12.決戦
ちょうどその頃、アンナ達は、何とか火の神を解き放つ事が出来、もう一つの風の神の封印を解く事にも成功していた。黒いドームが消え去ると同時に眩しい光と共に風の神が現れる。アンナ達は眩しげに目を細めると、神を見上げた。
『あの闇の檻から出してくれて有難うございます。』
封印を解かれた風の神は、彼らの前に姿を現すと優しい笑みを浮かべ礼を述べた。
『…あなた方はこれから次元の門へと向かうつもりなのですね。ならば、最終決戦を前に聞いておいて欲しい事があります。エビルとの戦いは今までにない程の辛く苦しいものになるでしょう。大切なのは、真実と嘘とをよく見極める事です。』
「真実と…嘘?」
『本当のものだけを信じなさい。あなた方にならそれを見抜く事ができるはずです。』
「……」
『それからもう一つ。アンナ、あなたはこの世界に平和を取り戻したくて戦っているのだと言っていましたね。その為の力が欲しくて聖剣の完成を目指していた…。ですが、もし、あなたが一番大切にしているものを捨て去らなければ、この世界を平和にする事が出来ないのだとしたら、あなたはどうしますか?』
アンナは風の神の唐突な問い掛けに戸惑いの表情を浮かべ、目を伏せ少しの間考え込むようにしていたが、やがて顔を上げると真っ直ぐに風の神を見詰めた。
「貴方が仰っている一番大切なものというのがクラトスの事を指しているのだとしたら、私は正直どうしたらいいのかわかりません。私にはどちらか一方を選ぶ事などできない……でも、どうしても両方を助ける事が出来ないのだとしたら、私は光子としてこの世界を救います。」
その答えに、ロイドとストレイは驚いてアンナを見詰めた。だが、アンナの答えはそこで終わりではなかった。彼女はこう言葉を繋いだのだ。
「そして、アンナとして彼と運命を共にします。」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
ロイドが慌てたようにアンナを制止した。そして風の神に向かって、
「それってどういう意味だよ!クラトスが死ななきゃエビルを倒せないって事なのか!?」
風の神はいきり立つロイドを静かに見詰め、逆に今度はロイドに尋ねた。
『……もしそうだとしたら、ロイド、あなたはどうしますか?』
「冗談じゃない!!」
ロイドは叫んだ。
「俺は両方助ける。俺はクラトスを助ける為にここへ来たんだ。それなのにあいつが死んじまったら意味がない。でも、クラトスはこの世界を救う事を望んでいる。俺がクラトスだけを助けたとしても、あいつは喜ばないだろう。だったら両方救うしかないじゃんか。」
ロイドは目を伏せ、話し続ける。
「俺は最初は、この世界の事なんてどうでもよかった。クラトスを無事に元の世界へ連れ戻せればそれでいいと思っていたんだ。でも、この旅を通して、俺は自分には色々な人達の願いがかけられているんだって事を知った。祖父ちゃんや祖母ちゃん、死んだ母さん…皆の思いが俺をここへ連れて来たのだと思ってる。その人達は皆、この世界の平和を望むと同時にクラトスの無事も願っているに違いないんだ。
そう思ったから俺は、皆の思いを背負って、この世界もクラトスも救うんだって誓いをたてて剣を取った。俺はクラトスみたいに騎士でもなんでもないけどさ、約束は守りたい。
だから、俺はどちらかを選ぶなんて事をするつもりはないよ。どんな事をしたって両方を救ってみせるさ。大体戦う前から一方を選んじまったら、もうその時点で諦めたって事になっちまうじゃんか。俺はそんな事はしたくない。戦う前から諦めるなんて絶対に嫌だ!!」
アンナはロイドの叫びに目を見開いた。
ロイド君の言う通りかもしれない。私は戦う前から諦めようとしていた……でも、まだそうなるって決まった訳じゃないんだわ。未来の事なんて誰にも分かるはずがない。そうよ。諦めてしまったらそこで終わってしまう。私はクラトスを失いたくない!!
「前言を撤回します。」
アンナにもう迷いはなかった。
「私は、クラトスが死んでしまうのなら私も一緒にって考えてしまってました。でもそれではロイド君が言ったように、戦う前から諦めてしまったって事になるんですよね。私はクラトスと共に死ぬのではなく、共に生きる為に戦いたい。神がどうしてそんな質問をなさったのかは私にはわかりません。でも、まだ彼が死んでしまうって決まった訳じゃないんだもの。希望がある限り、足掻くだけ足掻きたい…そう思います。」
真剣な目で自分を見詰めてくるアンナとロイドを見て、風の神は安心したように微笑みを浮かべた。
『あなた達なら、そう答えると思っておりました。諦めずに進み続ける事の大切さを私はあなた方から教えられた気がします。決まった未来などありません。未来はあなた方の手で作り上げていくものなのです。試すような事を言ってしまいすみませんでした。どんな事が待ち受けていようとも今の思いを決して忘れないでください。そうすれば自ずと道は開けるでしょう。
アンナ、ロイド、ストレイ、三人で力を合わせれば必ずや未来を勝ち取る事が出来ると信じております。さあ、お行きなさい。次元の門の前まで運んであげましょう』
「有難うございます。」
そして風の神が両手を上に上げると、三人の体は光に包まれ次元の門へと飛び去ったのであった。
アンナ達は、次元の門の対岸へと運ばれてきた。
目の前に見える島を眺め、アンナは眉をひそめた。
「邪悪な気が漂っている。気分が悪くなってしまいそうだわ。」
「でも、結界なんて見えねよな。」
目の上に手をかざして声を上げるロイド。
「バ〜カ!そう簡単に見えちまったら結界の役目を果たさねえだろうが。」
いきなり背後から声が聞こえ、ロイドは驚いて振り向いた。そこにはニヤニヤとしているブレイズが立っていた。
「お前はいっつもいっつも突然現れやがって、驚かすなってーの。」
「何時でも何処でもいきなり登場ってのが俺の身上でね。」
明るい声で答えるブレイズ。呆れる三人を尻目に揉み手をすると、
「さ〜て、それでは参りましょうか。地獄へのごあんな〜いってね。」
ブレイズの声と共に三人の姿は消え、気が付くと城の中のような所に立っていた。
「なんだ、ここ?」
ロイドはキョロキョロと辺りを見回した。
「次元城…とでも言えばいいのかね。闇の神殿のようなもんだ。闇の神の封印後にエビルが造り上げた奴の城ってトコだ。奴はこの奥の広間にいるはずだ。行くか?」
頷く三人。ブレイズは急に真剣な表情になると言葉を続けた。
「脅かすつもりはないんだが、きっちり覚悟だけはしておく事だ。」
「覚悟?」
「甘っちょろい考えは捨てろって事だよ。」
そう言ってブレイズは先に立って歩き出す。三人は慌てて後を追った。
やがて大きな扉の前に辿り着くと、
「行くぜ!」
口速にそう言ってから大きく扉を押し開けた。
アンナ達は同時に中へとなだれ込む。
広間の真ん中にクラトスが立っていた。その奥にはダイナスが横たわっており、クラトスは彼をじっと見下ろしていた。
「クラトス!!」
アンナの声にクラトスはゆっくりとこちらを向くと、驚きの表情を浮かべた。
「アンナ?…お前達何故ここに?」
「あんたの事が心配だったに決まってるだろ!」
ロイドが口を尖らせながら言うのを見て、クラトスは苦笑した。
「やっぱりダイナスがエビルだったんですか?クラトスさんが倒したんですか?たった一人で?」
ストレイが横たわるダイナスを見て立て続けに質問する。
「ああ。手強かったがなんとか倒す事ができた。」
「すごいや!さすがクラトスさん!!」
「どうしてそんな無茶をするの!?」
ストレイの感嘆の声にかぶせるようにアンナが叫んだ。
「いっつも一人で勝手に決めちゃって…うまく倒せたからよかったけど、一つ間違えば、ここに横たわっているのは貴方だったかもしれないのよ!」
「アンナさんの言う通りだぜ、クラトス。こっちは心配の余り死にそうだったんだからな。」
「…すまなかった。聖剣があればなんとかなると思ったのだ。」
「無事でよかった!」
クラトスに駆け寄ろうとする三人。だが、アンナとロイドは途中で立ち止まった。
違う…何かおかしい…
違和感を覚えた二人は、そのまま行こうとするストレイの腕をつかんだ。
不思議そうな顔のストレイを自分の後ろへと押し戻しながら、アンナはクラトスをじっと見詰めている。
「どうしたのだ、三人とも?もう二度と会えんと思っていたのが、こうしてまた会う事が出来たのだ。もっとよく顔を見せてくれ。」
三人を迎え入れようと両手を広げるクラトス。
アンナはいやいやをするように頭を振りながら後ずさった。
「違うわ…違う……あなたは誰?」
しんと静まり返る大広間に、アンナの震えるような声が響き渡ったのだった。
アンナの発した言葉に、クラトスは上げていた両手を下ろすと笑みを浮かべた。
「フ…一体何を言い出すのかと思ったら、あなたは誰、だと?ほんの少しの間会わなかっただけだというのに、もう顔を忘れられてしまったのか。悲しい事だな。」
「あなたはクラトスじゃない。彼が聖剣の力だけを頼りにするはずがないもの。彼は聖剣があるというだけでエビルに勝てるとは思っていなかった。確かにクラトスは時々無謀だと思えるような行動をとる時があるわ。でも、それは全て勝算があると踏んだ上での事。決して無鉄砲なだけの人ではないのよ。そんな彼が、聖剣があるから何とかなると思ったなんて口にするはずがない。」
「そうそう!それにあいつは両手を広げて皆を抱き止めようなんてポーズをとる奴じゃないよ。照れ屋っていうか、不器用っていうのか、とにかくそんな風に自分の感情を表現できない奴なんだ。」
クラトスは二人の話を黙って聞いていたが、やがて大声で笑い始めた。文字通り腹を抱え心底愉快そうに笑い続けるクラトスを見て、ロイドは怒りを爆発させた。
「何がそんなに可笑しいんだ!!!」
「ハッハッハッハッ…おっと、これは失礼。」
クラトスは涙を拭きながらロイドを見て、
「いや、もう少し芝居が楽しめると思っていたんだが、案外早くに見破られてしまったなと思ってね。信頼で結ばれた仲間達の再会…いかにも観客の涙を誘う感動的な舞台ではないか?だが、それも君達大根役者によってぶち壊しになってしまったがな。」
「ふざけないで!クラトスは何処なの!?」
アンナは堪らずに叫んだ。
光子であるアンナには、クラトスがどうなったのかぐらい聞かずとも分かっていた。だが、分かっていてもアンナは聞かずにはいられなかったのだ。そんなアンナの心を見透かしての事なのか、クラトスは意地の悪い笑いを浮かべて言った。
「ちゃんと目の前にいるではないか。光子様にはよくお分かりのはずだろう?」
「……」
「どういうことだよ!」
ロイドは、クラトスと、悔しそうに唇を噛むアンナを見比べて叫んだ。だが、黙ったままのアンナを見て何かを察したのか、その目が大きく見開かれる。
「…まさか…」
ロイドの表情を見てニヤリとするクラトス。
「坊やにもやっと分かったようだね。今君たちの目の前にいるのがクラトスだ。だが、これはクラトスであってクラトスではない。そうだな…分かりやすく言えば、私エビルの新しき家…いや、クラトスの形をした器と言った方がいいかな。」
愕然となる一同を見て、エビル―“クラトス”は声を上げ楽しそうに笑いだした。
「クラトスはまだ生きているよ。だが、それも時間の問題だがね。いずれ彼の心は私に吸収されるだろう。それで終わりだ。クラトス・アウリオンという一人の男は完全にこの世から消え失せる事になる。今この私を倒せばもしかしたら助けられるかもしれんよ。やってみるかね?まあ、まず無理だとは思うがね。」
そう言って“クラトス”は己の力を解放した。その背に蒼く輝く羽が現れる。その目が、呆然と立ち尽くしているアンナへと向けられた。
「!!?」
直後にアンナの足元から巨大な岩の槍が現れ、彼女の体を貫いた。無詠唱のグレイブだ。気付いて避けようとした時にはもう遅かった。
すかさず剣を抜き、倒れているアンナに止めを刺そうとする“クラトス”の攻撃を、ギリギリの所でロイドの剣が防いだ。
剣を交えたまま二人は睨み合い、お互いに相手の剣をはじき返そうとするのだが、力が互角なのか双方とも動く事が出来ずにいた。
“クラトス”が持っているのは聖剣である。ロイドは、当然自分の方が力負けするものと思っていた。だが、予想に反して、はじき返されたのは“クラトス”の方だった。
“クラトス”は態勢を整え着地すると、自分の持つ聖剣に目をやり呟いた。
「これが聖剣?この程度の力しかないのか。これでは、そこら辺にあるガラクタと一緒ではないか。フン、とんだ見かけ倒しだ。クラトスがこの剣を信用しなかったのも分かるな。」
「違うわ!!聖剣はそんなものじゃない!」
アンナが、ストレイの手を借りて立ち上がりながら叫んだ。
「聖剣が力を発揮しないのは、あなたを認めていないからよ。いくらクラトスの姿をしていようと所詮あなたはクラトスではないんですもの。聖剣が力を貸してくれるはずがないわ。」
“クラトス”はアンナの叫びを一笑に付した。
「ならば、お前の聖剣なら私を倒せるというのか!?その力見せてもらおうか!」
(速い!!)
一瞬の間に自分に攻撃をしかけてきた相手のスピードに驚きながらも、アンナはなんとかその剣を受け止めた。続けて何度も打ち下ろされてくる剣の一つ一つを防御し続けている。
“クラトス”は、どんなに攻撃を受けようと決して自分の方からは攻撃を仕掛けようとしないアンナを、情け容赦なくいたぶり続けた。
ロイドとストレイが援護に入ろうとするも、空いているもう一方の手から放たれる術に邪魔され、なかなか近付けずにいた。
その時、彼らの背後からブレイズがフレイムランスを“クラトス”に向け放った。舌打ちして後退する“クラトス”。
「馬鹿野郎、何やってるんだ!何で攻撃しない?」
ブレイズの怒鳴り声に、アンナはキッとして睨み返した。
「そんな事出来る訳ないじゃない。だって、中身は違っても体はクラトスなのよ。」
「だから黙って殺されるって言うのか?俺は言ったはずだぜ。甘い考えは捨てろとな。お前はクラトスに殺されるのならそれでもいいと思っているだろうが、クラトスはどうなる?あいつの意識はまだ消されちゃいないんだ。自分の身体がお前を殺すのを見せつけられる事になるんだぜ。あいつは愛する者をその手で殺めるという地獄を、二度も味わう事になるんだ!」
「!!!」
「ブレイズの言う通りかもしれない。」
ロイドがアンナに近付き、静かな声で言った。
「ロイド君……」
「俺達が相手にしているのは天使クラトスなんだ。しかも力を全開にしてきている。そんな奴相手にクラトスの肉体を傷付けないように手加減しながら戦うなんて事、俺達には無理だよ。クラトスは俺達が苦しむのを見るのが一番辛いはずだよ。あいつをこれ以上苦しめない為にも、俺達は覚悟を決めなきゃならないんだ。」
アンナは目を伏せ、か細い声で言った。
「クラトスも……そう望んでいるのよね?…」
ロイドは頷き、“クラトス”の方を向き剣を構えた。目を閉じ、心の中でクラトスに話しかける。
(ごめんよ、クラトス。もしかしたら俺、あんたを助けられないかもしれない。でも、俺は諦めた訳じゃないからな。諦めずに足掻き続けていれば必ず道は開ける…そうだろ、クラトス?)
再び開かれた瞳に、もう迷いは微塵も残されてはいなかった。ロイドは仲間達の顔を見渡し微笑を浮かべ、
「よし、行くぞ!クラトスの為にも必ずエビルを倒す!!」
力強い声でそう叫ぶと自ら先頭に立ち突進して行った。ストレイが後に続き、アンナとブレイズは後方で術の詠唱に入る。
四人は見事なチームワークを見せ互角の戦いを繰り広げていたが、やはり歴然とした力の差を埋めるまでは至らず、戦闘が長引くに連れて、それは徐々に現れ始めて来た。
四人ともクラトスの強さは十分分かっていた。しかも今回はその強さの上にエビルの力も加わっているのだ。魔力の上昇とて半端ではない。素早い動きで四人を翻弄し、容赦なく無詠唱で術を叩きこんでくる。
ロイド達はかなりのダメージを受け続け次第に動きも鈍くなってきていた。
“クラトス”は、ボロボロになりながらも力を振りしぼり戦い続けている四人を冷たい目で見据え、冷酷な笑みを浮かべた。そして、向かってくる四人に向け最後の一撃を放ったのだった。
「ジャッジメント!!」
四人は、降り注ぐ光の雨にその身を貫かれ悲鳴を上げながら次々に倒れて行った。
「フフフ…。ゴミにしては頑張った方だな。誉めてやろう。だが、もうこれで終わりにしようではないか。私もそろそろこの遊びに嫌気がさしてきたのでね。一人ずつ止めを刺して行ってやろう。さて、誰から始めるかな?」
“クラトス”は、一人一人順番に眺めて行った。その視線がアンナの上に止まる。
「ふむ。お前からがいいかもしれんな。お前は例え生きて戻ったとしても、使命を果たせなかった光子として処刑が待っているだけだ。どうせ死ぬのなら今ここで殺されたとて大した違いはあるまい?ましてや愛する者の手で殺されるのだ。これこそ冥利に尽きるというものだろう。」
そう言いながらアンナの前に立った彼は、無表情に剣を振り上げた。アンナは目を見開き叫んだ。
「止めて!!もうこれ以上クラトスを苦しめないで!!」
アンナの目から涙が零れおちる。
と、その時、“クラトス”の胸のあたりがキラリと光ったと思ったら、突然動きを止めた。不思議そうに見上げるアンナ。“クラトス”は苦しげに顔を歪めている。
「ば…馬鹿な…何故お前が…」
胸を押さえ苦しげによろめく“クラトス”。
胸の光は徐々に輝きを増して行き……そしてアンナは確かに聞いたのだった。
『私は言ったはずだ。この体は私のものだ。あなたには絶対に渡さない、とな。』
その声は、戦いの間も常に彼女が求め続けていた優しい声。彼女が愛する唯一人の人の声だったのである。
−決戦 終−