9.別れ


 再び部屋へと戻ってきたブレイズとソアラの二人をユアンが迎えた。戸口の所にはオリジンも控えており、それは、戻って来る間に何らかのアクシデントが起きた時の為にユアンが連れて来ていた為であったのだが、驚いた事にもう一人、ロイドも戻ってきていたのだった。
 ロイドは二人の姿を見るや否や、待ちかねていたように二人に駆け寄ってきた。
「クラトスは?クラトスは助かったんだろう?…そうだよな。祖母ちゃんとブレイズ、それにアンナさんまで駆け付けたんだ。助からない訳がないよな。」
 ベッドの上のクラトスの傍に行くロイド。期待を込めた表情でクラトスの顔をのぞき込むが、すぐにその顔を曇らせた。
「俺の気の所為かな?なんだか以前の仮死状態と変わってないような感じなんだけど…」
「気の所為なんかじゃねえよ。」
 思わず言いよどむソアラの代わりにブレイズが答える。
「クラトスは、エビルにマナの大半を吸い取られちまったんだ。それを回復する為には長い眠りにつかなきゃならない。」
「長いってどれぐらいなんだよ。」
「…ここは、グランディアに比べてマシとはいえ、まだまだマナが少ない状態だ。それを考えると、恐らくは百年…いや、それ以上かかるかもしれない。」
 さすがのブレイズも最後の方には伏し目がちになる。
「…百年?」
 ロイドは驚きに目を見開いた。
「嘘だろ?…何だよそれ…そんな事って…」
 ロイドはブレイズに掴みかかった。
「何でだよ。どうしてそんな事になっちまったんだ!?祖母ちゃんもあんたも付いていたのに、一体あんたら何やってたんだ!!」
 激しくブレイズを揺さぶるロイド。ブレイズは黙ってされるがままになっている。
「…よせ、ロイド…」
 突然聞こえたその声にロイドの動きが止まった。
「クラトス…?」
 信じられないかのようにベッドの上のクラトスを見詰めていると、うっすらとその目が開かれた。ロイドはブレイズを放すと、ベッドへと駆け寄った。
「…誰も悪くはないのだ…責めないでやってほしい。」
「でも!!」
「私は死んではいない…こうしてまだ生きている。そうだろう?…それは皆のおかげなのだ。」
「でも、こんなの死んでんのと同じじゃないか!マナが回復するまでずっと眠ってるなんて…」
 そこまで言って、ロイドはハッとして顔を上げた。後ろにいるユアンに駆け寄ると、
「そうだよ。あの時みたいに…封印解放の時みたいにさ、みんなのマナを分けてやればいいんだよ。そうだろ、ユアン?」
 だが、ユアンは静かに首を横に振った。
「…駄目なんだ…今のクラトスはあの時とは違う。少しの間とはいえ、クラトスの体は、エクスフィアに侵食され全身を弱らせていた。そしてその影響を未だ残している。マナの授与というのは与える者はもちろん、それを受ける側にも相当の負担となる行為なのだ。あの時は確かにうまくいったかもしれん。だが、今回は、マナの枯渇だけでなくエクスフィアに侵食されて体の組織そのものが弱りきっているのだ。そんな体に負担の大きい行為をすれば、逆に命を縮めかねん。」
「…じゃあ、もう眠りながら自然に回復するのを待つしかないって言うのかよ。そんなの…そんなの俺は絶対に嫌だからな!」
 ロイドは堪らず部屋を飛び出して行く。ユアンは、任せろというようにクラトスに目配せすると後を追って行った。クラトスは溜息をもらすと、疲れたように再び目を閉じた。
 ソアラは布団をかけ直すと、
「…少し眠った方がいいかもしれませんね。あれだけの戦闘の後なのですから。大丈夫ですよ。ロイドさんもきっと分かってくれます。」
「ところでアンナは?アンナはどうしたのですか?」
 再び目を開けソアラを見詰めるクラトス。
「…どこかへ行っているのでしょう…心配しなくても大丈夫ですよ。」
 だがクラトスは、その言葉に何か不自然なもの感じ取り、ソアラの腕を掴むと詰め寄った。
「何を隠しているのです?彼女の身に何かあったのでしょう?お願いです。隠さないで教えて下さい。」
 ソアラはクラトスの追及に目を泳がせた。そしてしばらく迷った末、ようやく覚悟を決めると、クラトスに話し出したのだった。
「落ち着いて聞いて下さい。実は、アンナは…」




 開け放した窓から爽やかな風が吹きこんできた。その風に乗って来たかのように、アンナは窓から部屋へと入り込む。
「形を成さない体ってこういう時に便利よね。いっその事泥棒にでもなろうかしら。」
 ペロリと舌を出すアンナ。だが、もちろんその姿は見る事は出来ない。
 そしてベッドに近付くと、眠っているクラトスの顔を覗き込んだ。
「クラトス…お帰りなさい。でも、もう貴方には私の姿は見えないのよね。」
 そっとクラトスの顔に手を触れるアンナ。だが、その手はクラトスの顔を通り抜けてしまう。
「…やっぱりね。もう、貴方に触れる事さえ出来ないのね…」
 悲しげに呟くアンナ。
 すると…
「…アンナ、お前なのか?」
 クラトスが目を開きアンナの方を見詰めて来たのだった。
「クラトス…私が見えるの?」
 驚きの声を上げるアンナ。クラトスはフッと笑うと頭を振った。
「いや、残念だが見えない。だが、声は聞こえた。どうしてかな…不思議だな。」
「聞いたの私の事?」
「…ああ。母上に聞いた。済まない、アンナ。私はお前をこんな姿にしてしまった…」
「私なら大丈夫よ。それにこうなったのは貴方の所為じゃない。私が自分で選んだ事なの。貴方には私の姿を見て貰えなくなってしまったけど、その代り、私は貴方と同じだけ生きていける。ずっと貴方の傍にいれるのよ。私、それだけで十分嬉しいの。」
「……」
「これからは、ずっと貴方の傍にいるわ。貴方が眠りから覚めるまで、傍でずっと見守っている。」
「いや…お前は母上と一緒にグランディアに戻れ。」
「え?」
 アンナは信じられないというような顔でクラトスの顔を見た。
「どうして…どうしてそんな事言うの?こんな私じゃ嫌なの?傍にいられたら迷惑?」
「違う、そんな事は思っていない。その方がお前の為だからだ。」
「嫌よ!私は貴方から離れない。」
「私はこれから長い眠りにつかねばならない。いつ目覚めるか分からないのだ。その間、お前はずっと一人で生きていかなければならないんだぞ。…私はお前を巻き添えにして殺そうとした男だ。こんな男の為にお前がこれ以上犠牲になる必要はない。」
「あの時は仕方がなかった!そうしなければこの世界はエビルのものになっていたのでしょう?私はそんな風に思っていないわ。貴方の傍にいたいの。貴方が目覚めるまで待っていたい。だって、一人で眠り続けるなんて、あまりにも寂しすぎるわ。」
「私は眠っているからいい。だがお前はその間、ずっと孤独を味わっていく事になるのだ。」
「貴方の傍にいれれば寂しくなんてない!」
「お前は孤独というものがどんなに辛いものなのか分かっていない!」
 アンナは目を見開いた。
「周りの者が皆寿命を迎えて行く中、たった一人生き続けて行く事がどれだけ辛い事か…お前は分かっていないんだ。その上、お前は他の者の目にはその姿が映らないのだ。自分の存在すら知られずに、たった一人で生きて行く事がお前の幸せとは思えない。例え私が目覚めたとて、私もお前の姿を見る事はできない。触れる事すら叶わぬのだ。
 だが、母上と共にグランディアに戻れば、母上も、ブレイズも、他の四神達もいる。皆お前の姿を見る事が出来るし、話も出来るだろう。お前の母御とも再会できる。それで空白だった親子の時間を取り戻すことだって出来るのだ。ここに残るよりはずっと幸せになれるはずだ。」
「私の幸せは私が決めるわ。勝手に決めつけないで!」
「アンナ!!!」
 クラトスの大声に、アンナはびっくりして言葉を飲み込んだ。クラトスは手を伸ばして彼女の頬に手を触れた。
 クラトスにはアンナが見えてはいない。だが、アンナはその手に確かなぬくもりを感じたのだった。クラトスは優しい微笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「分かってくれ、アンナ。私はお前に幸せになってもらいたい。ここにいたら、不幸になるのは目に見えている。お前に私と同じ孤独感を味わって欲しくはないのだ。独りで生き続けて行くというのは本当に地獄のような苦しみなんだ。……このまま別れよう。それがお互いにとって一番いい方法なのだと私は思う。」
 アンナはふるふると頭を振りながら後ずさった。そしてそのまま窓から逃げる様に飛び出していったのだった。
 クラトスはアンナが出て行ったのを感じていたが呼びとめる事はせず、ただその窓をいつまでもぼんやりと眺めていた。


−別れ 終−