17.挽歌


 それからしばらくして、先に避難していた長老達がロイド達を見つけ駆け寄って来たのだが、その場の情景に目を見開き思わず立ち止ってしまう。
 アンナがクラトスを抱きしめ狂ったように泣き叫んでいる。そしてそのすぐ傍にはロイドが呆然と立ち尽くしていた。そのロイドからなんとか事情を聴き出した長老達は、ひとまずクラトスをセネリアへと運んだのだった。
 そして今、アンナ達はセネリアの長老の家にいた。
 クラトスの体は祭壇の準備が整うまでと、居間に設けられた簡易な寝台の上に横たえられていた。その傍らにはロイドが俯いたまま、身動き一つせずに寄り添っている。
 アンナはストレイと共に少し離れた所に立ち、その様子をぼんやりと眺めながら、何故私はここにいるのだろうと考えていた。
 このセネリアに来るまでの事をアンナは殆ど覚えていなかった。駆け付けてきた長老達に、クラトスから無理矢理引きはがされたまでは覚えている。

「クラトスが死ぬわけない!約束したんだから。必ず勝って、そして二人で戻ってこようって…そう約束したんだから!」

 奪い取られたクラトスを取り戻そうと必死に叫びながら長老達につかみかかり、それをロイドとストレイに抱き留められた。そして気が付いたらここに来ていたのだった。

 そうよ…クラトスが死ぬわけない。生きるって、生きる為に戦うって、そう言ってくれたじゃない…

 寝台の上のクラトスへと目をやるアンナ。
 クラトスは、胸の上に手を組まれた姿で横たわっていた。その姿は、まるで眠っているかのようで…

 でも、彼は息をしていない。心臓の音だって聞こえない。
 もう、彼が優しく微笑みかけてくれることはないのだ。私を叱ってくれる事もない。あの大きな手で私の手を握り返してくれる事も、私をあの温かな胸に抱いて優しく包み込んでくれる事もないのだ。彼は私の手の届かない所へ行ってしまった…

「嘘付き…」
アンナの目から涙が零れ落ちる。



 エビルが倒されたとの情報は、瞬く間に各地に伝わっていた。
 このセネリアにも、避難していた村人達がその事を知り帰って来始めていた。そればかりではなく、セネリア以外の人達も、エビルを倒した英雄たちを一目見ようと押しかけてきており、静かだったセネリアも一転して騒々しいまでの賑わいになってしまっていた。
 その者達は長老の家へと押し掛け、光子アンナや命を落としたという別世界の人間クラトスを我先に見ようと、窓という窓に群がり押し合い圧し合いしていた。屋敷の中でも、長老に仕える者達が居間の戸口に群がり、おっかなびっくり中を覗いていた。
 そんな訳で、彼らが廊下で中を覗きながらひそひそと話す声は、嫌でもアンナ達の耳に届いてしまっていた。
「おい、あれが光子様か?意外と小柄なんだな。」
「女性だとは聞いていたが、あんな華奢な体で本当にエビルを倒せたのか?」
「あれが別世界からきたという奴なのか?どうやってここに来たんだ。なんだか気味が悪いな。」
「だが、私達の為に命を落としたのだ。敬意を表さねばなるまい。」
 とその時である。一人の男の口から信じられない言葉が飛び出した。
「あいつはエビルの弟だと聞いたぞ。言ってみれば我々はその兄弟喧嘩に巻き込まれただけだ。感謝する筋合いはないだろう。」
 とたんに、辺りの者達はざわつき出す。
 アンナとストレイは思わず男の方を見た。見たことのある顔だった。確か、このセネリアで長老ブラストに仕えていた男だ。男は、アンナ達が自分を見ている事に気づきながらも平気な顔で話を続けた。
「かなりの剣術使いで魔術も出来たと聞いている。そんな男が別世界から何をしにここへ来たと言うんだ?エビルと手を組み、この世界を乗っ取ろうとしたとしか思えんじゃないか。大方仲間割れか何かでエビルに殺されたんだろう。死んでくれて助かった。もし生きていたら第二のエビルになっていたかもしれん。」
 男の話に周りの者達の態度が一変する。不気味なものでも見るかのようにクラトスを眺め出したのだ。
「やめて!!!」
 アンナが堪らずに叫んだ。
「クラトスはそんな人じゃない!何も知らないくせにいい加減な事言わないで!!」
「おや、光子様はこんな奴を庇おうというのですか?そう言えば光子様はエビルと同等の力をお持ちでしたな。」
 男はそう言いながら周りの者達を見回した。
「おい皆、下手な事を口にしない方がいいぜ。さもないと、この光子様がその死んだ男の代わりに第二のエビルとなりかねんからな。」
 お〜こわっ、と大袈裟に肩をすくめて見せる男。周りの者も怯えたようにアンナを見ている。
 アンナは男の言葉にショックを受け言葉を失ってしまった。そんなアンナを庇うようにストレイが叫んだ。
「いい加減にしろよ、お前ら!誰の為にアンナとクラトスさんが命を賭けて戦ったと思っているんだ。お前らみたいのを恩知らずって言うんだ!!」
「おお、へなちょこ剣士が大層な口を利くじゃないか。お前、こいつらに洗脳されたのか。」
「なんだと!!!」

「何の騒ぎだ!眠りについている死者の前で騒ぐのはよさんか!!」
 ストレイが男に掴みかかろうとした時、騒ぐ連中を一喝しながらブラストが居間に入って来た。そして何も知らないブラストは、男に目をやると、
「祭壇が整った。クラトス殿を運んでくれ。」
と命じたのだった。
「かしこまりました。」
 男は神妙に頭を下げるとクラトスへと近付いて行った。不安の種であるクラトスがいなくなるのが相当嬉しいらしく、その体をさっさと運びだそうといそいそと手を差し出した。
 ところが、その手はクラトスに届く寸前にロイドによってはねのけられたのだった。
「さわるな!!!」
 驚いたようにロイドを見る男を、ロイドは睨みつけた。
「そんな汚い手でクラトスにさわるんじゃない!」
「ロイド殿、どうしたと言うんじゃ。」
 訳が分からず、とりあえずロイドを宥めようとするブラスト。
 ロイドは近付くブラストを拒絶すると、クラトスの前に立ちはだかりその場の全員を睨んだ。
「お前ら皆同じだ。自分の事しか考えてない。クラトスがこの世界を救おうと、どれだけ苦しんだかなんて考えようともしない。お前らがこの世界を救う為に何をしたと言うんだ?何にもしてないじゃないか。クラトスの事を散々利用して戦わせて、それで平和になったら手のひら返したように今度は悪者扱いかよ。お前ら最低だ!お前らなんかにクラトスの死を悼んで欲しいなんて思わないしその資格もない。お前らなんかにクラトスを渡すものか!」
 涙を浮かべ、怒りに身を震わせているロイド。
 と、そこへ、
「おい、おい、何の騒ぎだ?」
 ブラストと同じような事を言いながら、今度はブレイズが人混みをかき分けながら入って来た。
 ブレイズは、ロイドと入口に立つ連中を見比べながら、
「ま、大体のトコは想像できるけどな。」
と肩をすくめる。
「おい、ロイド。こんな連中相手にマジになるんじゃねえよ。こいつらが愚かなのは分かり切った事だろ。」
「……」
 それからブレイズは、クラトスの傍にいくと、その体を、よっこらしょっと抱き上げた。
「何、ボ〜としてんだよ。クラトスを運ぶんだ。手伝えよ。」
「運ぶって何所へ…」
「光の聖域に決まってるだろうが!ユアンが戻ってきたら、すぐにエクスフィアを交換できるだろう。それまでこいつをマナの一番豊富な所に移しておくんだ。ソアラ様もそこで待っている。」
「待てよ。今更エクスフィアが届いた所で何にもならないじゃんか。だってクラトスは死んじまったんだぞ。」
「バーカ。こいつは死んじゃいないよ。自分で自分を仮死状態にしてるだけだ。理由は俺にも分からねえけどな。」
「かし…じょーたい?」
「死んでねえけど、死んだと同じ状態にしているって事だよ。」
 ポカンとするロイドに、ブレイズはイライラしたように説明する。
「お前だって知ってるだろ。天使って奴は死んだら体が残らねえんだ。ミトスの事を思い出して見ろ。」
 ロイドの目が大きく開かれる。
「…死んでない?クラトスは生きている?」
「だ〜〜〜!!だからさっきからそう言ってるだろうが。ぼけてんじゃねえよ、タコが!」
 ブレイズはとうとうイライラを爆発させた。
「だからこいつのマナがこれ以上消費されるのを防ぐためにもあそこに運ぶんだよ。分かったら、とっとと付いてこい!」
「ああ、分かった。」
 ロイドの顔が明るくなる。そんな二人の所にアンナ達が駆け寄って来た。
「私達も付いて行っていい?」
 ブレイズはチラリと二人を見ると、返事の代わりに顎をしゃくった。
「ほらほら、ボケ〜と突っ立ってんじゃねえよ!邪魔だろうが。どいたどいた!」
 戸口に群がっている連中を乱暴にかき分けながら外へと向かうブレイズ。
「ブ、ブレイズ殿!」
 ブラストが慌てて彼を呼びとめた。
「てな訳で葬式は必要ない。で?あんたも来るかい?」
「あ、ああ。同道させてもらおう。」
 ブラストは未だ訳が分からず戸惑っているようだったが、彼らの後に続いた。
「あ、一応断わっておくけどな。」
 ブレイズは玄関まで辿り着くと振り返って、ざわざわとし出した連中を睨みつけた。
「聖域には、こいつらと長老しか入る事ができない。ソアラ様が結界を張ったからな。付いてこようたって無駄だぜ。」
 吐き捨てるようにそう言い置くと、今度こそ外へと出て行ってしまったのだった。


−挽歌 終−