13.アンナとアンナ
その頃、アンナはマナの木の丘の上でゴロンと寝ころび、ぼんやりと空を眺めていた。
その目は何故か虚ろで時々大きな溜息までついている。そんなアンナの周りには付近を漂うマナ達が心配げに集まって来ていた。
アンナは体を起こすと、そのマナ達の一つ一つに触れながら笑顔を浮かべた。
「温かい…有難う。私の事を心配してくれているんだね。あなた達は優しいね。」
アンナは昔からマナや精霊達の姿を見る事が出来ていた。その力は、光の守護竜である母アレグナから授かったものなのだが、当時の自分ではその事実を知る由もなく、周りの者が気味悪がるようなこんな力などいらないと疎ましく思っていたものだった。
だが、今ではその力にむしろ感謝さえしている。このマナ達と触れ合っていれば孤独を忘れられるからである。
クラトスは言っていた。お前は孤独というものがどれだけ辛いものなのか分かっていないと。
今になって初めてその言葉の重みに気付いた。独りぼっちは寂しい・・・。
だからアンナはここに来る。例え話す事が出来なくても、彼等はこうして自分の冷えた心を温めてくれるから。
「私には分かるよ。あなた達にはちゃんと感情があるんだよね。それが分かるのは私が守護竜の血を引いているから?それとも、今の私はあなた達と同じような存在だからかしら?そんな事どっちだっていいわよね。私はあなた達と気持ちが分かりあえるから救われているんですもの。」
そう言いながらも、アンナは再び溜息をついた。
実は今アンナは少々落ち込んでいた。それには訳があって…
時は少し遡る。
ブレイズと別れた後、アンナは再び、こっそりとクラトスの様子を見に来たのだった。
ダイクの家の前に立ち二階を見上げたアンナの耳に、人の笑い声が飛び込んできた。
「あれは、姉さんのお墓の方…?」
その笑い声に誘われるように墓の方へと向かうアンナ。
そこには、少女と少年、そして女性の三人がいた。アンナの知らない人達ばかりだ。三人は賑やかに会話をしながら墓をきれいに掃除して花を手向けていた。
「ほら、ジーニアスもコレットも、ちゃんと手を合わせてお参りするのよ。」
「いやだなあ、姉さん。その位僕達だって知ってるよ。お墓参りは初めてじゃないんだから。」
ジーニアスにコレットに姉さん?そう言えばクラトスに仲間の事を聞いた事がある。ええと、ジーニアスはロイド君の幼友達で、そのお姉さんはリフィル。二人はハーフエルフっていう人達なのよね。それからコレットは、この世界の神子で私と同じような立場だった少女…。
「クラトスさん、早く元気になるといいですね。」
「きっとアンナさんが元気にしてくれるよ。だって、アンナさんはロイドやクラトスさんの事をいつだって見守ってくれてるんだよ。その証拠にマナの種子を失いそうになった時アンナさんが力を貸してくれたってロイドが言っていたもん。だから今度だってきっとクラトスさんを助けてくれるよ。」
「うん、そだね。私、クラトスさんにはいつも助けられてた。だから、元気になって欲しいんだ。」
「大丈夫ですよ。あなた達がこんなに一所懸命お墓をきれいにしてお祈りしたんですもの。きっと願いを叶えてくれるわよ。」
「でもさ、そう言う姉さんは手作りの毒入り団子みたいのをお供えに持ってこようとしてたし、コレットはバケツの水をぶちまけてたよね。御利益減っちゃってなければいいけど…」
「お黙りなさい!」
ジーニアスに蹴りをいれるリフィル。
「アンナさんは心の優しい人です。許してくれるに決まってます!それに彼女は命を賭けてクラトスを愛した女性ですもの。彼の窮地を見過ごす訳がないでしょう。」
「そうですよね。クラトスさん、ここにいる間毎日お墓参りをしていたって。今はクラトスさんはああいう状態だし、ロイドもクラトスさんの事が心配で何にも手に付かないようだから、誰もお墓の手入れをする人がいないもんね。クラトスさん元気になってもお墓が荒れてしまってたらきっと悲しむよ。だからまた来ようね。」
「…そうですね。彼が治るまでは代わりに私達がこのお墓を守っていきましょう。」
頷き合う三人。
それから三人は、もう一度熱心に祈りを捧げると賑やかに帰って行ったのだった。
三人が帰って行った後、アンナは姉の墓の前へと移動した。
“彼女は命を賭けてクラトスを愛した女性ですもの。彼の窮地を見過ごす訳がないでしょう。”
私だって…私だってクラトスの事命がけで愛してるもん!
姉の墓をじっと見詰めるアンナ。
ピカピカに磨き上げられた墓石に供えられた綺麗な花。この姿になる前は毎日自分がやっていた事だった。
アンナはそっと墓石に手を触れてみた。だが、何度やってもその手は墓石をすり抜けてしまう。分かっていた事だった。だが、その事に改めて愕然としてしまう。
それからの事は覚えていない。逃げ出すようにその場から走り去り、気付いたらこのマナの木の丘へとやってきていたのだった。
「私の手、すり抜けちゃった…」
アンナは自分の両手を見詰めながら泣き笑いの表情を浮かべ呟いた。
“クラトスさん、ここにいる間毎日お墓参りをしていたって。”
“クラトスさん元気になってもお墓が荒れてしまってたらきっと悲しむよ。”
“彼が治るまでは代わりに私達がこのお墓を守っていきましょう。”
そんな事分かっている。クラトスがどれ程姉を愛していたのかも、その姉のお墓を彼がどれ程大切に手入れしていたのかも…。
だから、こっちに来てからは私が毎日やっていたんだもん。彼の代わりに姉さんのお墓を守っていたんだもん。
「でも、今の私にはそれさえも出来なくなっちゃったんだよね…」
両手に顔をうずめ肩を震わすアンナ。
“アンナさんはロイドやクラトスさんの事をいつだって見守ってくれてるんだよ。その証拠にマナの種子が行ってしまいそうになった時アンナさんが力を貸してくれたってロイドが言っていたもん。”
姉さんは、亡くなってからもずっとクラトス達を見守って来た。二人を助ける事だって出来たんだわ。私にそれが出来る?
一番じゃなくてもいい、彼の傍にいれるだけでいいんだって思ってた。クラトスの前に別の女性が現れるとしてもそれはずっと先の事だって、そう思っていたわ。
でも、もうすでに彼の事を守っている女性がいたじゃない。彼を命がけで愛し、死んでからも彼を守り続けている人が…。
クラトスへの思いの強さでは私だって負けていないってずっと思っていた。けれど、今の私には何にも出来ないじゃない。姉さんには出来たのに…肉体を失っても、姉さんには愛する二人を守る事が出来たのに!!
敵わない…私は姉さんには敵わない。これじゃあ、ずっと二番のままだわ。
「嫌だ…嫌よ、そんなの絶対に嫌!!…体が欲しい。元に戻りたい。そうすれば姉さんなんかに負けないのに!!」
叫び声をあげ泣き出すアンナ。そんな彼女の周りにマナ達が集まってくる。
「え?私が元に戻る為に力を貸してくれるって言うの?」
アンナは、マナ達の思いを感じ取り涙にぬれた顔を上げた。
「有難う…でも、駄目なの。ソアラ様が言っていたわ。今の私には元に戻るだけの力はないって。あなた達が力を貸してくれたとしても、私にはそれだけの大きな力を制御する事が出来ないのよ。無理をしたらマナの暴走を抑えきれずに今度こそ本当に消えてしまうんですって。」
そう言いながらも、アンナの頭の中には別の声が囁きかけていた。
何を躊躇っているのアンナ?今の状態だって十分消えてしまっているのと同じでしょう?だったら試してみればいいじゃない。姉さんに負けたくないんでしょう?このままじゃ、ずっと二番のままなのよ。それでもいいの!?
それは、ほんの一瞬アンナの中に生まれた悪魔の囁きだった。いつもだったらアンナはそんなものは一笑に付していただろう。
だが、今のアンナは普通の状態ではなかった。どうしようもない孤独感、何も出来ない自分への焦り、姉への嫉妬…様々な思いに打ちのめされ、そして何よりクラトスを失ってしまうかもしれないという恐怖が彼女の判断力を狂わせていた。
アンナは、その囁きに乗ってしまったのである。
「そうよね…今更消えちゃった所でどうって事ないわよね。どうせ私の存在なんか誰にも分からないんだし…。それなら試してみたって損はない。だって、私はクラトスを失いたくないもの。」
ふらふらと立ち上がるアンナ。その目は熱に浮かされたようにぼーっとしていた。
「私は元に戻る。そしてクラトスの中から姉さんを追い出してやる!」
力を解放するアンナ。そしてその力に呼応するかのように多くのマナが集まってくる。
「!!!」
その時になってようやくアンナは我に返った。
だが、遅すぎた。今のアンナにその力を制御出来る筈もなくそれは暴走を始めてしまったのである。
「いやああああああ!!」
自分のしてしまった事に恐れおののくアンナ。だが、もう自分の力ではどうしようもなかった。そんなアンナの目にマナの木が映った。
荒れ狂う暴走の中心で、アンナは残る力全てを使いその場から離れ始める。もはや彼女の頭には唯一つの事しかなかった。
(私はどうなってもいい。クラトスが命がけで守り抜いたこの世界の命。これだけは絶対に枯らしてはいけない!)
今はただ、その思いだけがアンナを動かしていたのである。
−アンナとアンナ 終−