疑念 前編


 人と人との信頼関係を壊すのに大層な仕掛けなんて必要ない。
 心の中に生じたほんの小さな疑念…それだけで十分なんだ。
 その針の先っちょのような小さなやつが、何年もかけて積み上げて来た大切なものを瞬く間に崩してしまう。
 壊すのは他人じゃない。自分自身なんだよ。
 だから壊したくなければ信じる事だ。
 その相手の事を…。
 その相手を選んだ自分自身の目を…。
 難しい事だが君になら出来る筈だよ。

 ある人が私に言った言葉だ。
 だがその時の私は、その言葉の重みを少しも理解しようとはしなかった。
 もしあの時、きちんと受け止めてさえいれば…。
 今思えばあの時から悲劇へのカウントダウンが始まってしまったのかもしれない。


* * * * *

 アマンダが呼んでいる。
 ブレイズにそう言われた時、正直クラトスはあまり気が進まなかった。
 アマンダの願いはクラトスが生きる事であり、クラトスの願いはアマンダが生きる事…。
 これらの願いを二つとも叶えるのは現段階では不可能であり、行けば当然言い争いになるであろう事は目に見えている。
 それでもこうしてやって来たのは、今の気持ちをはっきりと伝える必要があると感じたからであった。
 しかしやはり気が重い事に変わりはなく、クラトスは何度も引き返そうとしながら、ようやく研究所の最深部にあるアマンダの部屋の前に辿り着いたのだった。
 扉を開けるとまず目に入って来るのは、真ん中にポツンと置かれた装置。室内には他に家具と言う家具もなく、ガランとしている。その装置の上部にアマンダの姿が映し出されるわけだが、それもアマンダの意思によって作動するようになっているので、関係のない者が入って来たとしても彼女の姿を見る事は出来ない。その為警備兵達は皆、ここを物置と思っているようであった。
 アマンダはそんな存在すら否定された環境の中で、ひっそりと生き続けてきのだ。その寂しさや悲しみは如何ばかりであっただろう。
 その原因が自分にある事を思うと、クラトスはこの部屋に来る度にいつもやり切れない思いでいっぱいになってしまうのだった。
 するとその時、クラトスがやって来た事に気付いたのであろう、装置が作動しアマンダの映像が映し出された。
 いつも通りの穏やかな笑顔…。
 しかしその姿は確実に薄くなってきており、それは彼女に残された時間がそう長くはない事を物語っていた。
 思わず目を伏せるクラトス。
「クラトス、来てくれたのですね。有難う。」
「あなたが呼んだのだ。」
「そうですね。でも…有難う。」
「……。」

 恐らくアマンダは、もしかしたらクラトスは来ないかもしれないと案じていたのだろう。
 現にクラトスは何度も引き返そうと思った。彼の中でそんな心の葛藤があるであろう事もアマンダはちゃんと分かっていたのだ。
 だがそれも考えてみれば当然なのかもしれない。
 クラトスが物心ついた頃からアマンダは常に彼の傍にいた。15年前に肉体を失ってからもそれは変わらず、クラトスがどんなに荒れようが、彼女を傷付ける発言をしようが、いつも穏やかな笑顔を浮かべ優しく包み込み癒してくれた。
 言うなればアマンダはこの世で一番彼の事を理解している人物なのだ。
 そして今もまたこうして彼の事を案じている…。

 何故?
 本当に大変なのは彼女の方なのに、どうして私の心配などするのだ?
 やがては消えゆくであろう自分の運命を知りながら、何故こんなにも人に優しくなれるのか?
 何故穏やかな笑みを絶やさずにいられるのか?

 そんな彼女が初めて流した涙…。
 “何故こんな事になってしまったの?私はただ愛し続けていたかっただけなのに…ただそれだけを願っていたのに…”
 あれは彼女が抑えに抑えていた心が、ついに悲鳴を上げた瞬間だったに違いない。

 全ての始まりは15年前のあの事件。
 だからもう終わらせようと思った。
 アマンダが新たな肉体を得る事が出来、家庭崩壊の原因である自分が消えれば、きっとファルスも元に戻るだろう。
 彼女に幸せな家庭を返してあげよう。
 あの涙を見た時、そう誓ったのだ。
 だから…

 クラトスは顔を上げアマンダを見詰めた。
「あなたが何を言いたいのかは分かっています。しかし私は要の紋を装着する気はありません。」
「クラトス、でもそれではあなたが…」
「もう決めたのです。…ベンから話は聞いているのでしょう?もし要の紋をつけたら、私は人ではなくなる。年をとる事がなくなり、気の遠くなるような長い時間を生き続けて行かなければならない。あなたのいない世界をたった一人で、でだ!そんな事私は堪えられない!!あなたを失ったらもう私には何も残らないのです。だが、このエクスフィアが完成すればあなたは助かるし、私も人として生を終える事が出来る。ならば選ぶ道はもう決まっているではありませんか。あなたには幸せになって欲しい。私はずっとそれだけを願って生きてきたのですから。」
「あなたの気持ちはとても嬉しい。ですがそれは選択の理由にはなりません。何故なら、私だって同じだからです。私もあなたの幸せだけを願って生きてきた。あなたを犠牲にして生き長らえても、幸せになれるわけがない。あなたも私も立場は同じなのです。選ぶ道はまだ決まってなどいないのですよ。」
「同じ立場なんかじゃない!あなたと私は違うんだ!」
「え?」
「…あなたには、あなたが元の姿に戻る事を心待ちにしているファルスと言う人がいるではないですか。だが、私にはそんな人はいない。私がいなくなったとしても悲しむ人など誰もいないのです。だったら消えるのは私の方がいいに決まっている。」
「本当にそんな風に思っているのですか?あなたにはブレイズがいるではありませんか。マルクス様だっている。ベンやハンナ、スティルだって、あなたがいなくなったら悲しむでしょう。あなたのお父様やお母様だって…」
「両親?…フン、そんなもの関係ない。」
 まるで小馬鹿にするように鼻で笑ったクラトスを見てアマンダは眉をひそめた。
「関係ない?」
「だってそうではありませんか。父は私が生まれてすぐに戦死しすでにこの世になく、母だって私を捨てて行ってしまった。両親なんて私にはいないのです。それよりも、今生きて目の前にいるあなたの方を大切にしたいと思うのは当然でしょう。」
「違う…そうじゃない。違うのです。」
「え?」
「…あなたのお父様は生きている。」
 驚いてアマンダを見詰めるクラトス。
「…今、なんて?……父が…生きている?」
「ええ…。」
「馬鹿な!だって父は…」
「たしかに戦死の報告が来ました。でもそれは誤報だった。お父様は敵国の収容所へ送られ、捕虜として生きのびていたのです。…ごめんなさい。私もその事を知ったのはつい最近の事で、あなたに伝える間がなかったの。」
「父が生きていた……しかし戦争が終わったのはもうだいぶ前の話だ。捕虜もその時に全員解放された筈です。それなのに、生きていたのなら何故!?」
「帰国したくても出来なかったのです。お父様は収容所での強制労働がたたり体を壊してしまい、ずっと療養生活を送っていたそうなのです。ですが、それもようやく癒え、今この国に向かっているとの事。ですから、間もなくあなたの元へ戻って来るでしょう。だからあなたは死んではいけない。ようやく戻って来れたというのに、あなたがいないのではお父様はきっと悲しむでしょう。あなたが生きる事を望んでいる人は私だけではないのですよ。」
「……」
「お母様にしても同じです。お母様はあなたを捨てたわけではありません。あの方には…」
「果たさねばならない使命があった、でしょう?それはブレイズから聞いて知っています。」
「だったら分かるでしょう?きっとお母様の使命と言うのは危険なものだったのでしょう。だからあなたを連れて行く事が出来ず、私に託したのです。あなたが健やかに育ってくれる事を願って…。お母様も辛かったのです。だから…」
「…父の事は理解もしましょう。私も軍人です。捕虜となった者がどのような扱いを受けるかは十分承知しています。だが、あの人は…母は違う。」
「!!何が違うと言うのです!?」
「20年だ…。」
「え?」
「20年間、私は待ち続けた。必ず迎えに来てくれると信じて…。しかしあの人はいつまでたっても現れなかった。それどころか便りの一つもよこさなかったんだ。どれだけ重要な使命なのか知らないが、これが母親のする事ですか?これでは捨てたも同じではないですか!」
「そうじゃない!会いに来たくても来れなかった…便りをよこしたくても出来なかったのです!」
 思わずそう叫んでしまってから、アマンダはハッとして口をつぐんだ。
 目を見開くクラトス。
「…それはどういう意味です?…あの人は…母はもう死んだと?」
「……いいえ。生きています。でも…」
「でも?」
「……」

 これ以上、隠しきれない…。
 もういい加減、真実を告げるべきなのかもしれない。この子の為にも…。

 アマンダは覚悟を決めると、クラトスを真っ直ぐに見詰め話し出した。
「クラトス、どうか落ち着いて聞いてください。…実は…あなたのお母様はこの世界の人ではないのです。つまり、あの方が今いるのはこの世界ではなく異世界。だから簡単に会いに来る事が出来なかった。」
「異世界?…な、なにを言って…」
「信じられないのも無理はありません。私だって初めて聞かされた時にはそうでしたから。でもこれは本当の事なのです。…もっと早くに話すべきでした。でも、あのお守りを渡した時はあなたはまだ幼すぎて…なにより真実を知った時のあなたが受けるショックを考えるとどうしても話せなかった。そうやって先送りしている内に15年前の事件が起きてしまって、完全に話す機を逸してしまったのです。」

 信じられない?…いやそんな事はない。現に自分は異世界から来たという男に会っているのだ。
 しかしまさか母までもが異世界の者だったとは…。

「!!…もしかして…それであの男は…」
「あの男?」
 思わず漏らしてしまった呟きを聞き咎めたアマンダが不思議そうに尋ねてくる声が聞こえてきたが、その時にはもうクラトスの意識は思考の渦の中へと沈んでしまっていた。

 何度となく私の前に現れたあの男…。
 あの男は私に、傍にいて支えて欲しいのだと言った。
 ずっと分からなかった。何故私なのか、が。
 だが、あの男がずっと以前から母の事を知っていたのだとしたら…。
 同じ世界の出である母の血を引いている私なら信頼できると思い、それで私の前に現れたのではないだろうか?

 いや、違う…。
 あの男は私が思い通りにならないと見るや、即座に殺そうとした。純粋にパートナーとして迎える事だけを考えていたとは思えない。
 それに信頼できる同族のパートナーが欲しいのなら、自分の世界で探せば済む事。わざわざ別世界にいる私の所に来る必要などないだろう。
 つまりあの男が欲しかったのはやはり私自身、それもこの命だったということだ。

 何故?
 何故私が異世界の男に狙われねばならないのだ?

 !!…まさか…母が?
 何らかの理由で、こちらに残して来た私の存在が邪魔になった母が、あの男を刺客として私の元へ…。

 そんな事は考えたくない。
 しかし、通常なら出会う筈もない、違う世界の人間である二人が接点をもつなんて事は、奴と同じ異世界の者である母が絡んで来なければあり得ない。
 母とあの得体の知れない男は繋がっていた…そう考えるのが妥当ではないのか。

 待てよ…得体の知れない男?
 !!…それならもう一人…

「クラトス、どうしたのです?あの男とは誰なのですか?」
 再びかけられたアマンダの声に、思索に耽ていたクラトスは現実へと引き戻された。
 ハッとして顔を上げアマンダを見る。
「……」
「クラトス?」
「……アマンダ…あの人は本当に私を…」
「?」
「いえ…なんでもありません。」

 本当はこう尋ねたかった。

 “母は、本当に私を愛していたのでしょうか?”と…。

 だが『愛してはいなかった』との答えが返って来るかもしれないと思うと、怖くて口に出来なかったのだ。
 もちろんアマンダがそんな答えを返す筈はない。
 そうは分かっていても、やはり怖かった。
 たった今、浮かんできてしまった母への疑念をどうしても振り払う事が出来なかったのである。

 目を伏せ黙りこんでしまうクラトス。
 するとアマンダは、そんなクラトスをしばらくの間黙って見詰めていたが、やがて静かな声でこう言ったのだった。
「これが、あなたが問いたかった事への答えになるか分かりませんが…」
「…え?」
 アマンダを、驚きの表情で見返すクラトス。
 アマンダは優しい笑みを浮かべると続けた。
「あなたを置いて旅立つまでの数週間、お母様はずっと悩み苦しんでいました。もしあなたの事をどうでもいい存在だと思っていたのなら、あんなにも苦しむ事はなかったでしょう。あなたを抱き、毎日愛おしげに話しかけていたあの姿に嘘など感じられなかった。…お母様は心の底からあなたを愛していました。そしてそれは今も変わっていないと私は思います。母親の愛というものは、どんなに離れていようが、どれだけの時が過ぎようが、変わらないものなのですよ。ですから、どうかお母様を信じてあげてください。」
「……」
「クラトス…私は、人は皆、多かれ少なかれ役目を負ってこの世に生を受けるものだと思うのです。それが何であるかを探し出し、果たす為に、人は生き続ける。時には難しい選択を迫られることもあるでしょう。でも、それで歩みを止めてしまっては駄目なのです。勇気を持って決断し、前へ進んで行かなければ…。お母様は身をもってその事をあなたに示して下さった。そうは思いませんか?今度はあなたがあなた自身の使命を見付けていく番です。」
「使命だったら私はもう…」
「いいえ。あなたの使命は私の為に犠牲になる事などではありません。少なくともそれだけは確かです。何故なら私はもう自分の使命を果たし、消えてゆく身だから…。私がこんな姿になっても生かされてきたのは、きっと、まだ幼かったあなたを庇護する為だったのでしょう。それが私に与えられた使命だった。でもそのあなたも今ではこうして立派に成長し、もう自分の足で歩いて行けるようになった。この世界での私の役目はもう終わったのです。だから天に召される…それだけの事なのです。」
「!!そんな事はない!だって、あなたはまだ自分自身の幸せを掴んでいないではないですか。これではあまりにも悲しすぎる。どうかそんな全てを諦めたような事を言わないで下さい。私が必ずあなたを助けてみせます。だから…」
「私は諦めたわけではない、受け入れたのです。」
「そんなの…同じ事ではないか!」
「いいえ、違います。受け入れると言うことは、すなわち自分を見詰めなおすと言うこと…。諦めたら、もうその先はありません。でも受け入れればその先に道ができるのです。」
「……」
「…ねえ、クラトス。もう過去のしがらみに囚われるのはお止めなさい。それがあなたを前に進めなくさせているのです。何度も言うように、15年前の事はあなたの所為じゃない。あなたが責任を感じる事はないのです。だから、あなたが今しなくてはならない事は、償いなどではない。私と言う呪縛から放たれ、自分自身の意志で己の進むべき道を見付ける事。その先にある未来に向かって歩き始める事なのです。そしてその未来とは私の為にあるのではなく、あなた自身の為にあるのですよ。」
「…あなたの仰ることは正しいのかもしれない。でも私は…」

 どうしてもあなたを切り捨てる事は出来ない…。

 目を伏せるクラトス。
「……すみません…少し時間をいただけますか。気持ちを整理したいのです。」
「…そうですね。その方がいいかもしれませんね。」
「申し訳ありません。結論はなるべく早く出すようにしますので。……それでは今日はこれで失礼致します。」
「あ、クラトス!」
「はい?」
「これだけは忘れないで下さい。あなたは一人じゃない。あなたの周りには、あなたの為なら惜しみなく手を差し伸べてくれる人が大勢いるのだと言うことを。」
「……」
 クラトスは一礼すると部屋を出た。
 そして閉じた扉に背を預けると疲れたように息をつく。

 自分自身の意志で己の進むべき道を見付ける…。
 それは以前ブレイズにも言われた事であった。

 “いいか、クラトス。本当に彼女を救いたいのなら、お前が誰にも指図される事無く、自分自身の意志を持って歩き出す事だ”

 だからそうしたつもりだった。
 アマンダを助ける事こそが私の願いだったから…。
 アマンダにとっても、私にとっても、これが最良の方法だと思ったから…。
 それなのにアマンダはそれを否定した。
 それは私が取るべき道ではないと言う…。

 何故?
 何故あなたは私の想いをそうまで拒絶し続けるのですか?
 私があなたの為に死ぬ事は、あなたの幸せにはならないのですか?

「私が今までやってきた事は一体何だったのだ?私はこれからどうすればいいのだ?…もう、何もかも分からなくなってしまった…。」
 全身の力が抜け、そのままその場にへたり込みそうになる。
 と、その時だった。

「クラトス様、もう話は済んだのですか?」

 突然かけられたその声に愕然とするクラトス。
 立っていたのはブレイズであった。
「?…どうした、そんな奇妙なもんでも見るような目をして。俺の顔に何か付いてるか?」
「いや、何でもない。ちょっと驚いただけだ。」
[フ〜ン…。で、結論は出たのか?」
「いや…少しだけ待ってもらっている。」
「…そうか。」
「……」
 それ切り会話が続かず、二人の間に気まずい沈黙が降りる。
 ここで自分が何かを言わねばならない事も、ブレイズがそれを待っているのだと言う事も、クラトスには分かっていた。
 ブレイズは自分から尋ねるような事は決してしない。
 どんな時でも、クラトスの方から話してくるのを待っているのが常であった。

 だが、言葉が出てこない。
 話したい事なら山ほどある筈なのに…。
 聞きたい事だって山ほどある筈なのに…。
 先程浮かんだ一つの疑念が、クラトスに話す事を躊躇させていたのだった。

 やがてそんな重苦しい沈黙に耐えられなくなったクラトスは探るように自分を見ているブレイズから視線を逸らすと、その場から逃げ出すかのように歩き出した。
「おい、どこへ行くんだ?」
「祖父母の家へ。そこでスティルと落ち合う事になっている。」
「それなら俺も…」
 追いかけてこようとするブレイズを振り返るクラトス。
 その顔に浮かんだ複雑な表情を見て、ブレイズは眉をひそめると足を止めた。
「…俺が行くとまずいのか?」
「……いや、構わない。好きにしろ。」
「そうか?それじゃあ、俺は先に行って馬の用意をしておくわ。」
「ああ。私もすぐに行く。」
 軽く手を上げ走り去って行くブレイズ。
 その姿が角の向こうへ消えると、クラトスは目を閉じ天井を仰いだ。その口から呟きが漏れる。
「…もう、何も信じられない…」
 そして小さく溜め息を突くと、重い足取りでブレイズの後を追ったのだった。




 祖父母の村までは歩きで丸一日、馬で飛ばしても半日以上はかかる。その為クラトス達が村に到着したのはもう辺りが暗くなり始めた夕刻になっての事だった。
 昔は結構な賑わいを見せていたこの村も、辺鄙であるが故に、皆次々に村を出て行ってしまい、最後の住人であった祖父母が数年前に他界してからは、すっかりゴーストタウンと化してしまっていた。
 馬を降り、人っ子一人いない村の中を進んで行くクラトス。ブレイズも黙って後をついてくる。
 他の建物がもう住む事が出来ないほどに朽ち果てている中、祖父母の家だけはきれいなまま残っていた。スティルとハンナが時々やって来ては手入れを欠かさなかったお陰である。
 クラトスは二人に対する感謝の笑みを微かに浮かべると、家の中には入らず裏手に建つ墓の前に行った。
 祖父母とスティルの父親の墓に向かって手を合わせた後、それらの横にある三つ目の墓に目をやる。それはクラトスの父の墓であった。
 クラトスはしばらくその墓を見詰めながら何やら思案をしていたが、やがて決意を固めたかのように顔を上げると背後に立つブレイズに静かな声で話しかけた。
「…アマンダから全て聞いたよ。」
「え?…全て?」
「そう。全てだ。」
 わけが分からずきょとんとするブレイズ。
「何を言っているんだ?…お前、さっきから変だぞ。一体どうしたんだ。」
 するとなんとクラトスは、振り向きざまに剣を抜くと、ブレイズに突きつけてきたのだった。
「!!ク、クラトス?」
 このクラトスの思いもかけない行動にさすがのブレイズも驚愕の表情を浮かべる。
「ば、馬鹿、何ふざけているんだ。危ないじゃねえか。剣を引けよ。」
 だがクラトスは引くどころか更に剣をブレイズの喉元へと近付けると、
「ふざけてなどいない。」
 そして冷たい声でこう言葉を継いだのだった。

「お前は何者だ?何故私の所へ来たのだ?」


−中編につづく−