13.クラトスの覚悟
アンナが懐かしい声を聞いたその直後、クラトスがガクリと膝を折った。
「!!!クラトス!?」
驚き駆け寄ろうとするアンナ。
「近寄るな!!!」
その有無をも言わせない声に、アンナはビクリとして立ち止った。
クラトスは大量の脂汗を流し、酷く苦しそうだった。歯を食いしばり必死に何かを抑えている。
「クラトス・・・クラトスなんでしょう?」
困惑気にクラトスに確かめるかのように呟くアンナの背後からブレイズの声が聞こえてきた。
「今表に出ているのはクラトスだ。」
「だったら、何で!!」
何で近寄らせてくれないの?・・・クラトスの方を見るアンナ。
「まだ完全に抑え切れた訳じゃない。いつまた入れ替わるか分からないんだ。」
すると、ブレイズの説明を裏付けるかのように再び声が聞こえてきた。
『まさか、未だ消えずに残っていたばかりか、再び体を取りかえすとはな。驚くべき精神力だ。誉めてやろう。だが、果たして今のお前に私を抑えきる事など出来るのかな?もうすでに大分苦しそうではないか。』
からかうようなエビルの声。アンナ達は何もできず、ただ、クラトスとエビルの精神の戦いを見守るしかなかった。
するとその時、戸口の方が騒がしくなってきたかと思ったら、長老達とソアラが駆け込んできた。
「加勢にきたぞい!」
と、アブソーブ。だが、すぐに目の前の情景に目を丸くする。
「なんじゃ、どうしたと言うんじゃ?」
「・・・まさか、体をエビルに?」
ソアラの問いかけに黙って頷くアンナ達。ソアラは目を見開いた。
「エビルを倒す方法とはこの事だったのですか!?なんて無茶な真似を!!」
『おや、母上ではありませんか。フフフ・・・心配せずともすぐに終わりますよ。こいつに私を抑え続ける力などないからな。あなたの大事なクラトスは再び私に吸収される。そして今度こそジ・エンドだ。つまり無駄な抵抗・・・最後の悪足掻きだという事ですよ。』
「・・・最初から・・・あなたを抑え切れるなんて・・・思って・・・いない・・・」
クラトスは苦しげにそう言うと、ゆらりと立ち上がった。
「ほんの数分・・・もてばそれでいいんだ・・・」
皆に背を向け広間の奥に向かって立つと、聖剣を掲げて目を伏せ、意識を集中させた。
すると突然に城が大きく揺れ始めた。激しく突き上げるような揺れにクラトスを除く全員がその場に蹲ってしまう。
見ると、剣を掲げるクラトスの前にぽっかりと黒い大きな穴が出現した。そしてそれは徐々に大きくなっていった。
『な、何をする気だ!!』
「あなたなら聞かずとも分かるだろう?時空の扉を開いたのだ。あなたは私の体を乗っ取り、私の力を使う事が出来た。それはつまりその逆もあり得るという事だ。私があなたを取り込んでいる間は、私があなたの力を使う事が出来る・・・・・。」
『取り込んでいる間はな。』
クックと笑うエビル。
『扉が開き切るまではまだ数分かかる。そして、お前の力では、その間己を保ち切るなど不可能だ。私がお前を再び取り込み、開きかけた扉を閉じれば済む事だ。お前は無駄な事をしているんだよ。その証拠に私は今すぐにでも体を取りかえす事が出来る。恐らく私を取り込んだ状態で次元の挟間へと飛び込み、自分ごと私を挟間に封印するつもりだったのだろうが、残念だったな。』
クラトスの中で己の精神を全開にしようとするエビル。だが、その時クラトスはとんでもない行動に出たのだった。
「そうはさせん!!」
一声叫ぶと、なんと聖剣を自分の胸に突き刺したのだった。
「クラトス!!」
アンナが悲鳴を上げ、再び膝を折ったクラトスに駆け寄った。
『ぐわああああああ!!・・・・・き、貴様・・・な、何を・・・』
「・・・あなたが言うように、私の力だけではほんの数分と言えどもあなたを抑えておくのは無理だろう。だが、聖剣の力を借りれば話は別だ。長い間闇の力の中で生きてきたあなたは、聖なる力に対する耐性をすっかり失ってしまった。聖剣の聖なる力に抑えられ、今のあなたは身動き出来ないはずだ・・・」
クラトスは、そこまで言って血を吐いた。崩れそうになるクラトスの体をアンナが支える。クラトスは話を続けた。
「とは言っても、聖剣の力とて完全ではない・・・・恐らくは数分しかもたないだろう・・・だが、扉が開き、中へ飛び込むまでもってくれればそれでいいのだ・・・」
『くっ、き、貴様!!よくも・・・』
クラトスはそこで、アンナを強く突き飛ばした。
「クラトス!?」
呆然と自分を見るアンナに、クラトスは微笑み言った。
「この城は間もなく時空の挟間に飲み込まれるだろう。その前にこの城を退避するんだ。」
「・・・何で・・・・嫌よ、絶対に嫌!貴方を置いて行くなんて出来ない!!」
「お前は生きろ・・・光子ではなく、普通の女性として・・・平和な世界で幸せになるんだ。」
大きく目を開き涙を浮かべるアンナに、クラトスは優しく笑いかけた。そのまま視線を背後にいるストレイとブレイズ、長老達に移すと、
「・・・ストレイ・・・アンナを頼む。お前なら彼女を立派に支えてやる事が出来る筈だ・・・・・ブレイズ・・・あなたには本当に世話になった。今まで有難う。これからは私の代わりに、アンナを守ってやって欲しい・・・そして、長老方、これからも彼女を見守ってやって下さい。」
そして、お願いしますと、頭を下げた。
顔を上げたクラトスは、次にロイドを見る。ロイドは何とも言えない表情を浮かべクラトスを見ていた。
「ロイド・・・またお前を巻き込んでしまって済まなかった。それに一緒に帰るという約束も果たせなかったな。私はお前に何もしてやれなかった・・・にも関わらず、お前は本当に立派に成長してくれた。私はそれだけで満足だ・・・済まなかったなロイド。こんな父をどうか許してくれ。私の事などもう忘れてくれて構わないから、どうか、向こうへ帰ったら、お前自身の幸せをつかんで欲しい。」
最後にクラトスは、ソアラの方を向いた。黙ったまま自分を見詰めているソアラを、クラトスも何も言わずに見詰め返す。その唇がゆっくり動いた。それは声には出されなかったが、ソアラにははっきりと聞こえたのだった。
“母上、有難う”と。
クラトスは、ゆっくりと立ち上がると、今まで見せた事がない晴れやかな笑顔を浮かべ一同を見渡した。そして、深々と頭を下げると、ぽっかりと開いた闇の穴の中へとその身を躍らせたのだった。
「クラトス―――!!いや〜〜〜〜!!!」
両手で顔を覆ったアンナの口から放たれた悲痛な叫び声は、いつまでも広間に響き渡っていた。
真っ暗な闇の中で、クラトスは意識を取り戻した。
時空間の挟間・・・時空間と時空間がぶつかり合うその場所には、激しい嵐が吹き荒れていた。その風は倒れているクラトスの体を翻弄し、容赦なく傷めつけ続けていた。このままここに居れば、確実にこの体は切り刻まれる事だろう。
痛みに耐えているクラトスの耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。クラトスは横たわったまま顔をそちらへと向ける。そこにはやはり身を横たえているエビルがいた。その姿はクラトスが幼き頃に見た、彼の姿そのものだった。
(聖剣の力が、弱まり分離したのか・・・)
「全く、お前には驚かされたよ。まさか、あんな行動に出るとはな。」
エビルは、クラトスを見てニヤリと笑い起き上った。
「ここにいても死を待つだけだぜ。開かれた扉も直に閉まる。とは言え、俺にもお前にも、もう脱出するだけの力は残ってない。だが、二人の力を合わせればそれも可能だ。どうだ、クラトス?お前だって本当は死にたくないんだろう?」
クラトスはエビルを悲しそうに見ると、自分も体を起し立ち上がった。そして胸に刺さった剣を引き抜くと、それを杖代わりにしてふらつく体を支えた。二人はしばらく対峙したままお互い見つめ合っていたが、やがてクラトスが口を開いた。
「もう、終わりにしましょう。あなたがあの世界の人達と共存する気がない限り、あなたはあそこへ戻るべきではない。」
そう言って剣を構える。
「俺を倒すつもりか?お前にそれが出来るのか?」
「今のあなたなら十分に倒す事が出来る!!」
クラトスはそう叫ぶと、エビルに向かって突進した。エビルはすかさず後ろへと飛ぶと彼との距離をとり術を放ってきた。クラトスはそれを避けながら距離を縮めて行く。
(思った通り、もうエビルには殆ど魔力が残っていない!!・・・それは私も同じだがな。)
クラトスは一気に間合いを詰めると、驚愕するエビルの前で剣を掲げた。二人の周りに光の魔法陣が現れる。
「これで終わりだ!シャイニング・バインド!!」
「ぎゃあああああああ!!!」
凄まじい悲鳴を上げその場に倒れるエビル。彼が動かなくなったのを見定め、クラトスはふらふらと後退し、五、六歩下がった所で自身も崩れ落ちた。薄れゆく意識の中、兄を見詰めるクラトス。
「・・・大丈夫・・・すぐに私もあなたの所へ行きます。そして、今度こそあなたの希望通りずっと傍にいますから。あなたのたった一人の弟として・・・。だから、あなたを殺さなければならなかったこの弟を、どうか許して下さい・・・・・兄さん・・・。」
そして目を閉じると、そのままクラトスの意識は闇の中へと沈んでいったのだった。
−クラトスの覚悟 終−