14.奇跡
アンナにそうした異常事態が起きてしばらくしてから、クラトス達が到着した。
クラトスは静まり返っている丘に眉をひそめ、辺りを見回す。
「誰もいないじゃんか。」
「当たり前でしょ。今のあの女は俺達には見る事が出来ないの。」
ロイドの呟きに肩をすくめながらゼロスが答える。
「ああ、そうだっけ……え?じゃあどうやって見つける気。見えないんじゃ無理じゃんよ。」
「いや、そんな事はないぞ。クラトスにはちゃんと見える筈だ。」
「それって、ブレイズと一緒になったからって事で?」
「いや、愛の力だ!!」
瞳を輝かせ言い切るユアン。
「「はあ?」」
ロイドとゼロスは目を丸くした。クラトスはと見るとユアンの言葉にずっこけている。
「バッカじゃねえの。そんなんで見えりゃ苦労しないっしょ。」
「愛の力を馬鹿にするものではない。クラトスが彼女を愛する思いが強ければなんだって可能なはずだ。」
「…ユアン…それでは、私にアンナが見えないのは、私の彼女への愛情が足りないからだとでも?」
「見えんのか?…いかんな、クラトス。もっともっと彼女を愛すのだ。まだまだ修行が足りんな。」
ユアンは、どこぞの新興宗教のような事を言いながらしきりに頭を振っている。
「なんなら私が愛の法則を伝授…」
クラトスはユアンを蹴り飛ばした。
「私は今忙しいのだ!人が必死になっているというのに…お前は、お前は!お前という奴は〜〜〜!!」
今までのイライラをぶつけるかのように倒れているユアンを更に蹴りつけている。
「心配しなくても大丈夫だよ、祖母ちゃん。あの二人いつもあんな調子だから。」
息子の変貌ぶりに唖然としているソアラにロイドが説明する。
「…そう…なのですか…」
「てかさあ、ソアラさんには見えるんでしょ。どうなのよ、あの女ここにいるわけ?」
ソアラは丘の上を隅々まで見渡してみたがアンナの姿は見えない。でも、何かを感じるのだけれど…
「…姿は見えないようですが…」
「姿がない?…ここにはいないと?」
ソアラの言葉を聞きつけ、ユアンに蹴りを入れていたクラトスは振り返った。
「馬鹿な。そんな筈は…」
呟きながら、丘全体に目を走らせるクラトス。
と、その時である。胸にかけられたペンダントが突然に光り出したのである。同時に全身を何かが駆け巡るような錯覚を覚えるクラトス。
「アンナが向こうにいるのか?」
クラトスは走りだした。
「あれは…まさかアレグナ!?」
クラトスの様子を見ていたソアラが呟き後を追っていく。
「ちょ、天使様!?」
「待てよ、父さん!」
ゼロスとロイドも慌てて走り出した。
着いたのは丘の裏側だった。不思議な事に強風が吹き荒れているにもかかわらず辺りの木々は無事だった。
「…マナの暴走。アンナが結界を張る事で周りへの被害を最小限に抑えている。だから、私達にも気付かなかったのですね。」
「アンナ、そこにいるのか!?」
クラトスは渦巻いている風に向かって叫んだが、返事はない。
アンナが張ったという結界の中へ入って行こうとするクラトス。
「父さん!危ないよ!!」
クラトスの腕を掴み引き止めるロイドを、クラトスは静かに見詰めた。
「あの中に入れば私とて無事に戻ってこれる保証がないことは承知している。だが、それでも行かねばならないのだ。アンナを助ける、これがブレイズとの最後の約束だからだ。」
クラトスの真剣な瞳を見たロイドはそれ以上何も言えなかった。掴んでいたその手を離す。
「すまない…ロイド。」
「こういう時は“ありがとう”だろ。絶対アンナさんを助けて生きて戻って来いよ。死んだりしたら許さないからな。」
クラトスは頷くと結界の中へと飛び込んでいった。
「ちょっと、ロイド君?何で行かせたんだよ!」
「あんな父さん初めて見た…ゼロス、お前なら止められたか?」
「…いや、分かんねえな…」
「あれぞ、ロマンスだ!愛のメモリーだ!!」
いつの間に復活したのだろうか、心配そうに渦を見詰める二人の横にユアンが立っており叫び声をあげた。その目からは感動の涙が溢れている。
「あんたは死んでりゃいいんだよ!」
ロイドがユアンを蹴り飛ばす。ゼロスも加わり、二人は抱える不安をぶつけるかのように倒れているユアンをボコボコにしたのだった。
結界の中に入ったクラトスは、かなりの苦戦を強いられていた。
凄まじい風が吹き荒れ、辺りにはその風によってなぎ倒された木々が散乱していた。視界を得るのも困難な中、クラトスは強風に飛ばされないように慎重に進んで行く。
「アンナ、どこにいる!?返事をしてくれ!!」
クラトスにアンナの姿は見えない。だが、渦の中心部の目の部分に彼女はいると確信していた。
「そこにいるのだろう?頼む、声を聞かせてくれ。」
すると、かすかな声が聞こえて来た。
『…クラトス…よかった。元気になったのね。』
「アンナ!!」
『こんな事になってしまってごめんね…無理をすればマナが暴走して今度こそ本当に消えてしまうって、ソアラ様から言われていたのにね…』
「…消える…?」
『私はいいの。馬鹿な事を考えてしまった罰があたったのだから。でも、このままじゃ貴方まで巻き込まれてしまう。だからもう戻って。』
「何を言っているんだ。そんな事出来る訳なかろう。」
『今しかないのよ!もうすぐ結界を維持する力もなくなるわ。だから、まだ抑えられている今のうちに早く……!!!危ない、クラトス!!』
なぎ倒された巨木が強風にあおられクラトスへ向かっていくのに気付いたアンナは叫んだ。だが、クラトスは荒れ狂う風の中、素早く動く事が出来ずに完全に避けるタイミングを外してしまう。
『クラトス―――!!』
アンナは悲鳴をあげ、思わず目を閉じた。
バキッ――ン!!
聞こえてきたのは何かに跳ね返されるような音。アンナは恐る恐る目を開けた。
クラトスは無事であった。彼自身何が起こったのか分からず呆然と立ち尽くしている。よく見ると彼の体を光の膜が覆っていた。
“アンナ、聞こえますか?”
突然に上の声から響いてきた声。見上げたアンナの目が大きく開かれた。
『…お母さん?』
そこには竜の姿が…薄く揺らいではいたが、それは確かに幻影の中で一度だけ目にした事のある光の守護竜の姿だったのである。
“ソアラ様が力を送って下さっているお陰で何とかこの姿を保っています。しかし、ソアラ様とて不完全な状態。いつまで力を送れるか分かりません。時間がないのです。今の私では、これ以上あなたがマナを失わないようサポートするのとクラトス様を守る事だけで精一杯。ですから、あとはあなたが自分の力で付近のマナを鎮めなさい。あなたなら必ず出来ます。”
『無理よ。私にはもうそんな力は残っていない。私一人じゃ…』
「一人じゃない、私がいる。姿は見えなくてもお前の意識は感じ取れる。私もお前の力に合わせるから。」
『クラトス……分かったわ。やってみる。』
クラトスとアンナは目を閉じ意識を集中し始めたのだった。
一方、外にいるロイド達はいきなり空に現れた竜に驚愕していた。
「あれが…光の守護竜…」
二人は、結界の中で吹き荒れている風の音に所々かき消されてはいたものの、クラトス達の会話を何とか聞く事が出来ていた。だから、あれがアンナの母で光の守護竜である事も、その奇跡をソアラが起こした事も理解する事が出来たのである。
ソアラを見ると、彼女は膝まづき祈りを捧げるような姿で全身から七色のオーラを発していた。
二人は、クラトスとアンナがマナを鎮めるのを固唾を飲んで見守っていた。と言っても、ここからでは荒れ狂う風に視界を遮られ、クラトス達の姿を見る事は出来ない。どんな状態なのかを確認できない苛立ちを必死の抑えながら、この嵐が治まるのを祈るように待つしか出来なかった。
「何かさ、前よりひどくなってる気がするんだけど気のせいかな…」
「ロイド君もそう思う?俺様もそう思ってた…」
「あそこで荒れ狂っているマナに、未だ正常だったマナまでが同調し集まり始めている。」
ユアンだった。
あれ程ボコったのにもう復活している、とことんタフな奴だと呆れはしたが、彼が口にした事の重大性に今はマナを見る事ができるこいつだけが頼りかもしれないと判断するロイド。
ユアンは話を続ける。
「このままではまずいな。ここはただでさえマナが豊富な所だ。このままマナが集まり続け、暴走が暴走を生んでしまったら、もう中の二人では抑えられなくなるぞ。」
「そんな!…そうなったらクラトス達は…」
「間違いなく命を落とすだろうな…」
目を見開くロイド。思わず走り出そうとするのをユアンが引き止める。
「お前が行ってどうなる!」
「でも、でも、このままじゃクラトス達が!!」
するとその時、ロイドの叫びに呼応するかのように彼の左手のエクスフィアが輝き出したのである。それと同時に渦の上空に、もう一つの影が浮かび上がってきたのだった。
「…母さん?…」
それはまさしく、以前クラトスから貰ったペンダントにあった写真のままの、母アンナの姿だったのである。
クラトス達を救う為に、今二つの奇跡が起ころうとしていた。
自分達を取り巻くマナの量が急激に増え始めている事はアンナも気付いていた。恐らく魔術を使えるクラトスも当然気付いているだろう。
自分はともかく、クラトスは肉体を持っているのだ。そんな彼が荒れ狂うマナの中心に居続けるという事は、その身に魔術の集中砲火を浴びているのと同じ事なのだ。どんなにか苦しい思いをしているだろう。だが、彼はそんな様子はおくびにも出さず、自分を励ましながら制御を続けている。
このままではクラトスの体がもたない。
そう思ったアンナは、残り少ない力を振るいクラトスを突き飛ばした。アンナに同調する事に集中していたクラトスは、この突然の行動に対処出来ずにあっけなく飛ばされてしまった。地面に叩きつきられゴロゴロと転がると倒れ伏してしまう。それと同時にアンナは周りのマナを全て自分の方へ吸い寄せて行く。クラトスを少しでもこの嵐から守る為であった。
苦痛を堪え何とか起き上ったクラトスは、すごい勢いで渦の中心へと集まっていくマナを見て目を見開いた。
『…ごめんね、クラトス。私はもう、自分の所為で貴方が傷つく事に耐えられない。全ての原因である私が消えればこの暴走も治まるわ。これ以上マナが集まれば抑える事なんて無理。もうこれしか方法はないのよ。貴方を巻き込んでしまって本当にごめんね。」
どんどんとアンナの元へと吸い寄せられていくマナ。急激に勢いを増したその渦は、近寄ろうとするクラトスを尽く阻んだ。
「アンナ―――!!!」
クラトスの口から放たれたそれは絶望の叫び…またしても愛する者を救えなかった自分の無力さへの怒りの叫びであった。
『さようなら、クラトス…』
アンナは静かな笑みを浮かべ目を閉じた。
と、その時である。そんなアンナの耳にクラトスの声が聞こえて来たのだった。
「…アンナ?……お前なのか?」
信じられないとでもいうようなクラトスの声。
(これは自分を呼んでいるのではない…それならば一体誰を?)
アンナは目を開いてクラトスを見た。
はたして彼は自分を見てはいなかった。呆然と立ち尽くしているクラトスの視線の先を追ったアンナ。
そこにいたのは…
『……お姉さん?』
自分にそっくりな女性の影が優しい微笑みを浮かべアンナを見詰めていた。その微笑みは女神のような慈愛に満ちたものであった。
“諦めないで…諦めてはダメ…あなたが人の姿に戻る事さえできればこの暴走も必ず治まるわ。”
『でも、でも、私の力じゃもう…』
“私がいるわ。二人でやればきっと元に戻れる。”
『姉さんが一緒に?…だって、私は姉さんの事を…』
“元の姿に戻ってクラトスを支えていきたいのでしょう。だったら消えようなんて考えちゃダメ。諦めてしまったらもうそこで終わってしまうのよ。”
『……』
“いいわね?行くわよ。”
アンナは頷くと残る全ての力を解放した。
すると、渦の中心に巨大な竜の影が浮かび上がってきた。
竜は咆哮を上げると自分の体から光を発し始め、荒れ狂っていたマナはその光によって次々に沈められていく。そして全てのマナの高まりが治まると共にその姿は揺らぎながら消えて行き、アンナの姿へと変わって行った。
クラトスは、呆然としてペタンと座り込んでしまったアンナを見て安堵したのか、力が抜けて行くのを感じていた。自分もその場に座り込みそうになるのをこらえながら、未だ空にその姿を映している妻へと顔を向けた。
「…アンナ…有難う。」
“その子を責めないでやってね。貴方を失いたくない一心だったのよ。”
「だが、何故私達を助けた?お前は私を恨んではいないのか?私はお前をこの手で殺した…そしてお前を裏切り彼女の事を…」
“何故恨む必要があるの?殺してって私の方から頼んだのよ。それが貴方にとってどれだけ残酷な事だったか…。にもかかわらず、貴方はその私の最後の願いを聞き届けてくれた。感謝こそすれ、恨む事なんてありえないわ。”
「しかし…」
“ねえ、クラトス…もうあの時の事で自分を責めるのはやめて。貴方は私に十分に幸せを与えてくれた。私は貴方を恨んでなんかいない。今はただ、貴方が幸せになる事だけを願っているのだから。”
「…アンナ。」
“妹との事だってそうよ。私は貴方が私以外の女性に惹かれた事を嬉しく思っている。だって私はもう死んでしまったのですもの。その私の為に貴方まで時間を止めてしまう事はないわ。貴方には過去に縛られずに新たな幸せをつかんでいって欲しい。妹なら大丈夫。きっと貴方を支えていってくれるに違いないわ。”
クラトスの目から一筋の涙が零れおちた。彼女は微笑みを浮かべクラトスに近付くと、その頬にそっと手を触れた。
“悲しまないでクラトス……ねえ、覚えてる?私が生まれ変わりの話をした時の事。あの時貴方は笑っていたわよね。でもね、私は本気だったのよ。もう一度生まれ変わって貴方と暮らしたいと思っていた。その時の私はどこにでもいる普通の女の子で、貴方も普通の青年で…平凡だけど幸せな一生を送るの。そうすればもう貴方を苦しめる事もないし悲しい思いをさせる事もない。あれは、私の夢であり心からの願いだったのよ。でも、結局その願いは叶えられなかったけどね。”
「…叶うわけなかろう?お前はここにいるのだから…お前の魂はここにあるのだから生まれ変われるわけがない…」
アンナはクスリと笑った。
“そうね、私の魂は天にかえらずにずっと貴方とロイドの傍にいた。生まれ変われるわけないわよね。でも、もうあの願いはおしまい。だって、私の代わりに貴方を幸せにしてくれる人が現れたんですもの。これでやっと安心して天に昇る事ができるわ。”
それからアンナは、自分の姿を見て駆け付けて来たロイドへと視線を移した。
“ロイド…立派になって…”
「母さん!!」
“ごめんね、ロイド。私はあなたに何もしてやれなかった。”
「そんな事無い!母さんは俺をずっと見守っていてくれたじゃんか!」
“有難うロイド…愛しているわ…”
アンナはロイドの額にそっとキスをおとした。母の温もりを確かに感じ取る事が出来、ロイドは目に涙を浮かべた。
“幸せになってね、ロイド。それからお父様をよろしくね。”
泣きながらこくこくと頷くロイド。
次にアンナは、空にいる母と、未だ呆然としている妹へと目を向けた。
“お母さん、やっと会えた……思った通り、優しそうなお母さんだった。”
“アンナ…寂しい思いをさせてごめんなさい。”
“いいえ。いいんです。あなたが私を産んでこの世界に残してくれたからこそ私はクラトスに会う事ができたんですもの。でも、私はもうかえらなければなりません。これからもどうか妹とクラトスを見守っていって下さい。”
アレグナは頷いて見せた。
“アンナ…私の妹。あなたとクラトスが時空を越え出会ったのは決して偶然なんかじゃないわ。だからこの出会いをどうか大切に、自分に自信をもってこれからも彼を支えて行って欲しいの。私はいつも前向きで元気なあなたが大好きよ。”
「…姉さん…」
アンナは再び立ち尽くしている親子へと目を戻した。
“私に溢れるほどの幸せを有難う!あの世に逝ってもいつもあなた達を見守っているからね。”
「アンナ!!」
クラトスは消えて行くアンナへ向かって手を伸ばした。行くな!という言葉を噛み殺し、伸ばした手を下すとこぶしをぎゅっと握りしめた。そんなクラトスにアンナは優しく微笑みかけた。
“妹を頼むね、クラトス…どうか後ろを振り返らずにあなたらしく前を見詰めて生きて行って。貴方達の新しい人生がこれから始まるのよ。さようなら…私の愛する家族…”
最後にとびきりの笑顔を浮かべると、アンナはそのまま消えて行ったのだった。
クラトスとロイドは、その場から動こうとせずにずっとアンナの消えた空を見詰め続けていた。
やがてクラトスは小さく息をつくと、未だ見上げているロイドの肩を優しく叩いた。
「…いつまでもこうしていても仕方がない。帰ろう…」
「う、うん…」
クラトスはソアラとアレグナの前に行くと静かに頭を下げた。
「力を貸して下さり、有難うございます。」
「あなたの胸にあるペンダントのお蔭なのですよ。そこにはわずかながらアレグナの力が入っていた。その僅かな力があなたのアンナを思う気持ちに反応する事でアレグナが目覚めたのです。まさに奇跡としか言いようがありません。その奇跡を起こしたのはあなたです。私はそれに少しだけ手を貸しただけ。」
ソアラは微笑みを浮かべた。
「でも、何とか無事に済んでよかったです。アンナも疲れているでしょうから、ゆっくりと休ませておあげなさい。私とアレグナはここに残ります。アレグナは復活したとはいえ不安定な状態ですからマナが十分にあるここの方がいいでしょうから。しばらくして落ち着いたらグランディアに戻る準備を始めるつもりです。」
「分かりました。それでは、また参ります。」
クラトスはもう一度頭を下げると、力が抜けたような状態のアンナに手を貸し立ち上がらせた。
「さあ、帰ろう、アンナ。ゆっくり休んでからまたここに母御に会いにくればいい。」
「…ええ…」
ゆっくりと歩き出したクラトスとアンナ。
ここで起きた奇跡…それは二人の命を救うと共に、それぞれの心の中にある思いを残していたのだった。
−奇跡 終−