14.クラトスの涙
クラトスが姿を消してからも黒い闇の穴はどんどんと大きくなっていった。辺りには暴風が吹き荒れ城は大きな揺れと共に崩れ始めていた。
「このままじゃ城ごと飲み込まれちまうぞ。早く外へ出るんだ!!」
ブレイズの怒鳴り声に皆は一様に頷くと、激しく揺れている床に這いつくばりながら出口へと向かい始める。そんな中、アンナだけは広間の中央に立ったまま動こうとはしなかった。
「アンナ、何してるんだ。早く外へ!!」
穴をじっと見詰めたままのアンナに、ストレイが焦って声をかける。
ストレイの声に、アンナはゆっくりと振り返った。
「……ごめんね、ストレイ。」
「えっ!?何を言って…」
驚くストレイに、アンナはもう一度謝った。
「ごめんなさい…でも駄目なの…私は、クラトスじゃないとやっぱり駄目なの。」
「アンナ?」
「…ストレイの気持ちは分かっていた。いつも傍にいて私を守ってくれてきた事にもすごく感謝している。あなたの事は今でも大好きよ。でも、クラトスへの思いとは違うの。彼が別の世界の人で、いずれは帰ってしまう人だと分かっていた。それでも、彼がどこか別の所ででも生きてさえいてくれれば、それだけで私は頑張っていけると思っていたわ。でも、このままだと彼はいなくなってしまう。そんな事私は耐えられない。」
アンナは涙を浮かべストレイを見詰めた。
「ごめんね、ストレイ。あなたじゃ、クラトスの代わりにはならない。だって、あなたはクラトスじゃないんですもの。私が愛しているのは、クラトス唯一人なの…私は彼と運命を共にしたい…私は光子になってから、ずっと自分を抑えながら生きて来た。これはそんな私の最初で最後の我儘…だから許して……さようなら、みんな。今まで有難う。」
そして、穴へ向って走り出し、その中へと身を投じた。
「アンナ!!!」
追いかけようとするストレイを、ブレイズがひき止める。
「馬鹿、なにやってる。お前まで死ぬ気か!」
「でも、アンナが!」
ブレイズの腕の中でもがくストレイの肩を、ロイドがポンと叩き頭をポリポリと掻きながら溜息をつく。
「全くしょうがねえな。あの二人、危なっかしくて見てられないよ。」
ゆっくりと穴へと歩み寄りながらぼやくロイド。
「俺がちょっくら迎えに行ってくるよ。」
「迎え?」
と、そこへオリジンが姿を現した。ロイドを睨みつけると文句を言う。
『エターナルソードを使うつもりのようだが、何度も言ったように、この世界では我の力は百パーセントの効力は発揮できんのだ。へたをすればお前も死ぬ事になるのだぞ。』
「何もしないよりはマシだろ。俺は最後まで諦めない。諦めちまうのは嫌なんだ。」
じっと自分を見上げてくるロイドに、オリジンは肩をすくめた。
『どうなっても知らんぞ。』
ロイドは、目を丸くしている一同に向かって微笑み、
「それじゃあ、そう言う事で。行ってきま〜す!」
明るい声でそう言うと、穴の中へと飛び込んで行ってしまったのだった。
呆然と見送る一同。そんな連中に、ブレイズの叱咤が飛んだ。
「ほら、ほら、何やってる。あんな馬鹿共は放っておいてさっさと外へ出ろ!こんなトコで心中したいのか!!」
追い立てられるように外へと向かう皆の横を、緑色の一陣の風が通り過ぎて行った。正体を見定めようとするも、その風はそのまま穴へと吹き抜けて行き、確認する事は出来なかった。
ブレイズは一瞬動きを止めその風を目で追っていたが、小さく舌打ちすると、
「全く、バカばっかりだぜ。」
と呟き、ニヤリとした。そして、再び一同を追い立てる事に精を出すのであった。
クラトスは、自分が何か温かいものに包まれているのを感じ、意識を取り戻した。
小さく身動ぎすると、ゆっくりと目を開けた。その目に映った姿に目を丸くする。
「アンナ!?」
「お早う、クラトス。ようやくお目覚め?」
笑顔でそう言うアンナは、クラトスの体を抱くようにしながら優しく見下ろしていた。恐らく彼女が張ったのであろう、二人は光の防御膜に包まれ、時空の嵐からその身を守られていた。
「馬鹿な!何故お前がここにいる!?」
「怪我の方は回復魔法をかけておいたわ。だいぶ気分いいでしょ?」
「そんな事は聞いていない!何故お前までがここへ来たのだ!…まだ間に合う。二人は無理でもお前一人だけなら脱出できるはずだ。時空の扉が閉まりきらない内にお前だけでも外へ出るんだ。」
「残念だけどそれは無理。」
アンナはペロリと舌を出した。
「ここへくるまでに力を使い過ぎちゃって、もう殆ど残ってないの。」
「…お前は相変わらず嘘が下手だな。何故分かってくれない。私はお前だけでも生きて欲しいのだ。」
「分らないのはクラトスの方よ!」
アンナは叫んで、クラトスを睨みつけた。
「いっつも自分の考えばっかり押しつけて、私の気持ちなんて全然考えてないじゃない。貴方を犠牲にして一人生き残ったって嬉しくなんかない!」
涙を浮かべて自分を睨みつけるアンナを見て、クラトスは目を伏せた。
「アンナ…お前の気持ちは嬉しい。だが、私はどちらにせよもう長くは生きられないのだ。左手のエクスフィアが傷つき、今この瞬間にも私の体を蝕み続けている。遠からず私は死ぬか、自分を失ってしまうだろう。その前に、残された短い時間をお前の為に使いたい、そう思ったから私は…。だから、お前は生きろ。お前が生き続けてくれる事が、私の生きた証となるのだから。」
「い・や・よ!」
頑強に首を振るアンナ。
「これ程言っても分からんのか!お前はまだ若い。死に急ぐ事はあるまい!!」
「爺さんみたいな事言わないでよ。私は私のやりたいようにするわ。貴方の指図は受けません!!」
「いつまでも子供のように駄々をこねるんじゃない。馬鹿な事を言っている暇があったらとっとと出て行け!」
「馬鹿とは何よ!私から言わせりゃ、貴方の方がよっぽど馬鹿よ!!」
「何だと!!」
「何よ!!」
「おい、いい加減にしろよ…」
突然に聞こえてきた声にギョッとする二人。見ると呆れた顔をしたロイドが立っていた。
「こんな所でまで喧嘩かよ。」
「ロイド?何故お前までが…」
「いいから、ちょっと黙って大人しくしててくれよ。これからエターナルソードで移動するから。」
「無茶な事は止めろ。こんな所で使ったらお前の体がもたんぞ!」
「もう、おせーよ!」
ロイドの周りに光の魔法陣が現れ始める。
「オリジン、行くぞ!!」
『あまり気が進まんが仕方あるまい。』
溢れ出る光は三人の体を包み込んだ。剣を掲げ必死に力を制御するロイド。
と、その時である。
“ソレハワタシノモノダ…ワタシノカラダヲカエセ!!”
不気味な声と共に、倒れていたエビルが動き出したのだ。エビルは崩れかけた体を引きずりながら三人の元へと近付いてくると、クラトスの足をつかんだ。
“…ワタシノカラダ…ワタシノモノ…”
クラトスを見て、原型を留めていない崩れかけたその顔がニヤリと笑った。クラトスは咄嗟に自分を抱えているアンナを突き飛ばした。
「クラトス!!」
支えを失ったクラトスの体はそのまま物凄い勢いでエビルの方へと引き摺り込まれていく。
エターナルソードの制御に全神経を注いでいるロイドは、その状況を目にしながらも攻撃に転ずる事は出来なかった。
そんな彼らを尻目に、エビルは引き寄せたクラトスの体に覆いかぶさり、その胸に手を置いた。体をもたないエビルの手は、そのままズボっとクラトスの体内へ侵入して行った。
「ぎゃああああああ!」
目を剥き凄まじい悲鳴をあげるクラトス。
“ヒトツニ…ワレラハヒトツ…”
「うわあ…あう…ああ…あああああ…」
エビルは、もがき苦しむクラトスに構わず、どんどんと体内へと入り込んで行く。
アンナが駆け寄り引き剥がそうとするが、精神体のエビルをつかむ事が出来なかった。
「…もう…いい…アンナ。」
懸命にクラトスを取り戻そうとしているアンナを見てクラトスが言った。苦痛に顔を歪ませながらも何とか笑顔を浮かべアンナの手を握る。
「これが…私の運命だったのだろう…。私は、ここでエビルと…兄と一つになる。そしてここでお前をずっと見守っているから…だから…お前は元の世界へ戻って幸せに…」
クラトスは目を伏せた。その目から涙が零れ落ちる。
(!!……クラトス!?)
初めて見るクラトスの涙に、アンナは目を見開いた。
「だが…出来る事なら、お前と…お前ともう少しだけ共に生きて行きたかったな…」
その言葉を最後に、ガックリと力を失いクラトスの手が落ちた。
「駄目よ!クラトスを返して!この人はあんたのものじゃないんだから!!」
狂ったように叫びながらエビルと引き剥がそうとするアンナ。だがその手はエビルを素通りするだけで、エビルはクラトスの中へと入り込む事を止めなかった。
「嫌よ、誰か助けて…クラトスを助けてよ―!!」
するとその時だった。物凄い勢いで緑色の影が突っ込んできたかと思ったら、それはエビルとクラトスを見事に引き剥がしたのである。エビルの崩れかけた体は後方へ大きく吹っ飛び、グシャという不気味な音と共に床へと落ちた。
アンナは驚いていきなり現れたそれへと目を向けた。
そこには見たこともない人物…緑色の髪をした逞しい身体の戦士が立っていたのである。
−クラトスの涙 終−