決意 後編


 それから少しして、ベンが後からやってきたブレイズと共にアマンダの部屋に駆け付けた時、すでに事は済んだ後で、部屋の中は静まり返っていた。
 部屋の真ん中に血に濡れた剣を手にしたクラトスが立ち尽くしており、その周りにはすでに息絶えたハーフエルフ達が転がっていた。アマンダの機械は所々叩かれた跡があり、彼女の姿は掻き消えている。
「クラトス!!」
 ブレイズが自分を呼ぶ声にクラトスは呆然とした表情で振り返った。その目がブレイズ達の姿を捉えるや否やクラトスは狂ったように叫んだ。
「間に合わなかった、間に合わなかったんだ!!私はまたもや彼女を守る事が出来なかった。アマンダはいなくなってしまった。十年前と同じだ。私は何も出来なかった!私は!…私はっ!!」
 クラトスの体は再び青い光を帯び始めていた。このままだと、また力が暴走してしまうかもしれない。
 そう感じたブレイズは、クラトスに駆け寄ると、興奮して狂ったように泣き叫んでいる彼の体を抱きしめた。
「クラトス、落ち着け。落ち着くんだ…大丈夫だから、落ち着くんだ…」
 その背を優しくさすりながら、静かな声音で繰り返す。
 一方、ベンは機械の破損状況を確認していた。その顔にホッとしたような笑みが浮かんだ。
「クラトス様、大丈夫ですよ。この機械は頑丈に作られています。少しぐらい叩かれたぐらいで壊れやしません。アマンダ様の意識を封じ込めている石も無事ですし、直ぐに元に戻ります。アマンダ様は無事なんですよ。」
「……無事?…アマンダは生きている?」
「そうですよ。ですからご安心ください。」

 程なくして知らせを受けたファルスとプロットも研究所から戻り、すぐさまアマンダの修復作業が行われた。ブレイズも手伝いに加わり、作業は速いスピードで順調に進んでいた。
「クラトス様、アマンダ様ならもう大丈夫です。後は私達に任せてお部屋に戻ってお休みになって下さい。お疲れでしょう?」
 部屋の隅に立ち、作業の様子を力が抜けたような表情で眺めているクラトスに、ベンが声をかけた。
「そうだな。お前がいたとて役に立たん。却って邪魔になるだけだからな。」
 ファルスの棘のある言葉にクラトスはピクリと体を振るわせたが、何も言わずにベンに向かってかすかに頷いて見せると部屋を後にした。フラフラとした様子で廊下へと出たクラトスは、そこで、丁度道具を取りに行って戻ってきたプロットとすれ違った。
「だから言ったでしょう。あの石さえ付けていればこれ程の大事にはならなかったんですよ。」
 すれ違いざまに囁かれたその言葉に、クラトスはハッとしたように振り返ったが、もうプロットの姿は部屋の中へと消えてしまっていたのだった。



 自室へ戻ってきたクラトスは、しばらくの間、ベッドに腰を下ろしてぼんやりとしていた。
 確かに自分は今本調子ではなかった。だが、そんな事は理由にはならない。アマンダを守れなかった事実にかわりはないのだ。力が欲しい。もう二度とアマンダを危険な目に遭わせない為にも、もっと強くなりたい…。
 クラトスは引出しから例のエクスフィアの入った箱を取り出すと、それをじっと見詰めた。

 “だから言ったでしょう。あの石さえ付けていればこれ程の大事にはならなかったんですよ。”

 これを装備すれば自分は確実にもっと強くなれる。だが、耐えきれずに死んでしまう可能性もある。
 死んでしまっては意味がないと思っていた。
 でもアマンダを守り切れずに死なせてしまったら、それこそ意味がないではないか。

 クラトスはふるえる手で箱の蓋を開けた。
「これを付ければ強くなれる…今度こそアマンダを守ってやれるんだ。」
 石を見詰めるクラトスの瞳に、不穏な光が宿り始めていた。


 ちょうどその時、ブレイズとベンがクラトスの部屋へと向かっていた。
「思ったより早く修復できましたね。アマンダ様が元に戻られた事を知ったらクラトス様も安心なさるでしょう。」
「当たり前だ。きっとあいつ、飛び上がって喜ぶぜ。」
 急ぎ修復の完了を報告に訪れた二人であったのだが、二人が部屋の前に着くと同時に中から凄まじい悲鳴が聞こえてきたのだった。
「!!…な、なんです?」
「クラトスっ!?」
 ドアを蹴破るように中に飛び込んだ二人は、そこに床の上を転がりながら苦しみもがいているクラトスの姿を認めたのだった。その手の甲にある石を目にしたベンは驚愕の声を上げた。
「あれは!!何故あの石をクラトス様が!?」
「一体どうしたっていうんだ。おい、クラトス。しっかりしろ!!」
 クラトスの体は激しい痙攣を起こしていた。
「いかん。拒絶反応を示している。」
「拒絶反応?な、なんだよそりゃ。この石を取っちまえばいいのか!?」

「もう何をしたって無駄ですよ…」

 突然戸口から聞こえてきた声に、ブレイズとベンは同時に振り返った。
「プロット!?……お前がこの石をクラトス様に?」
「ええ、そうですよ。なかなか言う事を聞いてもらえなかったのですが、とうとう装備してくれたようですね。……ああ、石を取るのは止めた方がいい。その石はまだ未完成なんです。うっかり剥がそうものなら、体内のマナが暴走して怪物となってしまいますよ。」
 プロットの言葉に、クラトスが薄らと目を開いた。
「……完成…していない?…やはりお前は私を騙したのか……」
「騙してなんていませんよ。石を付ければ力が格段に上がるのは事実です。その代り石の方でもあなたの命を吸い上げ続けますがね。」
 クラトスは屁理屈のような事を言うプロットを睨みつけたが、途端に激しい痛みが全身を襲い悲鳴を上げた。
「うわああああああ!!!」
「クラトス!!」
 ブレイズは、再び激しい痙攣に襲われたクラトスが舌を噛み切らないように口にハンカチを押し込み猿轡をかませた。
「こいつなら耐えられると思ったのですがね。拒絶反応とは!…いやはや、期待外れもいいところですね。もう何をやっても無駄ですよ。こうなったら後は死ぬのを待つしかない。それとも石を剥がして怪物にしてしまいますか。どうせ生きていても役には立たないのですから。」

「黙れっ!!」

 それはブレイズではなかった。ベンの声だったのである。
「えっ?…」
 普段の穏やかなベンからは想像出来ないその怒号に、プロットは目を見開いた。
「お前は出て行け!そんな所に立っていられては邪魔だ!!」
「な、な、何を…。私はお前の上司ですよ。そんな口を利いたらどういう事になるか分かっているのですか。」
「聞こえなかったのか。お前は出て行けと言ったんだ。」
「!!!」
 プロットを睨みつけているベンの瞳には殺気さえも感じられ、そんなベンの凄まじいまでの迫力に気圧されたプロットは、
「このままでは済ませませんからね!」
 と、捨て台詞を一つ放つと、逃げるように部屋を出て行った。
「……いいのかよ。あんた、確実にクビだぜ。」
「そんな事より、今はクラトス様です。」
 ベンはそう言いながら、ポケットから小さな円形の金属を取り出した。
「それは…?」
「ここに古代エルフの文字でまじないが刻んであります。マナの流れを正常に戻してくれる作用がある。古い書物で見付けたものを見様見真似で私が作ったものです。本当なら技術を持ったドワーフに作ってもらった方が確かなのでしょうが、今は時間がない。素人である私が作ったものなど効き目はないかもしれないのですが…頼む、効いてくれ!」
 祈るような思いで、ベンはそれをクラトスの手の甲に食い込んでいるエクスフィアにはめ込んだ。
 だが、クラトスはぐったりとしたままで反応はない。
「…やはり私が作ったものでは駄目だったのか…」

「大丈夫。効いているよ。マナの流れは普通の状態に戻ってきている。」

「スティル!?」
 いつの間にかスティルがやって来ていた。
「…そうか、お前はマナの流れが分かるのだったな。」
「うん。クラトス兄ちゃんのマナは落ち着いてきているよ。今は眠っているだけ。もう大丈夫だよ。」
 スティルが押した太鼓判に、ブレイズとベンは、ホッとした表情で顔を見合わせると疲れきったように弱々しく笑顔を浮かべたのだった。


 「それでクラトスはもう大丈夫なのですね?」
 翌朝、ブレイズとベンはアマンダの部屋に報告に来ていた。
「今は落ち着いています。石の侵食の問題は残ってはいますが、取りあえず拒絶反応によるショック死は免れたものと。」
「そうですか。よかった…。機械が壊された事で映像は消えましたが、私は石の中からクラトスの様子をずっと見ておりました。追い詰められたあの子が何かとんでもない事をやりそうで心配だったのです。ベンさん、クラトスを助けて下さり有難うございました。」
「いえ…石の侵食を完全に防ぐまでは、まだ本当に助けた事にはなりません。」
「…石の侵食とはどれぐらいの速度で進むものなのでしょう?」
「あの紋は不完全なものです。あれを完全なものに付け変えない限り、石は確実にクラトス様を蝕んで行くでしょう。しかしそれは、何年もかけて、ゆっくりとしたスピードで進行するものと思われます。それまでの間に、必ずや私が、まじないを彫れるドワーフを探し出してみせます。……私は、幼い頃からずっとクラトス様を見て参りました。クラトス様が苦しんでいるのを見ても何も出来なかった。ファルス様をお諌めし止める事も出来ませんでした。ですから今度こそは必ずクラトス様をお助け致します。これは私の償いなのです。」
 ブレイズは思わず隣に立つベンの横顔を見詰めた。
 そこにいるのは、以前の気弱な青年ではなかった。迷いやオドオドとした様子は微塵もなく、輝く瞳で真っ直ぐと前を見据えている。それはこの男の決意が本物である事を何より証明していたのである。
 ブレイズの目には、今のベンがとても大きく映ったのだった。
 その時だった。背後の扉が開いたと思ったら、ファルスとプロットが入って来た。廊下には段ボールを持った数人の作業員達も連れて来ている。
「ファルス様?…これは一体何の騒ぎです?」
「アマンダを研究所の方へ移す。またハーフエルフ達に襲われんとも限らんからな。」
「お待ち下さい、ファルス様。移すって、そんな急に……」
 ファルスを止めようとしたベンの前にプロットが進み出た。
「ベン。あなたには何も言う資格はないのですよ。」
「…どういう意味だ?」
「よくご存じのはずでしょう?今回の襲撃事件は、明らかにアマンダ様を狙っての事でした。アマンダ様の事は秘密になっていたにも拘わらず、です。あのハーフエルフ達は何故アマンダ様の存在を知る事が出来たのでしょう。答えは一つ。身内に内通者がいるんですよ。」
 ベンは目を見開いた。
「まさか…それが私だと?」
「お前以外に誰がいると言うのだ?プロットに全て聞いたぞ。お前はクラトスも殺そうとしたらしいな。プロットが駆け付けるのがあと少し遅れたら危ない所だったとか。」
「プロット!…お前と言う奴はどこまで汚いんだ!!」
 プロットに掴みかかろうとしたベンを、ファルスが突き飛ばした。背後の壁に叩きつけられるベン。
「お前はクビだよ、ベン。本当なら警察に突き出してやりたいところだが、長い間仕えてきた事に免じてそれは勘弁してやろう。早々に荷物をまとめて出て行くのだな。」
「待ってくれ!今回の事はベンがやったんじゃない。」
「煩いぞ、ブレイズ。部外者は黙っていろ!」
「…部外者って…」
 ファルスは冷たい目でブレイズとベンを見詰めると、
「分かったらお前達はとっとと出て行ってもらおうか。作業の邪魔になるからな。」
 ブレイズは悔しそうに唇を噛んだ。
「さあ、プロット。この二人は放っておいて引越しの準備だ。まずは電源を落とせ。」
「はい、ファルス様。」
 プロットはニヤリと笑いブレイズとベンを一瞥すると、勝ち誇ったように装置に近付いて行った。
 だが、プロットが電源を落とそうとスイッチに手をかけようとしたその時、
「ぐわっ!?」
 プロットの全身を電撃が走ったのだった。
「今のはライトニング?馬鹿な。ここには魔術を使える者はいないはず…」
 すると、キョロキョロと周りを見回すプロットの頭上から声が響き渡ったのだった。
「それ以上私に近付く事は許さない。」
 プロットが声がした方を見上げると、そこには冷たい表情で自分を見下ろしているアマンダの映像があった。

 (まさかこの女が?)

 しかしプロットは、苦笑を浮かべるとその考えを即座に否定した。

 (今のは気のせいか、もしくは静電気に違いない。この女は石に取り憑かれた、唯の哀れな人間なのだから。)

 だが、気を取り直して再び装置に近付いたプロットであったが、今度は物凄い力で後方へと吹き飛ばされてしまったのであった。同時に部屋の中に凄まじい風が吹き荒れる。
「それ以上近付くなと言った筈です。あなたが私に触れる事は許さない。それが許されるのはそこにいるベンだけです。」
 吹き飛ばされたプロットは床に這いつくばりながら、ただただ驚いていた。
 人間であったアマンダがこれ程の力を振るえる筈がない。

 (まさか…これは石の力?)

 見るとアマンダの意識を封じ込めた石は不思議な光を発していた。

 (間違いない。この凄まじい力の根元はあの石だ。しかも力はあの女の意志で振るわれている。)

 石との同化……。
 もはやあのエクスフィアは、アマンダそのものなのかもしれない。

「そんな事が…そんな事がありうるのか?」
 とてもじゃないがそんな事は信じられなかった。だが現実にこうして現象が起きている以上、プロットは認めざるを得なかったのである。
「この部屋を出て行くのはベンではなくあなたの方です。直ぐに出て行きなさい、プロット。そして二度と私の前に立つ事は許さない。もし破ったら、私は容赦なくあなたを殺すでしょう。」
 アマンダの怒りの嵐に、プロットは部屋を出て行くしかなかったのだった。


 その後、アマンダの望み通りに解体作業はベンによって行われ、アマンダは研究所の一室に移されて行った。
 装置がなくなってガランとなった部屋に、ブレイズにベン、そしてスティルの姿があった。
「えらく寂しくなっちまった。アマンダさんがあっちに行っちまった事を知ったら、クラトスの奴も寂しがるだろうな。」
「いずれクラトス様も研究所の方へ移る事になるでしょう。」
「そうなのか?」
「ええ。ファルス様はもうこの屋敷を引き払うおつもりのようです。今研究所の方に住居スペースを作っている所ですから。それに…」
「クラトスの左手に寄生しているエクスフィアか?あれの経過を観察する上でも、クラトスを研究所に移した方が都合がいいってわけか。」
「……ええ、そういう事のようです。」
「ちっ、ファルスの奴は相変わらずクラトスの事を研究材料としか見ていねえんだな。で、クラトスの件はあんたが担当するんだろ?アマンダさんの口添えでクビは免れたわけだし、それにあの紋の事を見付けたのはあんたなんだから。」
「いいえ。それはたぶんプロットがやる事になると思います。」
「なんでだよ。それじゃあクラトスが…」
「大丈夫です。クラトス様にエクスフィアが寄生してしまった以上、あの男の望みは殆ど叶ったも同じ事。後は経過を観察するだけで、余程の事がない限りあれをいじくるような真似はしないと思います。それに私は一旦研究所を出ようと思っているのです。」
「えっ?」
「このまま研究所に残ったとしても、あの紋やドワーフについて、今以上の事は分からないでしょう。クラトス様を助ける為にもここは一旦この研究所を出て、外へ知識を求める必要があると思ったのです。」
「そうか……」
 すると、さっきから二人の横で黙って立っていただけのスティルが初めて口を開いた。
「おいらは、ハンナの婆さんと一緒に村に行く事にしたよ。」
「スティル?だってお前、あんなに嫌がっていたじゃねえか。今回の事でクラトスの傍にいるのが怖くなったか?」
「違うよ。今のおいらじゃ、兄ちゃんの足手纏いになるだけだって分かったんだ。兄ちゃんがおいらを巻き込みたくないって思っている事も分かってる。でも、おいらは兄ちゃんを助けたいんだ。だからおいらは村に行く。そこで色々な事を勉強して、兄ちゃんを助けられるだけの力を付けるんだ。そして必ずまた兄ちゃんの元に戻ってくる。そう決めたんだ。」
「…そうか…みんな行っちまうんだな。クラトス、寂しがるだろうな…」
「クラトス兄ちゃんにはブレイズ兄ちゃんがいるじゃないか。ブレイズ兄ちゃんはずっとクラトス兄ちゃんの傍にいるんだろ。」
「え?…ああ、そうだったな…」
「やだなあ、しっかりしてくれよ。おいらがいない間、クラトス兄ちゃんを守ってやれるのはブレイズ兄ちゃんしかいないんだからな!」
 バシバシと元気一杯に背中を叩いてくるスティルに、ブレイズは苦笑を浮かべたのだった。



 それから、二人と別れたブレイズは、クラトスの部屋へ向かった。
 クラトスは眠っているようだった。マナの流れも落ち着いているようで顔色も良くなってきている。
 ブレイズはベッドのそばに椅子を引き寄せると、それに腰掛け、眠っているクラトスの顔を見詰めた。
 アマンダはあんな姿になりながらも、クラトスの為にありとあらゆる手を打ってきた。マルクスはアマンダとの約束を守る為、自分の夢であった道場を捨てた。そしてベンは全てをかけてクラトスを救おうと動き出し、スティルもクラトスの為に己を成長させるべく旅立って行く決心をした。
 何が彼等をこうまで動かしたのか…。
 クラトスへの思い?…それなら俺だって負けてはいない。俺は他の誰よりもクラトスの事を理解している。そしてクラトスの為なら命を投げ出す事も厭わない。
 そう思っていた。それなのに今の俺は揺れ動いている。クラトスの気持ちが分からなくなってきている。

 “やはりお前は私を騙したのか”

 あの時、クラトスはプロットにそう言った。あいつは「やはり」と言ったんだ。という事は、クラトスは騙されている事を承知であのエクスフィアを付けた事になる。

 何故?……何故そんな真似をした。
 ハーフエルフへの復讐の為にもっと強い力が欲しかったのか?
 それとも他に理由があるというのか…
 分からない…俺はこれからどうやってお前に接して行けばいいんだ?

 クラトスの顔を見詰めながらぼんやりとそんな事を考えていると、クラトスが目を覚ました。その瞳が、自分を覗きこんでいるブレイズの姿を認めた。
「ブレイズ?…」
「よお、お目覚めかい。気分はどうだい?」
「…もう、ここには来てくれないだろうと思っていた。」
「えっ?」
「馬鹿な事をした私に愛想を尽かして何処かへ行ってしまったかと…」
「ふ〜ん…て事は、馬鹿な事をしたとは思っているわけだ。」
 クラトスは目を伏せた。
「プロットの事は信用していなかったけど、私は力が欲しかった…アマンダを守る為にもっと強い力が欲しかったんだ。」
「!!……ハーフエルフへの復讐の為じゃなかったのか……」
 ブレイズの呟きに、クラトスは不思議そうな表情を浮かべた。
「ハーフエルフへの復讐?……確かにその事もあったかもしれない。そんな事は全く考えていなかったと言ったら嘘になるだろう。しかし一番の理由はアマンダだった。私が今日まで生き続けてきたのはアマンダがいたからなんだ。アマンダがいなくなったら私は生きて行く意味を失ってしまう。あの石を装備すれば命に危険が及ぶ事は分かっていた。でも、うまくいけば強大な力を手に入れられるかもしれない。賭けだったんだ。まさに命がけの…。例え失敗して命を落とす事になったとしても、力が足りないが故にアマンダを失ってしまうよりはいいと思った。私にとって、アマンダが存在する事こそが全てだったんだ。」
 ブレイズは目を見開いた。

 “アマンダを元の姿に戻すまでは僕はここを離れる訳にはいかないんだ。それが僕に出来るアマンダへの償いだから”
 “私には、お前が彼の近くにいるが故に何か大切な事を忘れているように思える”

「ハハ…ハハハハハ…」
「ブレイズ?」
 突然笑い出したブレイズに、クラトスは目を丸くした。
「何でもねえ。何でもねえよ。」

 馬鹿だ…俺は何て馬鹿だったんだ。
 こいつはちゃんと自分の気持ちを俺に伝えてくれてたじゃねえか。それなのに俺はそれをすっかり忘れていた。
 クラトスの気持ちが分からなくなっちまっただと?
 とんでもない!俺がこいつの気持ちを理解しようとしてなかっただけじゃないか。
 マルクスのおっさんが言った通りだった。俺はこんな大切な事を忘れちまっていたんだ。

「何でもねえ。」
 ブレイズは、心配そうに自分を見ているクラトスに繰り返した。
「ただ自分の馬鹿さ加減に呆れちまっただけなんだ。」
 ますます不思議そうな顔をするクラトスに、ブレイズはウインクして見せた。
「さてと…お前も体の調子はだいぶ良くなったようだし、二、三日したら動けるようになるだろう。そうしたらまず何をしたい?剣の稽古か?お前も真面目だからな。」
「私からすればブレイズが不真面目過ぎるのだと思うのだが…。でも、今一番やりたい事は剣の稽古ではない。あのプロトゾーンを……いや、ノイシュをあのマナの木の丘に連れて行きたいと思っている。あそこなら父に見つかる事もないし、他の人間に狩られる心配もないだろう?」
「あのプロトゾーンをマナの丘に?…そうだな。元々プロトゾーンはマナの木の傍に生息すると聞いているからな。うってつけの場所かもしれねえな。」
「一緒に…来てくれるか?」
「当たり前だろう。俺はお前の従者なんだ。お前の行く所ならどこだって付いて行くさ。」
 ブレイズの返答に、クラトスは安心したように笑顔を浮かべた。

 そう…俺はいつだってお前と共にいる。
 だが、俺はお前と一緒に堕ちては行かないぜ。
 俺は一人、この場に残る。その代わり、お前がどこに堕ちて行こうとも必ず俺が引き上げてやる。
 今、はっきりと思い出したよ。
 お前が心の壁を取り払い、初めて俺に涙を見せてくれたあの日…俺は命をかけてお前を守ると心に誓ったんだ。
 だからもう迷わない。
 この先何があろうとも俺はお前に付き従って行く。お前を守り、時に導きながら…。
 それが俺に与えられた使命だと思っているから…。


−決意 終−

【第一章完結】