5.冷たい視線


「あ、アブソーブのじいさんが言っていた村ってあれの事じゃねえ?」

 セネリアを目指して旅を続ける一行。
アブソーブの助言通りに大きく迂回しながら進んでいた。
この道は広く平坦で周りを見渡せる為、敵が現れてもすぐに察知でき戦闘に入っても様々な戦陣を組んでこちらに有利な態勢で臨めていた。やはりエビルは行動を開始したらしく今までより多くの魔物の襲撃を受けてはいたが、この道を取ったおかげで難なく撃退する事が出来ていたのである。
 そんな調子で旅を続けていた一行は、旅程を三分の二ほどこなした頃小さな村をみつけたのであった。

「うむ。あれに間違いないようじゃな。」
 ロイドの問いかけに地図を見ながらダイナスが答えた。
「ここまで来ればセネリアまでもう一息じゃ。とは言ってもこの先どんな魔物が控えているかしれん。やはりあそこで一泊して態勢を整えた方が無難じゃろう。」
 ダイナスの言葉に全員が頷き、今日は村で一泊して疲れた体を休める事にしたのだった。



 村へ入った一行は、近くで農作業をしていた村人に声をかけられた。
「やあ、旅のお方。こんな時に旅とは大変でしたでしょう。今日はこの村にお泊まりで?」
「ああ、そう思っているのじゃが、宿はあいておるかの?」
「外は魔物でいっぱいですから、ここんとこ旅人なんて全く見かけんでの。大丈夫部屋は空いてるはずですだ。」
 村人はニコニコと一行を村の奥へと案内してくれた。
「ほれ、あそこに見える白い建物が宿屋ですだ。ところで皆さんはどこへ行かれるんで?」
「セネリアに行くつもりなんじゃが。」
「セネリア!?およしなせえ。今あそこは魔物に囲まれてますだ。聖地へのお参りなら光子様の旅が済んでからの方がいい。」
「わしらはその光子様の一行でな。セネリアにはどうしても行かねばならんのじゃよ。」
「!!あんたらが光子様一行?」
 ダイナスの言葉に村人の顔色が変わった。近くにいた他の二人の村人も近寄ってくる。三人の村人はアンナを見て彼女を指差して怒鳴った。
「あんたが今回の光子様だな。だったらこんなとこうろついてねえで、さっさとエビルの餌になっちまえ!」
「な、何言ってるんだよ。」
 ロイドが村人の言葉に怒りを露にして剣に手をかけた。それをクラトスが止める。
「放せよクラトス!こいつらこんな酷い事…」
「ひでえ目にあってるのはオラ達の方だべ。あんたがさっさと生贄にならんからオラ達は毎日魔物に怯えて生活せにゃならんのだ。」
「そうだ。そうだ。光子ならオラ達のためにとっとと死んでほしいだべさ。」
「この野郎、おまえらそれでも人の心があるのかよ!!」
 ロイドはクラトスに抑えられながらも村人を睨みつけ怒鳴った。
「いいの!いいのよ。ロイド君。」
 アンナが叫んでロイドの前に割って入った。三人の村人はロイドの凄まじい形相に散り散りとなって逃げて行った。
「何がいいって言うんだよ。あいつらは…」
「仕方がないのよ。皆不安なのよ。だからその不安を誰かにぶつけたくなるの。」
「だからって!」
「よせ、ロイド。」
 なおも怒りが収まらぬ様子のロイドをクラトスが抱え込む。
「先に宿屋に行っていてくれ。頭が冷えたら我々も行くから。」
 皆が先に宿屋へと行ったのを見送り、クラトスはロイドを放した。
「何で止めたんだよ、クラトス。あんな奴ら痛い目に遭わせなくちゃわからねえじゃんか!」
「我々は彼らの事をとやかく言える立場ではない。」
「そんなのおかしいよ。あんたはアンナさんがあんな風に言われて平気なのかよ。」
「お前は最後まで責任が持てるのか?」
「え?」
「たとえお前があの場で脅して彼らを黙らせたとしても、それは一時的なものにすぎん。お前がいなくなれば彼らはまた元のように差別を始めるだろう。」
「…それは…」
「お前も私もこの世界の人間ではない。いずれ元の世界に帰る事になる。彼らをずっと押さえつける事など出来ないのだぞ。」
「でも!!」
 なおもロイドが言い返そうとした時、一人の女性が声をかけてきた。
「あの、すみません。もしかしてあなた達は光子様のお連れの方ではありませんか。」
 クラトスは振り返って女性を見た。
 そこには赤茶色の流れるような長い髪をした女性が立っていた。年の頃は四十前後といったところか。物静かな感じの女性だったが、髪と同じ色の大きな瞳には強い意志の光を宿している。

「…ええ、そうですが…貴方は?」
「私はサラと申します。セネリアから光子様をお迎えに参りました。」
「サラって…セネリアのブラスト長老の娘さんの?」
 ロイドが目を丸くする。クラトスは無表情に彼女を見つめている。
「ええ、そのサラです。」
「我々はセネリアに向かっている所です。わざわざ迎えを寄こす必要などなかったのですがね。」
「今セネリアは村に結界を張っているのです。ですから村の位置が分かりにくくなっております。それで案内役として私が参った次第です。」
「でも、セネリアへの道は魔物が塞いでるって聞いてたけどよくおばさん一人で来れたな〜」
 ロイドが上げた感嘆の声に、サラはニッコリと笑った。
「こう見えても魔術は得意なんですよ。魔物除けの術も会得してますし。」
「へえ〜すげえんだな。おばさんが居ればどんな敵が出たって鬼につっかえ棒だ!」
「馬鹿!それを言うなら鬼に金棒だ!」
 クラトスがポカリとロイドを叩く。
 そんな二人の様子を見てサラは楽しげに笑った。



 クラトス達がサラを連れ宿屋へと向かっていると、血相を変えたストレイが走って来た。
「あ、クラトスさん、大変です。」
「どうしたのだ?」
「宿屋に村人達が押し寄せてきてアンナを…」
 ストレイの言葉が終わらぬうちにクラトスが走り出して行く。
 残りの三人も慌てて後を追った。

 宿屋の前は凄い人だかりだった。宿屋の入り口に立っているアンナ達を吊るし上げていた。クラトスは人込みをかき分け入口に辿り着くとアンナ達を宿屋の中へと押し込んだ。
「何だ?お前も仲間か!光子はとっとと死にやがれ!」
「そうだ、そうだ。さっさと生贄になっちまえ!そうすればまた平和になるんだ。」
 村人達は罵声を浴びせながら石を投げつけてくる。前列にいるものなどクラトスに棒きれを振るい足蹴にしてきた。
 クラトスは何も言わずにその仕打ちに耐えている。

「おやめなさい!!」

 その姿からは想像できない声でサラが村人達を一喝した。
 一瞬にして辺りは静まり返り、村人達はさーと左右に除け道を開けた。
 サラはクラトスを助け起こすと村人達に向かって凛とした声で言った。
「これ以上無駄な暴力を振るう事はこの私が許しません。光子様は私達の為に戦っている事を忘れてはなりません。今度このような事をしたら必ずや天罰が下る事でしょう。各自家に戻り光子様の無事を神へ祈り続けなさい。そうすれば神はあなた達のこの行為をお許しになり加護をお与えくださるでしょう。」
 風の聖域の女神とまで言われているサラの言葉に村人達はそれ以上なにも言う事ができず、それぞれ家へと帰って行ったのだった。





「御免なさい、クラトス。貴方までこんな目に遭わせてしまって…」
 宿屋の一室。アンナがクラトスの怪我に回復魔法をかけながら詫びてきた。
「お前が謝る事はない。」
「人々の中に光子への憎しみがあるのは分っていた。でも、こんな大事になるとは思わなかったの。」
「……」
「ねえクラトス、こんな事言ったら貴方は怒るかしら。私やっぱりエビルも救いたいの。彼もきっとこんな思いをしてきたんだわ。彼も被害者なのよ。私にはクラトスをはじめ、たくさんの仲間がいたから自分を失う事無く今までやってこれたわ。だからエビルにも伝えたいの。人を愛する事を教えてあげたい。」
「お前がそうしたいならすればいい。」
 クラトスのそっけない言い方にアンナは怯えたように彼を見た。クラトスにも見捨てられたような気になったのだ。
 そんなアンナにクラトスは優しく微笑んで見せた。
「お前は自分がやりたいようにすればいいのだ。たとえそれで危険な目に遭うことになろうとも私はお前を全力で守り抜こう。私はお前を守ると誓った。その誓いは何があっても変わる事はない。」
 アンナはクラトスの言葉に目を見開いた。そしてクラトスの胸に顔をうずめ囁くのだった。
「有難う…貴方がいるから辛い事にも耐えていける。貴方に会えて本当によかった。」


−冷たい視線 終−