5.楽園
その文献には、ダイナスは三十六歳の時に光子として覚醒し、次元の門へ向かったとあった。その後魔物の数も減り、平穏な日常が戻ってきたので、彼は光子の使命を無事に果たしたのだろうと書かれていた。
パーソンは、クラトスがダイナスの経歴欄に目を通し詳しく調べているのを見て呆れたように言った。
「あんたまさか、このダイナスとあのダイナスさんが同一人物だと思っているんじゃないだろうな。光子として旅立ったからには、もう二度と戻っては来れない。旅の途中に魔物に殺されるか、無事に次元の門へ辿り着きエビルの肉体となるかの二つに一つだ。逃げ帰ったりしても必ず探し出されて、無理矢理連れて行かれるか処刑されちまう。光子になるって事はイコール死って事なんだよ。ここにある光子ダイナスが今生きているはずがないだろう。」
クラトスはそれには答えず、本棚から別の本を取り出した。
「『ローネリー村の悲劇』……著者はグリンダム。」
呟いて本を開くクラトス。最初のページに書かれている地図を眺める。
「そのグリンダムって野郎はペテン師だって評判の奴だぜ。と言っても何千年も前の話だからホントの所は分らないがな。なんでも 一か所に留まる事無く全国を旅して回っていたらしい。本人は高等な魔術を扱えるような事を吹いていたらしいが、誰も奴が術を使っている所を見た事がなかったそうだ。だから当時、グリンダムは本当は魔術を使う事が出来なくて、それを隠す為に旅を続けているんだとの噂がたった。この男、長い髪に隠れて普段は見えなかったようだが、とんがった変な耳をしていたらしいぜ。それもあって皆に相当気味悪がられていたようだ。」
「尖った耳…エルフか、またはハーフエルフだったのか…?」
「ん?なんだって?」
「いえ、何でもありません。」
クラトスは更にページをめくっていく。
「ローネリー、そこは楽園への入り口がある村……命溢れる楽園への道は、全ての力揃いし時のみ開かれる。」
「ペテン師の言う事だ。当てにはなんねえと思うぜ。どっちにしてもローネリーは滅びちまったんだろう?」
「何故、エビルはローネリーを滅ぼしたんでしょうか。」
「そんな事俺が知るかい。エビルに聞いてくれや。」
パーソンが肩を竦めると同時に、急に廊下の方が騒がしくなった。クラトス達は急いで本を元の場所に戻すと息をひそめた。ワイルダーと数人の兵士が言い合っている声が聞こえてくる。
「怪しい人物が城内へ入りこんだとの情報が入った。どうもこっちへ向かったようなんだがな。」
「そんなのがやって来たら、こんなに暢気にしている訳ねえだろうが。こっちには誰も来てないぜ。」
「匿ったりすると為にならんぞ!」
「いい加減にしやがれ!何で俺がそんな事しなきゃなんねえんだよ!」
「チッ、やべえな。」
パーソンは舌打ちすると、クラトスの腕を掴んで部屋の隅へと引っ張ってきた。そして、近くにあった壺に手を突っ込んで何かを押す仕草をすると、音を立てて床が開き階段が現れた。
「ここを降りて進んで行くと街の外へと出る事が出来る。昔、王族用にと掘られた避難用地下通路なんだ。今でも十分使える状態だから、ここから逃げろ。」
「しかし、貴方やワイルダーさんは?」
「俺達なら大丈夫だ。あんたらの姿さえ見当たらなければどうとでも誤魔化せる。」
パーソンはクラトス達を中へと押し込んだ。
「…クラトスさんよ。もし…もしもだぜ。あのダイナスさんが本当はエビルなんだとしたら、どうかあの人を止めてやって欲しい。ダイナスさんは尊敬するに足る人物だった。あの人の正体がエビルだったとしたら、エビルを失望させたのは俺達人間だ。俺達があの人の理想を邪魔せずにを受け入れてさえいれば、もしかしたら、再び悪魔になるような事はなかったかもしれねえ。もしこの先あんたがあの人に会うような事があったら、俺が謝っていたと。そしてこんな酷い事はもう止めて、理想を掲げそれに向け真っ直ぐに進んでいた頃のダイナスさんに戻ってほしい…そう言っていたと伝えて欲しいんだ。」
約束だ、とパーソンはクラトスの手を取りきつく握り締めた。
「あんたに会えて良かったと思ってる。あんたの無事を祈ってるぜ。元気でな。」
そして最後に微笑みを浮かべウインクをすると、静かに入り口の戸を下ろした。
クラトスとオリジンは、薄暗い通路を進んで行った。しばらく行くと上り階段につきあたり、その先にある扉を開けると、パーソンが言った通り、そこは街の外であった。
暗闇から明るい場所へと出た為に、その眩しさに目を瞬いていたクラトスは、ふと背後の城を見上げて呟いた。
「彼等は大丈夫だろうか…」
『心配か?何なら見て来てやろうか。私なら移動は自在にできるし、もしもの時は助ける事も可能だしな。』
オリジンが、ロイドの服を脱ぎ捨てながら言った。首をコキコキと動かしながら、
『全く、人間の振りというのも疲れるな…』
と溜息をついて愚痴る。
「お願いできるだろうか。」
『任せておけ。では、ちょっくら行ってくるとするか。戻るまでここを動くなよ。私から逃げたりしたら承知せんからな。』
そう言ってクラトスをジロリと睨みつけると姿を消した。
「逃げたってすぐに追いかけてくるんだろう。貴方からは逃げられないって事は分かってるさ。」
クラトスは苦笑を浮かべながら独り言ち、そして、木に背を預け瞑目しながらオリジンの戻るのを待つ事にした。
それからどれ位の時が過ぎただろうか。じっと動かずに瞑目していたクラトスは、ふと近付いてくる気配を感じて目を開けた。素早く剣の柄へ手をかけ油断なく辺りを見回す。そんなクラトスの前に一人の人物が姿を現した。
「やっと二人きりになれたな、クラトス。」
「ダイナス!!」
「フフフ…もう、私の正体は分かっているのだろう?本名で呼んでもらっても構わんのだがな。」
ダイナスは不敵な笑みを浮かべた。
「お前に話がある。大切な話だ。よもや断ったりはせんだろうな。私がその気になれば一瞬にしてこのグランディアを廃墟にする事も出来るのだぞ。」
「……」
「そうそう、そのようにいい子にしていれば何もせんよ。では、場所を移して水入らずで語り合うとするか。」
エビルが手を上げると、二人の体は光に包まれそのままその場から消え去ったのだった。
その頃、アンナ達は、ローネリーに到着していた。
村の中にはもうすでに建物は存在せず、様々な大きさの岩が彼方此方に転がっているだけであった。無論、その荒れ果てた地に人の気配などあろうはずもなく、しんと静まり返ったむらの中を、心地よいとは程遠い生暖かな風が時折吹き抜けていく。その風の音は、今はなく、だが、確かにここに存在していた人達の、四千年という長い時の中放置され続けてきた事への恨みの声にも聞こえたのだった。
「しっかし、なんか不気味なトコだよなあ。こんな所にホントに楽園への入り口なんてあんのかよ。」
ロイドが身震いしながら、気味悪げに辺りを見回し呟いた。
「長きに渡り廃墟のまま放って置かれたんじゃ。エビルに殺された者の魂もなんの弔いもされておらん。この村も昔は活気のあった良い村だったと聞いておる。これではこの村にいた者も成仏出来んじゃろう。せめてわしらだけでも祈りを捧げようではないか。」
一同は、アブソーブの言葉に頷き、黙祷を捧げた。
「一つの村を一瞬にして滅ぼしてしまう……エビルの力って本当に物凄いものなのね。」
「だからこそ俺達には聖剣が必要なんだ。その為に俺達はここへ来た。この村のような犠牲者をこれ以上出さない為にも俺達はエビルを止めなきゃならないんだ。そうだろ?」
「…そうね。ロイド君の言う通りだわ。サラ様、その入り口というのはどこにあるんですか。」
サラは、一同を村の奥へと案内して行く。そこには大きな岩壁があり、行き止まりになっていた。
「ここです。封印が施されていた為にここは崩れなかったようですね。」
「ここで、聖剣を掲げればいいんですね。」
サラが静かに頷き、アンナは聖剣を握りしめた。その手が細かく震えている。緊張してごくりと唾を飲み込むアンナの背中を、ロイドがバシンと叩いた。驚き目を丸くして自分を見るアンナに笑いかける。
「そうと決まったらさっさとやっちまおうぜ。嫌な事はさっさと済ますっていうのが俺の主義だからさ。」
明るい声でそう言いながら、ロイドも聖剣を抜き放ち構えた。
「大丈夫。俺達には四人も神様が付いているんだぜ。それにここにはいないけど、クラトスだって絶対俺達を見守ってくれているはずさ。心強い仲間だっているんだ。何も心配する事はないじゃないか。」
力強い光を放つロイドの瞳を見詰めている内に、アンナは不思議と緊張がほぐれて行くのを感じていた。いつの間にか震えも止まっている。自然、アンナの顔に笑みが浮かんできた。
「有難う。もう大丈夫。」
「よっしゃああ!では、いくとしますか!!」
ロイドの元気一杯の掛け声と同時に二人は視線を交わし頷き合うと、高々と聖剣を掲げたのだった。
−楽園 終−