を見送るのだった。


−戦士ストレイ 終−