9.愛する者の為に
夜も更けロイド達も眠りについた頃、静寂に包まれた聖域に二つの人影が現れた。
崖の間の細い道を抜け、広場へと入ってきた二人の姿を月明かりが照らし出す。その二つの影は、クラトスとオリジンであった。
オリジンは、広場の隅を陣取って眠りについているロイド達をちらりと見て、彼らに構わず奥へ進んで行こうとするクラトスに声をかけた。
『おい、ロイド達に声をかけなくてもいいのか?』
「眠っている者をわざわざ起こす必要はあるまい。」
クラトスは背中越しにそう答えると、止まる事無く奥へと進んで行く。オリジンは慌てて彼の後を追った。
やがて、クラトスは最奥の大きな木の前で立ち止まった。
「この世界でこんな物を見るとは思わなかった・・・」
『だが、これは我らの世界の大樹とは性質の異なるものだぞ。』
「分かっている・・・だが、この木が荒れ果てた大地に命を注ぎこんでいる事に違いはないだろう。」
クラトスは木に近付くと、そっと手を触れた。
「温かい・・・全てを優しく包み込んでくれるような慈愛を感じる。まさに母なる木と呼ぶにふさわしいものだ・・・彼は、グリンダムは、きっとこの木を守りたかったのだろう。エビルだけではなく、欲に取りつかれた全ての人間達の手から・・・」
そして、木に手を置いたまま目を伏せると、静かな声で言った。
「そこにいるのだろう?隠れていないで出てきたらどうだ。」
すると、クラトスの声に答えるかのように背後の茂みがガサガサと音を立てたかと思うと、そこから一人の男が姿を現した。
「へへへ。やっぱり気が付いていたのか。気付いているなら気付いていると、早く言えばいいものを。」
「貴方にはまた助けられたな・・・ブレイズ。」
「言っただろう。俺はお前に危機が迫る時、何時でも何所にいようが、必ずカッコよく助けに参上してやるって。まあ、今回はあのお前の息子達が封印を解いてくれなかったら、ちょっとやばかったけどな。あいつらに感謝するんだな。」
「やはり貴方はこの世界の人間だったのか。」
「人間ってのとはちょっと違う気がするが、この世界の住人って事は確かだな。俺はこの木を守る為にソアラ様より命を授かった、いわばこの大樹の守護竜みたいなもんだな。お前さんとはソアラ様から生まれたって事じゃあ、同じって訳だ。」
「お前は俺で、俺はお前・・・」
「あん?」
「昔、貴方に言われた言葉だ。エビルにも同じ事を言われた。」
「で、お前はなんて答えたんだ?」
「きっぱりと否定は出来なかったな。ある意味、あの人と私は同じなんだ。」
「おい、それはちょっと違うと・・・・・やべ、俺は消えるぜ。」
クラトスの背後に目をやったブレイズは、言いかけた言葉もそのままに慌てたように姿を消した。クラトスは不思議そうに背後を振り返った。そんな彼の胸に飛び込んできた者がいる。
「アンナ!?」
突然現れたアンナに目を丸くしながらも、クラトスは彼女の体をしっかりと抱き止めた。
「戻ってきてくれた・・・戻ってきてくれたのね。」
アンナはクラトスの胸に顔をうずめ、震える声で繰り返す。
「戻ってきてくれた・・・もう、許して貰えないかと思っていたの。あんなひどい事をしたんですもの。でも貴方は戻ってきてくれた。」
「誓いをしただろう?私はお前を守る騎士となると。」
涙を流しながら何度も頷くアンナ。クラトスはそんな彼女を抱きしめ優しく髪を撫ぜた。
「私、本当は凄く怖かったの。こんな時貴方ならどうするだろうってずっと考えながらここまで来たわ。いつも貴方の事ばかり考えてた。それで気付いたの。ああ、私はこんなにも貴方に頼ってしまっていたんだって。貴方がいたから私はここまで頑張ってこれたんだって。貴方がいてくれないと駄目なの。一人じゃ怖くてエビルと戦う事なんて出来ない。」
アンナはクラトスから離れると、涙を拭いて笑顔を浮かべた。
「私って駄目ね。こんな事じゃ、貴方の守護竜の役目なんて果たせないのにね。」
「守護竜?」
「私、ソアラ様の守護竜であるアレグナの娘だったの。貴方の奥さんのアンナさんとは姉妹だったのよ。」
「!!!」
「そして、貴方は光の神ソアラ様の子。それから・・・」
アンナは言いにくそうに眼を伏せた
「エビルとは兄弟・・・そうだろう?」
「!!知っていたの?」
「お前の方こそあの人から色々と聞いたようだな。」
「あの人って・・・クラトス、貴方ソアラ様の事も大分前から気付いていたのでしょう。」
「水の神殿で、過去を見せられたからな。」
「ねえ、だったら仲直りして。ソアラ様はけして貴方を捨てたわけじゃないのよ。だから・・・」
「・・・私はもう、あの人を恨んではいない。」
その言葉を聞いたアンナの顔が明るくなる。
「本当に?じゃあ、明日にでも仲直りしてくれる?」
「ああ、そうだな・・・」
「よかった!!」
まるで自分の事のように喜ぶアンナを見て、クラトスは黙りこんだ。
「そうだ!これ、貴方の聖剣よ。ロイド君と力を合わせてついに目覚めさせる事ができたの。」
クラトスは聖剣を受け取り、鞘から抜いてみた。
七色の光を放つそれからは、確かに聖なる強い力が感じられる。
(・・・だが、これをもってしても恐らくエビルを倒すには至らないだろう。)
クラトスの脳裏に、エビルの底知れない力を見せつけられた時の事が蘇ってくる。その恐怖を振り払うかのように剣をひと振りすると鞘へと戻した。その、クラトスの普段とは違う様子に気付いたアンナが不思議そうに尋ねてくる。
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。よく頑張ったな。大変だっただろう。この剣が完成したのなら、もう、エビルの元へ乗り込むつもりなのだろう?ならば、もう夜も遅い。明日に備えてゆっくり体を休めた方がいい。」
「ええ、そうね。さっきまではちょっと明日が怖くて眠れなかったけど、貴方が来たからもう大丈夫。貴方の足を引っ張らないようにぐっすり眠って疲れを取っておくわね。明日は、二人で力を合わせて必ずエビルを倒しましょうね。・・・・・お休みなさい、クラトス。」
アンナはそう言いながら背伸びをすると、クラトスの頬に口づけをした。そして、恥ずかしそうな笑顔を浮かべると逃げるようにテントへと戻って行った。そんなアンナの後ろ姿を見送りながら、クラトスはそっと呟いた。
「怖がらなくていい、アンナ。もう、お前が辛い思いをして戦う必要はないんだ。お前は私達兄弟の事に巻き込まれただけなのだから。エビルの事は私が決着をつけねばならないのだ。後は私が全て引き受ける。必ず平和を取り戻して見せるから、お前はこれからは自分の幸せだけを考えて生きて行けばいいんだ。有難う、アンナ。お前に会えて幸せだったよ。」
クラトスは聖剣を腰に差すと、アンナ達の眠るテントには向かわずに出口へと歩き始めた。
聖域を出て、廃墟ローネリー村の中を出口に向かって歩いていたクラトスの足がふと止まった。村の出口の所にソアラが立って、自分の方を見ていたのだ。ソアラはクラトスの所へゆっくりと歩み寄ってきた。
「クラトス、一人で行くつもりなのですか。それは危険です。私も一緒に・・・」
クラトスはソアラに微笑んでみせると、静かにかぶりを振った。
「今、貴方の力の殆どはあのマナの木に使われていて、貴方自身には半分も残ってない状態のはずです。この世界を維持する為にはあの木は必要だ。力を取り戻す訳にはいかないでしょう。今の貴方ではエビルと戦うのには無理がある。それに貴方には他にやるべき事があるはずです。封印された四神を救いだすという大仕事が。力の殆どを失っているとはいえ、各聖域の長老達の力を借りる事さえできればあの封印を解くぐらい可能でしょう?エビルの事なら私に任せて下さい。必ず彼を止めて見せますから。」
「クラトス・・・・・では、せめてこれを・・・」
ソアラはペンダントを取り出すとクラトスに渡した。何かの紋様が描かれた石が付いている。
「あなたのお父様のものです。その石に掘られているのはアウリオン家の紋章で、先祖の守護が宿っていると聞きました。貴方の事もきっとお父様が守って下さいます。」
ソアラはそれをクラトスの首にかけてやった。
「ごめんなさい、クラトス。私はあなたに辛い思いばかりさせてしまう、駄目な母親ですね。」
俯き呟くソアラを、クラトスは優しく抱きしめた。クラトスの突然の行動に、驚き戸惑うソアラ。
「!?・・・クラトス?」
「すみません、今少しだけこのままでいさせて下さい・・・・・子供の頃からずっと、貴方を憎みながらも、心の中ではこのぬくもりを求め続けていました。もしかしたら、どうせ会えないものならと憎む振りをし続けていたのかもしれない。貴方に会えてよかった。」
クラトスは最後にきつく抱きしめるとソアラの体を離した。
「私を産んでくれて有難うございます。私は・・・十分幸せでした。ですから、もう自分を責めないで下さい。」
「クラトス・・・」
「四神の事、そして、アンナやロイド達の事、頼みます。」
クラトスは少し躊躇した後、言葉を付け足した。
「・・・・・・母上。」
そして照れたような笑いを浮かべ、驚き目を見開くソアラに向かって深々と頭を下げると、今度こそ村を後にした。
この戦いに己の全てを賭けよう。
自分の運命に屈するのでもなく、この世界の為にでもない。
ただ、愛する者を守るだけの為に。
クラトスは決意を胸に、ただ一人、次元の門へ向い歩き出したのだった。
−愛する者の為に 終−