12.失った欠片
クラトスはそれからふらふらと外へと出るとアンナの墓の前でしばらくぼんやりと佇んでいた。十四年前、愛する家族を失った時と同じ脱力感が今再びクラトスを襲っていた。
何もする気にならない…何故、いつも自分は他人を犠牲にして唯一人生き残ってしまうのだろう。
クラトスは自分がひどく薄汚い生き物に思えて仕方がなかった。
それからどれぐらいの時が過ぎただろう。
クラトスは背後に人の気配を感じ、素早く剣を抜き放つとその人物へと突き付けた。だが、その人物を見た途端目を丸くする。
「は・・母上?」
そこにいたのはソアラであった。ソアラは突き付けられた剣にも動じる様子はなく静かにクラトスを見詰めている。
剣を収めると、クラトスは笑いだした。
「フッ…ハハハ…アハハハハハハハ!皆を犠牲にしながら生き長らえてきた私だ。いつ殺されたって構わないと思っていたのに、結局は自身を守ろうとしている。傑作だ。人間を愚かだと言っておきながら、本当に愚かなのは自分の方ではないか…」
ヒステリックな笑い声を上げながら、アンナの墓へよろよろと近付いて行く。
「私はブレイズにとって神なのだそうです。だが、こんな情けない神がいますか?自らの手で妻を殺し、その妹をあんな姿にしてしまい、そしてブレイズも逝かせてしまった……こんな無力な神などいるはずがない。」
ソアラは目を伏せると、打ちひしがれているクラトスの横に立った。
「…さっきブレイズが私の元へ来たのです。その時にも同じ事を言いました。クラトスは自分にとって神なのだと。」
「母上は彼がやろうとしている事をご存じだったのですか!?だったら何故…」
「…何故その時、ブレイズを止めてくれなかったのか、と言いたいのでしょう?」
ソアラは悲しげに首を振った。
「私には出来ませんでした。自分がどうなってしまうのか分かっているはずなのに、瞳を輝かせ満面に幸せそうな笑顔を浮かべている彼を見たら私は何も言えなくなってしまったのです。あんなブレイズを見たのは初めてでした。ブレイズは今までずっと本心を見せる事をしなかった。悲しみも喜びも全てあのピエロのような笑いに封じ込め、他人を、いえ、自分自身さえも偽り続けてきていたのです。でも、あの笑顔は彼の心からの笑顔だった。彼が初めて見せた本当のブレイズの心だったのです。そんな彼に、私にはどうしても止めろとは言えなかった……私が彼を生みだした理由をブレイズから聞いたのでしょう?」
「…私の命の代用品だと…彼はそう言っていました。」
「やはり、そうでしたか……信じてはもらえないと思いますが私にはそんなつもりは毛頭なかったのです。私はただ、私の代わりにあなたを支え導いて行ってくれる存在が欲しかった。そんな存在をあなたに与える事が、あなたを一人残して帰って来ざるを得なかった、私のできる唯一の償いだと思ったのです。でも、そんな私の勝手な思いが、ブレイズを傷つけてしまったのですね。私は、結局、エビルやあなたやブレイズの心を弄び、三人の人生を滅茶苦茶にしてしまった…全ての原因は私にある。あなた達は私の犠牲者なのです。あなたが自分を責める必要はない。本当に責められるべきはこの私なのですから。」
クラトスはソアラを見て、目を見開いた。ソアラが泣いていたのだ。声には出さず、ただ涙を流し続けている。
「こんな私が何を言った所で、あなたには戯言としか聞こえないかもしれない。そう思われても仕方がないと思ってます。でも、どうかこれだけは聞いて下さい。もう、自分を責めないで。私はあなたにはしかっりと前を見詰め歩んでいって欲しい。
あなたがそんな風に苦しむのをブレイズは望んでいたのでしょうか。ブレイズは死んではいません。あなたの中で生きているのです。あなたが悲しめば、あなたと一つになったブレイズも悲しむでしょう。どうかブレイズの思いを無駄にしないで下さい。」
「止めてくれ!!!」
クラトスは思わず叫び声をあげると、頭を抱えその場に蹲ってしまう。
「何故そうなんだ…アンナも、ブレイズも、何故その身を犠牲にしてまで私を助けようとする?私はそんな事をして欲しいとは思っていなかった。そうまでしてこの私に何を望むのだ?私は…私には…そんな事してもらう価値などないというのに…」
「あいつ等が望んでいる事は、もう十分に分かっているはずだろう?」
「!?」
突然に聞こえてきた声にクラトスが顔を上げ振り返ると、いつの間に来たのだろうか、ゼロスが立っていた。
「お前に何が分かると言うのだ!何も知らないくせに分かったような口を利くな!!」
クラトスは立ち上がると、彼を睨み怒鳴りつける。
だが、そうしながらも、クラトスの中でもう一つの声が呟いていた。
(これではまるで八つ当たりではないか。私は一体何をやっているんだ…)
「見てたんだ。あんたとブレイズの様子…ずっと見ていた。」
「え?……」
「ここに来る途中のブレイズに会ったんだ。その時様子がおかしかったから跡をつけて来た。」
ゼロスは、呆然としているクラトスに近付くと、その肩を掴み体を揺すった。
「なあ、しっかりしろよ。以前の強い意志を秘めた天使様はどこにいっちまったんだ?あの時のブレイズの言葉を思い出せ。あいつはあんたに何を望んでいた?」
“幸せになれよ、クラトス。それが俺のたった一つの願いなんだから…”
「…分かっている…分かっているさ。だが、私はもう疲れてしまったんだ。」
「天使様?」
クラトスはゼロスの手を振り払うと、ふらふらと壁へと歩み寄りそこに体を持たせかける。
「自分にとって何が幸せなのかなんてもう分からなくなってしまった。幸せだと思った時もあったさ。だが、そう思う度にそれらは瞬く間に崩れて行った。私は怖いのだ。私に関わる全ての者が消えていってしまう。もう、誰も失いたくはない。」
「だから眠りにつく事でその苦しみから逃れようとしたの?ブレイズが余計な事をしたと思ってる?じゃあ、俺達はどうなる訳?あんたと関わったけど誰も死んでなんかいない。それ所か、あんたが助けてくれたからこそ皆生きているんだぜ。あんたにとって俺達は何なんだ?俺達はあんたの事大切な仲間だと思っていたけど、あんたはそうは思っていなかったのか?」
「仲間……」
ゼロスの言葉にハッとした表情をするクラトス。
するとその時、突然クラトスの胸に飛び込んできた者があった。クラトスは壁に体を打ちつけながらもその体を抱きとめ、目を丸くする。
「ロ…ロイド?」
「よかったあ。父さん、元気になったんだな!」
「おい、今はそんな状況ではないようだぞ。もっとその場の空気を読まんか。」
見るとユアンもやって来ており、呆れたようにロイドにぼやいている。
「嬉しいんだからいいだろ。あんたは嬉しくないのかよ。」
口を尖らすロイド。
「そうだ父さん、俺、天使になる事に決めたから。そうすれば父さんはもう一人ぼっちにならずに済むだろ!」
そんなロイドを見て、ゼロスはニンマリとした。
「馬鹿だねえ、ロイド君。俺様がいるっしょ?俺様も天使になったんだぜ。天使様が一人ぼっちになんてなる訳ないの!」
「煩いなあ。お前なんか当てになるかっていうの。すぐに浮気するに決まってるんだから。なあ、父さん。」
文句を言いながらクラトスを見上げたロイドはギクリとした。クラトスが零した涙が自分の頬に落ちて来たのである。
「ど、どうしたんだよ。やっぱり俺が天使になるのは嫌なのか?それともさっき壁に打ち付けたトコが痛いとか?」
クラトスは頭を振ると、自分を心配そうに覗き込んできたロイドを抱きしめた。
「有難うロイド…私は何を悩んでいたのだろう。私は幸せだった…今、こんなにも幸せだったのに。」
そしてゼロスの方を見て、
「有難うゼロス、お前が私に気付かせてくれた。そしてこの幸せはブレイズが与えてくれたものなのだ。」
クラトスはロイドを離すと、ソアラへと近付いて行く。
「ブレイズは母上の気持ちをちゃんと理解していましたよ。彼は貴方には感謝していると言っていたんです。エビルだってそうだ。エビルも最後には貴方を許し感謝さえしていた。私達は誰一人として貴方を恨んでなんていない。貴方は私達にとって唯一人の愛する母親なのですから。」
「クラトス…」
クラトスは笑顔を浮かべた。
「これから、私にとって何より大切なものを取り戻しに行ってきます。ブレイズが願った事を叶える為にも。」
頭を下げ走り出すクラトス。
「行くってどこに!?ちょっと、父さん?」
慌てて後を追うロイド。他の者もそのあとに続いた。
“仲間との絆を大切にしろ。あいつらはお前が自分自身で見つけ出した貴重な宝物だよ。”
そうだ、全くその通りだな。彼らに出会えた事こそが私の幸せだったのだ。私はそんな事さえ見失いそうになっていた。そしてそれをもう一度思い出させてくれたのがその仲間達だった。私のなにものにも代え難い大切な宝物。
私は今、十分に幸せだよ…お前も幸せか、ブレイズ?
でも、この幸せを本当のものにする為には何より欠けてしまっているものがある。その欠片を取り戻しに行こう。
“アンナを手放すな。”
ああ、手放さない。手放すものか!
クラトスはアンナの元へと走り続けた。失った欠片を取り戻す為に。
−失った欠片 終−