様々な思惑
広い草原で、三人の男達が剣を構えていた。対しているのは少年。
男達は屈強な体つきをしており戦い慣れた戦士のようだった。対する少年も剣は持っているがその体は小柄で華奢であった。しかも相手は三人、少年は一人なのである。誰が見てもやられるのは少年の方だと思うだろう。
だが、勝ったのは少年の方であった。少年は、一斉に自分に飛び掛かってくる男達の攻撃を難なくかわすと流れるような動作で次々に男達に一撃を叩きこんでいった。うめき声をあげてその場に倒れ込む男達。
少年は倒れている男達を冷たい目で見下ろした。
とそこへ、緑色の髪をした男が数人の兵士を連れて走ってくる。後ろの兵士達は男のスピードについて行けずにへとへとになっているようだった。
「クラトス様!!」
クラトスと呼ばれた少年は、走って来た男をチラリと見ると無愛想に言った。
「ブレイズか…。見ての通りこっちは終わった。そっちはどうだ?」
「…全員捕まえました。馬車に放り込んで見張りを立ててある。」
「そうか…」
少年は軽く頷くと、ようやく辿り着いた兵士達に命じた。
「こいつらも連れて行け。魔封じのリングを付けるのを忘れるな。」
「はっ!」
兵士達は三人の男達に縄をかけると連行して行く。
すると、彼等がクラトスとすれ違ったその時、三人の内の一人が叫んだ。
「何故だ!?何故お前達人間は俺達ハーフエルフを目の敵にするんだ!お前ら人間は汚い!どうせ俺達ハーフエルフの事を虫けらとしか思っていないんだろう!」
クラトスは全くの無表情だった。
「…お前達の言う事はいつも同じだな。常に自分達は被害者で悪いのは人間。だから自分達は何をやっても許されると思っている。世の中にはその逆もあるのだという事に気付こうともしない…いやわざと気付かない振りをしているのか。」
「例えハーフエルフが人間を襲ったとしてもそれは自分を守ろうとしただけだ。原因はお前達人間にある。俺達は自分の権利を守ろうとしただけだ。俺達だって生きる権利があるはずだ。」
「もういい。そんな言葉は聞き飽きた。」
クラトスは男から視線を外すと兵士達に再び命じた。
「連れて行け。私は寄る所があるからお前達は先に戻っていてくれ。捕虜は、いつものように研究所のプロットに引き渡すんだ。あとはブレイズの指示に従うように。」
「はっ!!」
「くっそおお、ガキがっ!!呪われちまえ!!」
数々の雑言を浴びせかけながら男は兵士達に引きずられるように連れて行かれた。
その姿が馬車の方に消えたのを見届けると、クラトスはゆっくりと歩き出した。そして小さな声で呟く。
「お前なんかに言われずとも、もうとっくの昔に呪われてるさ。」
「へえ―、誰が呪われてるって?」
突然背後から聞こえた飄々とした声に、ギクリとして振り返るクラトス。
「ブレイズ!?どうしてあなたがここにいる?兵士達はどうしたんだ!?」
「今まで何度もやって来た事だ。ガキじゃねえんだから次にどうすりゃいいかぐらい自分達で判断出来るだろ。そうでなくともあいつらは兵士とは名ばかりの素人の集団で、戦闘では何の役にも立たねえんだ。このぐらいはやってもらわねえとよ。それにさ、俺はあくまでクラトス様の従者なのであって、あいつらの教官じゃねえからな。」
「……好きにすればいい。」
「ああ、好きにやらせてもらいましょう。」
ニヤリと笑って、再び歩き出したクラトスを追ってくるブレイズ。
「あのさあクラトス様。あんまり無理するんじゃねえぜ。クラトス様が大人顔負けの剣の腕の持ち主だって事は分かっているが、なんたってまだ十三歳なんだ。一人で動き回るのは危険だ。」
「殺るか殺られるかの世界なんだ。そこに年齢は関係ない。僕はずっとそう教えられてきた。そうやって生きてきたんだ。それに、僕は誰も信じていない。何人兵士を連れていようが結局は一人。自分の身は自分で守るしかないんだ。」
「誰も信じてないって?じゃあ俺は?」
クラトスはブレイズを見た。
「……あなただって同じだ。」
一言そう言うと、プイっとそっぽを向いて歩いていってしまう。
「フ〜ン、“同じ”ね。それにしちゃあ呼び方がいつの間にか“お前”から“あなた”に格上げされてるんだけどね。…ったく、相変わらず素直じゃない可愛げのねえガキだぜ。」
ブレイズは、クックッと笑いながら早足でクラトスに追い付くとその横に並んだ。
「で?一体どこに行く気なんですか?」
「この近くに丘がある。ついてくるのは構わないが、あなたは入れないかもしれない。そこには余計な人間が立ち入らないように結界が張られてあるようだから。」
振り返る事なくどんどんと進んで行くクラトス。
やがてそんなクラトスの目の前に懐かしい景色が広がって来た。
人が立ち入ることのない空気の澄んだ美しい丘。その真ん中にある、様々な色の光に囲まれた一本の大きな木。
クラトスはゆっくりとその木に近付くと、そっと手をふれた。
「成程ね…時々一人でどこかにいなくなると思っていたら、ここに来ていたってわけか。」
ハッとして振り返るクラトス。
「ブレイズ!?入ってこれたのか?」
「結界の事を言っているんだったら、ほら、俺って良い人だからさ、入っていいよ〜って入れてくれたんじゃねえのかな。」
「……」
「そこであんまし黙って欲しくはないんですけどね。立場ないでしょ…」
「ここにくるとホッとするんだ。だから時々ここにくる…」
「成程ね…これがマナの木…か。」
「あなたにはこのマナが見えるのか!?」
「一応ね…。だが言っとくけど、俺はハーフエルフじゃないっすよ。」
「…あなたは本当に不思議な人だ。でも、それを言うなら僕だってそうかもしれないな。」
クラトスは木に背をあずけると、ぐるりと丘を見回した。
「ずっと昔、ある人にここに連れて来てもらった。初めてこれを見た時の感動は今でもはっきり残っている。でも、この輝きがマナなのだと僕が知ったのはずっと後の事だった。人間の僕に何故マナが見えるのかは今でも分からない。僕は一体何者なんだろうな…」
「………」
「あの日、“あの人”が言った言葉の意味もまだ分からない。いつか分かる日が来ると“あの人”は言っていたけど、果たしてそんな日がくるのかどうか…。」
クラトスは振り返ると、マナの木を見上げた。
「分からない事だらけだ…。なんとか知りたいと思って通い続けてきた。でもそれも今日で終わりだ。」
「えっ!?」
「先日、マルクス先生から騎士団への入隊の話を持ち掛けられたんだ。父も同意したから、十五歳になったら入隊する事になるだろう。そうすれば今までみたいに度々ここには来れなくなる。」
「同意した?あのファルスが?だってあいつは今までずっと断り続けて来たじゃねえか。」
驚きのあまり、思わずクラトスの前でファルスを呼び捨てにしてしまったブレイズは、慌てて口を塞ぐ。
だがクラトスはそんなブレイズを一瞥しただけで、特に非難はしなかった。
「父には父の考えがあるのだろう。父の翻意の理由が何であれ、そんな事は僕には関係ない。僕はただ父の命に従っていればそれでいい。きっとこれでよかったんだ。前からずっと思っていた。僕はこの三年間、多くのハーフエルフ達を父の研究材料として捕え続けてきた。斬り殺した事だって一度や二度じゃない。そんな風にすっかり穢れてしまった僕が、この聖地に立ち入る事など本来許されない事だったんだ。今回の入隊の話は、僕がこの聖なる地と決別するいい機会なのかもしれない。だから今日は最後の別れに来たんだ。」
クラトスは今一度聖なる木を見上げると、迷いを振り切るように背を向けた。
「帰るぞ。」
「……いいのかよ。お前は本当にそれでいいのか?」
ブレイズの真剣な声音に、クラトスは振り返った。
「ハーフエルフ達を殺すのはお前の翻意じゃないだろうが。いつまでファルスの言い成りになっているつもりだ?いい加減手を切った方がいいんじゃねえか。でなけりゃ今にお前は…」
「父の命だからやっているんじゃない!」
ブレイズの言葉を遮るクラトス。
「これは僕の意思だ。僕はハーフエルフが憎い。あいつらの所為で全てが狂ったんだ。アマンダはあんな姿になり、父は人が変わってしまった。それでもハーフエルフ達はこう言うだろう。“どうせ先にお前らが何かをしたのだろう。当然の報いを受けただけだ”とな。だが、アマンダがあいつらに何をした?父はあいつらを虐げたか?それどころか二人はハーフエルフの為に尽力していたじゃないか。奴等はその恩を仇で返したんだ。何が“人間は汚い”だ!汚いのはあいつらの方じゃないか。僕はあいつらを絶対に許さない。これは僕の復讐なんだ。」
「……」
「だから誰が何と言おうと僕は止めるつもりはない。例え魂を悪魔に売る事になろうとも…。」
クラトスはギラギラとした目でブレイズを睨み付けると再び背を向け歩き始める。
その背を見詰めながらブレイズは呟いたのだった。
「そうやってどこまで堕ちていくつもりなんだ?どこまで自分を偽り痛め続けりゃ気が済むんだ。俺じゃあ、あいつを救う事は出来ないのか?だったら俺は……」
その頃、研究所では、ファルスとプロットがガラス越しに被験者達を眺めていた。
クラトスが捕えてきたハーフエルフ達は、薬で眠らされ石を埋め込まれた後、地下に並べられているガラス張りの寝台に寝かされる。被験者達はそこで、常時機械による状態チェックを受けながら眠り続けているのだった。その中で石が完成するのは僅か1%だけで、後の者は石の毒に耐えられずに一、二週間で死んでしまう。どちらにせよ、石を埋め込まれた者でこの研究所から生きて出られる者はおらず、用済みとなった肉体は焼却場へと回されそこで処分されていく。
「今回クラトス様が捕えて来た者達は皆戦士系の体をしていますから、最後まで持ってくれると思います。恐らく今までの中で最高のものが出来るのではないでしょうか。」
「そろそろ実際に装着させてその効果を試したいのだが、あの石は使用者の体にも悪影響を及ばす。それをクリアしない限りは何とも仕様がない。先日もモニターの戦士が一人、一月持たずして死んでしまった。陛下ご推薦の猛者だったのだがな。」
「その事につきましてはただいま方法を模索中です。装着した者まで死んでしまったのでは意味がありませんからね。」
「うむ、頼んだぞ。アマンダの代替えの体も用意してある。代替えの体にも石を装着させれば、理論上ではアマンダの心をその肉体に移す事も可能なはずなのだ。私は一日も早くアマンダに体を与えたい。その為だけにこの研究を続けてきたのだからな。」
「はい、分かっております。……ところでファルス様は、クラトス様を騎士団に入隊させる事を承知したそうですね?」
「ああ。…この話は以前に道場のマルクスが持ってきた話なのだが、ハーフエルフ狩りでクラトスが必要だった事もあって私はずっと断り続けてきた。だがマルクスはしつこい位に食い下がってきてな。どうやらあの男はクラトスを私から引き離す事を目論んでいるようだ。そして今回、とうとうマルクスはこの件は陛下から来ている話なのだと言ってきおった。クラトスの剣の腕に陛下が目をつけて所望されたそうなのだ。陛下の名を出されてはいくらなんでも断るわけにはいかん。それで十五歳になったら入隊させる事にしたのだ。だがこの話を受けたのは断りきれなくなったというだけではない。それ以外に大きな目的がある。」
「目的と申しますのは?」
「騎士団にいれば近隣諸国の情報が色々と入ってくるだろう。今起きている戦争は昨今、マナの取り合いの戦争へと変わりつつある。そのマナを兵器に使おうとしている所もあると言う。マナがなくなったら研究に差し支えるから困るし、そもそもこの国がなくなってしまったら研究さえ出来なくなってしまう。だから出来るだけ多くの情報を得ておいた方が得策と考えたのだ。クラトスを送り込めば情報の入手が簡単に行える。」
「…成程、スパイという訳ですか。」
「だが私はあいつを手放す気は毛頭ない。騎士団に入っても宿舎には入れずに自宅から通わせるつもりだ。クラトスはまだまだ使える。捨て子だったあいつに衣食住を与え育ててやっているんだ。存分に役立って貰わねばな。」
ファルスはニヤリと笑った。
「さてと…。私はこれから城に上がらねばならぬ。あとは頼んだぞ。」
「はい、かしこまりました。」
深々と頭を下げてファルスを見送ったプロットは、ファルスの姿が見えなくなると途端にその従順な表情を一変させた。
「チッ、驚かしやがって。クラトスがこの家からいなくなるのかと思って焦っちまったぜ。」
クラトスがいなくなっては俺がここにいる意味がない。俺があのオッサンに仕えているのはあのガキがいたからなんだ。今現在完成に向かっているエクスフィアが俺の最終目標ではない。俺は今作っている物より更に上の物を目指している。そしてあのクラトスを使えばそれも夢ではないのだ。あのガキを初めて見た時には驚いた。あんな美しいマナを目にするのは初めてだった。あのマナをエクスフィアに吸わせれば…
俺はずっと待ち続けてきた。ここまで来て、あのガキを逃がす訳にはいかない。あのガキの傍に居ればきっとチャンスはやってくる。そしてそれはそう遠くない内にやってきそうな気がしているんだ。
「フフフ…きっと最高級のエクスフィアが出来る事だろうよ。その時俺はファルスに代わり、この国一の研究者となるんだ。」
プロットは、その出来上がった最高級のエクスフィアを頭に浮かべながらほくそ笑んだのだった。
その数日後、クラトスは再びファルスに呼ばれた。
「お呼びですか、父上。」
「クラトスか。まずはそこへ座れ。」
クラトスは、思わずファルスの顔を見詰めた。今まで何度となくこの部屋でハーフエルフ狩りの指示を受けてきた。だが、ソファーをすすめられたのは初めての事だったのである。
「…ハーフエルフ狩りの件でしたら、別に座らずともいつものように場所と人数を仰っていただければ済む事だと思いますが。」
「今回はそれだけではないのだ。いいから座れ。」
クラトスはまだ納得がいかぬ様子であったが、とりあえず腰を下ろした。
「プロトゾーンを知っているか?」
「プロト…ゾーン?プロトゾーンってあの遥か長い時を進化しながら生き続けるという幻の生き物の事ですか?」
「いや実在するものだ。狩られたり、戦に使われたりした所為で今では急激に数を減らしているがまだ生息している。そのプロトゾーンを連れて旅をしているハーフエルフの親子がこの地点で目撃されたのだ。」
地図を指し示すファルス。
「それで今回に限っては決して殺してはならない。ハーフエルフの親子と共にそのプロトゾーンも必ず生け捕りにするのだ。何しろ貴重な研究材料だからな。」
「……分かりました。生け捕りにすればよろしいのですね。」
クラトスは立ち上がると一礼をして部屋を出て行こうとする。
「待て!急くでない。まだ続きがあるのだ。」
「続き?」
「マナの木だよ。」
(!!!)
「この世界のどこかにあるというマナの木…お前も聞いた事があるだろう?」
「…しかしあれはお伽話なのでは?」
「私もずっとそう思って来た。だが、プロトゾーンが現れたとなると話は別だ。プロトゾーンがいる所にマナの木あり…。昔から言われている言葉だ。恐らくその近くにマナの木もあるに違いない。それも探し出してくるのだ。マナの木を手に入れる事が出来れば世界の実権を握ったも同じ事。何より豊富なマナを手に入れられる。分かるだろう?研究を進める上でも、私達にはまだまだマナが必要なのだ。」
「……」
「復唱はどうしたのだ!?クラトス!」
「…ハーフエルフの親子とプロトゾーンの捕獲。そしてマナの木の探索に向かいます。」
「よろしい。プロトゾーンは大人しい生き物だと聞いている。兵の数は十五人。いつもの所で待たせてある。今回は兵士を連れて行かずともお前とブレイズだけで大丈夫だとは思うが、用心に越した事はないからな。それだけ連れて行けばマナの木の探索にも役立つだろう。頼んだぞ。」
「はい、父上。では行って参ります。」
クラトスは命令通りに兵士達を連れて目的の地点に到着した。
馬を止め辺りを見回すクラトス。親子とプロトゾーンの姿は見当たらない。
何処かへ移動したのか…。そうであってほしいと思う。
“プロトゾーンがいる所にマナの木あり。”
ファルスが言った言葉は当たっていた。マナの木の丘はすぐ其処にある。その事は地図を見た時に直ぐに気付いたのだが、クラトスは何も言わなかった。ファルスに逆らうのはこれが初めてだ。もし知られたらただでは済むまい。それでもクラトスは後悔はしていなかった。あの聖地だけは誰にも知られてはならない…そう思ったのだった。
だが、兵士達の手前もある。とりあえず辺りを探す振りだけして引き返そうと、クラトスが考えた時だった。すぐ近くの森の方から物凄い咆哮が聞こえたのだった。
「な、な、なんだありゃあ…」
「並のモンスターじゃねえぞ。」
ざわざわと騒ぎ出す兵士達。するとその中の一人が、
「ありゃあドラゴンだ。おらは一度だけ村の近くで出くわした事がある。」
「ドラゴン?そんなモンスターが何故こんな所に…」
ハッとして森の方を見るクラトス。
(まさかプロトゾーンに引かれてやって来たのか?)
最終的に“魔を狩る者”になると言われるプロトゾーンであるが、その進化の途中ではそれ程強い生き物ではない。本来大人しく争いを好まないこの動物は、ドラゴンの恰好の的になっていると聞く。
「行くぞ!」
クラトスは咆哮に怯えてしまった馬からおりると、森に向って駆け出した。直ぐに後に続こうとしたブレイズだったが、兵士達がその場から動こうとしないのに気付いて怒鳴り付けた。
「何してるんだ、てめえらっ!!」
「ドラゴンを相手にするなんて気違い沙汰だ。」
「そうだ、そうだ!…食われちまうのが落ちだべ。」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出して行く兵士達。クラトスはといえば、もうすでに森の中に姿を消していた。
ブレイズは舌打ちをすると、逃げ惑っている兵士達は放っておいて急いでクラトスの後を追ったのだった。
森の中では、果たしてドラゴン系のモンスターがこちらに背を向け前方を睨みつけていた。その視線の先にはハーフエルフの親子と大型犬ぐらいの大きさの緑色の毛をした動物がいた。父親は子供と動物を背に庇い剣を構えている。しかしその体は既に傷だらけであった。
父親の後ろで泣き叫んでいる子供を目にしたその時、クラトスの脳裏に六年前の事が蘇って来た。
(あの子供は六年前の自分だ。大好きな人が目の前で襲われているのに何も出来なかった自分…。)
「こっちだっ!!」
クラトスは自分でも気づかぬ内に叫んでいた。
ドラゴンがゆっくりとこちらへと振り向く。そして剣を構えたクラトスに気付いて再び咆哮をあげた。
クラトスはドラゴンの後ろにいる親子達に近くにあった小さな洞穴を顎で指し示した。あそこならドラゴンは入って行く事が出来ない。身を隠すにはもってこいの場所だ。
初めは驚いた様子の親子達であったが、直ぐにクラトスの意図に気付き移動を始めた。だが、傷を負った父親と小さな子供では速く移動する事が出来るはずもない。そんな親子達が避難するまでの時間を稼ぐ為に、クラトスはドラゴンへ攻撃を仕掛けた。このドラゴンはそれ程の大きさではない。しかしそれでもその体を覆う鱗は固く、クラトスの剣はことごとく撥ねかえされた。
「避難する間の時間さえ稼げればいい…それだけでいいんだ。」
クラトスは必死に自分に言い聞かすが、だんだんと焦りの色が濃くなってくる。
と、その時、
「スパークウェブ!!」
「!!?」
それは駆け付けてきたブレイズが放った呪文だった。
悲鳴を上げ苦しむドラゴンに、クラトスはすかさずジャンプをすると鱗の境目に剣を突き立てた。
「ギャアアアアア!!」
怒り狂ったドラゴンがクラトスを弾き飛ばそうと腕を振ったが、クラトスはそれをかわすと着地した。そこへブレイズのグラビティがヒットする。それから二人は術攻撃と物理攻撃を交互に繰り返し、次第にドラゴンを追い詰めて行った。
ブレイズが何故術を使えるのかは分からない。
でも今はそんな事はどうでもいい事だ。
この調子ならいける!!
ところがその時、洞穴を目の前にした子供が大きな音を立てて転んでしまったのだった。
自然ドラゴンの注意はそちらへ向いてしまう。
「!!!」
ブレイズがすぐにアドプレッシャーを唱えるが、ドラゴンは傷ついた体からは想像できない速さで術の範囲を抜け出し子供へと向かっていってしまう。子供は怖さで動く事が出来ずにその場に固まってしまっていた。父親が子供を抱きかかえるのと、その前にクラトスが飛び出したのが殆ど同時であった。
ザシュッ!!
ドラゴンが振り下ろした爪に引き裂かれたのはクラトスの方であった。血飛沫を上げながら倒れるクラトスを見たブレイズの顔が凍りつく。倒れているクラトスに更に一撃を加えようとするドラゴンを、父親の突きが押し戻した。そこへ、
「これでも食らえっ!!ホーリーランス!!」
ブレイズの怒りの一撃がヒットし、ドラゴンの体は砕け散ったのだった。
「クラトスっ!!」
すぐに駆け寄りクラトスを抱き起こすブレイズ。かなり深く抉られており出血が酷い。
クラトスは微かに目を開いた。
「……ブレ…イズ…」
「静かにしていろ。今、回復魔法をかけるから…」
「…僕は大丈夫だから…父親の方を…」
弱々しい微笑みを浮かべそれだけ言うと、クラトスは意識を手放したのだった。
クラトスが意識を取り戻すと、自分は屋敷のベットの上に寝かされおり、傍らにいるブレイズの姿が最初に目に入って来た。
「ブレイズ?……そうだ!あの親子は!?」
ハッとして起き上がろうとしたクラトスであったが、途端激痛が襲い再びベットに倒れ伏してしまう。
「まだ起きちゃ駄目ですよ。また傷口が開いちまう。」
「あの親子は?」
「……まんまと“逃げられて”しまいました。」
(えっ?逃げられた?)
ブレイズの口調がおかしい事に気付いたクラトスは、彼の背後に目をやった。
案の定、そこにはファルスが立っていたのだった。
「まったく役立たずもいい所だな。マナの木を見付ける事が出来なかったばかりか、親子とプロトゾーンにまで逃げられ、その上ドラゴンごときにやられておめおめと戻ってくるとは…。」
ファルスの言葉に、ブレイズが怒りの声をあげようとするのをクラトスは手をあげて止めた。
「…申し訳ありません、父上。」
「まったく、お前には失望させられたよ。マナの木は今兵士達に探索させている。あれだけの人数だ。直ぐに見付けてくるだろう。お前なんかよりあいつらの方が数倍も役に立つ。この恥知らずめが!!」
ファルスは吐き捨てるようにそう言うと、荒々しく出て行った。
「ちっ、恥知らずはてめえの方だろうが!くそおやじ!!」
「……見つかりはしない。」
「えっ?」
「どんなに大人数で探したところであの聖地は見つからないだろう。あの結界がある限り人の目に触れる事はない。」
クラトスはブレイズを見た。
「…あの親子は?」
「こんな状態であいつらの心配かよ……安心しな。あいつらは無事に逃げたよ。父親にも回復魔法をかけておいた。クラトス様に有難うと伝えておいてくれとさ。」
「…そうか…」
ホッとしたように目を伏せるクラトス。
「…まさかクラトス様がハーフエルフを助けるとは思わなかったぜ。憎んでいたんじゃなかったのかい。」
「放っておけなかった…父に生け捕りにするよう言われていたからじゃない。何故かは分からないけど、あの子が自分と同じように思えたんだ。だから助けたかった。目の前で父親を死なせたくはなかった…」
「……」
ブレイズは黙ったまま毛布をかけ直した。そして椅子から立ち上がるとそのまま部屋を出て行こうとする。
「ブレイズ?」
振り返ったブレイズの目が、怯えたような瞳でこちらを見つめているクラトスの視線とぶつかった。
口では強がりを言っているくせに、こいつは本当は一人になる事をこんなにも怖がっている…。
無理もない。なんだかんだ言っても、こいつはまだ十三歳の子供なんだ。
ブレイズは優しい笑みを浮かべ再びベッドの傍らに立った。
「言っただろう。俺はお前の傍を離れやしない。見捨てたりなんかしねえよ。少し眠った方がいいと思っただけだ。ほれ、とっとと寝ちまいな。寝付くまで傍にいてやるからさ。」
クラトスは子供扱いされた事に不満そうな表情を浮かべたが、言われるままに素直に目を閉じた。程なくして規則正しい寝息が聞こえてくる。
「本当は優しいくせによ。無理して悪ぶって……。だが、お前があくまでもそんな風に自分の心を偽り堕ちて行く事を望むなら、そして俺の力じゃそんなお前を救う事ができないのなら、それなら俺もお前と一緒に堕ちて行くまでの事。俺はお前の影なんだ。影は常に光と共にある…そうだろう?クラトス。」
その寝顔を見ながら、ブレイズはそっと呟いたのだった。
その日の深夜…。
暗い部屋の中で、プロットが一人試験管を見詰めていた。その中には怪我をして運ばれてきたクラトスから採取した血液が入っている。
「思った通りだ。あのガキの体はエクスフィアにとって最高の土壌となれる。フフフ…お前も早くあいつのマナを食らいたいか?待っていろ。必ず御馳走にありつかせてやるからな。」
プロットは不気味な笑みを浮かべながら、机の上に置かれている輝く石を突っついたのだった。
今クラトスは、様々な思惑がうごめく大きな渦の中に巻き込まれようとしていた。
−様々な思惑 終−