18.ユアンの帰還


 ブレイズ達は、クラトスをノイシュの背に乗せてローネリー村へと向かっていた。
 今までは暗い影を落としていたロイドとアンナの表情も今はすっかりと明るさを取り戻し、ロイドなどは喜びを抑えきれないとでもいうように、満面に笑みを浮かべ飛び跳ねるように歩いている。ブレイズは、そんなロイドをジロリと見ると、
「お前、現金な奴だな。さっきは連中相手に泣きそうになりながら一人エキサイトしてたのによ。」
 顔をクシャッとして、先程のロイドの顔を真似て見せるブレイズ。ロイドは口を尖らせた。
「だってあいつら余りにも酷いから。あれじゃあ、クラトスが可哀そうだ。」
 そんな三人の後ろでは、ストレイがブラストにセネリアでの事を説明していた。ブラストは渋面をつくり、話に耳を傾けている。
「奴がそんなひどい男だとは思わなんだ。光子様やクラトス殿の事をそのように言うとは…だが、そう言う私も一時はクラトス殿を疑った身。余り他人の事はとやかく言えんのだが。不快な思いをさせて申し訳ない。全ては私の不徳が致すところだ。」
「いいえ、もういいんです。」
 頭を下げるブラストに、アンナは頭を振って微笑んだ。
「クラトスが生きていた…それだけで私は十分なんですから。」
「俺もそうだよ。クラトスを生きて元の世界へ連れて帰れるってだけで満足なんだからさ。あんまし気にすんなよ。」
 ニコニコと笑っている二人を見て、ブレイズは溜息をついた。
「あのよ〜、水差すみたいで悪いんだけど、あんまり浮かれない方がいいと思うぜ。確かにクラトスは生きているが、何故そうなったのか原因が分かってねえんだ。元に戻る保証もねえ。諸手を挙げて喜べる状況じゃないって事、忘れない方がいいと思うぜ。」
「お前って嫌な奴だな。どうしてそんな脅すような事ばかり言うんだよ。」
「お前らが余りにもおめでたいからだろうが。」
「でも、ソアラ様が診て下さるんでしょう?だったら大丈夫よ。」
「そう!そうだよな〜。婆ちゃんだったらきっと直してくれるさ!」
 再びニッコリと笑い合う二人。

「だといいんだけどな…」
 ブレイズは、二人には聞こえないくらいの小さな声でそっと呟くと、ノイシュの背にいるクラトスを見た。彼は、クラトスのこの状態に危機感を覚えていた。彼の中の危険を嗅ぎつける嗅覚のようなものがしきりに信号を発し続けているのだ。

 (何かとんでもない事がクラトスの身に起きている…だが、それが一体何であるのかどうしても分からない)

 ブレイズは、クラトスに危機を感じながらも、何もしてやれない自分自身に苛立ちを募らせていた。



 ようやくローネーリーへと到着したロイド達は、廃墟の村を通り抜けて奥の聖域へと入って行った。ブレイズが言ったように、そこにはソアラが待っており一行を迎え入れた。そして、ソアラは大樹の前に用意した台の上に彼を寝かせるよう指示をした。
「やはり、仮死状態のようですね…」
 クラトスの状態を一つ一つ確認しながら呟くソアラ。順番に調べて行く彼女の手が胸へと触れたその時である。
「!!!」
 ソアラはピクリと身を震わすと思わずその手を引っ込めたが、何かを確認するようにもう一度胸へと触れてみる。
「?」

(さっき一瞬、何かを感じた気がしたのに、今は何も感じない。一体これは…)

 ソアラは横に立っているブレイズをチラリと見た。俺にも分かんねえよとでも言うように肩をすくめてみせるブレイズ。
「……」
 クラトスを見詰めたまま考えこんでいたソアラは、ふと、自分を心配げに見ているロイドとアンナの視線に気付き、二人を安心させるように微笑んで見せた。
「ここならクラトスにマナを供給する事が出来ますし大樹の守護も受けられるでしょう。大丈夫ですよ。」
 ソアラの言葉にホッとする二人。そして明るい笑顔を浮かべた。
「そろそろユアンさんが戻ってくる頃ですね。」
「私達がここにいるって分かっているのかしら?」
「その事なら、先程ブレイズがオリジン様に連絡をとりましたから、すぐにこちらへと来るでしょう。」
「あ、じゃあ俺、村の入り口で待ってるよ。」
「私も行くわ。」
 ロイドとアンナが駆けだして行く。
 二人を見送り、ソアラは再びクラトスへと視線を戻した。
「私の気の所為ならばいいのだけれど。このままクラトスを帰してしまっていいものなのか…」
「こっちの世界はエビル戦の直後でマナが不安定だ。こっちに比べたらまだクラトス達の世界の方がましでしょう。こいつの為にも向こうへ戻った方がいいと俺は思いますがね。」
 確かにブレイズが言うように、この世界に残るよりはあちらへ戻った方が、クラトスの体には良いのかもしれない。だが、そう思いつつもソアラは、妙な胸騒ぎを禁じ得なかったのである。



 村の入り口に立っていたロイドは、こちらへと向かってくるユアンとオリジンの姿を認め、顔を輝かせた。
「おーい、ユア〜ン!!」
 大きく手を振り飛び跳ねるロイド。
 だが、その姿が徐々に近付いてきてはっきりと見えるようになるや否や、とたんに眉を寄せた。
「よお、ロイド。出迎え御苦労!!…ん?どうした。変な顔をして。」
「いや…その格好…」
 ユアンの服は上から下までびりびりに破けていたのである。微妙な部分はちゃんと布地が残って隠されているからいいものの、あとは見事に切り裂かれており裸同然の姿であった。
「おお、これか。ちょっとしたハプニングがあってな。通じているはずの道がいきなり塞がり時空の嵐に巻き込まれたのだ。ワープされた時点で自然にこちらへと運ばれるはずがどういう訳かそこで止まってしまってな。あんな所に止まっていたら挽き肉になってしまうと焦っていた所、出口がぼんやりと光って見えたのだ。そこで何とかそこまで自力で渡ろうと、必死に泳いでいた。」
「泳いだ?あそこを?」
「何しろ宙に浮いているようで足が地に着いてないのだから泳ぐしかないだろうが。そうしたら、オリジンがやって来て助けてくれたと言う訳だが、溺れかけるわ、一張羅の服はこんなになってしまうわで、本当に酷い目に遭った。」

(こいつ、やっぱり人間じゃない!)

 ユアンの遣って退けたあまりに人間離れした離れ業にロイドはかたまってしまった。それを見たユアンは、何を勘違いしたのかニヤリと笑うと、ロイドの肩をポンと叩き、
「ロイド…気持は分かるが、私の肉体美に惚れてくれるなよ?私にはマーテルという永遠の愛を誓った女性(ひと)がいるのだから。」
誰が惚れるかってーの!!俺はそんな趣味ないし。」
「そうか?ちょっと期待してしまったのだが。まあ、クラトスの息子に手を出す訳にもいかんしな…ところでクラトスはどうしてる?」
「そう、それなんだよ。なんかさ、お菓子になっちまってさ。」
「…お菓子???」
(仮死状態です)
 キョトンとするユアンに、アンナが耳打ちする。
「熊が出た訳でもないのに死んだ振りしてるって言うんだ。まあ、振りでよかったけどさ。俺、一時はホントに死んじまったのかって焦っちまった。」
 こいつの説明を聞いているよりこの目で見た方が早いと、歩き出すユアン。ロイドはその後を追いながらしつこく話しかけてくる。
「なあなあ、エクスフィア取りかえれば目を覚ましてくれるよなあ?」
 ユアンはそれを無視して、クラトスの元へと急ぐのであった。



 クラトスの所へやってきたユアンは、ブレイズから状況を聞き出し、すぐさまその体を調べ始めた。

(これはエクスフィアの影響ではないな。ブレイズが言う通り自分で仮死状態にしたようだ。しかし何故?…)

 ユアンは目を閉じクラトスの胸へ手を置いた。しばらくその姿勢でじっとしていたが、やがて目を開けると首を傾げた。
「何だよ。どうしたんだよ。」
「いや…クラトスの心が読み取れない…」
「へ?」
「仮死状態でも精神は眠っていない。普通なら、こうして手を当ててマナの流れを感じ取ることで考えを読み取れるはずなんだが、何かに阻まれてそれが出来ない。精神をガードしているのか?…それに、いつものクラトスのマナとは何かが違う気がする。」
「どういう事だよ。」
 急に不安になるロイド。
「いや、済まない。私の気の所為かもしれん。今のクラトスは正常な状態ではない事だしな。とにかくエクスフィアを新しいものに交換してみよう。」
 ユアンは箱の中へ入れて大切に運んで来たエクスフィアを取り出すと、慎重にクラトスのものと交換した。
 固唾を飲んでクラトスを見詰める一同。しかし、いつまでたってもクラトスは何の反応も示さなかった。もう、駄目なのかと諦めかけたその時、アンナが震えを帯びた声で叫んだ。
「動いた!今、指が動いたわ!」
 一斉に全員の目がクラトスの手に集中する。
 すると、再びクラトスの指が微かに動き、少しして今度はぴくぴくと瞼が痙攣すると、ゆっくりとその瞳が開かれたのである。
「クラトス!!!」
 喜びの声を上げ、抱きつこうとしたアンナの動きが寸前で止まった。
 開かれたクラトスの目は、何処かを見ているようでいて実際何も見てはいなかった。光のないガラス玉のような瞳を虚空へと向けたままで、そこからは何の意志も、感情も、全く感じられなかったのである。


−ユアンの帰還 終−