7.アンナの不安
アンナはセネリアの中をクラトスを探して歩き回っていた。長老ブラストの一喝により表立った行動は起こさないものの避難民達のアンナに対する冷たい視線は未だ続いていた。時に感じられる激しい敵意のようなものに耐えながら歩きつづけ、アンナはようやく倉庫として使っている建物の影でユアンと話しているクラトスを見付ける事ができた。駆け寄ろうとしたアンナの耳に二人の会話が飛び込んできて、その内容にアンナは思わず足を止め木の蔭へと身をひそめた。
「つまりアブソーブ殿は何も知らなかったというのだな。」
「とにかく謎に包まれているようだ。お前が今つかんでいる事以外は何も得る事ができなかった。」
「分った。変な事を頼んで済まなかったな。」
「どうする気だ?」
「奴が私を必要としているのなら、こちらから接触するのも悪くない。」
「奴の元へ行くつもりなのか?それがどういう事か分っているのかお前。」
「私が拒み続ければ奴の矛先はロイドへと向くだろう。それだけは避けねばならない。私はあの子を守る為ならなんでもする。」
「例え彼らを裏切る事になってもか?」
「そうだ。」
迷いもなく言い切ったクラトスの声にアンナは思わず後ずさった。
(何?何を言っているの?裏切るってどういう事?)
訳が分からず混乱しているとふいに後ろから肩を叩かれ、アンナは声にならない悲鳴を上げた。
「なんじゃ、どうしたんじゃアンナ。クラトス殿達は見つかったのか?」
「ダ、ダイナスさん…」
「何だ。そこにいるではないか。お〜い、クラトス殿。」
ダイナスの呼ぶ声にクラトス達は振り返った。そして何事もなかったようにこちらへと歩いてきた。
「アンナ、ダイナス殿。どうしたのですか?」
「サラ殿が呼んでおるよ。風の神殿について話があるらしい。」
「そうですか。分りました。行きましょう。」
四人はブラストの屋敷へ向かって歩き出した。
最後尾を歩きながら、アンナは必死に自分を落ち着かせようとしていた。
大丈夫よ、アンナ。クラトスが裏切る訳ないじゃない。
だって彼は私に騎士の誓いをたててくれたのだもの。
二人で助け合っていこうって約束したじゃない。
そうよ。そんな彼が裏切る訳がないわ。
「どうしたのだ、アンナ。顔色が優れないようだが。」
考え事をしていた所へ当のクラトスから話しかけられ、アンナはピクリとしてしまう。
「避難民達の事を気にしているんじゃないかの。」
ダイナスの言葉にアンナは曖昧に微笑んでみせた。
「き、気にしないようにしてるんだけど。駄目ね私って。すぐに顔に出ちゃうみたい。」
「ブラスト殿が言ってくれたからもうあんな暴動は起きないだろう。彼らの事は気にしない事だ。私達は今出来る事をしていくしかないのだから。そうだろう?」
アンナは微笑を浮かべているクラトスの顔をぼんやりと眺めた。
信じなければいけない。ううん、信じたい。
でなければ私はこれ以上進めなくなってしまうもの。
「そうね。クラトスの言う通りだわ。私は大丈夫。だって私は一人じゃないんだもの。そうでしょう?」
最後の問いかけはクラトスへ向けたものだった。だが、それに答えたのはクラトスではなくダイナスだった。
「そうじゃよ。アンナには仲間がいるのだから大丈夫じゃ。」
「ええ。有難う、ダイナスさん。それより急いだ方がいいかもね。サラ様が待ちくたびれてしまうわ。」
アンナはわざと明るくそう言うと走り出した。
ダイナスが慌てて彼女の後を追う。
アンナは走りながら必死に涙を堪えた。
何で?何で答えてくれないのよ。
一言、そうだな、って言ってくれれば安心できるのに。
彼がほんの少し前に見せてくれた優しさ…あれが嘘だとは思えない。きっと彼には何か考えがあるのだ。
そう思いながらも、アンナは自分の中に頭をもたげてきた一抹の不安を振り払う事がどうしても出来なかった。
「…おい、クラトス。もしかしてアンナは私達の話を聞いたのではないか?」
「……」
「誤解を解かないつもりなのか?」
「誤解?誤解などではない。遠からず私は彼女を裏切る事になるだろうからな。」
「お前、一体何を考えているんだ。本当に奴の元へ行くつもりなのではないだろうな。」
「…すぐにではない。奴の真意を見極め、聖剣が完成したらだ。」
ユアンはあんぐりと口を開けた。
「お前…何を言っているのかわかってるのか?聖剣を奴に献上でもする気か!?」
「お前こそ本気でエビルに勝てるつもりでいるのか?エビルは強い。例え聖剣が完成したとしても少しの間エビルの動きを封じることしか出来ないだろう。どう転んでも勝てる訳がないんだよ。」
「だから奴に寝返ると?」
「ああ…」
ユアンは突然に笑いだした。クラトスはそんなユアンを困惑気に見る。
「知ってるか?お前は嘘をつく時決まって今みたいに目を伏せるんだ。長い付き合いだ。私を騙す事は出来んぞ。本当の事を言ってしまえ。」
クラトスは溜息をついた。
「…エビルを倒す方法が一つだけある。だがそれも私の推論が正しければの話だ。だから一刻も早く奴の事を調べたいのだ。自由に動ける時間が欲しい。」
「成程。ミトスの時に使った手だな。お前もワンパターンだな。それはいいとして一つ聞いていいか?お前の推論が正しく、その方法とやらを実行したとしよう。それで皆助かるのか?」
「…ああ。それで全て終わる。」
「私が聞いているのはお前自身の事だ。」
「私の事は考える事はない。」
クラトスはしばし迷った末、左手を上げユアンに見せた。
「!!!お前、それは!」
ユアンは目を見開き、それ以上声を出す事が出来なかったのである。
−アンナの不安 終−