10.心を一つに
次元の門へと旅立っていったクラトスの後ろ姿を見えなくなるまで見送っていたソアラは、辛そうに目を伏せると皆の元へ戻ろうと踵を返した。と、そこにアンナとロイドが立って自分を見ている事に気付き驚きの声を上げた。
「アンナさん、ロイドさん、いつからそこに…」
「今来た所です。なんだかクラトスの様子がいつもと違ったから急に不安になって…どうして!?…どうして、彼を一人で行かせたんですか!?」
アンナはソアラに詰め寄った。そんなアンナをロイドが抑える。
「やめなよ。あいつを止めるなんて誰にも出来なかったさ。俺にも、アンナさんにも…」
「でも!大体、クラトスもクラトスよ。一人で行くなんて無茶だわ。二人で力を合わせて行こうってあんなに約束したのに…約束を破るなんて酷いわ。」
その時、アンナの頭の中に、以前偶然に聞いてしまったクラトスとユアンの会話が浮かんで来た。
“例え彼らを裏切る事になってもか?”
“そうだ。”
裏切るって、この事を言っていたの?力を合わせて皆で戦おうと言っていたのを自分は裏切る事になるだろうってそういう意味だったの?最初から貴方は一人でエビルの元へ行くつもりだったと言うの?
「そんなの絶対に変よ!!」
突然大声で叫んだアンナに驚き、ロイドもソアラも彼女を見た。
「どうして?どうしていつも自分一人で背負い込もうとするのよ。クラトスがエビルの弟だとしても、そんなの誰の責任でもないじゃない。私達を巻き込まない為?私達を守る為?冗談じゃないわ。そんな事されたって嬉しくともなんともない!」
走り出そうとするアンナの腕をソアラが掴み引き寄せた。
「落ち着きなさい、アンナ。何所へ行こうというのですか。」
「決まってるじゃない。クラトスの後を追うのよ。」
その手を振りほどきソアラを睨みつけるアンナ。
「ソアラ様は何故そんなに落ち着いていられるんですか!?クラトスが…自分の息子が死ぬかもしれないというのにそれでも平気なんですか!!」
「あなたは、私がクラトスの死を望んでいるとでも言いたいのですか!!!」
突然にソアラの口から放たれた大声に、アンナはビクンと体を震わせて黙り込んだ。
「怒鳴ったりしてすみませんでした。あなたがクラトスを思ってくれているのはとても嬉しいのです。でもね、アンナ。こんな時だからこそ、私達は冷静に行動しなければいけないのではありませんか?感情の赴くままに突っ走っては自滅するだけです。」
「ご、ごめんなさい。一番辛いのはソアラ様なのに…私ったら八つ当たりみたいな事をしてしまって。」
「いいのですよ。私も、クラトスに無理矢理付いて行こうとして彼に諭された口ですから。」
ソアラは俯くアンナに優しく微笑んだ。
「今、私達がエビルの元へ乗り込んだとしても、四神が封印されている以上術も殆ど効果を現さないでしょう。ただでさえエビルと私達の間には魔力において格段の差があるのです。このままでは到底勝ち目はないでしょう。まずは彼らを解放するのが先決です。それには長老方の助けが必要なのですが…」
「なら、早速説得にいこうぜ。早くしないとクラトスが殺されちまう。ノイシュに乗っていった方が速いかもな。」
ロイドがノイシュを呼びに行こうとしたその時、
「その必要はないよ。」
突然に声をかけられ驚き振り向く三人。
するとそこにはニコニコと笑うアブソーブが立っており、その後ろにはストレイや各聖域の長老達も揃っていた。
「お義父様!」
目を丸くするソアラの前に、ブラストが進み出た。
「すまなかった、サラ…いや、光の神よ。貴方に怒鳴られた後、わしは自分の行為を振り返ってみたんじゃ。そして自分の愚かさに気付かされた。貴方が言ったように、わしはエビルの力の凄さに恐れをなし我を失っていたんじゃ。そしてその恐怖から逃れようとするあまりに、異世界の者だとクラトス殿達を疑い、光子様を責めてしまった。本当に責められるべきは本来の使命を忘れてしまっていたわしらの方じゃったのに。
アブソーブから全て聞きました。本当に悪いのはダイナスだったんじゃな。ストレイや光子様の言う事を信じてさえいればこんな事にならずに済んだかもしれんのに。本当にすまなかった。どうか許して欲しい。」
そう言って深々と頭を下げる。他の二人の長老もそれに倣った。
「いいえ。もういいのです。こうしてここに来て下さったのですから。私達に力を貸して下さいますね。」
頷く長老達。ブラストはしばし躊躇していたが、思い切ったように口を開いた。
「サラ…ソアラ様、もしかしてダイナスはただのスパイではなく、彼こそがエビルだったのでは?貴方はずっと前からダイナスの事に気付いておられたのですか?」
その問いにソアラはかぶりを振った。
「私が以前エビルに会った時、彼は別の姿をしておりました。ダイナスの姿の彼に再会した時は、もしかしたらとは思いましたが確信を持つには至りませんでした。私が彼がエビルだと確信できたのはセネリアが襲われた時です。頭角を現し始めたストレイの排除に失敗した彼は、もうすでにクラトス達への不信感をあなた方に植え付る事には成功していたのもあって、最も疑われない方法で私達の前から姿を消す事にしたのだと思っています。
私がもっと早くに気付く事ができていたなら、もしかしたらセネリア襲撃は避けられたかもしれません。そう思うと悔やまれてなりません。彼の外見にすっかり惑わされてしまった私のミスです。ですが、エビルの方では私の事に早くから気付いていたかもしれませんね。」
「そう言えば、クラトス殿やユアン殿がわしにダイナスの事をしつこく尋ねてきたのう。」
アブソーブがその時を思い出すかのように遠くを見つめ話し始めた。
「クラトス殿はこの世界に来てからずっとダイナスと行動を共にしてきたからな。それに彼はこの世界の者でないだけに、わしらとは違った見方ができたのかもしれん。何かひっかかる事があったのだろうな。だが、わしはダイナスの友人ではあったが、実の所、奴の過去は殆ど知らんのじゃ。
もともとわしは他人の詮索はあまりせんたちでな。奴は知識が豊富だし話していても退屈せんかった。じゃから別に過去の事など知ろうとも思わなかったんじゃ。今回はこの事が裏目に出てしまったようじゃの。わしがダイナスとは一番長く付き合っておったんじゃ。本来ならわしが奴の正体に気付かなければいけなかったのに。」
アブソーブは本当に悔しそうだった。
「まあまあ、今更過ぎてしまった事をなんだかんだと言っても仕方なかろう。」
そんなアブソーブをブラストが宥めるように言った。
「大切なのはこれからなんだ。わしらは、クラトス殿達に酷い仕打ちをしてしまった。にもかかわらず、彼はこんなわしらの世界の為に自らが犠牲になろうとしている。彼を死なせてはならない。何としても助けるんじゃ。」
「でも、どうすればあの封印が解けるのですか?」
アンナがソアラに尋ねる。
「あのドームは闇の力だけではありません。それぞれの力に相反する力もプラスされています。例えば風の神の封印には地の力を、水の神の封印には火の力を、というように。今の私の光の力だけではこのプラスされた力を消すまでには至りません。ですからそのプラスされた力を消す為に長老方の力をお借りしたいのです。風の神の封印には風の聖域の長老の力を、水の神の封印には水の聖域の長老の力をという具合に。」
「つまり、再びそのプラスされた力に反する力を入れる事で相殺させる訳じゃな。」
「そういう事です。光の力は私の他にアンナにも使う事が出来ます。ですから、二手に分かれて行った方が速いかもしれませんね。アンナはまずブラント様と一緒に火の神殿へ向かって下さい。その後には風の神殿をお願いします。後の二つは私が引き受けますから、済み次第次元の門へと向かって構いません。」
ソアラは、微笑んでアンナを見た。
「クラトスをお願いしますね、アンナ。私も終わり次第、すぐに駆け付けます。」
「ソアラ様……はい、必ずクラトスを助けます。」
「あのさ…俺…アンナさんの組に同行したいんだけどいいかな。」
ロイドがおずおずと申し出た。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ロイドさんの気持ちはよく分かっているつもりです。ロイドさんも、そしてストレイさんも、二人ともアンナと一緒に行って下さい。」
「え!?…俺もいいんですか?」
ストレイはてっきり自分は後続組になると思っていたようで、嬉しそうに顔を輝かせた。
「エビルとの戦いに突入すれば、一人でも戦力が多い方がいいでしょう。私達の方は大丈夫ですから。」
ソアラの言葉に、アブソーブとルフィアも頷いた。
「それから、次元の門には結界が施されています。それを抜ける為に…」
「俺の出番ってか?」
ソアラが最後まで言い切らない内に彼女の横に突然ブレイズが現れた。一同は驚き顔を見合わせる。
「ブレイズといいます。彼なら結界を破る事が出来ますので、同行させて下さい。もちろん術も使う事が出来ますから十分、戦闘の役にも立つはずです。」
「よろしくな!!!」
「「「は、はあ…よろしくお願いします…」」」
あまりに軽々しいブレイズの態度に戸惑いながらも、ソアラの推薦でもあるので、三人はぎこちなく頭を下げたのだった。
こうして、最後の最後にようやく皆の心が一つになった事で、アンナは、希望と言う名の火が再び胸に灯るのを感じていた。
運命とは従うものじゃない、自分達で切り開いていくものなんだ。それができる私達人間もまだまだ捨てたものじゃない。
ね、そうは思わない?クラトス。
−心を一つに 終−