13.命がけの友情
クラトスと二人だけになると、風の神は優しく微笑み言った。
『あなたは覚えていないかもしれませんが私は一度だけあなたに会った事があります。』
「!?」
『事故で他の世界に飛ばされた光の神を助けにあなた方の世界に行った事があるのです。その時光の神…いえ、ソアラ様はすでにあなたを産んでいました。そして迎えに行った私にこう言ったのです。“私は一人の人間としてこの地で家族と共に暮らして行きたい”と。』
「……」
『生まれたばかりのあなたを抱いたソアラ様は本当に幸せそうでした。私はそれ以上何も言う事ができず、一人でこの地へ戻って来たのです。ですが、ソアラ様は結局神としての責任から逃れる事は出来なかった。その後私達四神がエビルによって封印され、この地が混乱と化した時、ソアラ様はあなたを置いて帰って来ざるを得なかった。ソアラ様は決してあなたを捨てたくて捨ててきた訳ではないのです。』
「……」
『こんな事を改めてあなたに言う必要はないのかもしれませんね。あなたは十分にソアラ様の気持ちが分かっている。それでいて過去のこだわりを捨てきれずにいるだけなのだから。でも本当にこのままでいいのですか?』
クラトスは顔を上げ、風の神を見た。
『あなたの体内のマナが徐々に弱ってきているのを感じます。原因は左手に付けているエクスフィアと呼ばれる石、ですね?エクスフィアとそれを制御している要の紋が何かの拍子で傷ついてしまった…そうではありませんか?』
「……気付いたのはついこの間の事です。恐らくはこの地へ無理矢理引き込まれた時に時空のはざまで傷ついてしまったのだと。そして度重なる戦闘でその傷が徐々に広がって来た。」
『そのまま放っておけば、最後にはあなたはどうなってしまうのです?』
「死ぬ…でしょうね。死なないまでも自己を失ってしまうでしょう。すでにその兆候が現れ始めている。でも、もういいのです。私は十分過ぎるほど長い時を生きてきた。だからこの残された少ない時間をこの地を救う為に捧げようと覚悟を決めたのです。」
『エビルと刺し違えるつもりですか。しかし、あなたの友人はまだ諦めてはいないようですよ。あなたを助けようと必死に動いている。』
「無駄な事です。要の紋の方は息子の手でなんとか直せるかもしれませんが、エクスフィア…クルシスの輝石だけはどうしようもない。それに代わるものなどこの地にあるはずはないのですから。」
『それでもあなたの友人は方法を見つけ出そうとするでしょうね。無茶な事をしようとしているあなたを止める為に。』
風の神は目を伏せた。
『私は、エビルに封印されたとはいえ、この世界に起きている事ははっきりと感じる事が出来ていました。もちろんあなたがこの世界に引き込まれた事も分かっていました。そしていずれあなたは真実へと辿り着くだろうと。その時あなたがどのような結論をだすかも容易に想像でき私は居ても立っても居られなくなりました。そこで私は、そんなあなたのストッパー役としてあなたを止める事ができる唯一人の人物をこの地に呼び寄せたのです。』
「!?…まさか…貴方がユアンを?」
「成程、そう言う事だったのか。」
突然背後から聞きなれた声が聞こえ、クラトスは驚いて振り返った。
「ユアン!?」
「何だか知らんが突然光に包まれたと思ったら、気が付くとこんな所に来ていた。」
「貴方か!!」
『ええ。私が呼びました。』
「何故こんな余計な事をする!」
「私は余計な事とは思わんぞ、クラトス。」
ユアンは風の神の前へと進み出た。
「私に話があるのだろう?さっさと言ってもらおうか。」
『あなたは元の世界に一度戻りたいと考えてるようでした。そうすればクラトスを助ける事ができるのですか?』
「テセアラベースに研究用として取っておいたクルシスの輝石が一つだけある。それさえ持ってくる事が出来れば何とか出来るかもしれない。」
『…この神殿の近くに、以前私があなた方の世界に行くのに使ったワープポイントがあります。ただ、あの頃と今とは状況が余りにも違い過ぎる為にそこが正常に作動するか保証はできません。ある意味命がけになるでしょう。そこを使うか否かはあなた次第です。』
「そんな事は考えるまでもないだろう。もう時間がないんだ。少しでも望みがあるのなら無論使わせてもらう。」
「馬鹿な事はよせ!挟間に巻き込まれて命を落とすかもしれないのだぞ!!」
ユアンは必死に止めようとするクラトスに笑いかけた。
「正直言うとな。私は一度諦めかけたのだ。だが、そんな私にロイドがこう言ったのだ。“諦めたらそこで終わりだ。諦めずに進み続ければ必ず道は開けるはずだ”とな。あいつもお前の息子だけあって、する事なす事ワンパターンだが、そうやって幾度となくぶち当たった壁を乗り越えてきたのだ。あいつの言葉を信じてみるかと思った。そうしたらどうだ?あいつの言った通り道が開けたではないか。」
「しかしこれは…」
「お前が何と言おうが、もうこれしか手段が残されていない以上私はやるつもりだ。私はお前が死に急ぐのを指をくわえて見ているつもりはない。お前がどんなに嫌がろうが首に縄を付けてでも生きて元の世界に連れ戻してやるから、そう思え!」
「…ユアン。」
「大丈夫だ。私は必ず戻ってくる。だからそれまでお前は頑張って生きておけ。」
ユアンはクラトスの肩をポンポンと叩くと風の神の方見た。
「さあ、そう言う事だ。そのワープポイントとやらがどこにあるのか教えてもらおうか。」
『分かりました。ご案内致しましょう。』
風の神が両手を掲げると同時に、クラトスとユアンの体が光に包まれた。そして光が治まると二人の姿は消えていたのだった。
気が付くと二人はどこかの林の中に立っていた。辺りを見回すと、一か所、ちかちかと光っている所があった。二人は顔を見合すとそちらへと歩き出す。少し行くと開けた場所に出た。そこは一面に花が咲き乱れており、その中心に先程の光が見えた。
『あそこが例のワープポイントです。』
いきなり後ろから話しかけられ、ユアンは文字通り飛び跳ねた。
「おい、驚かすな。心臓が止まるかと思ったぞ。」
『これは失礼しました。さっきから居たのですが…』
「あの光の中に入ればいいのか?」
『ええ、そうです。以前私が使った時はどこか綺麗な泉の前に出た記憶があります。うまくいけばそこへ出る事ができるでしょう。』
「綺麗な泉?ユウマシ湖か?ちょっと遠いが、まあ仕方ないか。」
『あとこれをお持ち下さい。戻る時これを掲げれば再びポイントが開くはずです。』
「はず?開かなかったらどうする?……ま、いいか。とにかく行ってみない事には何も始まらんからな。」
「ユアン…」
「またお前はそんな顔をする。お前は物事を悲観的に考え過ぎる。悪い癖だぞ。もっと明るく考えるようにしろ。」
「だが……ユアン、今ならまだ引き返せる。私のせいでお前を死なせたくはない。」
「バーカ。何故死ぬと決めつけるのだ。言っただろう?必ず戻ってくると。私が今まで約束を違えた事があるか?」
クラトスは頭を振った。
「そうだろうが。今回も戻ると言ったら必ず戻る。安心して待ってろ。それじゃあな。行ってくる。」
ユアンは未だ心配そうに自分を見つめているクラトスに明るく手を振ってみせると光の中へ消えて行った。
それからしばらくクラトスはその場を動こうとせずに、ユアンが飛び込んで行った光をじっと見詰めていた。
『余計な事をしたと私を恨みますか?』
「…わからない。行かせてしまってよかったのか、是が非でもひき止めるべきだったのか…唯一つ言える事は、私はとうとう本当にあいつを巻き込んでしまったのだという事だ。」
『私がこんな事を言えた義理ではありませんが、たぶんユアンさんはあなたの為に命をかける事になんの迷いもなかったと思いますよ。今はただ、彼が無事に戻ってくる事を祈りましょう。』
「……」
『クラトス、左手を出して下さい。』
「え?」
風の神の言葉に首を傾げながら、クラトスは左手を上げた。風の神は差し出されたその手になにやら呪文を唱える。
『あなたのエクスフィアがこれ以上傷つかないようにバリアを張っておきました。しかし、これは応急処置でしかありません。くれぐれも無理はしない事です。いいですね?』
「しかし…私は…」
『命がけで戻って行ったユアンさんの為にもあなたは生き続ける義務がある。違いますか?』
「……」
『そろそろ戻りましょうか。アンナたちも心配しているでしょうから。』
こうしてユアンは元の世界へと旅立っていった。
そんなユアンの友情に応えるべく、残されたクラトスは聖剣を完成させ全てを終わらせる事を改めて心に誓うのだった。
だが、そんなクラトスを狙って密かにエビルは行動を起こそうとしていたのである。
−命がけの友情 終−