6.悪魔の誘惑
クラトスがダイナス・・・エビルに連れてこられたのは切り立った崖に囲まれた所だった。辺りは黒い霧に覆われて薄暗く、生えている草木も今まで見た事のないような物ばかりでそのほとんどが不気味に奇形していた。押しつぶされそうな空気の中、その重圧に耐えながら空を見上げたクラトスは、空に浮いている黒い城のような物を見つけ目を見開いた。
「あれが我が城、次元の門だ。」
突然に聞こえた来たエビルの声にハッとして振りかえるクラトス。
エビルは驚いた様子のクラトスに、ニヤニヤと笑って見せた。
「ここは孤島。しかも周りには結界を張り巡らせている。誰も近付く事は出来ん。内緒話にはもってこいの場所だろう。本当ならあの城の中での対面といきたかったのだが、あそこはここより闇の力が強く働いている。初めての者にはちと辛かろうと思ってな。闇の力は精神を狂わす。現に今のお前はとても苦しそうだぞ。そうして立って正気を保てている事だけでも称賛に値する。普通の人間ならとうに発狂している所だ。」
エビルはクラトスをじっと見詰めた。
「わが領地、闇の聖域へようこそ。我が弟よ。」
クラトスは何も言わずにエビルを睨みつける。
「フフフフ・・・父親が違えども、母親があの女なのは同じだ。あの愚かな女の所為で、兄弟がそれぞれ別の世界で生きてこなければならなかった訳だが、ようやくこうして涙の再会が出来たのだ。喜ばしい事だとは思わないか?」
「あの人を・・・母を愚弄するのはよせ!」
「おや?庇うのか、あの女を?お前はあれを憎んでいるものだと思っていたがな。」
「・・・・・・・」
「お前をこの世界に呼んだのは私だよ。お前に私の右腕となってもらおうと思ってな。お前はあの女を憎んでいたし、人間の愚かさも嫌という程見てきたはずだ。そんなお前なら私のよき相棒になってくれるものと思っていた。これからは兄弟仲良く、この世界の神として愚かな人間どもを牛耳って行こうではないか。」
「私はあなたとは違う!そんな事を望んでなどいない。」
「お前も私と同じなんだよ。現にお前はクルシスの天使として四千年間、愚かな人間どもを操作してきたではないか。お前は力もあるし人間の愚かさもよく分かっている。指導者となったとしても何の不思議もない。力のある者がない者を従えていく。これは自然の摂理というものではないのかな。」
「・・・あなたは間違っている。」
「フッ・・・私の父親もお前と同じ事を言ったよ。もちろんその場でひねり殺してやったがね。当然だろう?偉そうにこの私に意見してきたばかりか、私が手出しできぬようにと光の聖地に封印をかけた馬鹿者だ。あの男が余計な事などしなければ今頃、光の聖地などこの世に存在していなかったものを。」
「!!・・・まさかその父親とはグリンダムではないだろうな。」
「そうだよ。そのグリンダムという愚かなハーフエルフだよ。」
「実の父親を殺したというのか。何て事を。」
「心配せんでもお前にはそんな事はせんよ。お前とあの男とは違う。お前は私の分身だ。お前は私で私はお前なんだよ。」
「違う!!私は・・・」
「お前も私もあの女の犠牲になった。お互い復讐する権利を持つ者同士だ。あの女の望む事全てをぶち壊してやりたいとは思わないか。お前とて分かっているはずだ。人間など過ちを繰り返すだけの愚かな動物だという事が。結局奴等は自分の事しか考えていない。私は決めたのだ。この世界を正すにはこの愚かな生き物全てを一度排除するしかないのだとな。」
ミトスと同じだ、とクラトスは思った。何もかもが信じられなくなり、抑えていた怒りが爆発してしまったのだ。
もう、どうしようもないのか?この男を止める事はもう、できないのだろうか。
「クラトス、お前は私を裏切れない。そんな事をすればどうなるか分かっているはずだからな。」
エビルはニヤリと笑うと岩壁を指差した。そこに映し出されたものを見たクラトスの目が見開かれる。
「・・・アンナ・・・ロイド・・・!?」
それは、アンナとロイドが聖剣を掲げている姿だった。
「フフフ・・・成る程な。四神の力の代わりに聖剣で封印を解くつもりのようだな。いかにもあの女の考え出しそうな事だ。」
エビルは呆然と岩壁を見上げているクラトスを見てほくそ笑む。
「クラトス、私は何時如何なる場所からも、こうして別の場所を呼び出し二つの空間をつなぐ事が出来るのだよ。もちろん向こうはこちらから見られている事には気付かない。これはただの映写ではないと言う事だ。今この地とあの場所はこの岩壁を通してつながっている。これがどういう事か分かるか?そう、何時でもこちらから攻撃出来ると言う事なのだよ。」
エビルはそう言いながら、アンナ達に向かって手を突き出した。
「聖剣の力に私の力が加わったらどうなるかな?あの二人には到底抑える事など出来んだろうな。良く見ているがいい、クラトス。」
エビルの手から二人の聖剣に力が注がれていく・・・と、その時、
ザシュ!!
「っぐ!!?」
クラトスの放った一閃がエビルの腕を斬り裂いたのだった。エビルは信じられないような顔でクラトスを見る。
「ば、馬鹿な!詠唱中の私を傷つけただと!?」
「あの二人に手出しする事は許さん!」
クラトスは更に一撃を加える。
エビルはその攻撃を避けながらニヤリと笑った。
「成る程、そのスピード、攻撃力。だてに戦神と呼ばれていた訳ではないという事か。気に入ったぞ。ますますお前が欲しくなったわ。だが、まだまだ私を倒すには力不足のようだな。」
その言葉が終るか終らない内にクラトスに向かって光弾が飛んで来た。その一発目は間一髪で避けたものの、続いて飛んで来た光弾はよけ切れずにクラトスの体は吹き飛ばされ、背後の岩壁に激突した。
「グハッ!!」
その衝撃に血を吐き、一瞬息が詰まる。
そんなクラトスめがけて次々に光弾の雨が降り注いだ。
「ぐわっ!・・・ぐふっ!・・・がはっ!」
激痛にのたうち回るクラトス。
エビルは右手から光弾を繰り出しながら、更に左手を突き出しそこから電撃を放った。
「ぐわああああああああ!!!!」
クラトスは凄まじい悲鳴を上げ地面を転げ回った。
そんなクラトスに次々と術が炸裂する。イラプション、グレイブ、そしてサイクロン。舞い上がった体は落下し、地面へと叩きつけられた。
クラトスは朦朧とした意識の中、エビルが自分に近付いて来るのを感じていたが、立ち上がろうにも、もう指一本動かす事が出来なかった。
「少々、仕置きがきつかったかのう。お前が私に逆らうからいけないのだよ。これでお前も分かっただろう?大人しく私と共に次元の門へ行く事だ。お前がいい子で私の言う事さえ聞いてくれればアンナ達には手を出さないと約束しよう。いいな、クラトス?」
エビルがニヤリとしてクラトスの体を抱き上げようとしたその時、悲鳴と共にエビルの姿が視界から消えた。
「!!?」
「き、貴様、またもや私の邪魔をしようというのか!!」
エビルの怒号に応えるかのように倒れている自分の前に立ちはだかった人物。逆光で顔はよく見えないものの、その姿には確かに見覚えがあった。がなり立てるエビルを無視してその人物はクラトスを優しく抱き上げた。エビルが攻撃をしかけているようだったが、バリアを張ったのか、その全てがはじき返されている。
「こいつは長くはもたねえんだ。さっさと引き上げるぜ。しっかりつかまってろよ、クラトス!」
声と同時に宙へと舞う二人の体。落ちないようにしっかりと抱きかかえられながら、クラトスは徐々に意識が遠のいて行くのを感じていた。そして完全に意識を失う寸前、クラトスは、確かにエビルの声を聞いたのだった。
「クラトス、お前は必ず自分から私の元へとやって来るだろう。私はその時をじっと待つ事にしよう。覚えておくのだぞ、クラトス。この次元の門はお前に対しては常に開かれているのだという事を!」
クラトスの意識が戻った時、そこには心配そうに自分を覗き込んでいるオリジンの姿しかなかった。
「オリジン?・・・ここは・・・」
『次元の門を海で挟んだ大陸側だ。お前があの島にいるのは察知出来たが、どうしても結界を破る事が出来なくてな。どうしたものかと思っていたらブレイズの奴がお前を連れて来た。』
「ブレイズ!やはり奴だったのか。それで、ブレイズは?」
『お前を回復させた後、どこかへと消えちまった。不思議な男だな。あいつは。』
「・・・パーソンさん達は?」
『大丈夫だ。無事に逃げおおせた。安心しろ。』
クラトスは大きく息をついた。
『クラトス?・・・お前震えているのか!?』
「・・・・・エビルは恐ろしい奴だ。あれだけの力を見せながらもあいつは本気ではなかったんだ。レベルが違い過ぎる。あんな奴を相手に戦うなど、いかに聖剣があろうとも無理なのだと思い知らされた。正直に言おう。私はあれ程相手を恐ろしいと思ったのは初めてだ。今でも震えが止まらない。」
『・・・クラトス』
「今の私ではどう足掻いても勝つ事は出来ない。・・・・ユアンとの約束を破る事になりそうだな。」
クラトスは苦笑を浮かべ立ち上がった。ふらつくクラトスを、オリジンは慌てて支える。
『おい、大丈夫か!どうしようと言うのだ。』
「・・・アンナ達の元へ行く。最後の決戦を前にどうしてもやっておきたい事がある。いや、やらなければならない事、かな。」
クラトスは弱々しく微笑んだ。そして、エビルへの恐怖を振り払うかのように頭を振ると、ローネリーへ向かい歩き出したのだった。
−悪魔の誘惑 終−