15.亀裂


 セネリアの村はまさに地獄と化していた。其処彼処から魔物と剣を交える音や悲鳴が聞こえてくる。辺りには兵士の死体や魔物の死骸が転がっており、血の匂いにむせかえるようであった。
 そんな中、ロイドはこれ以上の被害を防ぐべく奔走していた。一般の村人達を安全な所へと誘導し、浮足立つ兵士達を落ち着かせながら、自らも剣を振るい盾となって魔物の侵入を必死に抑えていた。
 この世界の兵士達は、一応訓練は受けているものの、ほとんど実戦の経験がない。ましてやこれ程の数の魔物相手に戦った事など皆無と言ってもいいだろう。浮足立つなと言っても無理な話かもしれない。
「俺も最初はあんな風だったのかな。」
 ロイドは剣を振るいながら苦笑した。
 クラトスに初めて会った時、足手まといだ、と言われた事を思い出す。考えてみればあの旅の当初のメンバーは、戦闘に関して素人同然の者達ばかりだった。そんな俺達をうまく引っ張っていたあいつは今更ながら凄い奴だったんだと思う。
「あいつに出来て、息子の俺に出来ないって事はないよな…俺の方がちっとばかし格が落ちるような気もするけど。」
 ロイドは全体の戦況を把握し、不利な状況に陥っている所があればすぐに援護に駆けつけ、その場その場に応じた細かい指示を兵士たちに与えて行く。ロイドには珍しいくらいの辛抱強さでそれを続けていく内に、だんだんとバラバラだった味方もまとまりを見せてきた。ロイド達が魔物を抑えている間に、背後のダイナスや長老達が強力な魔術を放ち、仕留めて行く。
 こうして、なんとか魔物の数を三分の二ぐらいまで減らす事ができたものの、激しい戦闘の連続だったロイド達はもう限界に達していた。全身傷だらけで、もう立っているのも辛い状態ではあったが、それでもロイドは剣を振るい続けた。これ以上魔物を勢い付かす訳にはいかなかった。
「くっそおー、だんだん攻撃力も落ちてきている。マジでやばいかもな…」
 さすがのロイドも諦めかけたその時、突然天空から光の雨が降り注いだ。それは多くの魔物の体を貫き、魔物達は悲鳴をあげて倒れて行く。
「!!…これはジャッジメント!?まさか…」
 呆然とするロイド達。続いて聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ヒールストリーム!!」
 ロイド達を淡い緑色の光が包み込み、傷だらけで疲労しきった体に生気がみなぎってくる。
「大丈夫かよ、ロイド?」
 ストレイが走って来てロイドの横に立った。
「ストレイ?」
ロイドは驚きの声をあげた。
 今横にいるストレイは、まるで別人のようであった。戦闘の時、必ずと言っていいほどオドオドした様子を見せていた彼であったが、今はそれも影を潜め、こうして魔物と対峙していても落ち着き払っている。
 あんぐりと口を開けて自分を見ているロイドに、ストレイは照れたように笑ってみせた。
「そんな顔で見るなよ。クラトスさんに鍛えられてちょっとはマシになっただろ、俺。」
「マシ、どころか見違えちまったよ。」
「そんなに以前の俺ってひどかったか?」
 ストレイは苦笑した。
「お前達、再会の挨拶は後にしろ。まだ終わってないのだぞ。」
クラトスが二人の所へやってくる。そしてロイドを見た。
「傷は回復できたようだな。」
「あんたのおかげでバッチシ!」
「よし。後もう一息だ。一気に片をつけるぞ!」
「「おう!!」」

 再び戦闘が開始される。今まで押され気味のロイド達であったが、クラトス達の加勢により瞬く間に形勢は逆転した。先程のジャッジメントで多くの仲間を失った魔物達は混乱を来していた。そこへクラトス達が技を叩きこみ、怯んだ所へ、後方のアンナ、サラ、ダイナス、長老達の術が炸裂する。魔物達はもう完全に戦意を喪失していた。
 そんな混乱した魔物達の中を、ストレイは敵の攻撃を除けながら動き回り、一匹ずつ確実に仕留めていた。

 今でも戦う事は怖くて仕方がない。前の俺ならこんな時真っ先に逃げ出してただろうな。
 でもそんな臆病な俺をクラトスさんが変えてくれた。俺だってやればできるんだって教えてくれた。
 だから俺はもう逃げない。クラトスさんが教えてくれた事一つ一つを信じて前へ進んで行こうって決めたんだ。

 守護竜との戦いがストレイに自信を付けていた。自分でも信じられないくらいに冷静に行動出来ている。
ストレイは余計な事は考えずに、ただ目の前の敵だけに集中して剣を振るい続けていた。
 そんな中、ストレイは、どこからか放たれている異様な殺気のようなものを感じ取った。その出所を探り当てたストレイの目が見開かれる。
「え!?まさか…」
 あまりの事に驚き、ストレイの動きが止まった。そこへ…
「ストレイ!!!」
 ストレイの目に、叫びながら自分へ向かって突進してくるクラトスの姿がスローモーションのように映っていた。

 アンナは、突然耳に飛び込んできたクラトスの切羽詰った声に驚き、そちらへと目をやった。
すると、驚きの表情を浮かべて固まっているストレイに向かって、クラトスが突進していくのが見えた。
 見た所、ストレイの周りに敵はいない。何が起きているのか全く理解できないアンナの目の前でそれは起こった。
 クラトスが突っ立ったままのストレイを物凄い勢いで突き飛ばしたのだ。同時に聞こえた何かが弾けるような音。
そして後方へと飛ばされたストレイの体が、魔物の群れの中に落ちて行くのが見えた。
「ストレ〜〜イ!!!」
 アンナは悲鳴を上げた。

(何?何が起きたというの?あれじゃあ、まるでクラトスがストレイを…)

 目の前で起きた信じられない光景にアンナは混乱した。
 すると今度は背後から悲鳴が上がった。
 慌てて振り返ったアンナが目にしたもの、それはダイナスの体を掴んで飛んでいる魔物の姿だった。ダイナスは気を失っているようでぐったりとしている。
「ダイナスさん!!!」
 魔物は叫んだアンナの方をチラリと見ると、けたたましい笑い声を上げた。そして更に高度を上げると、村の裏手にある谷へ向って、掴んでいた体を投げ落とした。
「いや〜〜〜〜〜!!」
 アンナは思わず目を覆った。
『どうだ人間ども。エビル様に逆らうとどういう事になるか思い知ったか!これに懲りたら、無意味な聖剣作りなど止めるのだな。さもなくば、もっと多くの命を失う事になるぞ。』
 魔物はそう言って再びけたたましい笑い声を上げると、生き残った魔物達を引き連れ、次元の門の方へと飛び去って行った。



 魔物が飛び去った空を見つめ、アンナは呆然としていた。
「光子様。」
 後ろから声をかけられ、アンナは気だるそうに振り返った。
「ストレイ!!」
 そこにはクラトスに背負われたストレイがいた。横にはロイドとサラが付き添っている。
「大丈夫なの、ストレイ!?」
「命には別状はありません。しかし、当分安静が必要でしょう。」
「うっかり魔物の群れの中に入っちまったから。すぐにクラトスさんが助け出してくれたからよかったけど、でなかったらやばかったですね。」
 またドジを踏んじまったと苦笑するストレイ。
「嘘!!私見てたのよ。」
 アンナはクラトスを睨みつけた。
「クラトス、あなたが魔物の群れの中にストレイを放り込んだんじゃないの!」
「違うよ、あれは…」
「ストレイ!!」
 何か言いかけたストレイをクラトスが遮った。
「とにかく早く怪我の手当てをした方がいい。とりあえず二階の部屋を借りてそこで治療を。サラ様、お願いします。」
「え、ええ。」
「あ、それじゃ、ストレイは俺が運ぶよ。」
 ロイドは、強張った表情で立っているアンナの方を気にしながら、クラトスからストレイを受け取った。そして、その場に残っているクラトスとアンナを気遣わしげにチラチラと見ながら屋敷へと向って行った。
 アンナはそんなロイド達を見送っていたが、やがて大きく息をつくと何かを振り払うように頭をふった。そして横に立っているクラトスに言う。
「そうだ、ダイナスさんを探しにいかないとね。無事だといいんだけど。」
「その必要はない。」
「え!?」
「エビルが動き出したのだ。これからも様々な手を使って聖剣の完成を邪魔してくるに違いない。我々は何としても聖剣を完成させなくてはならないのだ。無駄な事に時間を費やしている暇はない。」
「無駄な事!?」
 アンナは信じられないというような顔でクラトスを見た。
「仲間を助けに行く事のどこが無駄だと言うのよ!今この時もダイナスさんは助けを待っているかもしれないのよ!あなたおかしいわ。ストレイの事にしたってそう。あなたがストレイを突き飛ばしたりしなければ彼はあんな怪我をする事はなかったはずよ。」
「ストレイの事に関しては弁解するつもりはない。私の判断ミスで怪我をさせてしまったのは事実だからな。そしてダイナス殿の事だが、ダイナス殿の落ちた谷は険しく深い。もし彼が本当にあそこへ落ちたのなら、もう生きてはいないだろう。」
「たぶん死んでいるだろうから探す必要はないって言うの!?」
 アンナは叫んだ。
「それに“本当に”ってどういう意味よ。ダイナスさんが谷に投げ落とされるのは私もこの目で見たのよ!どうしてそんな事を言うの?やっぱり、あなた少しおかしいわ!!」
 アンナは泣きそうな表情を浮かべるとクラトスを置いて駆けだした。
 クラトスは後を追おうともせず、ただ無表情にその背を見詰めているのだった。


−亀裂 終−