11.目覚め
クラトスの元へと急ぐ途中、ブレイズは見知った顔を見かけニンマリとした。
「いよお、色男。こんなトコでどうした?」
イセリアの森の前で、入ろうか入るまいか迷いながらウロウロとしていたゼロスはギョッとしたように振り返った。
「べ…べつに何でもねえよ…お、お前こそ何しに来たんだよ。」
「俺か?おれはちょっとばかし神サンに活を入れてやろうかと思ってな。」
「は?」
ブレイズの言葉に訳が分からず首を傾げるゼロス。話題を変える事にする。
「…ところで、天使様もあんな調子ではあるが、まあ一応命は助かった訳だし、あんたらもう元の世界へ帰るんだろ?」
「まあな。本来いるべき場所に戻るって意味なら、帰るって事になるんだろうな。」
「???」
「でも、それは俺だけ。たぶんアンナはこっちに残るだろうな。」
「!?…だって、あの女消えちまったんだろ?」
「アンナは消えちゃいないぜ。ただ姿を見る事が出来なくなったってだけ。」
「同じ事だろう。折角、あの女が消えてくれて清清していたのに、そんな姿でまだ残る気でいるのかよ。」
ゼロスの言葉に、クックッと笑いをもらすブレイズ。
「ホントにお前って面白い奴。素直じゃないって言うか…見てて飽きねえな。」
ムッとするゼロス。ブレイズは真顔に戻ると、そんなゼロスを真っ直ぐに見詰めた。
「有難うな。クラトスやアンナの事を心配してくれて。」
「違う!俺様は本当に…」
「あいつは一人じゃない。俺がいない間に、こんなにも頼もしい仲間を作っていやがった。それを知って俺はホント嬉しいんだ。あいつはもう俺の手を完全に離れた。俺がいなくなっても、もう十分にやっていけるはずだ。」
「え?」
「…これからもクラトスの事、よろしく頼むな。」
「待てよ。あんた一体何を…」
「まあ、お前も達者に暮らせや。お前の事、俺は結構気に入ってたんだぜ。短い間だったがお前みたいな奴に会えて楽しかったよ。」
ブレイズはニッコリと笑うと、あばよと手をあげて歩み去っていく。
ゼロスは呆然とその後ろ姿を眺めていたが、慌てて後を追うのだった。
「クラトス、まだ起きてんだろ?」
ブレイズは部屋に入ると静かな声で呼びかけた。ベッドの傍らの椅子に腰をおろしクラトスの顔を覗き込む。クラトスは返事の代わりにうっすらと目を開くとブレイズを見た。
「少し話をしないか。俺の身の上話なんてどうだ?」
不思議そうにブレイズを見上げるクラトス。
「…俺の事、お前に話した事なかったよな。俺がエビルに言った事覚えているか?お前と一つになるのはエビルでなく俺だって言った事。あれは例え話じゃねえ。本当の事だ。」
「え?…」
「ソアラ様がグランディアに戻り最初にした事は、あのマナの木を誕生させた事だった。そして次にマナの木の守護精霊として俺を生みだした。俺はこの先ずっとこの木を守っていけばいいんだってそう思っていたんだ。ソアラ様を母と慕い、共に暮らしながらとても幸せだった。でも違っていたんだ。ソアラ様が俺を生みだしたのは全く別の目的があっての事だった。」
「…別の…目的?」
ブレイズは一瞬目を伏せたが、直ぐに顔を上げると真っ直ぐにクラトスを見詰めた。
「それは、エビルに狙われているお前が万一死に瀕した時、お前の為にこの命を捧げる事。」
「!!!」
「つまりは全てお前の為、お前の命の代用品だった訳だ。」
「そんな!そんな事!!」
思わず身を起こそうとするクラトスを押しとどめ、ブレイズは静かな笑みを浮かべた。
「ソアラ様は何も言わなかった。俺が自分で、何となくそうじゃないかなって思ったんだ。俺は母と思っていたソアラ様に裏切られた気がしたよ。そしてお前を憎んだ。」
「……」
「その内、俺はまだ幼いお前を守護する為にお前の世界へと行く事になった。それをソアラ様から言い渡された時、ああ、俺の考えていた事は間違っていなかったんだ。俺はまだ見た事もないクラトスってガキの為にこの命を捧げなければならないんだって確信した。悲しく思うと同時にこれはチャンスかもしれないって思った。ソアラ様に復讐してやるチャンスだってね。俺はお前をメチャメチャにしてやるつもりでお前の元へ行ったんだよ。」
クラトスは余りに衝撃的な事実に何も言う事ができず、ただブレイズを見詰めていた。
「でも、その目的は見事に裏切られちまったよなあ。お前を一目見てそんな考え吹っ飛んじまった。」
目を見開き自分を見詰めるクラトスに明るく笑ってみせるブレイズ。
「俺の目には、お前の姿がまさに神のように映ったよ。まだ幼いというのにその体からは神々しいまでの光が放たれていた。お前のマナの輝き、お前の命の輝きだよ。それは誰にも冒す事など出来ない強く美しい輝きだった。それを見た途端、俺は憎しみを持ち続けていた自分が馬鹿みたいに思えて来た。そして思ったんだ。こいつの為なら喜んで命を差し出そうって。」
クラトスはそこで初めてブレイズが意図する事に気付き、動かぬ体を懸命に動かして後ずさった。壁に背を押し付け、いやいやをするように頭を振る。その目から涙が溢れて来た。
「馬鹿だな。ガキじゃないんだから泣くんじゃねえよ。」
涙をそっと拭ってやりながら、ブレイズは苦笑した。
「俺はちっとも不幸だなんて思っていないんだぜ。それどころか嬉しくてたまんねえんだ。俺はお前に幸せになってもらいたい。だから俺の命をお前にやるよ。」
そう言いながらブレイズはクラトスの胸に手を当てた。クラトスはその手を乱暴に振り払う。
「嫌だ!!止めてくれ!お願いだからそんな事しないで…」
頭を抱え蹲るクラトス。ブレイズは優しくその背をさすりながら語りかけた。
「なあ、クラトス。俺は死んじまう訳じゃないんだ。お前の中で生き続ける。それに俺は人間とは違う。例えここで消えたとしても、世界にマナがある限りいつだって蘇る事が出来るんだ。」
「だが、それはもうここにいるあなたじゃない。全く違う新しい命だろう?ブレイズという一つの命は一度消えてしまったらもう二度と蘇ることはない。私は嫌だ。私の為にあなたが犠牲になるなんてそんな事は耐えられない。」
「犠牲じゃない。」
ブレイズはクラトスを抱きしめた。
「犠牲なんかじゃないんだ。俺が自分で望んでやることなんだ。これからは俺はいつだってお前と共にいる。だから幸せになれ、クラトス。それが俺のたった一つの願いなんだよ。」
ブレイズはクラトスを離すとその胸に手を置いた。ビクリと身を震わすクラトスに優しく微笑みかける。
「これは俺からの最後の忠告だ。アンナを手放すな。彼女はこれからのお前になくてはならない存在だ。絶対にその手を離すな。彼女は必ず復活する。だから決して諦めるんじゃねえぞ。それから、お前が築き上げてきた仲間との絆を大切にしろ。あいつらはいつだってお前への助力を惜しまないだろう。お前が自分自身で見つけ出した貴重な宝物だよ。」
ブレイズはそこで一度言葉を切り、目を伏せた。
「それからさ…ソアラ様の事責めるんじゃないぜ。さっき言った事は俺が一人で思い込んでいた事だ。実際は少し違っていた。ソアラ様は、お前の為に俺の命を犠牲にするなんてこれっぽっちも思っちゃいなかった。一人ぼっちになったお前を守る存在が欲しくて俺を生みだした。それだけだったんだ。後になってそれが分かった。」
「…それでもあなたは私の影として生きるよう強いられた事に違いはない。それでもあなたは…」
「俺は自分の一生に十分満足しているぜ。お前の影とかいいながら結構好き勝手やってきたからな。お前に出会わせてくれたソアラ様に、今では心より感謝している。お前は俺にとってはまさしく神様なんだよ。そして、そんなお前と一つになれる事を俺は誇りに思っている。」
ブレイズは顔をあげ、クラトスをじっと見詰めた。
「俺がお前の中に入りお前の命となれば、お前は長い眠りに付かずに済む。それで周りの皆が幸せになれるんだ。そしてこれはお前の分身として生まれてきた俺にしかできない事なんだ。こんな俺がみんなを幸せにする事が出来るんだぜ。これ程素晴らしい事はないだろう?」
クラトスの胸に置いたブレイズの手が光りだす。それと同時にブレイズの姿が徐々に薄くなっていった。
「…アンナはマナの木の所にいるはずだ。動けるようになったら行ってやれ。彼女を支えてやれるのはお前しかいないんだから。お前に出会えて嬉しかったぜ。色々あったけど楽しかったよな。じゃあな、クラトス。これからもずっとお前を見守っている。愛してるよ、クラトス…」
最後にこれ以上ない位の明るく爽やかな笑顔を浮かべると、ブレイスの姿は消えて行った。
クラトスはノロノロとベッドの上から降り立った。動かなかった体が動かす事が出来る。ブレイズが与えてくれた目覚め。
「…ブレイズ…こんな…こんな事私は望んでいなかった。ずっとあなたが傍らにいて手を伸ばせば触れる事が出来て、それだけで私はよかったのに。例え共にいたって私の中にいたのではもう触れる事なんて出来ないじゃないか。声だって聞く事が出来ない。私は…私は…」
ガクリと膝を落とすと両腕で自らの体を抱きしめる。
「…ブレイズ…ブレイズ…」
クラトスは失って初めて彼の存在がどれ程自分にとって大きなものだったのかを思い知り、震えながら慟哭するのだった。
もう戻ることのないその友の名を繰り返し呼びながら…。
“幸せになれよ、クラトス。それが俺のたった一つの願いなんだから…”
−目覚め 終−