15.アンナ爆発
その人物は、エビルの方にチラリと視線を送った後、クラトスの傍に膝をつき、その胸に手を当てた。その手から発した光が、クラトスの中へと流れ込んでいく。すると、微かな呻き声と共にクラトスの目がうっすらと開かれた。その目が自分の様子を覗き込んでいる目とぶつかった。
「……ノイシュ?」
かすれた声でそう呟いたクラトスに、その人物は大きく頷くと、
「はい、そうです。ノイシュですよ、クラトス様。」
と、嬉しそうに微笑みを浮かべ答えた。
「この異常な空間が私を変化させてくれたのです。一時的なものみたいですけどね。でも、貴方のお役に立てて嬉しいです。今、私のマナを少し貴方の中へ入れたのですが、気分はどうですか?」
「有難う……だいぶ楽になったようだ。」
「おい……お前、本当にあのノイシュなのかよ。」
信じられないというようなロイドの顔。アンナも目を丸くしている。
「ええ、ノイシュです。ただの犬じゃなくて残念でしたね。」
ノイシュは二人にニッコリと笑って見せた。
「もう少しゆっくりとお話ししていたいのですが、そうもいかないみたいですね…」
背後へ目をやるノイシュ。
見ると、倒れていたエビルがムクムクと起き上がっている所だった。
エビルは、もはや人の形をしていなかった。アメーバのようなドロドロとした黒い物体と化しており、形を成そうとするも、すぐに崩れ落ちてしまっていた。
“ウオオオオオ!!”
雄たけびを上げ、ビチャビチャと何かをまき散らしながら、こちらへと向かってくるエビル。
“カラダ…ワタシノカラダ…”
「嘘だろ!?まだ死んでねえのかよ。あいつは化けモンか!?」
ロイドが驚きの声を上げる。
「私があいつを抑えます。長くは無理でしょうから、ロイドさん、移動の方、なるべく急いで下さい。」
「ノイシュ!お前一人では危険だ!」
走り出すノイシュに向かってクラトスが声を上げた。ノイシュは振り向き、クラトスに笑いかけた。
「大丈夫です。どんな事をしても抑えてみせますから!」
ノイシュは、エビルへと一気に間合いを詰めると攻撃を開始した。だが、それは、ぶよぶよとしたその体には殆どダメージを与えられなかった。アンナも後方から術で援護を始めるが、それさえもエビルの体は吸収してしまうのだ。
敵の攻撃を自分のエネルギーへと変え、どんどんと大きくなっていくエビル。そして体から触手を出すと、ノイシュを自分の中へ取り込もうとする。ノイシュは、それらをかわしながら攻撃を続けているのだが、かなり苦戦しているようだ。
「ちょっと、ロイド君、まだ駄目なの!?」
アンナはノイシュの苦戦に、焦ったようにロイドを見る。
『ここは、異常な空間なのだ。ただでさえこの地では我の力は十分発揮できんのに、その上四人分の移動をしなければならん。力を限界まで上げなければ無理なのだ。中途半端に発動しようものなら、四人とも無事では済まん。』
「でも、このままじゃノイシュが…。術は吸収されちゃうし、どうすればいいの…」
「奴は、聖なる力に弱い。光の術なら吸収されないはずだ。だが、通常の威力ではすぐに復活してしまうだろう。奴が体を維持できない程に微塵にしなくてはならない。一番強力な光の術を準備しておけ。その間、私がノイシュに加勢して時間を稼ぐ。」
戸惑うアンナに指示を下して立ち上がるクラトス。アンナは慌ててクラトスの腕をつかんだ。
「無茶よ!今の貴方は立っているだけでも辛いはずよ!」
「無茶は承知だ。このままだとノイシュが…」
危ないと言いかけたその時、ノイシュの叫び声が聞こえた。
「クラトス様、危ない!」
クラトスは、咄嗟にアンナを突き飛ばすと自分も後方へと跳んだ。
二人が立っていた所へ、エビルの触手が伸びてきていたのだ。
触手はすんでの所で目標を失い、グシャンと鈍い音を立てて地面にぶつかると再びエビルの元へと戻って行った。
“オマエジャマ…ニゲル…ダメ…”
無事にかわす事ができたクラトスであったが、エビルが今度は、エターナルソードを使っているロイドへと触手を伸ばしてきたのを見て、そちらへと走り出す。ロイドは、自分に向かってくる触手には気付いたのだが、今動けば力が暴走してしまう為に動く事が出来ずにいたのだった。目を見開き、触手を見つめるロイド。
触手がロイドへと到達する寸前、その間に、強引にクラトスが割り込んできた。触手は、ロイドではなくクラトスに絡みつくと、その体を宙へと持ち上げ締め上げた。
「クラトス様!!」
ノイシュは、すぐにクラトスの救出へ向かおうとしたが、その一瞬の隙を、エビルは見逃さなかった。すかさず新たな触手を伸ばすと、ノイシュの体を絡み取ってしまう。
「!!しまった!」
“カラダ…ワタシノカラダ…フタツモ…”
嬉しそうにクラトスとノイシュを宙へと持ち上げ、笑うエビル。
「クラトス!ノイシュ!」
ロイドは叫ぶも動く事が出来ず、歯ぎしりをした。
“…アジミ…アジミ…オイシソウ…コッチノカラダサキニスル…”
エビルは、まず目標をクラトスへと定めると、その体を突き刺した。体内に入り込んだ触手は、クラトスの中を掻き回す。
「ぐわあっ!!」
“ヒッヒッヒッヒッヒッ…オマエクルシム、ワタシイイキモチ…モット、モット、クルシメ!”
喜びの笑い声を上げながらクラトスを苦しめ続けるエビルを見て、ロイドは堪らず叫んだ。
「畜生――っ、止めろ!!……オリジン、なんとかならないのかよ!」
『駄目だ。今動けば暴走する。もし溜めこんだ力全てが暴走すれば、この空間ごと吹き飛んでしまうぞ。』
「もう、どうにもならねえのかよ…このままじゃクラトスが…」
ロイドは、必死に苦痛に耐え続けているクラトスを見上げ、悔しげに呟いた。
“ヒヒヒ…オマエノリョウリオワッタラ、ツギハコッチノカラダ…ソレガスンデモマダ…フタツモカラダガアル…ワタシノカラダ、イッパイ…ゼンブ、ワタシノモノ…”
「……いい加減にしなさいよ……」
楽しそうに獲物をじゃらしていたエビルは、突如聞こえてきた低い声に動きを止め、声の主、アンナをジロリと睨みつける。
アンナは全身を震わせ俯いていた。その顔は前髪に隠れて表情は見えない。
“ナニ!?…イマ、ナントイッタ?”
「いい加減にしろって言ったのよ!!」
顔を上げ、エビルを睨みつけるアンナ。
「しつこく人をいたぶり続けて、あんた一体何様のつもり!?自分がこの世界の人間達に酷い目に遭わされたからって何をしても良いっていうの?自分一人が世の中の不幸を一身に背負った気でいるようだけど、冗談じゃないわ!!人間はね、誰だって辛い思いをして、それでもそれを乗り越えながら生きているの。あんただけが特別だなんて思うのは、筋違いもいい所だわ!!」
エビルを怒鳴りつけるアンナの体が眩しい位の光に包まれる。瞳もいつもの茶色から七色へと変化していた。光に包まれた体も徐々にその容相を変化させていく。
“オ…オ…オマエハ…マサカ…アノシュゴリュウノ…”
アンナの体の変化に、エビルはやっと彼女の正体に気付いたようだった。クラトスとノイシュの体を投げ出すと、その変化を阻止しようと彼女の方へと動き出した。
解放されたノイシュは着地すると素早くクラトスの元へ駆け寄り、落ちてくるその体を受け止めた。そして、アンナの方へと目をやる。
エビルの動きは鈍く、アンナの変化を阻止するには至らなかった。
「クラトスはあんたのおもちゃじゃない!…私はあんたを許さない。絶対に許さない!!!」
アンナの怒りは頂点に達し、そして爆発した。
彼女の体を包み込んでいた光は大きな音と共にはじけ飛び、そこに現れたのは七色に輝く光の竜へと変化したアンナの姿だったのである。
−アンナ爆発 終−