3.賭け


 足早に屋敷を出て行くサラにようやく追いつく事が出来たアンナは、サラの腕をつかんだ。
「待って下さい、サラ様。私を助けて下さるのは嬉しいんですけど、でも、ブラスト様にあんな事言ってしまっていいんですか。私なら大丈夫ですから。だから…」
 サラは立ち止まり、アンナを見詰めた。
「有難う、アンナ。あなたは優しい娘ですね。しかし、いいのです。遠からず私はセネリアから去らねばならぬ身でした。それが少し早まっただけ。」
「…サラ様は養女だったんですね。」
「ええ…昔、この村の近くで倒れていた所をブラスト様に助けられたのです。その後、傷が癒えた私はそのせめてもの恩返しにと、村に留まりブラスト様のお手伝いをしておりました。そんな私をブラスト様はかわいがって下さり、お子様がいらっしゃらなかった事もあるのでしょう、しばらくして私を養女に迎えて下さったのです。」
 アンナは少しの間迷っていたが、思い切って口を開いた。
「私は、サラ様とお会いするだいぶ前にクラトスに出会いました。それからずっと一緒に旅をしてきました。最初は衝突ばかりしていたけど、だんだんと彼の優しさが分かってきて、いつの間にか彼を愛するようになっていたんです。今まで全く他人を信じようとはしなかった私が、初めて心の底から信じられる人に出会う事ができた。それが何よりも嬉しかった。でも、そう思っていたはずなのに私はあの人を疑い遠ざけてまった。結局、彼を信じきる事が出来なかったんです。
 ずっと怖かった。少しでも目を離したらあの人は私の前から消えて何処かへ行ってしまうような気がして。だから、少しでも近づこうと必死に追いかけて、もがいて、苦しんで……そんなにもあの人から離れる事を恐れていたのに、私は自分から彼の手を離してしまった。
 サラ様よりも前からクラトスと共に行動してきた私でも彼を信じ切れなかったんです。それなのに、最近彼と会ったばかりの貴方が何故彼を信じ、恩のある養父のブラスト様に逆らってまで彼との約束を果たそうとなさるのですか?
 私、前にクラトスから聞いた事があるんです。こちらの世界にクラトスのお母様がいらっしゃるって。考えてみれば、貴方と会ってからというものクラトスの様子がおかしかった。決して自分から話しかけようとはせず殊更貴方を避けるようにしているかと思えば、反対にぼんやりと貴方を目で追っている彼を見た事もある。今までの彼からは想像できない姿で、ずっと引っかかっていたんです。
 ですから、さっき、貴方がブラスト様の実の娘ではないと知った時、もしかしたらって思ったんです。
 貴方は、クラトスのお母様なのではないのですか?だから彼の事を信じる事が出来たし、養父のブラスト様に逆らってでも彼との約束を果たそうとしていらっしゃる。だとしたら、貴方は…」
「げ、ホントかよ!?サラさんがクラトスのお母さん?」
 突然に背後から声が聞こえ、アンナとサラはギクリとして振り向いた。そこにはロイドとストレイが立っており、二人とも驚愕の表情を浮かべている。
「ろ、ロイド君達…いつからそこに!?」
「ん?さっきからいたぜ。それより、サラさんがクラトスの母さんだっていうの、本当なのかよ。」
 サラは目を伏せた。
「…クラトスの気持ちが落ち着くまで皆さんに言うつもりはなかったのですが、こうなってしまっては仕方ありませんね。アンナさんの言う通りです。私はクラトスの母親です。」
「嘘だろ?じゃあ、俺の婆さんって事になるのかよ。」
 ロイドは抱いていた淡い恋心が破れ、少なからずショックを受けているようだった。
「でも、クラトスは私を母親とは認めていません。当然です。私はあの子を捨てた酷い母親なのですから、憎まれても仕方ありません。」
「それは違うと思います。」
 きっぱりと言うアンナを、サラは驚いて見た。
「だって、クラトスはサラ様に私の事を頼むと言ったのでしょう?本当に憎んでいるのなら、そんな事は言わないはずです。クラトスはもうとっくの昔に貴方を許しているのだと思いますよ。」
「アンナさん……有難う…」
 アンナはニッコリと笑うと、ロイド達を見た。ロイドは呆然として、しきりに「婆ちゃん、婆ちゃん」と呟いている。
「それで?なんであなた達がここにいる訳?」
「え!?い、いや、俺達もアンナの事を手伝いたいと思って。」
 ストレイはどぎまぎしながら答え、隣のロイドを肘で小突いた。ロイドはハッと我に返る。
「実は俺、父さんから、自分のいない間アンナさんを守ってくれって頼まれちまったんだよね。俺としてはちょっと複雑な気分だったんだけど、さっき、アンナさんが“私は諦めない”って言い切っていたのを聞いて、もやもやしてたモンが消えちまった。さっきのアンナさんカッコよかったぜ。」
「俺もそうなんだ。クラトスさんからアンナを支えてやってくれって頼まれたから。クラトスさんが俺を信じてそう言ってくれたんだって思ったら凄く嬉しくてさ。だから俺はあの人との約束は絶対に守りたい。」
「二人とも有難う。」
 アンナは二人の気持ちがとても嬉しかった。そして、クラトスが、自分が彼を疑っていたにも関わらず、そんな自分の為に色々と根回しに奔走してくれた事に感謝するのだった。
「おっと、わしを忘れてもらっては困るぞい。」
 いつの間にやらアブソーブがロイド達の後ろに立っており、四人の中に割り込んできた。
「アブソーブさん!?で、でも、神殿が大変な時に長老の貴方がいないとセントールの人達が困るんじゃないですか?」
「ああ見えてあいつらは結構しっかり者なのでな。わしがいなくともちゃんとやるべき事は心得ておる。心配はいらんよ。それにわしとてクラトス殿からお前さんの事を頼まれた一人じゃからな。」
「アブソーブさん……有難うございます。」
「礼なぞいらんよ。わし、どうせ暇じゃし。」
「でも、正直言うと、私、これからどうしたらいいのか分からないんです。ローネリーへ行ったとしても、四神が封じられてしまった今、聖域への道を開く事はできなくなってしまった。それにローネリー村のどこにその入口があるかも分からないし…」
「入口の場所なら私が分かります。昔、あの村におりましたから。」
「ローネリーにいたじゃと!?」
アブソーブが素っ頓狂な声を上げた。
「しかし、あの村は大昔に廃墟になったんじゃぞ。まさか、昔あの村から姿を消した女性は自分だ、なんて言い出すのではあるまいな。」
「……その通りです。行方不明となった女性は私です。」
「ば、馬鹿な。当時の者が未だ生きているなんてあり得ん事じゃ。…あんた一体何者なんじゃ。」
「それは後でお話しいたします。どうせ聖域に入れば全て分かる事ですから。」
アブソーブは首を傾げながらもとりあえずは黙った。すると、今度はロイドが、
「あのさあ、その入口っていうのが分かっても四神の力がなくっちゃ意味ないんじゃねえの?」
「四神の力ならアンナが持っています。」
「え!?わ、私?」
「あなたの持っている聖剣ですよ。そこには四神の力が注がれている。そうでしょう?」
「!!!」
「聖剣は二本あるんです。一本なら力が足りないかもしれませんが、二本分が合わされば相当の力となりうるはずです。十分道を開く鍵となると思うのですが…。うまくいくかは分かりません。言ってみればこれは賭けです。しかも命の危険も伴います。うまく力を制御できなければ暴走するかもしれないからです。しかもそれで本当に開く事が出来るかもわからない。ですから無理に薦める事はできません。それを試すかどうかは、アンナさん、聖剣の主であるあなたが決めて下さい。」
 サラの問いに、アンナは迷う事無く即答した。
「そんなのは考えるまでもありません。他に方法はないんですもの。私、やります。でも、もう一本の聖剣の主であるクラトスがいません。私一人で二本の聖剣を制御できる自信はありませんし、かと言って、彼の代わりに聖剣を扱う事が出来る人なんて思い浮かばない。」
「…一人だけいます。クラトスと同等の素質を持っている人が。」
そう言って、サラはロイドを見た。
「ロイド…クラトスがあなたをこれ以上巻き込みたくないと思っていた事は承知しています。私も出来る事ならクラトスの思いを尊重したい。しかも今回は一歩間違えれば命を落とす危険さえあるのですからね。でも、クラトスの代わりを務める事が出来るのは、彼の血を引いているあなたしかいないのです。危険ではありますが、オリジン様より与えられたエターナルソードを制御する事が出来るあなたなら、聖剣とて十分制御出来ると思っています。やってもらえませんか?」
 ロイドは、心配そうに自分を見つめる一同をぐるりと見回すと、微笑んで見せた。
「俺、やるよ。危険な賭けだろうが構わない。だって、俺しか出来ないんだろ?だったらやるしかないじゃんか。クラトスはこの世界を救う為に必死に頑張っているんだ。そんなあいつの手助けができるんなら、俺は喜んでやるよ。」
「アンナさん、ロイド、有難う。」
サラは、二人に頭を下げた。
「あなた方だけに全て押しつける事はしません。もしもの時は、私がこの命に代えても二人の事は守るつもりです。」
「わしら五人は一心同体ってことじゃよ。死ぬ時は皆一緒じゃ。」
「死んじまったらちょっと困るんだけどな。」
アブソーブの言葉にロイドが頭を掻き掻き言うと、皆は同時に笑いだした。
「必ず成功させようぜ。皆で力を合わせれば何だって出来る!」
 ロイドの言葉に全員が頷いた。そして重ねられる五人の手。
 命を懸けた大博打に打って出るはずの五人の顔には、お互いへの信頼からか、笑顔さえ浮かんでいたのである。


−賭け 終−