10.ブレイズの願い
ブレイズはイセリアの森の中をブラブラと歩いていた。
ソアラからアンナの現状を聞いた時の、あのクラトスの表情が頭から離れない。きっとあいつはこれからずっと自分を責め続けるだろう。
アンナも俺も、あいつを助けたくて中へと飛び込んで行った。その結果自分がどうなろうがそんな事はどうでもよかった。。でも俺達がクラトスの為に命をかける事は、逆にあいつを苦しめてしまうのだろうか。
「だったら、俺達はどうしたらいい?」
分かっていた。クラトスの幸せは俺達が幸せになる事。自分の愛する者達が幸せな笑いに包まれる事だけがクラトスが願いであり、それが自身の幸せに通じている。
でもそれじゃあ、あいつはどうなるんだ?周りの幸せの為にその身を犠牲にし唯一人苦しみを背負い続ける。
あいつは分かってない。そんな事されたって俺達が幸せになれる訳がないだろうが。俺達だってお前の幸せを願っている。それが俺達の幸せに繋がっていくんだ。
この両者の幸せは並行できないものなのか?……そんな馬鹿な事あるものか!皆が幸せになっていける方法が必ずあるはずだ。
ぼんやりと考え込むブレイズ。
すると、そんなブレイズの耳に、突然、怒鳴り合う声が飛び込んできた。近くの木の陰に身を寄せ覗き込んでみると、そこでユアンとロイドが睨み合っていた。
「止めたって無駄だぜ。俺はもう決めたんだ。俺は天使化する!」
(天使化!?)
ロイドの宣言に目を丸くするブレイズ。
「そんな事してもクラトスが喜ぶはずなかろうが!かえってやつを苦しめるだけだ!!」
「あんたなら分かっているはずだろう。俺の天使化はすでに始まってる。あの時…マナの種子の上昇を止めたあの時から俺の体は変わり始めているんだ。」
「前にクラトスと二人で説明しただろう?それは一時的なものだ。お前の場合、エクスフィアさえ外せば変化は止まる。あの時お前は納得していたではないか。」
「そうだよ、納得したさ。でも、それはつまり逆に考えれば、エクスフィアを外さなければそのまま天使になるって事だろ。だから俺は外さないよ。だって、クラトスが目覚めた時、周りに知っている人がいなかったら可哀そうだろ?百年以上だぜ。みんな死んじまっていなくなっちまう。」
「…私はどうなる?お前は今から百年以内に私を殺す気か?私は天使でクラトスと同じに生き続ける。そして、私はあいつの知り合いだ。お前の上げた条件全てに当てはまる。それに、リフィルやジーニアスもいるだろうが。彼等はハーフエルフだ。余程の事情がない限り百年たってもまだまだ健在のはずだ。」
「俺はそんな事を言っているんじゃないよ……血の繋がりの事を言っているんだ。」
ポツリと言ったロイドの言葉に目を見開くユアン。
「クラトスの肉親ってもう俺だけだろ?あんたやジーニアス、先生だって確かに生きているかもしれないさ。でも、家族は誰もいない。それでなくともあいつは最近愛する家族を目の前で失っているんだ。そんな悲しい思い、もうあいつにはさせたくない。」
ロイドは真っ直ぐにユアンを見詰めた。
「あんたの言う通り、俺が天使化したらクラトスは怒るかもしれない、悲しむかもしれない。分かっているけど、それでも俺はこの道を選択する。たった一人の家族としてあいつが幸せになるのを見届けたい。だから俺は天使になる。石は外さないよ。もう決めたんだ。」
決意の目で自分を見詰めてくるロイドに、ユアンはそれ以上何も言う事が出来なかった。
その頃、アンナはマナの木の前にいた。
爽やかな風を受けながら、綺麗な空気を大きく吸い込み笑顔を浮かべる。
この場所は好き。ここへくると凄く落ち着けるんだもの。
「何こんなトコでぼーっとしてるんだ。」
ブレイズの声が聞こえ振り返るアンナ。アンナはクスッと笑った。
「ロイド君の言った通り、ホントあなたっていつも突然に現れるのね。…あなたには私の姿が見えるのね?」
ブレイズは頷いた。
「クラトスには会ったのか?心配してたぜ、あいつ。」
「会ったわよ。」
後に手を組み空を見上げるアンナ。
「…クラトスってバカよね。」
「はあ?」
「別れましょう、だって…それが私の為なんだって。一人で悲劇のヒーローぶっちゃって馬鹿みたいよね…本当に馬鹿よ…」
ブレイズはそんなアンナの目にキラリと涙が光るのを見てしまった。
「…それで、お前はどうするんだ?」
アンナはそれには答えず別の話を始める。
「ねえ、エビルは最後は幸せに逝く事ができたのかしら?…きっと出来たのよね。最後の彼の顔、本当に穏やかだったもの。」
「……」
「私ね、前にクラトスに言った事があるの。エビルも被害者なんだ、だから私は彼を救ってあげたいってね。その時クラトスは、そんな甘い考えは捨てろと言ったわ。そんな気持ちでは逆にエビルにやられるぞって。でも、クラトスはあの時の事を覚えていてくれたのかしら。だからエビルを静かに眠らせてくれたのかしら。こんな風に考えるのって、私の自惚れかしらね?」
アンナは何も言わないブレイズを見詰めた。
「あなたはクラトスが戦闘マシーンとしての自分を未だ残しているって言ったわよね。でも、私は違うと思うわ。クラトスはもう、そんな事は乗り越えていると思う。彼がエビルに言った言葉を聞いてそう思ったの。あれは、自身も同じ思いをしてきて、それを乗り越えて来た者だけが口にできる言葉だわ。未だ揺れ動いている人にあんな事は言えないと思う。
でも、例えそうでなかったとしても…未だクラトスは二つの相対する性格の間を揺れ動いていて、その均衡が崩れ、またあの時のように血に飢えた魔人のようになってしまったとしても、もう私は彼を恐れたりはしない。それは本当の彼ではないのだもの。命を賭けて本来の彼に戻して見せるわ。私は逃げない。どんな事があっても彼を支え続けて行く。こっちの世界に来る時に私はそう誓ったの。」
「…例えば、クラトスの中でお前が一番じゃなくってもか?」
アンナはブレイズの言葉にギクリとしたように目を見開いた。
「…ごめんな。意地悪で言っているんじゃないんだ。お前はもう、あいつの目には見えない存在だ。この先、あいつの前に別の女性が現れないとも限らない。その時お前はどうする?」
「…一番じゃなくてもいいの。」
予想外のアンナの答えに思わずその顔を見詰めるブレイズ。
アンナは微笑みを浮かべていた。それは何処となく寂しげではあったが決して卑下した笑いではなかった。
「この姿になる時にその事は考えたわ。私の代わりに彼を支える人が現れたなら、私は彼の前から姿を消すわ。それが彼の幸せなのだと思ったらいつでも身を引く覚悟は出来ている。私はクラトスに幸せになって欲しい。それだけが私の願いなの。その為なら自分が傷つく事なんてどうって事ないわ。」
そう言いきったアンナの顔にはもう迷いは見られなかった。
ソアラはオリジンの石碑の前で、オリジンと話し合っていた。何とかアンナを元の姿へと戻したいと、色々相談していたのだが、やはり失った体を取り戻す事は容易な事ではなかった。
するとそこへブレイズがやって来た。彼は開口一番にこう言ったのだ。
「ソアラ様、俺決めました。」
目を丸くするソアラ。ブレイズは真剣な目でそんな彼女を見詰めた。
「今こそ俺の存在意義が試される時だ。そうでしょう?」
「ブレイズ!…しかし、それは…」
「いいんですよ、ソアラ様。」
晴れやかな笑みを浮かべるブレイズを見て、ソアラは目を伏せた。
「…私を恨んでいるでしょうね。」
「昔はね。自分の運命を呪ってソアラ様を恨んだ事もありましたよ。あなたを母親のように慕っていましたからね。あなたが俺を生みだした本当の訳を知った時は正直ショックでした。そしてあなたの愛情を一身に受けているクラトスを憎いとも思った。今だから言いますけど、俺はあいつの元へ行く時復讐を誓っていたんです。あなたが愛するクラトスってガキをボロボロにしてやるってね。でも、実際にクラトスに会ってあいつのマナの輝きを見た途端、そんな事吹き飛んじまった。ああ、こいつは選ばれし者なんだって心底そう思いましたよ。それ以来、あいつの影として生きて行く事が俺の喜びとなった。あいつは俺にとってまさしく神なんです。」
「ブレイズ…」
「今俺は幸せですよ。クラトスの為に生を受けた事を誇りに思っている。そんな俺がクラトスとあなたの為に役に立つ事が出来るんだ。これ程の幸せはありません。最後に一つだけいいですか?」
ブレイズはそう言ってソアラを抱きしめると、そっと囁いた。
「俺を生みだしてくれて有難う…お母さん。」
ソアラの目が見開かれる。
「へへ…いっぺん言ってみたかったんだよね。これ。」
ブレイズは照れた笑いを浮かべるとソアラに深々と頭を下げた。そして逃げるように走リ去っていった。
ソアラは、悲しそうにその後ろ姿を見送っていた。
今行くぜ、クラトス!お前はきっとこんな事は望まないだろうな。止めてくれって言うだろう。
でもな、これは俺がお前にやってやれる最初で最後の大仕事なんだ。
一つぐらい俺の我儘聞いてくれたっていいだろ?
お前が幸せになる事。それが俺のたった一つの願いなんだから。
−ブレイズの願い 終−