2.溢れる思い


 翌日、アンナは長老達に呼ばれた。
 長老達はアンナに、国王の下知の事は伏せたまま、ここセネリアから別の地へ移動した方がいいと持ちかけて来た。
「ここではアンナも気が休まらんじゃろう。ゆっくりと静養する為にも別の聖地へ移動した方がいいと思うんじゃ。」
 アブソーブが言った。
「どこでもいいんじゃよ。アンナが行きたい所で。そうじゃな、どこかの神殿でもいいかもしれん。」

(どこだっていい。何処へ行ったって一緒だもの…)
 心の中で呟くアンナ。

「ん?どうしたんじゃ、アンナ。お前の好きな所でいいんじゃぞ。」
 黙ったままのアンナに、アブソーブは首をかしげた。
「まあまあ、アブソーブ様。そんな風にいきなり言われてもアンナだって困るでしょう。どうでしょう。今日一日ゆっくり考えてもらうって事では。」
 ルフィアが気まずい雰囲気をとりなすように提案した。
「おお、そうじゃな。アンナ、考えてみてくれ。そして明日返事を聞かせて欲しい。いいかな?」
「…分かりました。」
 アンナは棒読みのようにそう言うと、頭を下げ退出していった。
 顔を見合わす長老達。
「どうしたんじゃろうな。何か元気がないようじゃったが…」
「勘のいい子ですからね。気付いてしまったのかもしれません。たらい回しをしているようで、あの子には酷な事かもしれませんが…」
「仕方なかろう。こうでもしなければアンナは処刑されてしまうかもしれんのだ。」
「嫌な世の中じゃのう。アンナはこの世界を救ってくれたんじゃ。感謝されて当然なのに、逆に弾圧しようとするんじゃからな…」
 長老達は一様に暗い表情を浮かべると、大きな溜息をつくのだった。




 屋敷を出てきたアンナは、祭壇の前に来ていた。
 ここなら誰も来る事はない。一人でじっくりとこれからの事を考えられる…そう思ってきたのだが、なかなか集中する事が出来ず、ただ腰をおろしてぼんやりとしているだけだった。顔に浮かんでいるのは全てを諦めきった表情。その手にはペンダントが握られており、何となしにそれを弄んでいた。
 と、そこへストレイが駆け込んでくる。走ってきたのか、激しく肩を上下させており息も荒い。
「ここにいたのか、探したんだぞ。今からソアラ様の所へ行こう!」
 アンナはぼんやりとした目でストレイを見上げた。
「ソアラ様?何故?」
「決まってるだろう。あそこのワープポイントを使ってクラトスさんに会いに行くんだよ。」
「……駄目よ、そんな事できないわ。私は光子なのよ。この地を離れる訳にはいかない。」
「もう、そんな事関係ないだろう!エビルはいなくなったんだ。もう光子なんて必要ないんだ。お前はただのアンナに戻ったんだよ。」
「違うわ!!戻ってなんていない!全てが終わっても目覚めてしまった力はもう元には戻らない。私は一生光子として生きて行くしかないのよ。皆に疎まれ、死を望まれながら、ボロボロになって生きて行くしかないの!」
「アンナ…」
「それに、今更クラトスに会ってどうなるっていうのよ。全てが終わって、それと同時に私達の行く道も分かれてしまったのよ。これからはクラトスはクラトスの、私は私の、それぞれ別の道を歩いて行くしかないんだわ。」
「なら、お前が手に持っているのは何だ?それ、クラトスさんのペンダントだろう!?何でお前はそれをいつも眺めているんだ?お前は本当はクラトスさんに会いたいって思っている。あの人を求めているんじゃないのか!?」
「違う!違う、違う、違う!!」
 アンナは叫んだ。
「私は会いたいなんて思ってない!……私はただ、何故彼がこれを私にくれたのか考えていただけ。周りの状況も分かっていなかったはずの彼がどうしてこれを私にくれたのか…。こんなの残酷だわ。もう会えないって分かっているのに…こんなもの…こんなもの、私はいらないのに!!」
 アンナは、ペンダントを投げ捨てようと腕を振り上げた。だが、どうしてもそれを捨てる事ができずにその場に蹲ってしまう。
 ストレイは、アンナの傍に膝をつくと、彼女の肩に優しく手を置いた。
「なあ、俺、クラトスさんは、全く自分を失っている訳じゃなかったんじゃないかって思ってる。俺達がやっている事も、言っている事も、みんな分かっていたんじゃないかって。でも、何か理由があってそれに応える事ができなかった…。お前、クラトスさんに自分のペンダントをあげてたろう?俺、こっそり見ちまったんだ。それはそのお礼のつもりだったんじゃないかな。クラトスさんとアンナは終わってなんかいない。二人の絆はそんな簡単に切れちまうようなもんじゃない。俺はそう思うよ。」
 アンナはストレイの手を振りほどき立ち上がると、涙を浮かべた目で彼を睨みつけて叫んだ。
「…だから?だからクラトスに会いに行けって言うの?そんな事できっこないわ。…何にも分からないくせに無責任な事言わないで!!」
 そしてストレイに背を向けると、そのまま走り去って行ってしまったのだった。
 後に一人残されたストレイは、なんとも言えない表情を浮かべその場に立ち尽くしていた。



「ストレイのバカ!どうしてあんな事言うのよ。人がせっかくクラトスの事を忘れようとしているのに!」
 アンナは村の隅にある空地まで走ってくると、盛んに毒づいた。

 分かってる…本当に馬鹿なのは私。あの人の事を忘れようったってそんな事出来る筈がない。抑えようとすればする程溢れてきてしまうこの気持ち…でも、今の私にはどうしようもない。どうしようもないのよ。

「お姉ちゃん、どうしたの?」
 振り返ると、小さな女の子と男の子が立っていた。心配そうにアンナを見詰めている。
「あなたは?」
「わたしベティ。この子はジムよ。」
 そう言うと、ベティはアンナに近付いてきてその顔に手を触れて来た。
「あなた…目が?」
「お姉ちゃんの頭の中、クラトスって人の事でいっぱいだね。」
「え!?」
「ベティは人の心が読めちゃうんだ。人だけじゃないよ。動物や、木や草の心も分かっちゃうんだ。目が見えない代わりに、神様がベティに不思議な力をくれたんだよ、きっと。」
 驚いているアンナに、ジムが得意げに説明する。
「……」
「クラトスって人、お姉ちゃんの事心配してるよ。泣かないでって言ってるよ。」
「!!そんな事…」
「分かるもん。そこでキラキラしている光がそう言ってるもん。」
 アンナは思わず握っているペンダントへ目を落とした。
「お姉ちゃんの中にもキラキラが見えるよ。お姉ちゃん、光子様なの?」
「え?…ええ。」
「うわ、すげえや。光子様だって!」
 隣でジムが嬉しそうに声を上げる。
「二つのキラキラは一緒になりたがってるよ。どうしてお姉ちゃんは嫌がるの?二つが一緒になったらすごく綺麗なのに。」
 きれい、きれい!と、飛び跳ねるジム。アンナは目を見開いた。
「いい加減な事言わないで!!どうしてそんな嘘をつくの?人の心に土足で入り込むような事は止めて!」
「嘘じゃない!嘘をついてるのはお姉ちゃんの方だよ。どうして我慢するの?お姉ちゃんが光子様だから?そんなの変だよ。お姉ちゃんはホントはどうしたいの?」
 アンナは言葉もなく固まってしまった。するとそこへ、ブラストが走って来た。
「アンナ、ここにいたのか。大変だ、突然陛下がお越しになられた。とにかく屋敷の方へ。」
 驚き、慌てて屋敷へ戻って行くアンナ達。二人の子供は顔を見合わせるとその後を付いて行くのだった。



 国王は屋敷の中庭で、アンナを待っていた。その両脇には警護の為についてきた屈強な兵士達が並んでいる。
 村人達は、突然の王の訪問に驚き、野次馬となって中庭を覗き込んでいた。
「話とは他でもない、そなたの今後の事なのだが。」
 国王は、アンナ達がやってくると早々に話を切り出してきた。
「エビルと同じ力を持つそなたを危険視し処刑すべきだとの声が上がってきていてな。だが、何と言ってもそなたは光子としてこの世に平和をもたらせてくれたのだ。その命を絶ってしまうのも忍びない。そこで妥協案として、そなたを断魔の塔へ幽閉する事にしたのじゃ。」
 断魔の塔とは、高い魔力を持つ犯罪者が入れられる監獄であった。そこに入れられたら最後、一生出てくる事は出来ないと言われている。
「お待ち下さい!それではまるで犯罪者扱いではありませんか。」
「もう決まった事なのですよ、ブラスト殿。」
 陛下の横にいる大臣が勝ち誇ったような笑いを浮かべ言った。この男はアンナ排除説の急先鋒と言われていた男だ。長老達は憎々しげに大臣を睨みつけた。
「それと光子様には一応、この魔力を封じ込めるリングをつけてもらいます。逃げ出されては困りますからな。」
「そんなの変よ!」
 突然に割り込んできた子供の声。人々は一斉にそちらへと振り向いた。そこにはベティとサムが立っており大臣を睨みつけていた。
「何でお姉ちゃんが苛められなきゃならないの!?お姉ちゃんは私達を助けてくれたんだよ。私達の代わりに悪い奴を退治してくれたんじゃない!」
「何だこのガキは。さっさとつまみ出せ!」
「この子の言う通りだよ。光子様はあたしらを助けてくれたんだ。その後だって村の復興の手伝いもしてくれた。あんたらは困ってるあたしらに何をしてくれたって言うんだい。何もしなかったじゃないか!」
 ベティの横にいたおばさんも声を上げた。その声を最初に、次々と「そうだ、そうだ」との声が上がる。だが、その声は、兵士が空に放った銃声によってかき消された。
「もう止めて!幽閉でもなんでもしてくれて構わない。だから、その人達には何もしないで!」
 堪らずに叫ぶアンナ。大臣はほくそ笑んだ。
「最初からそのように言って下さればよかったんですよ。おい、光子様を連れて行け!」
 兵士は頷き、アンナの腕を両脇から掴み連行しようとしたが、そこへストレイが駆け込んできてその兵士たちを突き飛ばした。
「アンナを放せ、馬鹿野郎!」
「何だお前は!邪魔をする気か!!」
「ストレイ止めて!もういいの。」
「よくなんかない。お前はこのまま幽閉されちまってもいいって言うのか!もしかしたらそれだけじゃ済まないかもしれないんだぞ。何だかんだ言いがかりを付けて処刑されちまうかもしれない。」
「光子である私を皆が恐れるのは仕方がない事だわ。私が死ななければ安心できないというのなら、それも受け入れるつもりでいる。それが光子としての私の最後の仕事なのよ。」
「ふざけるな!」
 ストレイはアンナを怒鳴り付けた。
「俺は光子としての意見なんて聞いてない。アンナとしてどうしたいのかを聞いてるんだ!」
「…わ、わたし…私は…」
 アンナは目を遊ばせながら呟いた。その目がベティの上に止まる。ベティは両手を握りしめアンナを見詰めていた。それはまるで頑張れと声援を送っているかのようだった。

“お姉ちゃんはホントはどうしたいの?”

「私は…私は…会いたい……」
 俯き、震える声で呟くアンナ。そしてしばらくの沈黙の後、ついにアンナは叫んだのだった。
「会いたい!私はクラトスに会いたい!!」
 それは、今まで抑えに抑えていたアンナの思いが溢れ出た瞬間であった。

「何を言っているんだ。お前は幽閉されるんだ。そんな事が許されるはずなかろうが!構わん、無理矢理でもいいから連れて行け!」
 怒り心頭で兵士に命じる大臣。兵士達はアンナを捕まえて連れて行こうとする。
「嫌、離して!お願い、クラトスにもう一度会わせて!その後になら殺されたって構わない。私はこのまま彼に会わないまま死にたくない!」
 ストレイが兵士に飛びつきアンナから引き剥がそうとすれば、そのストレイを他の兵士達が押さえつける。途端にその場は混乱状態に陥った。
「ええい、何をしている!早く連れて行け!」
 いらいらと叫び、命令を繰り返す大臣。
 とその時、そんな大臣めがけて石つぶてが飛んで来た。
 ぎょっとしてそちらを見た大臣の目に、小石を掴んで自分を睨みつけているジムの姿が映る。
「このガキ!何をする!」
 怒鳴りつけながらジムを捕まえようとする大臣めがけて、今度は彼方此方から石が投げつけられていた。
「いい加減にしろ!」
「お前達それでも人間か!!」
「そうよ、酷過ぎるわ!」
「お前らこそ帰れ!」
「恥知らず!!」
 同時に上がる声、声、声。
「止めんか!お前ら全員監獄送りにしてやるぞ!」
 兵士達が取り押さえようと動き出す。だがそれでも人々は石を投げ続けた。そんな民衆の怒りの声に兵士達は怯んでしまう。
「何をしとるんじゃ、お前達は!」
 怒り狂う大臣。すると、
「もうよせ。」
「?」
 振り返った大臣の目の前に国王が立っていた。
「もうよい。光子を離してやれ。」
「陛下!?」
「聞こえなかったのか?光子を離せと言ったのだ。これは命令だ。」
 国王はそう言うと渋る大臣を横目に、アンナに近付くと静かに頭を下げた。
「光子よ、すまなかった。私が間違っていたようだ。今この時からそなたは自由だ。その思いのままに行動するがよい。」
 呆然とするアンナに、国王は微笑みを浮かべ、そして兵士たちを連れ引き上げて行った。
「光子様万歳!」
 どこからともなく上がった声は、たちまち大合唱となって辺りに木霊した。それは民衆の勝ちどきの声にも思え、アンナは皆に取り囲まれながら初めて光子として生まれた事に幸せを感じたのだった。


 そして今アンナは光の聖域にいた。ストレイや長老達、そして特別に中へと入れてもらったベティとジムも見送りに来ていた。
「ごめんなさい。私の我儘で皆に迷惑をかけてしまったわね。」
「いいんじゃよ。お前さんが自分のやりたいようにするのが一番いいんじゃ。最後には陛下も大臣たちを黙らせていただろう?お前さんの心の叫びが陛下に通じたんじゃよ。」
「ベティ、有難う。あなたのおかげよ。あなたの一言で私は素直になれたの。」
 アンナはこの不思議な力を持つ少女を優しく抱きしめた。ベティは嬉しそうに笑うと、
「お姉ちゃん、元気でね。」
「有難う。ベティもね。…ストレイも有難う。またあなたに助けられてしまったわね。」
「俺はアンナの親衛隊だからな。」
 得意げに胸を張るストレイ。アンナはクスリと笑った。
「寂しくなったらいつでも戻ってきていいんじゃぞ。」
「ええ。ここは私の大切な故郷ですもの。」

 故郷…そう言える日がくるとは思わなかった。自分はここでは邪魔ものでしかないと思っていたから。でも、あの時、みんなが私の為に立ちあがってくれたのを目にした時、初めて自分の存在を感じる事ができた。生まれてきてよかったってそう思えた。

「じゃ、そろそろ行くぜ。」
 ブレイズがアンナに声をかける。アンナは力強く頷いた。
「元気でな、アンナ。」
「クラトスさん達によろしく言ってくれよな。」

「ええ…。それじゃあ、行ってきます!」
 笑顔で手を振るアンナの体が光に包まれ、そして開かれた時空の扉へと消えて行った。


“二つのキラキラは一緒になりたがってるよ。どうしてお姉ちゃんは嫌がるの?二つが一緒になったらすごく綺麗なのに。”

 そうだね。ベティの言う通りだよ。
 もう迷わない。私は自分の思うままに貴方の胸に飛び込んで行く。
 この先何が待ち受けていようとも二人でなら乗り越えて行ける…そうだったわよね、クラトス。
 今いくからね、クラトス!


−溢れる思い 終−