19.元の世界へ


 ロイド達は大樹の元に佇んだまま、一様に暗い顔をして沈み込んでいた。
 ようやく目覚めたと思ったクラトスであったが、囲むようにして自分を見ているロイド達には全く注意を払わずに、ゆっくりと起き上ると一人ふらふらと近くの花が群生している所へと行ってしまったのだった。今、クラトスの傍にはブレイズが付き添っていた。その背に、出した状態のままになっている輝く蒼い羽を見ながら、ロイドが呟いた。
「あれって、以前のコレットと同じだよな…もしかして要の紋がいけなかったのかな。俺の腕がまだまだだったから…」
「コレットのあれとは違うと思うぞ。先程要の紋も見てみたのだが、きちんと修復されていたようだった。」
「だったら、何で!」
「それが分かれば苦労はせんだろうが!あの新しいエクスフィアにまだ馴染む事が出来ていないのか…とにかく、奴のマナは相当弱くなっていたのだ。その体で激しいエビル戦をやったのだからな、回復まで相当時間を要するだろう。もしかしたら、その為に自分を仮死状態にする事でマナの消費を抑えようとしたのかもしれないな。」
「……」
「今の我々ではどうする事も出来ん。とりあえず元の世界へ戻って、アルテスタに相談してみるしかあるまい。オリジンの話では、ブレイズの力を貸してもらえば何とか元の世界に戻れるとの事だ。問題はワープポイントなのだが、次元の門は未だ混乱状態にある。あそこのポイントが一番確実なんだが、どこか他のポイントを探すしかないようだ。風の神殿のポイントも使えなくなってしまったようだし、どうしたものか…」

「ここなら何とか時空の扉を開けるかもしれないぜ。」

 突然聞こえた声に振り向くといつの間にかブレイズが立っていた。
「何だよ、またいきなり現れやがって。クラトスはどうしたんだよ!」
 ロイドが口を尖らせる。
「また寝ちまったから、台に運んどいた。」
 背後の台の上に横たわるクラトスを指差し、ブレイズは肩をすくめた。
「起きている時なら心を読めると思ったんだが、やっぱり遮断しているようで駄目だった。あいつがああなった原因が未だ分からねえ。お前らの世界に戻って、エクスフィアに詳しい奴がいるんだったら、そいつに見てもらった方が確実かもしれねえな。ねえ、ソアラ様、ここならマナも十分あるし、ポイントを開く事も可能ですよね。」
「…そうですね。他の場所で開くよりはここの方が危険が少ないかもしれません。早速、相応しい個所を見つけてやってみます。明日までには準備できると思いますよ。オリジン様、ブレイズ、手を貸して下さい。」
 そう言って、ソアラは二人と共にその場を離れて行った。

 急に明日発つ事に決まったため、それからが大変だった。
 ブラストは他の長老達への連絡に走り、ロイドとユアンは帰還の準備に追われた。アンナとストレイはそんな彼らの手伝いと、それぞれ慌ただしく時を過ごし、そして気が付くと日もすっかり暮れてしまい、皆、疲れ切ってそのまま眠りについたのであった。
 夜も更けた頃、一人目覚めたアンナは、皆を起こさないように気遣いながらクラトスの傍にやってきた。台の上で眠り続けているクラトスの脇に膝をつくと、そっと、彼の髪に手を触れた。
「…明日になったらお別れなのね。」
 寂しげに微笑んで、出したままになっている彼の蒼い羽へと目をやる。
「この羽、綺麗よね。ユアンさんから聞いたんだけど、これは貴方のマナの色なんですってね。マナの事は私よく分からないんだけど、でも、これが貴方の色なんだっていうのは何となく分かる気がする。」
 アンナはそこでクスリと笑った。
「ねえ、初めて会った時の事覚えてる?最悪だったわよね、私達。顔を合わせれば喧嘩ばかり。貴方の事、何時も偉そうで、人を見下している嫌な奴だって思っていたわ。いつ頃からかしら、そうではないって気付いたのは…。
 気高くて、他人にも自分自身にも厳しくて、冷たい人のように思われるけど本当は誰よりも純粋で心の温かい人。傷つきやすいガラスのような心を持った人…それが貴方。
 貴方の事が分かってくれば来る程、どんどん惹かれて行ったわ。貴方の事が大好き。こんなにも愛せる人に出会えるとは思わなかった。でも、だからこそ別れなくてはならないのよね。貴方にはずっと生きていて欲しいもの。また元の強い意志を持った貴方に戻って欲しい。その為には元の世界に帰った方がいいのよね?だから、私は寂しいけど我慢するわ。貴方を心の底から愛しているから。」
 アンナは自分の胸にかけていたペンダントを外すと、それをクラトスに見せた。
「これは、私が実の母から貰ったものなの。ここの小さな玉の中に何か印が見えるでしょう?これ竜の紋章なんですって。養父からこれを受け取る時に聞いたの。竜…私の実の母の印。母が光の守護竜だと知った時、ああ、母はこの中からずっと私を守ってくれていたんだって初めて分かったのよ。
 以前、貴方は私に自分のお守りをくれた時があったわよね。あれはソアラ様が目覚める時になくなってしまったけど、今度は私から貴方にこれをあげるわ。私の一番の宝物、私の命そのもの…これで、どんなに離れていても私達はいつも一緒よ。」
 アンナはそう言いながら、そのペンダントをクラトスの首にかけようとした。
「あら?」
 クラトスの胸にペンダントがある事に気付くアンナ。なにかの紋章が彫られたそれを手に取り見詰める。すると、
「それは、クラトスの父ブレイヴの物です。そこに彫られているのはアウリオン家の紋章で、先祖の守護が宿っていると聞いています。」
 振り向くと、ソアラが立っていた。
「次元の門へと向うクラトスに私が渡した物です。大切に身に着けていてくれたのですね。」
「そっか、じゃあエビルとの戦いの時、きっとお父様がクラトスの事を守ってくれていたんだわ。」
 戦いの時、何度となくクラトスの胸元が光っていたのを思い出したアンナ。
「お守り二つになっちゃうね。でも、これだけあればもう大丈夫よ。きっと貴方は元気になれると思うわ。」
 そう言って、自分のペンダントも首にかけてやる。
「いいのですか?それはアレグナの形見なのでしょう?」
「大切なものだから彼に持っていてもらいたいんです。母は、ソアラ様の力さえ回復すればいつでも復活出来るのでしょう?だったら、私にはもう必要ないもの。」
 アンナは微笑みを浮かべクラトスを見た。
 何も言う事もなく眠り続けているクラトス。その胸にかけられた二つのペンダントは、アンナとソアラの願いに応えるかのように、月明かりに照らされながらキラキラと輝きを放っていた。



 翌朝、ロイド達はワープポイントの前にいた。クラトスも目覚めてはいたが、やはりその顔には何の表情もなく人形のように立っているだけであった。彼らの前には、ソアラとアンナ、ストレイ、それと長老達が見送りに来ていた。ブラストが一同を代表して前に出ると礼を述べた。
「この世界を救って下さり、本当に有難うございます。向こうに帰っても、どうかお元気で。」
「まあ色々あったけど、平和が戻ってよかったよ。クラトスの事はまかせてくれよ。俺が絶対に元気にしてみせるから。」
「頼んじゃぞ、ロイド!」
 アブソーブがバシバシとロイドを叩きながらワッハッハッと笑う。そして、ユアンを見ると、
「勇者様も有難うございました。またいつか酒を酌み交わしたいものですな。」
「もう、お前に呼び出されるのはごめんだ。まあ、結局私を呼んだのは風の神だった訳だがな。」
「それと、クラトス殿が元気になったら伝えて欲しいんじゃが。アンナの事は、わしら長老一同が責任をもって守っていくから安心してくれとな。」
「ああ、分かった。」
「元気でな、みんな。」
 ストレイが泣きそうになりながら言う横で、アンナはクラトスを見詰めていた。少し迷った末、思い切ったようにクラトスの前へと進み出るアンナ。
「クラトス、きっと元気になってね。私、いつもお祈りしているから。」
 約束よと、クラトスの手を取りギュッと握りしめる。

「それじゃあ、そろそろ行くぜ。」
 ロイドが明るい声でそう言うとエターナルソードを掲げた。ユアンが少し離れた所に立っていた二人の元へやってくる。
「アンナ、元気でな。クラトスの事は心配するな。必ず直して見せよう。」
「…ええ、お願いします…」
「クラトス、行くぞ。」
 クラトスの手を取り、連れて行くユアン。
 とその時である。
「え!?」
 思わず小さく声を上げるアンナ。アンナの手を離れる瞬間、クラトスが何かを彼女の手に握らせたのだ。呆然と、その何かを握ったままの恰好で佇むアンナ。
 程無くして、ロイド、ユアン、クラトス、ノイシュの体が光に包まれる。そして、そのまま開かれた時空の扉の中へと消えて行ったのだった。
 アンナはそこで初めて手を開いた。
「!!」
 アンナの目が驚きに大きく開かれる。そこにあったのは、アウリオン家の紋章の入ったペンダントだったのだ。
 思わす、閉まりかけた時空の扉へと駆け寄るアンナ。
「クラト―――スっ!!!」
 その声が届くはずもない事は分かっていた。それでもアンナは彼の名を叫ばずにはいられなかったのである。その目から涙が溢れてくる。
 アンナは、流れる涙を拭おうともせずに、ペンダントを握りしめながらいつまでもその場に立ち尽くしていた。


−元の世界へ 終−