6.孤独な戦い
暗闇の中、此処彼処で光が飛び交っている。ぶつかってははじけ飛ぶ二つの力。この強大な二つの力は、ぶつかる毎に小さな爆発を起こし光を発す。その光の中浮かび上がる二つの影。一つはクラトスであった。そしてもう一つは…
巨大な木のような形を成した物体がそこに根をおろしている。何本もの蔓を張り巡らせ、その中心には、幹と言えばいいのだろうか、黒い、両腕で抱えられる位の太さのものがグネグネと曲りくねっており、そこに顔のようなものが浮かび上がっていた。それは、姿こそ違えど、まさしくエビルの顔であった。
エビルは、先程からさかんに攻撃の合間を縫いクラトスに向け蔓をのばしている。体を刺し貫きその力を吸い取ろうとしているのだが、クラトスが自分の周りに張り巡らせているバリアに阻まれ刺す事が出来ずにいた。その為、無数の光弾を発しながら、蔓で彼を打ちすえ弱らせるという戦法に切り替えたようだった。
この空間では物質的なものは通用しない。彼らとて一応形は成してはいるもののそれはいわゆる精神体であり、通常肉体と呼ばれているものとは別のものであった。もちろん三次元の肉体では触れる事はできないし傷つける事もできない。精神同士のぶつかり合いでのみダメージを与えられるのである。そして弱い方の体は、削り取られた力と同様に徐々に薄く透き通って行き、ついには相手に吸収されてしまうのであった。
クラトスの手にも武器はない。彼もまた時々魔術を使いながら体術のみで戦っている。彼は軍隊時代に剣の他に体術も会得していたので、それなりにダメージを与える事が出来てはいたが、エビルより魔力が劣っている分、不利な戦いとなっていた。
元々クラトスは、魔術での戦いは不得手であった。それでも剣を使う事が出来ない以上、魔術も使わざるを得ない。身のこなしだけではエビルの素早い攻撃をかわし切る事は不可能だった。
だが長きにわたる戦いの中、不得手な魔術を使い続ける事はクラトスにとってかなりの負担となっていた。しだいに疲労も蓄積されてくる。それは、前回の戦いでのダメージを未だ残しているクラトスを苦しめていた。体を覆うバリアも次第に薄くなってきており、その為、降りそそぐ光弾や蔓で打たれるダメージも徐々に大きくなってきていた。
クラトスの動きが鈍くなってきた事に気付いたエビルは、一気に片をつけるべく多数の光弾を放った。クラトスは、雨のように降り注ぐそれを避けながらエビルへと突進し攻撃をたたき込む。
するとその時、エビルの体から新しい蔓が出現し、クラトスに向かってきたのだった。
「!!」
クラトスは咄嗟に横へ跳びそれをかわそうとしたが避け切れず、そのまま叩き飛ばされてしまった。危く頭から地に激突する所を、手をつく事で逃れると体を回転させ着地した。
「はあ、はあ、はあ…」
肩で息をするクラトス。もうすでに限界を越えていた。
そんなクラトスにエビルは次々に光弾を放ち、容赦なく蔓で叩きのめした。もうクラトスにその全てを避け切れるほどの体力は残ってはおらず、一つの光弾をまともに食らい仰け反った所を再び蔓で吹き飛ばされてしまった。それでもなんとか転倒せずに着地する事はできたのだが、とうとうそのままガクリと膝折ってしまう。
「フフフ…その体でよく頑張ったよ。だが、もう、そこまでのようだな。」
「くっ…まだだ、まだ終わってなどいない。私はまだ戦える!」
「フッ…だが、お前の体はすでに薄くなり始めている。力が失われていっている証拠だろう?」
「それは、お前も同じ事だ。」
確かにクラトスの体は徐々に消え始めていた。しかし、エビルの方も相当のダメージを受けており、その体は薄くなり始めている。
そうだ…まだここで終わる訳にはいかないのだ。私が倒れればエビルは私の体を使ってこの世界を混乱に陥れようとするだろう。ロイド達が命を賭けてやっと取り戻した平和を壊させる訳にはいかない。そればかりではない。そうなればロイドは再び実の父親の命を奪わなくてはならなくなる。もう二度とあんな苦しみをあの子に味わわせてはならない。
だが、もう自分には殆ど力が残されてはいない。全ての力を失う前に、最後の手段に打って出る必要があるかもしれない。
最後の手段…眠っている自分を目覚めさせ、中のエビルごと自害する事…
クラトスは決意を固め再び立ち上がった。
とその時、
『クラトス!!』
その声に同時に振り返るクラトスとエビル。そこには虹色の光を放つ竜の姿があった。
「…アンナ?」
来てしまったのか…と心の中で呟くクラトス。今自害すれば、当然ここにいるアンナも無事では済むまい。クラトスは最後の手段に出る事に一瞬躊躇した。
だが、それがエビルに攻撃の機会を与えてしまうことになってしまったのだった。
エビルは、チッと舌打ちすると、アンナに向かって何本もの蔓を伸ばした。その不意打ちと言ってもいい位の素早い攻撃は、アンナに避ける暇を与えなかった。それでも咄嗟に放ったブレスによって数本は焼き切る事ができたものの、残る数本は無傷のまま向かってくる。
しかし、それはアンナを絡み取る事はできなかった。寸前にクラトスが割り込んできたのだ。当然の事、蔓は代わりにクラトスへと巻き付きその体を高々と持ち上げたのだった。
『クラトス!!』
「ハッハッハッハッハッ!!こりゃあいい!捕らえた獲物は違ったが、私の本来の狙いはお前だった訳だからな。これが本当の飛んで火に入る夏の虫って所か!そんな女を庇うとは馬鹿な奴だ。だが、これで私の目的は九割方達成された。」
エビルは高笑いしながら、クラトスの体を、張り巡らせた蔓のネットに投げつけた。蔓は落ちてきた体を受け止めると同時に、その手足を絡み取り、クラトスはそこに磔のような状態で吊るされてしまった。
「くっ、ぐうっ!」
必死にその蔓を切ろうとするクラトスだったが、しっかりと絡みついたそれは切れる事無く、逆に彼の体を締め上げ電流を流してきた。
「ぐわあああああ!!!」
その衝撃に体を仰け反らせ叫び声をあげるクラトス。
アンナはすぐに彼を助けに駆け寄ろうとしたのだが、エビルの放つ光弾や蔓に邪魔をされ近付く事ができなかった。
「さて、そろそろいいか。」
ぐったりとしたクラトスを見てニヤリと笑うエビル。
「本日のメーンディッシュはこれからだからな。」
エビルは今までとは違う、堅く鋭い新たな蔓を何本も出すと、それを次々にクラトスの体へと突き刺した。
胸や腹、背中や足や手にと、殆ど全身に渡って何本も突き刺さったそれは苦痛にもがくクラトスからその力を吸い上げエビルへと送りこんで行く。
「うわあああ…あああ…あああああ…」
「わっはっはっはっ!いいぞ。もっと、もっと、お前の力を私によこすがいい。」
クラトスの体はどんどんと透けてきており、それとは逆にエビルの体は復活し大きくなっていった。
アンナは焦りを覚えながら、必死にクラトスの元へ向かっていた。相変わらず飛んでくる光弾をはじき返し、蔓を焼き払いながら進んで行く。
(これじゃあ、間に合わない。このままじゃクラトスが…)
その時、アンナの頭の中にクラトスの声が響いて来た。
“アンナ、聞いてくれ。このままでは私が吸収されるのも時間の問題だろう。だが、奴に体を奪われる訳にはいかんのだ。”
アンナはクラトスを見た。クラトスは、苦痛に耐えながらじっとこっちを見詰めていた。
“…この世界を守る為に、私と共に死んでくれないか?…お前を巻き添えにはしたくはなかった。だが、もう他に方法はないのだ。”
アンナは、しばらくクラトスを見つめ返していたが、やがて静かに頷き微笑みを浮かべた。
(…いいよ。もうそれしか方法がないのなら貴方と共に行くわ。貴方と一緒なら死だって怖くない。私こそごめんね。貴方だけは助けたかったんだけど、結局なんの力にもなれなかった。)
クラトスから返事は帰ってこない。だが、アンナの目には彼が少し笑ったように見えたのだった。
(彼がやろうとしている事を悟られてはならない!)
アンナは、エビルに気付かせないよう今までと同じように前進を続けた。
「さあ、歴史的瞬間だ。私とお前は、生まれた時から一つになる運命だったのだよ。お前は私の意識の一部分となり、そしてお前の肉体は神として生まれ変わるのだ!」
これが止めだ!と、エビルの体から殊更太い蔓が現れる。クラトスの目は伏せられ、全身は力を吸い上げられたショックでピクピクと痙攣していた。 満足げな笑いを浮かべそれを見たエビルは、蔓を振り上げクラトスの体へと狙いを定めそれを振り下ろした。
「ぐっ!!」
クラトスは、体を貫かれる衝撃に必死に耐えながら、新たに刺さった蔓に吸い上げられる前に、持てる力の全てを眠っている己の肉体へと送り込もうとした。
その時である。
どこからか無数の光の刃が飛んできて、それは張り巡らせた蔓を切り裂きクラトスの体を解放した。
「うおおおおおお!?」
体を切り裂かれた苦痛に悶えるエビル。見ると一つの光が物凄いスピードでこちらへと向かってくる。
光は落ちてくるクラトスの体をしっかりと受け止めるとエビルの前に降り立った。
「何者だ!邪魔をするな!!」
ギラギラとした目でその光を見詰めるエビル。
やがて光が治まりそこに現れたのは、クラトスを抱え鋭い目でエビルを睨みつけている、ブレイズの姿だったのである。
−孤独な戦い 終−