16.決着


 神竜へとその姿を変えたアンナは、背中の翼を大きく広げると宙へと舞い上がった。神々しい光を放ちながら羽ばたくアンナの体から美しい七色の光が飛び散り、光の雨となって辺りに降り注ぐ。
 そのあまりに美しい光景に、ロイドとノイシュは目を瞠り、我を忘れて見入ってしまっていた。

 “グワアアアアアア!!”

 聖なる光の雨を浴びたエビルは、悲鳴を上げのたうち回った。
そんなエビルに向って、アンナは轟く咆哮と共にブレスを吐きつけた。
エビルの体は瞬く間にしぼんでいき、ピクピクと体を震わせている。
アンナはエビルを無表情に見下ろしていた。

 “…タスケテ、ママ…ボク、シニタクナイヨ……ママガボクヲステタカライケナインダ…ママガ…ボクヲ…ステタカラ…”

『それは違うわ。あなたがそうなったのは、ただ、あなたが弱かっただけ。その証拠に、同じ立場のクラトスは自分の信念を持って、しっかりと生きて来た。あなたは、全ての原因をソアラ様へと押しつける事しかせずに、自分の足で立とうとしなかっただけなのよ。』

 “チガウ!チガウ、チガウ!!…オマエナンカニ、ナニガワカル!オマエナンカニ…オマエナンカニ…”

 エビルの体が怒りで、ブルブルと震え始めた。

“ユルサン…ユルサンゾ!オマエラノセイデ、ワタシノジンセイハ、メチャクチャニナッタノダ…コロシテヤル…ミナゴロシニシテヤル!”

 エビルの体が大きく膨らみ、そして凄まじい力を放ち爆発した。醜悪なゼリー状の体は粉々に吹き飛び、中から人の形を成した黒い影が出現した。真黒なその体は黒い炎に包まれ、目の部分だけが爛々と光っている。

「な、な、何なんだよこいつ。今までにない程のすげえ力を感じるぞ。」
 ロイドが驚愕の声を上げた。
『あれが、エビルの核となる部分…精神体のエビルの真の姿と言っていいだろう。』
 オリジンの説明に、見開くロイド。
「こんなに何度も変身されたんじゃキリないじゃんか。こんなんで本当にあいつを倒せるのかよ。」
『これが最後だ。こいつを倒せば全て終わる。』
「そんな事言ったって、こっちは俺は動けないしクラトスだって気を失ったままだ。こんな状態で、数段パワーアップしているあいつを倒せる訳ないだろ!」
 と、その時、エビルがアンナの方を向いたままニヤリと笑うといきなり魔力を放った。それはまっすぐとロイド達の方へと向かってくる。

 パキ―――ン!!

 しかし、それはロイド達には当たる事なく跳ね返った。アンナが瞬時にロイド達にバリアを張ったのだった。
 アンナへと攻撃の矛先を変えるエビル。アンナはその攻撃を避けながら、ブレスを吐き応戦している。ノイシュはすぐさまアンナの援護へと向かった。
「おい、二人がかりでもやばいんじゃないか。あいつ強すぎだよ。」
『心配するな。私も戦闘に加わる。』
 すーっとロイドの傍を離れて行くオリジン。ロイドは慌てて呼び止めた。
「ちょっ、ちょっと待てよ。俺一人でこの力を支えろって言うのかよ。」
『大丈夫だ。私の代わりにそいつがお前の補助をする。』
「へ?そいつ…って誰?」
 すると、きょとんとするロイドの目の前に、いきなりブレイズが現れた。
「おまた〜せしやしたあ〜!」
「!!」
『ブレイズ、そっちは任せたぞ。ロイドとクラトスを守ってやってくれ。』
「へ〜い。任されやしたあ!」
 おどけたように敬礼するブレイズ。その視線が横たわったままのクラトスの上に止まると、その顔が一瞬曇った。だが、すぐに元のおどけた表情に戻ると、
「さあ〜〜て。では、とっとと終わらせましょうかねえ!」
と、明るい声でロイドに言う。
「ホントにお前で大丈夫なのかよ。」
「大丈夫。俺の力を信じなさい!!」

 (いや…あんただから心配なんだけど…)

 ロイドはそう心の中で呟きながらも、最終段階へ向けその調整に全力を注ぎこむのだった。





 オリジンの加勢で戦況が逆転したのを見届けたアンナは、一人戦列を離れ更に高みへと舞い上がった。
 その目が、ふと倒れたままのクラトスへと注がれる。

 (クラトス……苦しかったでしょう。あなた一人にそんな辛い思いをさせてしまってごめんなさい。でも安心して。もうこれで終わらせるから…。)

 アンナは静かに目を閉じた。その体から更に強い光が放たれる。アンナが何かをしようとしている事に気付いたエビルは、それを阻止すべくアンナの元へ向かおうとした。だが、その前にオリジンとノイシュが立ちはだかりエビルに攻撃を加えてくる。エビルは舌打ちして後退せざるを得なかった。

『我は光の守護竜なり。目覚めし四人の神々よ、我に力を貸したまえ。』

 その声に応えるかのように、アンナの周りに、赤、青、緑、茶色の光が灯った。同時にアンナの目がカッと開かれる。

『邪悪なるものに裁きを!その汚れし魂を浄化せしめん!!』

 アンナと四つの光から力が放たれ、それは大きな一つの光の矢となって、エビルの体を貫いた。

 “ぐぎゃあああああああああ!!!”

 凄まじい悲鳴を上げたエビルの体が木っ端微塵に砕け散った。黒い炎はかき消され、黒い砂状の断片が辺りに舞い落ちた。

 “マダダ…マダ、ワタシハシナヌ…セカイヲ、ワガモノニスルマデハ…”

 砕け散ったエビルの体はスルスルと集まり始め、再び元の体を再生しようとしていた。
『いいえ、もう終わりよ。あなたの野望も何もかも…。あなたを縛りつけている全てのものから解き放たれて、静かな眠りにつきなさい。』
 大きく翼を広げたアンナの体から眩いばかりの光が発せられエビルを照らした。その温かく優しい光はエビルを包み込み、形成されかけた体を溶かしていく。

 “イヤダ…ヤダヨ…ママ…ボクヲステナイデ…ボクハ、ママニダキシメテホシカッタ…ママニ、ツツマレタカッタ・・・タダ、ソレダケヲネガッテイタノニ…”

 形を成さないエビルの瞳を見る事は叶わなかった。だが、ロイド達は確かに見たのだった。悲しげな表情を浮かべて涙を流しているエビルの姿を…。

 “おかあさん…”

 そしてエビルは母を求める小さな子供のようにそう呟くと、それを最後にその姿は完全にかき消えたのだった。
 それが、悪魔エビルの最期であった。



 エビルが消えるのを静かに見守っていたアンナは、地へと降り立った。
『終わった……』
 疲れたようにそう呟いたアンナの体から光が消え、人の姿へと戻って行った。そしてそのまま意識を失いその場に崩れたのだった。
その体をノイシュが素早く受け止め抱き上げた。
「よおし、めでたしめでたしってか?こっちの方もそろそろいいみたいだぜ。さあ、魔法陣の中に入った入った!」
 ブレイズの声に、ノイシュはアンナを抱えたまま魔法陣へと入る。
『私は、少々席を外させてもらう。』
「へ?何言ってるんだよ。」
 オリジンの申し出に目を丸くするロイド。
『ユアンがこちらへ戻るのに苦戦しているようなのだ。今のエビル戦の影響で時空の道筋が狂ったらしい。もう、すぐそこまで来ているようだから迎えに行ってくる。あの位の距離なら私の力だけでも大丈夫だろう。』
 オリジンはそう言って早々に姿を消してしまった。ロイドは思わずブレイズの方を見る。
「道筋が狂ったって?だって、ユアンも俺達と同じような所にいるってことだろ?大丈夫なのかよ。」
「あの人が助けに向かったんだから大丈夫だろう。それにユアンって人間離れしてるし。」
 のんびりとした口調で答えるブレイズに、ロイドは言葉を失った。
「ほれほれ、そんな事より、準備も出来たんだから、早くこんな不気味な所からおさらばしようぜ。」
「え?あ、ああ…」
 ロイドは納得がいかないようすだったが、素直に剣を掲げた。
「よし、いくぜえ〜〜!!」
 ブレイズの掛け声共にロイド達は光に包まれ、ようやく挟間からの脱出に成功したのだった。




 アンナは、ペロペロと顔を舐められる感触に意識を取り戻した。
「…ノイシュ?ここは…そっか、元の世界に戻ってこれたんだ。そしてあなたも私も元の姿に戻ったって訳ね。」
 アンナは体を起こすと周りを見回した。ロイドはまだ目覚めていないようで少し離れた所に倒れたままだった。そして、そのすぐ横には・・・
「クラトス!」
 ロイドの近くに倒れているクラトスを見つけアンナの顔が明るくなる。笑顔で駆け寄るとその体を抱き起した。
 だが、その途端、彼女の表情が凍りついた。
「クラトス?クラトス!!」
 狂ったように名前を呼びながら抱えた体を揺すり続けるアンナの声に、近くのロイドが意識を取り戻した。
「アンナさん?どうしたんだよ。」
 アンナは血走った目でロイドを見た。
「クラトスが…クラトスが…」
「何だよ。クラトスがどうしたって言うんだよ。」
「冷たいし、呼吸もしていないのよ!!!」
「!?」
 ロイドも慌てて起き上がると、アンナに抱えられているクラトスに手を触れた。彼女が言うように、その体はひんやりと冷たく、呼吸もしていないようだった。ロイドの目が見開かれる。
「嘘よ、嘘よね。お願いクラトス、その目を開けて!ねえ、目覚めてよぉ―!!」
 アンナは、どんなに揺すってもピクリとも動かないクラトスの冷たい身体を抱きしめ、いつまでも叫び続けるのだった。


−決着 終−