1.溢れる涙


 クラトスが出て行った後、居間は静まり返っていた。
「やはりダイナス殿が言っていたように、所詮別世界の人間には我々の苦しみなど分からんのかもしれんな。神が選ばれた方ゆえ今まで協力してきたが、やはり別世界の者に期待したのは間違いだったのかもしれん。こうも簡単に投げ出して逃げて行くとは思わなんだ。」
 ブラストが呟いた。
 するとブラントが、
「それはそうと、やはりダイナス殿を探しに行った方がいいかもしれませんね。彼らに最初に疑いを持ったのはダイナス殿でしたから。」
「うむ。そう言えばそうじゃな。もしかしたらその為にダイナス殿は襲われたのかもしれん。すぐに捜索隊を組織しよう。」
 二人は、慌ただしく出て行く。
 そんな二人を見てロイドが吐き捨てるように言った。
「勝手な事ばかり言いやがって!」
 そして肩を竦めると、ノイシュの所へでも行くかと出て行きかけたが、背中にアンナの視線を感じ立ち止まり振り返った。
「何か用?それとも俺も逃げ出すとでも思った?」
 ひどく冷たい声。
 アンナはピクリとする。
「あ、あの・・・クラトスは本当に逃げ出したの?」
「誰だって逃げ出したくなるだろうよ、あんな言われ方したらさ。あんたもこれでスッキリしただろ。疑わしい人間がいなくなったんだからな。」
「・・・・・・・」
「・・・クラトスも悪いんだって分かってる。何も話そうとしないんだもんな。でも、あいつがそうするには必ず訳があるんだ。多分俺達の命を守るためにそうせざるを得なかったんだと思う。俺は誰が何と言おうとあいつの事を信じてる。例え俺一人でも信じてやらなきゃ、一人ぼっちで文字通り命がけで戦ってるあいつが可哀そうすぎるじゃんか。」
 抑えていた感情が爆発するかのように言葉の最後に至っては殆ど叫び声になっていた。そしてロイドは、涙の溜まった目でアンナを睨みつけると、乱暴にドアを開け表へ飛び出して行ってしまった。
 後に残され言葉もなく佇むアンナに、アブソーブが声をかけてきた。
「坊主の言う事も尤もじゃと思うよ。わしらはしてはならない事をしてしまったんじゃ。」
「・・・アブソーブさん。」
「クラトス殿に口止めされていたのもあって、この事は言わずにおこうと思っていたんじゃがな・・・」
 アブソーブは頬をポリポリと掻きながら非常に言いにくそうに後を続けた。
「実はさっき、クラトス殿がわしを訪ねて来たんじゃ。あの男は全てが終わった後のあんたの事をひどく心配しておった。この世界の人間は光子であるあんたに期待を寄せると同時に疎んでもいる。人間なんて勝手なものじゃからな。例えあんたがエビルを倒し平和を取り戻したとしても、今度はあんたが第二のエビルになるんじゃないかと疑いだす者も出てこよう。そんなあんたを迫害から守ってやって欲しいと、まさに土下座せんばかりに頼み込んできおった。」
「!!!」
「わしらはこの世界の者であるのにも拘わらず、平和になった後あんたの立場がどうなるのかなど誰も考えようとはせんかった。それなのに別の世界の人間であるクラトス殿はそんな先の事まで真剣に考えておったのじゃ。そんな男がエビルの手の者だなどと、わしには到底思えんのじゃ。じゃからわしは彼らの事を信じるよ。あんたも信じてやる気にはならんかね?」
「でも・・・でも!それならなんでクラトスはストレイをあんな目に遭わせたの?ダイナスさんの事だって彼は見捨てようとしたわ。」
「・・・その事ならストレイに聞いてみるのがいいんじゃないかの。当の本人なんじゃし何か知っとるかもしれんよ。」
 ものすごい勢いで居間を飛び出して行くアンナを見送り、アブソーブは溜息をついた。
「全く・・・慣れない気配りなんぞしたものだからひどく疲れてしまったわい。」
 そうぼやきながら椅子にどさりと腰を下ろすと、自分の肩をポンポンと叩き始めるのだった。




 退屈そうにベットに横たわりぼんやりとしていたストレイは、ドアを蹴破るようにして部屋へと入って来たアンナを見て目を丸くした。
「こ、光子様?どうしたんです。」
 アンナはベットの傍らにくると、落ち着くために大きく深呼吸した。
「驚かせてご免なさい。具合はどう?」
「もう大分いいですよ。サラ様の回復魔法のおかげか、もう動く事もできるし痛みもなくなりました。徐々に体を慣らす為にも、明日にでもクラトスさんに稽古をつけてもらおうかな。」
 笑顔でそう言うストレイを見て、アンナは目を伏せた。
「・・・・・クラトスなら出て行ったわ。」
「えっ!?何で?どうして!?」
「ブラスト様とブラント様が彼らをエビルのスパイじゃないかって疑ったの。私だってそう。疑われて当然よね。あなたをこんな目に遭わせた上にダイナスさんまで見捨てようとしたんですもの。問い詰めたら何も言わずに逃げるように出て行ってしまったわ。」
「何でそんな事をしたんだ!あれは違う、違うんだよ!!クラトスさんは敵の攻撃から俺を守ってくれたんだ。」
「嘘!だってあなたの周りに敵なんていなかったわ。私ちゃんと見てたのよ。」
「俺を狙ったのは魔物じゃない!ダイナスさ・・・いや、ダイナスなんだよ!!」
 アンナは目を見開いた。
「な・・・何・・・何を言っているの?・・・だって、ダイナスさんは味方なのよ。」
「でも本当なんだ。殺気を感じて振り向いたらあいつがいた。そして俺に向かって力を放ったんだ。あまりの事に俺は足がすくんで動けなかった。そこへクラトスさんが走り込んで来て俺の体を突き飛ばしたんだ。咄嗟の事で俺がどこへ飛ばされるかまで考えられなかったとしてもクラトスさんを責めるのは見当違いだ。あの時クラトスさんが突き飛ばしてくれなかったら俺は間違いなく死んでいた。」
「う・・・嘘よ。」
 アンナは頭を振りながら後ずさった。
「・・・・・さっき、クラトスさんがここに来たよ。これからは自分の代わりに、俺が光子様・・・アンナを支えてやってくれって言ってた。その時は何を言っているんだろうって思ったけど、今考えると、もしかしたらクラトスさんはあの時すでにここを出て行く決意をしていたのかもしれないな。」
「そんな・・・どうして?・・・嘘・・・嘘よ・・・そんなの嘘だわ!!!!」
 アンナは狂ったように叫ぶとストレイの制止も聞かずに部屋を飛び出して行った。



 気が付くと、アンナは祭壇の前にきていた。力が抜けたようにその場にペタンと座り込むとぼんやりと祭壇を眺めていた。
 しばらくそのままでいると、背後から誰かが近付いてきた。気だるそうに振り返るとそこにロイドが立っていた。ロイドは憔悴した様子のアンナを見ると黙ってその横に腰を下ろした。
「俺も昔さ、散々クラトスには振り回された。あいついつもあんな調子で何も言わないだろう?だから何を考えてるのか分かんねえんだよな。」
 アンナは顔を上げてロイドを見た。ロイドは優しく微笑んでいる。
「周囲の人間を巻き込まないようにと気を使ってばかりでさ。全部自分が背負いこんじまって、たった一人で苦しんで・・・全く、馬鹿みたいだよな。」
 ロイドはクスクスと笑った。
「真っ直ぐ過ぎるぐらい真っすぐで、だから俺もユアンもあいつの事が放っておけない。あいつがいくら拒もうが俺達はちょっかい出し続けるつもりだ。あいつが望んでいる事を叶えさせてやる為ならこの命をくれてやってもいい・・・なあんて思ってたりする。」
 ロイドは懐から何かを取り出した。
「あいつが、あんましあんたの事ばかり心配してるもんだから、俺ちょっとばかし嫉妬してるのかもな。あんたに渡してくれって頼まれてたんだけど躊躇してた。お守り、だってさ。」
そう言って革袋をアンナに握らせる。
「こ、これは!!」
 アンナは袋を開けると、中から虹色の光を放つ石を取り出した。
「おお、綺麗な石だな。宝玉ってやつか?」
 覗き込んできたロイドが呟いた。
 アンナの頭の中にクラトスの言葉が浮かんでくる。

 “私が生きてきた証・・・命そのものと言ってもいいかもしれない”
 “いつか私がこの石を必要としなくなった時はこれをお前にやろう”

「クラトスは、これを自分の命そのものだと言っていたわ。」
「え!?」
「どうして?どうしてこんな事するのよ!まるで形見みたいじゃないの。」
 アンナは石をしっかりと胸に抱いた。
「私が悪かったのね。貴方を疑ったりしたから・・・・・こんな物欲しくなんかない。私が本当に欲しかったのは貴方なのに。貴方が微笑んで傍にいてくれさえすればそれでよかったのに。」
 その目から涙が溢れて来た。次から次へと溢れ出て止まらない。
「その事に今頃になって気付くなんて。でももう遅い。あの人は行ってしまった。私は取り返しのつかない事をしてしまったのね。」
「戻ってくるよ。」
 アンナは涙に濡れた顔を上げロイドを見た。
「あいつは必ず戻ってくる。だってあんたを守る騎士はあいつしかいないんだから。そうだろ?信じて待っていてやろうぜ。」
「ロイド君・・・」
 アンナは手の中の石を見詰めた。

 クラトス・・・ごめんなさい。
 もう許してはくれないかもしれない・・・でももう一度貴方の笑顔が見たいの。
 勝手だって怒ってくれても構わない。
 私は貴方がいたから頑張ってこれた。貴方がいないと駄目なの。
 だからお願い・・・戻ってきて。
 私、いつまでも待っているから。

 アンナの手の中の石は、零れおちた涙を受けながら、いつまでも虹色の光を放ち続けていた。


−溢れる涙 終−