旅人達


 薄暗い森の中、モンスターと旅人との間で激しい戦闘が繰り広げられていた。餌である人間の匂いを嗅ぎつけ、次から次へと群れをなして襲ってくるモンスター達に対して、旅人は僅か三人。しかも一人はまだほんの十歳ぐらいの少年であった。
「ちっ、次から次へと本当にしつこい奴等だな…。」
 前線でダブルセイバーを振るっていた青髪の青年は、一向に減る様子のないモンスターを前に舌打ちした。
「ユアン、愚痴っている暇があったら手を動かさないと…ほら、あっちのモンスターが呪文を唱えてるよ!気をつけて!」
 少年の叫びに、ユアンと呼ばれたその青髪の青年は咄嗟にフォースフィールドで防御した。そのお陰で食らった術の威力は半減したもののダメージを受けた事に変わりはない。
「気付いているなら援護してくれてもいいだろうが!私はこいつらを抑えるので手一杯なのだ。後ろからあっちだ、こっちだと言われても、そう簡単に動ける訳がない。私の体は一つしかないのだぞ。」
 しかしユアンのその叫びに、少年から答えが返ってくる事はなかった。少年は次の呪文の詠唱に入っていたのである。
 ユアンは再度舌打ちをすると、仕方なく再び目の前の敵に向かってダブルセイバーを振るい始めた。程なくしてそんな彼の体が温かい光に包まれる。残るもう一人の旅人である緑髪の女性が唱えたファーストエイドであった。
「お!?サンキュー、マーテル。」
「今ミトスがエクスブロードを準備しているわ。それで一気に片を付ける事が出来る筈。もう少し辛抱して、ユアン。」
 そう言いながら、その女性マーテルは続いてキーネストを唱える。
「…分かった。だが早くしてくれよ。もうこっちはギリギリなんだ。」
 愚痴りながらもユアンは、マーテルの言葉に希望を見出し、これもあと少しの辛抱なのだと必死に自分に言い聞かせながら、残る力を振り絞りモンスターを押さえにかかったのだった。
 ところが…
「エクスブロード!」
 ミトスが術を放ったのはユアンの目の前の敵ではなく、それとは全く逆の方向だったのである。
「!?……ミ、ミトス、何故向こうの敵に向かって放つのだ。敵に囲まれ困っているのはなのだぞ!!」
「だって向こうの方が沢山いたんだもん。挟まれちゃったら困るでしょ。」
私は死んでもいいと言うのか!?
 するとその時、目を剥いているユアンへマーテルの叫び声が飛んだ。
「ユアン、後ろっ!!」
 ハッとして振り返るユアン。
 目の前で熊のモンスターがその太い腕を振り上げている。あんな腕に打ち付けられたらただでは済まない事はユアンにも十分理解できていた。しかしそうは分かっていても、もうどうしようもない状況に陥ってしまっていたのである。それでも咄嗟に防御の姿勢を取るユアン。
「ユア――ンッ!!」
 マーテルの絶望的な声を聞きながら、ユアンは受けるダメージを想像し思わず目を閉じた。

 ザシュッ!!
 ぎゃあああああああ!!

「???」
 物凄い悲鳴が聞こえたものの、それはユアン自身が放ったものではなかった。何が起きたのか分からず恐る恐る目を開いたユアンの目に映ったのは、逞しい男の背中であった。モンスターはその足元で息絶えていた。

 (…まさか、こいつを一刀両断にしたというのか!?)

 男は更に他の周りのモンスターに攻撃を加えており、見る見るうちにモンスターの数は激減していく。そのパワーとスピードを兼ね備えた剣捌きには目を瞠るものがあり、ユアンもこれほどの剣士を実際に目にするのは初めての事であった。そして、そこへマーテルのホーリーランスがヒットし、ついにモンスターの群れは全滅したのだった。
「無事かい?危ない所だったな。」
 剣を鞘に収めながら、呆然としているユアンに笑いかける男。
「え…あ、ああ…。」
「有難うございます。お陰で助かりました。」
 どぎまぎとして言葉を発せられないユアンの代わりに、マーテルが進み出てお礼を述べる。
「あんた達、どうしてこんな所を歩いているんだね?ここはモンスターの巣のような所だ。あいつらは人間の味を覚えてしまっているから、ちょっとした事で今のようにモンスター達が集まって来ちまう。その餌食になった旅人も少なくない。それがこの森が魔の森と呼ばれる所以なんだ。如何にあんた等が魔術を使えるハーフエルフだとしても危険すぎる。」
 “ハーフエルフ”という言葉を聞いて身構えるユアンを、マーテルは制し、
「気が付かれましたか…。」
「ん?…だって魔法を使っていたからな。魔法を使えるのはエルフかハーフエルフしかいないが、今の時代、エルフが単独で行動する事は殆どない。そうなると必然的にハーフエルフって事になるだろうが。」
「私達がハーフエルだと分かっても嫌な顔をなさらないのですね。」
「嫌な顔?…ああ、差別意識ってやつかね?生憎と俺はそんなものは持ち合わせていないよ。俺の故郷にはハーフエルフは結構いたものでね。見慣れているって言うか、なんと言うか…。」
「故郷?」
「シルヴァラントって所なんだが、聞いた事あるかね?」
「シルヴァラント!?」
 男の言葉に、三人のハーフエルフ達は目を見開いた。
「すごいや!偶然ってあるんだね!!」
 ミトスは顔を輝かすと、男に駆け寄り嬉しそうにその手を握った。
「僕達もそこに行くところだったんです。シルヴァラントにはこの森を抜けないと行けないでしょう?」
「成程、そう言う訳だったのかい。それでこの森に…」
「シルヴァラントは私達ハーフエルフでも受け入れてくれる国だとの噂を耳にしたものですから。やはり噂は本当だったのですね。」
 しかし、そんなマーテルの説明に男は困ったような表情を浮かべた。
「…まあ、受け入れてくれない事はないだろうな。しかし、あんた達の希望を削ぐようで悪いんだが、俺が故郷を出たのはもう二十年も前の話なんだ。俺がいた頃にも全く差別がなかったという訳ではないし、この二十年の間にあの国も大分変って来たとも聞いている。今となってはどうなっているか責任は持てないぜ。」
「それは私達も分かってます。でも、それでも受け入れてもらえるだけでも他の国よりはまだましでしょう。」
「じゃあ、どうあっても行くつもりなのかね?」
「うん、だって他に行く所がないんだもの。取り敢えずシルヴァラントへ行って、そこから僕達の理想を目指して行きたいんだ。」
「理想?」
「僕達は差別のない世界を作り上げたいんだ。エルフも人間もハーフエルフも、この大地に生きる全ての命が手を取り合って生きていける世界…僕達はそんな世界を夢見ているんだよ。」
「ほう…それはまたどでかい夢だな。」
「……やっぱりおじさんも無理だと笑う?」
 心配そうに見上げてくるミトスに、男は笑顔を見せると大きな手で優しくミトスと頭をクシャリと撫でた。
「いいや、素晴らしい夢だと思うよ。叶うといいな。」
 男の言葉に嬉しそうに笑うミトス。
「うん!絶対に現実にするんだ。…そうだ、おじさんもシルヴァラントに帰る所なんでしょう?だったら一緒に行こうよ。ねえ、いいでしょう?」
「ん?…まあ、行先は同じだからな。俺としては別に構わんが。」
「わ〜〜い、やったあっ!!」
 飛び跳ねながら喜ぶミトスを見て、慌てて止めようと手を上げたユアンの肩をマーテルがそっと抑えた。
「マーテル?…いいのか?奴は人間なんだぞ。しかも我々がハーフエルフだと知っているのだ。あまりに危険ではないか。」
「…彼はミトスの夢を聞いても笑わなかったわ。」
「え?」
「今まで私達の理想を聞いた人は大勢いるわ。でも、その全員がせせら笑った。そんな事は不可能だと言ってね。でも、彼は笑ったりしなかった…それどころか素晴らしい夢だと言ってくれたのよ。」
「馬鹿な!それを信じるのか?あんなのはただの芝居に決まっているだろうが。」
「ねえユアン。貴方は人間を憎いと思った事がある?」
「今更何を言っているんだ。人間は私達ハーフエルフの敵ではないか。」
「そう、ハーフエルフなら誰でもそう思うわよね。私だって殺してやりたいって思った事があるもの。でもね、私達の理想ってどういうものだったのかしら?全ての種族が共に手を取り合う世界を夢見ていたのではなくて?そんな理想を掲げる私達自身が人間に対して差別意識を持っているなんて、考えてみたらおかしな事よね。」
「……」
「ミトスにはそれがないのよ。どんなに虐げられても人間達に偏見を持つ事無く信じ続けてきた。だからこそあんな理想を立てる事が出来たのだと思うの。」
「だから私にも人間を信じろと言うのか!?…フン、そんな事は無理だな。今まで私が人間どもにどれだけの辛酸をなめさせられてきたと思っているのだ。」
「だったら何故私達に付いて来たの?」
 ユアンはギラギラとした目をマーテルに向けた。
「ならばはっきりと言わせてもらおう。私はミトスの理想が現実となる日など恐らく来ないと思っている。お互いに何百年と抱き続けてきた怨讐をそう簡単に消せるはずがないものな。お前達は甘いんだよ。私がお前達に付いてきた理由は唯一つ。そんな甘ちゃんのお前等が現実に打ちのめされ、後悔の涙を流すその時を見たいが為だけだったのだ。」
「……今、“だった”と言ったわよね?それは過去形よね。」
 マーテルの指摘に思わず言葉を詰まらすユアン。
「そ、それは…単なる言葉の綾だ!」
 マーテルはクスクスと笑ったが、直ぐに表情を改めると真っ直ぐにユアンを見詰めた。
「有難う、ユアン。付いてきた動機なんて問題じゃない。今も貴方は私達と共にいてくれる…それが大切なんだわ。確かに最初の貴方はそう思っていたかもしれない。でも、だんだんとその考えは変わって来た。そうなんでしょう?だって、そうでなければとっくの昔に貴方は私達の前からいなくなっているわ。それだけこの旅は過酷なものだったんですもの。」
「……勝手にそう思ってろ!あくまでもお目出度いやつだな。」
 ユアンはマーテルの真っ直ぐな視線に耐え切れず、そう憎まれ口をたたくと目を逸らせた。
「有難う、ユアン。」
 そんなユアンに、マーテルは繰り返した。
「貴方が一緒でなかったら、私達はたぶんここまで来る事は出来なかったでしょう。でも…」
「でも?」
 ユアンの怪訝な表情を見て、慌てて頭を振るマーテル。
「ううん、何でもないわ。今の“でも”は忘れて。」
「そんな事を言われたら余計に気になるではないか。一体何なのだ。」
「…ごめんなさい。ただね、私達ってこうして同じ志を持っているにも拘わらず、なんかバラバラだなって思ったものだから。」
「は?バラバラ?」
「ユアンはさっきの戦闘でそう思わなかった?あの人が助けてくれなかったら、全滅していたのは私達の方かもしれないのよね。確かにモンスターの数は多かったわ。でも私達の個々の力から考えれば、もっとチームワークさえとれていれば十分勝てた相手だと思うの。」
「…まあ、言われてみればそうかもしれないが、しかしなんと言っても私達はあの男程戦いなれてはいないからな…。
「それよっ!!」
「へ?…どれよ?」
 マーテルの大声に思わず辺りを見回すユアン。
「私達に足りないものはまさしくその経験だと思うのよ。経験が不足しているから数に惑わされて本来の力が出せなかった。ううん、それだけじゃない。そもそも私達って戦闘の度に各々が好き勝手な事をしていて作戦というものを全く持たずに来たでしょう?」
「…確かにそうだな。そう考えると今までよく生き残って来れたものだと我ながら感心してしまうな。しかし、経験なんてものは誰しも初めから持っているものではないだろう。コツコツと積み重ねながら一人前になって行くものなのではないのか?」
「今のままでは一人前になる前に間違いなく私達は果ててしまうでしょうね。」
「……」
「私達に必要なのは、こんな私達をまとめてくれる戦闘経験豊富な司令塔なのよ。そうは思わない?」
「…あの男がそうだと?あいつに仲間になってくれと頼む気か?冗談だろ。あいつは人間なんだぞ。いくらハーフエルフに理解があるとはいえ、そう簡単に我々の仲間になってくれるはずなかろうが。」
「分かってるわ。私だってそんな事を頼むつもりはない。私達の理想に共鳴してくれただけでもう十分。だって、私達の旅は危険なものですもの。それなのにたった今会ったばかりの人を巻き込む訳にはいかないでしょう。でも、シルヴァラントへ行く間だけでも一緒にいてくれればこんなに心強い事はないわ。その間に私達は彼から少しでも多くの戦い方を学んでいけばいい。」
「だから彼が同道する事に同意しろと?」
「やっぱり嫌かしら?」
 ユアンは大きな溜息をついた。
「マーテルの言いたい事は分かった。人間への偏見を捨てるべきだという事も、今の私達はもっと戦い方を考える必要がある事も…。だがな、頭では分かっていても、そう簡単には己の気持ちを変える事など出来んのだ。私はそれほど器用には出来ていないものでな。」
「……」
 俯いてしまったマーテルを見て、ユアンは更に溜息をつくと言葉を続けた。
「しかしだ。あの男が相当の腕の持ち主だという事は確かだし、このままでは私達の先行きが危うい事も事実だ。甚だ不本意ではあるが我儘を言っている場合ではないかもしれないな。」
「!!…ユアン、それじゃあいいのね?」
「少しだけ我慢してやらん事もない。だがいいか?シルヴァラントへ着くまでの間だけだからな。」
「有難う!ユアン!!」
 ユアンに抱きつくマーテル。ユアンは顔を真っ赤にしている。
「あっ!二人とも何やってるのさ。」
 突然聞こえてきたミトスの声に、二人は慌てて離れた。
「何って別に……ねえ、ユアン。」
「ん?…まあ…な…」
「二人とも変なの。」
 顔を赤らめる二人を前に首を傾げるミトス。
「そんな事より、聞いてよ二人とも。グランさんって物凄い物知りなんだ。旅をしてきたから各地の事にとっても詳しいんだ。面白い話も一杯してくれたんだよ。姉さん達だってきっと好きになるよ。ねえ、いいでしょう?グランさんと一緒に行こうよ。」
「グランさん?」
 キョトンとした表情のユアンとマーテルの前に、先程の男が進み出た。
「自己紹介が遅れたが、俺の名はグランというんだ。長年旅を続けていたんだが、最近に至って一つ所に落ち着きたくなってね。それで故郷のシルヴァラントへ帰る所だった。まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。あんた等さえよかったらシルヴァラントまで同道したいんだが、いいかね?」
「もちろんですわ、グランさん。こちらからお願いしようと思っていたぐらいです。私はそこにいるミトスの姉でマーテルと申します。こちらはユアン。私達は旅についても、モンスターとの戦い方についてもまだまだ初心者なものですから、旅慣れたグランさんが一緒だと心強いですわ。これから色々と教えて下さいね。」
「ミトス君にマーテルさん、ユアンさんだね。まあ、よろしく頼むわ。」
 こうして三人は、旅の剣士グランと共にシルヴァラントを目指す事になったのであった。

 グランが加わった事で、あれだけ手間取っていた戦闘が驚くほど楽になった。昔、軍に所属し小隊を率いていた経験があった彼は、剣の腕だけでなく各々の長所を見抜く事にも長けていた。彼はマーテルの望み通りパーティの司令塔となり、その的確な指示は、それまでバラバラだったミトス達の戦法を瞬く間に一つの線へとつなげてしまったのだった。そのお陰でミトス達は、予定していたよりはるかに短い日数で無事に魔の森を抜け出す事が出来たのであった。
「この森を抜けちまえばあとは楽なもんだ。この先に一つ山越えが待ってはいるが、それも魔の森に比べたらどうって事はない。あと一週間ほどでシルヴァラント領内に入る事が出来るだろう。」
「まだ一週間もかかるのか…」
 溜息をもらすミトスに、グランは笑った。
「そう簡単に着いてしまったらつまらんだろう?旅ってやつはもっと楽しみながらするものだ。その土地、その土地の景色を楽しみ、風習を学びながらな。それは旅に出たからこそ出来る事なんだぞ。まあ、のんびりと行こうや。」
「そっかあ、確かにそうだね……あ!あそこに町が見えるよ。」
「あそこはプレンティという村だ。」
「村なの?随分と大きいよね。」
「他の土地よりも自然に恵まれており、それを生かした農業が盛んな豊かな村だ。その為、近隣の村から移住してくる者も少なくない。それでだんだんと大きくなってきたのだが、村には違いない。」
「…マナが豊富なのね。キラキラと輝いて見えるもの。きっと魔の森が近いからじゃないかしら。マナが豊富な所には決まってモンスターも住み着くわ。私達人よりも、モンスターの方がマナには敏感なのかもしれない。」
「そうか、あんた等はハーフエルフだからマナが見えるんだったな。実は一説に、昔は魔の森はあの村あたりまであったと言われているんだ。それを人間が切り開いて村を作った。元々モンスターの住み家だった所を人間が奪ったんだな。その所為か、あの村は幾度となくモンスターに襲われている。」
「全く人間というものは勝手なものだな。誰でも住み家を追われれば怒るに決まっているだろう。」
「ちょっと、ユアン!!」
 吐き捨てるように言うユアンを、慌てて窘めるマーテル。グランとて人間なのだ。そんな風に言われて気分が良い筈がない。しかしグランは怒りもせずに笑いながら、
「確かにそうだな。人間てやつは業が深い生き物だよ。それを庇うつもりもないが、それは一説にすぎないんだ。何しろあそこまで広がっている森をその目で見た者は誰もいないし文献にも残っていない。俺が人間だからって訳じゃないんだが、俺としてはその魔の森説よりもう一つの説が正しいんじゃないかと思っている。いや、思いたいかな。」
「もう一説?」
「あの近くにマナの木があるって説だよ。これは俺の知り合いが言っていた事なんだが、こっちの方がはるかに真実味がある話だとは思わないかい?」
「真実味?……私からするとそっちの方が眉唾ものだと思うがな。この世界のどこかにマナの木があるとは言われているが、それを見た者は一人としていないのだからな。」
「ほう…するとユアンさんはマナの木の存在を信じていない?」
「私はこの目で見た物しか信じない主義だ。」
 そうは言っているもののユアンのその口調に力はなく、彼が実はマナの木の存在を信じている事は明白であった。そんなユアンにグランははっきりとこう言い切ったのだった。
「俺は信じているがね。」
「それはどうしてですか?」
 問いかけるマーテルをちらりと見やるグラン。
「何故かって?…それはその説を唱えた人を俺が信じているからだよ。あの人は嘘をつくような人ではなかったから。俺はこう見えてかなり疑り深い性格なんだ。しかもその人は、やる事為す事全て現実離れしているという一風変わった人だった。にも拘らず、何故か俺はその人の言う事だけは何でも信じる事が出来たんだ。」
 グランの目はどこか遠くを見るかのように細められており、それはどこか懐かしそうで、そして悲しげでもあった。そんなグランの様子に、思わず顔を見合わせる三人。それに気付いたグランは顔を赤らめ咳払いをすると、慌てて言葉を次いだ。
「ま、斯く言う俺自身も実際にそのマナの木を見た事はないんだがね。」
「マナの木は僕もあると思ってるよ。本当はユアンだってそうでしょ?エルフの血を引くユアンが信じていない筈ないもの。」
 今度はユアンが顔を赤らめ、目を逸らした。
「実は僕達の旅のもう一つの理由がそのマナの木なんです。マナを見る事が出来ないグランさんには分からないかもしれないけど、この世界のマナは確実に減ってきている。僕達はなんとかしてそれを食い止めたいと思ってるんだ。その為にマナの木を探しているんだよ。」
「マナが減って来ているとは、その人も言っていたな。俺もこの世界の自然がどんどん衰えていくのは感じていた。だが、俺にはマナが見えないものだから、その原因がマナの衰退にあるとは分からなかったがね。」
「本当は僕達、ちょっと諦めかけてたんだ。どんなに探してもマナの木を見付けられなかったから…。でもグランさんの話のお陰で希望が持てました。マナの木は確かにあるんだ。もしかしたらこの近くにあるのかもしれないんだよね。」
「まあ…俺はそっちの方では役には立てんが、諦めずに希望を持ち続けていればきっと見つかるさ。」
 グランの言葉に、マーテルも笑顔を浮かべた。
「そうですね。諦めずに、シルヴァラントに着いたら、探してみる事にします。」
「じゃ、まあ取り敢えず今日はあの村に一泊するか。まだまだ先は長いからな。」
「やった〜!今日はふかふかのベッドで眠れるんですね。」
 嬉しそうに叫んだミトスを見て、一同は同時に笑い声をあげた。
 こうして一行は疲れてはいたものの、先に希望を見出せたこともあり、その足取りは軽くなり元気よくプレンティ村へと向かったのだった。

 そんな四人の姿を小高い丘の上から眺めている二つの影があった。
「彼らです。」
「…そうか分かった。後は私がうまくやる。お前はこのまま研究所に戻り、ターゲットを見付けた事を報告しろ。」
 そう言い置き、一人さっさと丘を下って行こうとする鳶色の髪の男を、もう一人の男が慌てて引き止めた。
「お待ち下さい。私も一緒に参ります。」
「私を信用出来ないと?」
「あ…い、いえ、そんな滅相もございません。ただ私は貴方のお手伝いをするよう命令を受けておりますので、このまま一人戻ったのでは叱られてしまいます。」
「そんな事は適当に誤魔化せばよいだろう。言った筈だ。私は誰も信用していない。手伝いなど無用だ。」
「そう言う訳には参りません。どうかご一緒させて下さい。」
 まるで泣きつかんばかりに縋りついてくる男を前に、鳶色の髪の男は溜息をついた。
「…勝手にしろ。ただし、お前は何もするな。私の足を引っ張るんじゃないぞ。」
「もちろんですとも。」
 許しをもらえてホッとした男は笑顔でそう答えたが、気が付くと鳶色の髪の男はもうずっと先に行ってしまっており、男は慌ててその後を追ったのだった。




 一方ミトス達は村へと到着していた。
 ところが何故か入口付近に人の姿はなく、変わりに村の奥の方がやけに騒がしい。
「お祭りでもやっているのかな?」
 だが、ミトスのその呟きは、直後に聞こえてきた悲鳴によってかき消された。

 “キャ――――!!”

 その声は切羽詰まった恐怖の叫び声で、どう考えても祭りを楽しんでいる声には聞こえない。思わず顔を見合わせる四人。
「まさかモンスターが村の中に?グランさん言っていたよね、この村は度々モンスターに襲われているって。」
 グランは見上げてくるミトスに頷いてみせた。
「とにかく行ってみよう。」
 走り出す四人。
 逃げ惑う人々をかき分けながら村の中心へと辿り着くと、果たしてそこにはモンスターの姿があった。
「な、なにあれ…鳥?」
 巨大なその姿に唖然とするミトス。しかもそれが二匹もいるのだ。
「あれは飛竜だ。この時期、山には食べる物がなくなるからな。餌を求めてやって来たのだろう。」
 そう言いながら傍らの三人を見やるグラン。三人はそのモンスターの大きさにすっかりのまれてしまっているようだった。
 無理もない。彼等は旅に出て間もないと聞いた。恐らくこれ程のモンスターを相手にするのは初めての事なのだろう。彼等に経験を積ませる必要があるのは分かっているが、こいつは危険すぎる相手だ。この様子では三人がいつも通りに動けるとは到底思えなかった。
 ここは自分が一人で前線で食い止め、三人には後ろで術で援護してもらうのが最良の策だと判断したグランは、腰の剣を抜きながら後ろの三人に指示を下した。
「俺が前で食い止めるから、お前達はそこから術で援護を頼む。」
「えっ?ま、待ってよ。グランさん一人じゃいくらなんでも危険すぎるよ。僕も行く!」
 そう叫び返しながら、剣を抜き放つミトス。
「待て、ミトス!お前ではまだ無理だ!!」
 だがミトスはグランの制止を聞く事無く既に飛び出してしまっていた。
 そんな飛び出してきたミトスへと、飛竜達の注意が一斉に向けられた事に気付いたグランは直ぐにその後を追うが、それよりも一瞬早く、ミトスに向かって鋭い嘴が振り下ろされてしまったのだった。
「くっ、危ない!ミトス、避けろ――――ッ!!!」
 悲鳴に近いグランの声を聞きながらも、ミトスは振り下ろされてくる巨大な嘴を前に目を見開いたまま動けずにいた。するとそんなミトスの前に素早く駆け込んできた影があった。

 ガキ――――ン!

 その影は、嘴がミトスに到達する寸前、それを剣で受け止めると横へとなぎ払って見せたのだった。
「…無事か?」
 相変わらず紫紺の服に包まれた大きな背中をミトスへと向けたまま、男はぶっきら棒な声で問いかけてきた。あまりの事に声もなくただコクコクと頷くミトス。だが、男はそれを気配で感じ取ったのかそのまま言葉を続けた。
「お前は邪魔だ。下がっていろ。」
「なっ!?…じゃ、邪魔って…」

 確かに自分は力不足かもしれない。だが、邪魔という言い方はあんまりではないか。

 ミトスは、ムッとしたように男の背中を睨み付けると、
「邪魔ってどういう事さ。馬鹿にするな!僕だってちゃんと戦えるんだからな!」
 そんなミトスの声に、初めて男は少しだけミトスの方へとその顔を向けてきた。
 髪と同じ鳶色の瞳…その目は鋭く、そして無表情だった。
「馬鹿にしたつもりはない。邪魔だと思ったからそう言ったまでの事。今の事でお前は自分の実力に気付いた筈だ。」
「……」
「分かったら早く避難するのだな。そこにいられては邪魔だ。もし腰が抜けたというのならせめてその場に伏せていてもらいたい。」
「僕は逃げないからな!言っただろう?僕だって戦えるんだ。貴方にそれを証明するまでは僕は絶対に逃げない!」
 男は自分の頑固さに怒りだすかもしれない。それでもミトスは絶対に引く気はなかった。もはやこれは、こんなやつに馬鹿にされてたまるかというミトスの意地だったのだ。
 だが、そんなミトスの予想に反して男は笑ったのだった。男は声に出して笑ったわけではないし、表情も無表情のままであった。だがミトスの目には確かに男が笑ったように見えたのだった。そして男はそのままミトスに背を向け飛竜の方へ向き直ると、相変わらずぶっきらぼうな声でこう言ったのだった。
「勝手にするがいい。だが、もしそれでお前が危機に陥ったとしても、私の助けは期待せぬ事だな。足手纏いになるようなら、私はすぐにお前を切り捨てる。」
「いいさ。僕だってあんたを当てにする気なんてないからな。」
「ならば早く剣を構える事だ。来るぞ!!」
 男の声に、ミトスは手の汗を服でごしごしと拭き取ると、緊張の面持ちで剣を構えたのだった。

 これこそがミトスとクラトスの運命の出会いの瞬間だったのである。
 それはまさに最悪な状態での出会いであった。


−旅人達 終−