7.ブレイズの怒り


 クラトスは自分を抱いているブレイズをぼんやりと見上げた。
「…ブレイズ?」
 ブレイズはクラトスに優しく笑って見せると、少し離れた場所へと彼を運んで行った。そこにクラトスを下ろすと、半分以上透き通ってしまっているその体にエビルの触手が残っていないかを確認する。
「全く、お前達はちょっと目を離すと何を仕出かすか分からねえよな。家に戻ったら、帰って来た形跡があるのにアンナの姿が見えねえし、お前はお前で仮死状態になっているかと思えば突然動き出すしで、ホントびっくらこいたぜ。でも自殺する前にやってこれてよかったぜ。ギリギリセーフって所か?こんなになるまでよく頑張ったよ。後は俺とアンナでけりをつけてやるからお前は安心してここで休んでな。」
「ブレイズ!」
 ブレイズは心配そうに自分を見るクラトスにウインクして見せると、立ち上がりエビルを睨みつけた。

「…貴様…よくも邪魔をしてくれたな。それは私のものだ。返せ!!」
 怒り狂ったエビルがブレイズに向かって光弾を放って来た。しかし、その無数に飛んでくる光の弾を、ブレイズは腕のひと振りで全て消滅させてしまう。エビルの目が驚きに見開かれる。
「私のものだと?お前とクラトスが一つになる事が生まれた時からの運命だ、だと?」
 ゆっくりとエビルへと近付いて行くブレイズ。その声からは、いつものふざけた調子は微塵も感じられず、そこにあるのは静かな怒り、ただそれだけだった。
「いつまでも血迷ったこと言ってんじゃねえよ!クラトスはてめえに吸収されるようなちゃちな奴じゃねえ。てめえがクラトスに吸収されるって言うんならまだ分からねえでもないがな…お前とクラトスとは格が違うんだ。分かっていねえようだから教えてやるがな。クラトスと一つになる為に生を受けたのはてめえじゃねえ。この俺なんだよ!」
「貴様がだと?…ふざけるな!!」
 エビルは、ブレイズの言葉に怒りを爆発させ再び光弾を放って来た。だがそれは今度はアンナのブレスによって全て排除された。
「サンキュ。」
 ブレイズはニヤリと笑いアンナにウインクすると、エビルへと鋭い視線を向けた。
「…ふざけてるのはてめえの方だ。クラトスの兄だとか何とか言いながら、クラトスの事をてめえの道具位にしか思ってないじゃねえか。クラトスがお前を兄と知ってどれだけ苦しんだか考えた事あるのか?あいつは自分を犠牲にしてもお前を救いたいとずっと思ってきたんだ。
 それなのにお前のしている事は一体何だ?…過去に縛られ続け、唯一人お前の事を本気で考えているクラトスにさえ、ひどい仕打ちを繰り返した。次元の門で素直に死んでりゃいいものを、何度もゾンビみたいに生き返りやがってよ。こうしてまたこいつをいたぶってやがる。お前はどこまでクラトスを苦しめりゃ気が済むんだ。俺の我慢ももう限界だ。クラトスをあんな姿にした落とし前はきっちりとつけさせてもらうぜ!」
 ブレイズはそう叫ぶと、宙に舞い上がった。その背に広がる蒼い翼。それと同時にその体も同じ蒼き光に包まれる。
「お…お前は……一体!?」
 驚愕するエビルをブレイズは無表情に見下ろした。
「俺はグランディアのマナの大樹より生まれし精霊。世界を導くべく大きな使命を負ってこの世に生を受けた神子『クラトス』を守護する者。」

(!!!)
 クラトスは驚き目を見開いた。

“お前は大きな使命を負ってこの世に生を受けた。そしてお前はその運命から逃れる事は出来ないんだよ。”
“俺はお前でお前は俺なんだ。俺達は光と影。二つに見えるが実は一つなんだ。”

 はるか昔に聞いたブレイズの言葉の一つ一つが蘇ってくる。
 その言葉の通り、彼はずっとクラトスの傍に影のように付き添っていた。父のように兄のように、ずっと自分を見守り導いてくれていたのだ。そしてそれは、クラトスがミトス達と出会い旅立つまで続けられた。
「ブレイズ…」
 クラトスは、当時全く気付く事無かった彼の思いに初めて気付かされ、蒼い光に包まれる彼の背中に向かいそっとその名を呟いたのだった。


 それからすぐに戦闘へと突入した。
 ブレイズとアンナは互いに助け合いながら、エビルに攻撃していた。ブレイズは素早く動き回り、エビルをかく乱させつつ少しずつダメージを与え続けていた。アンナは少し下がった後方でその援護に徹している。両者の力はほぼ互角と思えていたのだが、やはりエビルの力はとてつもなく強く、次第に押され始めて来た。
 ブレイスはエビルに攻撃をしかけながら、そっと舌打ちした。
「やはり、すぐに決着って訳にはいかねえか。アンナと二人なら何とかなると思っていたんだが…」
 エビルの強さは十分に理解していたつもりだった。しかも今のエビルはクラトスの力を半分以上吸い取っているのだ。その力は倍以上になっている可能性がある。
 ブレイズは、ブレスを吐いて応戦しているアンナをちらりと見た。
「これ以上長引くと、やばいかもしんねえな。アンナがいつまで竜の姿を保っていられるかわからねえ。」
 アンナの力の不安定さがよく分かっているブレイズは焦りを覚え始めていた。そしてそれは彼に隙をつくるきっかけとなってしまったのである。
 早くけりをつけようと攻撃を急いだブレイズは、エビルが新たな蔓を出した事に気付かなかったのだ。ブレイズがそれに気付いた時にはもう遅すぎた。背後に無防備だった彼は、簡単に捕らえられてしまったのだった。
「ぐわっ!」
 ものすごい力で締め上げてくる蔓を全身の力をこめ引き千切ろうとするが、簡単には出来ない。
 ブレイズの窮地にアンナが駆け寄ろうとする。
「来るな!お前も巻き込まれる!!」
 ブレイズが言う通り、その周りはエビルが新たに出した蔓で覆い尽くされていた。下手に近づけば彼の二の舞になりかねない。アンナはブレスを吐きそれらを焼きはじめた。しかし、焼いても焼いても、次々にエビルが新たな蔓を出現させる為イタチごっこのようになっている。次第にアンナの竜の姿が揺らぎ始めて来た。
(駄目!お願いもう少し持って!!せめてエビルを倒すまでは…)
 必死に姿を保とうとするアンナだったが、その揺らぎは止まる事はなかった。




 クラトスは二人の窮状に、何とか体を起こそうともがいていた。しかし、マナの大半を吸い取られたその体は思うように動いてくれない。
 それでも何とか立て膝の状態まで体を起こしたクラトスは、そのまま立ち上がろうと足に力を入れようとするのだが、うまく入らずに再び倒れ込んでしまった。
「くっそお、何故動かない。肝心な時に何故動いてくれないんだ。」
 その場に伏したまま顔だけを上げ二人の方へと目をやるクラトス。
「…私は、また救う事が出来ないのか…十四年前のあの時のように指をくわえて見ているしかないのか。」
 悔しげに唇を噛み、ギュッと両手を握りしめる。

 とその時である。

“諦めるな。お前はまだ十分戦える!”

 頭の中に直接響いてくる声。すると、倒れ伏している彼の目の前にぼうっと人影が浮かび上がってきた。その姿を確認したクラトスの目が大きく開かれる。
「…ち…父上?」
 思わず驚きの声を上げるクラトス。
 それは、四千年前に見た事がある父親。ブレイヴ・アウリオンの姿だったのである。

“立て、クラトス。お前の力はそんなものじゃないはずだ。”

 クラトスはその声に励まされるように再び立ち上がった。今度は倒れる事はなく、二本の足でしっかりと地を踏みしめていた。
 その彼の前にもう一つの光が現れる。
『クラトス…私も共に戦います。私達の手で、今度こそエビルを静かに眠らせてあげましょう。それがあの子を救う事になるのです。』
「母上…?」
 光は差し出したクラトスの手の中でその姿を剣へと変えた。
『力が回復し切っていない今、私にはエビルと戦うだけの力はありません。そこでこの姿を剣に変える事であなたと共に戦う事にしたのです。これは私そのもの。力の全てが込められています。これなら精神体のエビルを傷つける事ができるはず。』

“行け、クラトス。そして自分の手で全ての決着をつけて来い!”

 クラトスはブレイヴに力強く頷いて見せた。そして母の剣を握りしめ、しっかりとした足取りで歩き出したのだった。

 最後の戦いへと…。
 今度こそ、この長い戦いに終止符をうつ為に。


−ブレイズの怒り 終−