5.覚悟


 アンナは階段を駆け下りてくると、そのままの勢いで玄関の戸をバーンッと押し開いた。
「ぐわああっ!!」
 と同時に奇妙な声が響き渡り、見ると目の前でユアンが額を抑え蹲っていた。その後ろではソアラが目を丸くしている。ユアンは勢いよく立ちあがると涙目でアンナを睨みつけた。
「貴様、私を殺す気か!私の天才的頭脳が使い物にならなくなったらどう責任を取るつもりだ!!」
「ご、御免なさい……でも、ちょうど良かったわ。今お二人の所へ行こうと思っていたんです。」
「どうしたのです?何を慌てているのですか。」
「私、もう一度竜になったらクラトスの中へ入れますよね?クラトスが大変なんです。ペンダントが光って、それで戦ってて、声が聞こえてきたから、助けに行かなくっちゃ!!」
「「は???」」
「だから!」
 訳が分からずキョトンとする二人に、アンナはじれったそうに叫んだ。
「光ってクラトスが見えたら、助けてって声が聞こえたから、クラトスの中に入りたいんです!!」
「アンナ、落ち着きなさい。ゆっくりと順序立てて話して下さい。」
 とにかく家の中へ入った三人。ロイドとダイクは留守のようだった。
 とりあえずアンナを座らせると、ユアンは勝手知ったる他人の家と、コップに水を汲んできてそれをアンナに飲ませた。
「で?一体何があったんだ。ペンダントが光ったと言っていたな。今お前がもっているそれの事か?」
 アンナは深呼吸をして自分を落ち着かせると頷いた。
「これ、クラトスから貰ったものなんです。さっき、これが突然光ったと思ったらその光の中にクラトスが見えて…彼は何かと戦っているようでした。そうしたら声が聞こえて来たんです。クラトスを助けてくれって。私ならそれができるからって。」
 顔を見合すソアラとユアン。ユアンは溜息をつくと、
「やはり、奴の中に何かが入り込んでいたのか…」
「え?やはり?」
「アルテスタが、クラトスの診察中に違和感を感じたと言っていたのだ。奴の中に別の者のマナの存在が感じられたと。だとしたらクラトスがああなった事も説明が付く。あいつはその何かに自分を奪われぬように、思考をガードしたんだ。だがそれが分かっても、奴を助ける方法が分からなかった。いくら天才の私でも他人の中へ入る事などできんからな。今までその方法を探っていたんだ。」
「それで、それは見つかったんですか?」
「自分の体から抜け出し精神体になればそれも可能だとわかった。だが、それではクラトスの体を動かす事は出来ても、中にいる奴と戦う事ができるかどうか…ミトスならそれもできたかもしれん。しかし、悔しいが私にはミトス程の力はない。精神体では恐らく普段の半分ぐらいの力しか出せないだろうな。クラトスの中に何がいるのか分からん以上、そんな状態で入っても足手まといになるだけだ。」

「入ってる奴の正体なら分かり切ってるぜ。」

 突然に聞こえてきた声。振り向かずともそれが誰かは分かっていた。いつもいきなり現れる男、ブレイズだ。
「そんな事が出来る奴なんて一人しかいない。エビルだよ。」
「エビル!?」
 驚きの声を上げるアンナ。
「だって、エビルはもう…」
「俺達が倒した。本体はな。」
「本体?」
「思い出して見ろ。アンナが竜へと変化を始めた時、あいつは捕らえていたクラトスとノイシュを離した。その時、クラトスはどんな風にエビルに捕まっていた?」
「それは…触手に体を刺されて……まさか!」
 ハッとして自分を見たアンナに、ブレイズは頷いて見せた。
「エビルはクラトスを離す時、万一の時、再び復活できるように、自分の触手の一部をクラトスの体の中に残した。それがわかったクラトスは、咄嗟に精神にバリアを張って自分を仮死状態にし、残された触手の成長を抑えると同時に自分自身を守ったんだ。」
「…何で…あの時言ってくれれば…」
「それを知った所で、あの時の俺達に何かできたか?弱っているクラトスの体を傷付ける事無く触手を取り出すなんて芸当、誰にも出来なかったさ。例え出来たとしても、欠片とはいえエビルの力は侮り難いものがある。俺達だって無事では済まなかっただろう。だからクラトスは敢えて俺達に知らせずに一人で封印することにしたんだ。」
 ブレイズは、チラリと二階へと目をやった。
「…でも、あいつはもう、エビル戦で肉体的にも精神的にもボロボロのはずだ。いつまでもエビルを抑えている事なんて出来ないだろう。限界が来たその時、あいつは自らの手で命を断つつもりでいるのかもしれない……くっそぉ!!」
 ブレイズは柱へ拳を叩きつけた。
「何故、もっと早く気付いてやれなかったんだ。あの時…仮死状態のあいつを見た時、俺は何かを感じ取っていた。でも、それが何なのかどうしても分からなかったんだ。」
 心底悔しげに唇を噛むブレイズ。ユアンは彼の肩に手を置くと、慰めるように言った。
「だが、分かった所でどうしようもない。それはさっきお前自身が言った事だろう?過ぎた事を悔やんでいてもしょうがない。問題はこれからどうするかだ。」
「……私なら…」
 アンナはソアラを見詰めた。
「私ならクラトスの中へ入っていけますよね?守護竜は元々精神体なんだから本来の力を失う事もない。そうでしょう?私が行きます。そしてクラトスを必ず助ける!」
「お待ちなさい、アンナ!!」
 二階へと駆け上がろうとするアンナをソアラの厳しい声が引き止めた。アンナは立ち止まると、ソアラを睨みつけて来た。
「何で止めるんですか!もう時間がない。今この時だってクラトスは…」
「二度とクラトスに会えなくなってもいいのですか?」
「え?」
「あなたはエビルとの戦いの時竜へと変身した…でもね、アンナ。それは非常に危険な事だったのですよ。あなたはアレグナの血を引いているとはいえ、人間なのです。あなたが言ったように、守護竜とは強大な精神力の塊のようなものです。竜が人の姿に身をやつす時はその力を抑えればできる事。でも、人であるあなたが竜になるには、その逆に精神力を最大まで引き上げなければならないのです。そして竜の血を半分しか引いていないあなたには膨れ上がったその力を再び抑えるまでの力はない。あなたが今のように人の姿に戻れたのは奇跡に近い事なのです。恐らく次にまた竜になったらもう人には戻れないでしょう。」
「!!!」
「守護竜とは力そのもの。本来なら形などあるはずもなく人の目で見る事もできません。人の前に現れる時だけ竜という形を作り見えるようにしているのです。普段、人が守護竜を目にする事がないのはその為です。
 力の塊である守護竜でさえ、その姿を保ち続けるのは難しい事。人であるあなたにはなおさらでしょう。竜としての形を成していなければ辺りを漂うマナと同じようなもの。人々はその存在に気付く事すら出来ないでしょう。天使であるクラトスでもそれは同じです。普通のマナとあなたとを見分ける事など不可能に近い。
 もうクラトスにはあなたを見る事も触れる事すら出来なくなってしまうのです。それはあなたにとっても同じ事。そんな事、あなたにとっても、クラトスにとってもいいはずがないでしょう?」
 ソアラは、呆然とするアンナを優しく抱きしめた。
「クラトスの事は、私が何とかします。だから、あなたは無茶の事は考えないで静かにクラトスを見守ってあげてて下さい。」
 だがアンナはソアラの手を振りほどくと、そのまま家を飛び出して行ってしまった。
「だいぶショックを受けたようだぞ。大丈夫なのか?」
 ユアンが心配げに呟く。
「あの子にとって、苦しんでいるクラトスを前に何も出来ないのは辛い事でしょう…でも、あの子を守る為には本当の事を言わなければならなかった。」
「どちらにせよ、アンナ一人ではエビルを倒す事は出来なかったろうしな。…で、エビルをどうするつもりなんです?まだ力が回復し切っていないんだ。ソアラ様でもあいつを倒す事はできないでしょう?」
「それでも何とかしなければ…アンナとクラトスの二人の為にも…」
「オリジンにでも相談してみたらどうだ?あいつはあれでもこう言う時には役に立つからな。」
 考え込むソアラにユアンが提案してきた。
「…そうですね。何か知恵を授けて下さるかもしれません。時間があまりありませんし、これからすぐに相談にいきましょう。」
 そして三人は急いでオリジンの元へ向かったのだった。



 それから少しして、アンナがそうっとドアを開けながら家に戻って来た。三人の姿が見えない事に首を傾げるが、そのまま二階へと上がっていく。
 クラトスはまだ眠っているようだった。アンナはベッドのそばの椅子に腰掛けると、そのまましばらくその顔を見詰めていた。
「……また竜になると私は消えてしまうんだって。」
 クラトスの髪に手を触れながら静かに語りかける。
「笑えるね。何か人魚姫みたいなんだもの。」
 クスッと笑うアンナ。
「……私、決めたわ。二度と貴方の目に映らなくなっても構わない。それでも私は貴方に生きていて欲しいから。たとえ貴方に私が分からなくても、私は貴方をずっと見守っていく事ができる。それだけで私はいいの。」
 アンナは手をクラトスの胸の上においた。少し震えている手。だが、ギュッとこぶしを握りそして再び開いた時、その震えは止まっていた。
「今助けにいくからね。」
 呟くと同時二人の体が光に包まれる。そしてその光が消えた時、部屋の中にアンナの姿はなく、唯一人、ベッドの上で眠り続けているクラトスだけが残されていた。


−覚悟 終−