冷たい瞳


 こうしてミトスは前衛に残り、一匹の竜を鳶色の髪の男が、残る一匹をミトスとグランの二人で相手をする事となった。ユアンとマーテルは後衛で術による援護射撃にあたる。
 正直ミトスとしては、グランと二人でと言うところが少々気に食わなかったのだが、この際それも仕方がない事なのだと甘んじて受け入れていた。ミトスとて馬鹿ではない。鳶色の髪の男の態度に少々熱くなってはいたが、今の自分の力量では、一人で竜を相手に戦うなど到底無理なのだという事ぐらい十分に分かっていたのだ。自分の我儘で仲間を危機に陥らせる事など到底出来ようはずもなかった。
 それからすぐに戦闘へと突入し、五人は協力して各々の役割分担通りに攻撃を始めた。
 最初ミトス達は、この戦闘は簡単に終わるものと考えていた。竜が相手とはいえ、こちらにはグランがいるし、自分達は魔術を使う事が出来る。それに鳶色の髪の男だっている。二人の剣士に術…これだけ好条件が揃っていれば、戦闘は楽に運ぶものと誰しもが思っていたのだった。
 しかしそんな考えとは裏腹に、一行は苦戦を強いられてしまっていた。
 竜は全身が固い鱗で覆われている為、直接攻撃が効きにくい。その上、彼等が相手にしている飛竜は、地の上に生息している一般的な竜に比べ、体は小さいものの羽がある分、動きが素早かった。
 その固い体は、剣においては未だ経験不足であるミトスの攻撃をことごとく撥ねかえしてしまっており、そしてそれはミトスに限った事ではなかった。あれだけのパワーを持っている筈のグランの攻撃も然りだったのである。
 グランは過去にも何度か竜と戦った経験があり、もちろん固い鱗もその隙間を狙えばダメージを与えられる事も承知していたのだが、この動きの素早い飛竜には、余程タイミング良く攻撃を繰り出さねば急所に当てる事が出来ず、素早さとパワーを兼ね備えた彼の剣でさえ、三回に一回は攻撃をはずしてしまっているのだった。
 一方、鳶色の髪の男はと見てみれば、彼もやはり苦戦しているようであった。
 グランが見た所、彼は、若いながらも相当の腕を持つ剣士であった。パワーこそグランには及ばないものの、そのスピードにおいては、互角…いや、それ以上のものを持っている。しかも彼は竜の急所を心得ているようで、グランの助言を受けるまでもなく、ちゃんと鱗の隙間を狙って攻撃を繰り出していた。

(竜と戦った事があるのか?…)

 どう見ても二十歳そこそこの青年である彼が、それ程の経験を積んでいるとは到底思えなかったが、しかし、あの戦い方を見るとそう考えざるを得ない。
 確かに突如現れた彼は、正体が分からない不気味な存在である。だがそれでも今の自分達にとっては、心強い助っ人である事に違いはなかった。
 そんな鳶色の髪の男でさえ苦戦しているのだ。そう簡単に倒せよう筈がなかったのである。

 彼等の後方では、ユアンとマーテルが援護の術を唱えてくれている。しかしながら、ユアンが使える術と言ったら雷系のみで、しかも今のところ中級の術しか扱えない為に大したダメージを与えられていない。一方のマーテルは、回復・補助系の呪文には長けているが、攻撃向きではなかった。
 こうなっては、武器では殆どダメージを与えられない現状、どうしても強い全体攻撃の魔法が扱える人物が必要だった。
 そこでグランは、傍らのミトスに、後衛のユアンと交代して術中心の攻撃に切り替えるよう指示したのだが…

「嫌だよ。僕は前衛で戦う。僕だって立派に戦える事を見せてやるんだ。」

 ミトスは、チラリと鳶色の髪の男の方を見やると、はっきりとこう言い切ったのだった。
「だが、今必要なのは強力な術を放てる術士なのだ。君ならそれも出来るだろう?君にだって分かっている筈だ。このままでは埒が明かないばかりか、下手をすれば全滅してしまうぞ。」
「……でも…」
 すると、それでも渋っているミトスに、今度は鳶色の髪の男が声をかけて来たのだった。
「術が唱えられるのなら、下がって詠唱に入れ。その方がいい。」
「!!…僕じゃ足手纏いだって言うの!?」
「そうじゃない。お前は思った以上の動きを見せてくれている。だが、物理攻撃が効かない以上、その人が言うように、今の我々に必要なのは強力な魔力なのだ。さっきお前は、立派に戦える事を証明したいと言っていたが、術で戦う事は立派な事ではないとでも言うつもりか?お前は術士の事をそのような目で見ていたのか?」
 ハッとしたように男を見るミトス。
「確かに剣士は前線で戦う為に目立つ存在ではある。だが、それと同じように術士には術士の長所があるのだ。剣士だけでは手に負えない戦いも、術士がいたが故に勝利出来たケースも数えきれない程ある。術を使いたくても使えない者もいるのだから、お前は、自分が術を使えるよう生を受けた事にもっと誇りを持つべきだ。剣がうまくなりたいと言うのなら、これからいくらでもチャンスもあるだろう。だが今は、お前がすでに持っていると言う、その強大な魔力こそが必要なのだ。」
「…必要?僕の力が?」
 ミトスは男の口から出た意外な言葉に、目を丸くした。そしてしばし考えた後、顔を上げると男を見詰めながらこう答えたのだった。
「…分かったよ。やってみる。詠唱に少し時間がかかるけど。」
「その間は我々が全力でお前を守る。」
 ミトスは、男の力強い言葉にコクリと頷くと後衛に下がって術の詠唱に入ったのだった。
 ところがそんな中、向こうの空からもう一匹の飛竜が飛んでくるのが見えたのだった。逸早くそれに気付いたユアンが驚愕の声を上げる。
「おい、冗談じゃないぞ。二匹だけでも手一杯だというのに、三匹になっちまったら防ぎきれん。」
 ユアンの声に、他の四人が思わずそちらへ目をやったその時だった。目の前に対峙していた竜の内一匹が、その僅かな隙をついて舞い上がると、詠唱中のミトスに向かって突進して行ってしまったのだった。
「まずい!」
「私が行く。お前はもう一匹の竜まで行かぬよう押さえておけ。」
 慌てるユアンに、鳶色の髪の男は早口でそう言い置くと、すぐさま走り出す。
「おい、押さえろって、もう一匹飛んでくるんだぞ。」
「何匹来ようが同じだ。彼が術さえ放てれば一気に片が付く。それだけの強力な術を彼はちゃんと準備している筈だ。今はその詠唱を邪魔させない事の方が先決だろう?」
 男はユアンにそう叫び返すと、迷う事無く、ミトスに向かって急降下してきた竜の前にその身を投げ出したのだった。

 ザシュッ!!

 竜の爪は、ミトスの代わりに、僅差で割り込んで来た男の左腕を切り裂いた。飛び散った血飛沫に、目を見開くミトス。
 だが、男は何事もなかったかのように竜の前に立ち塞がると、
「大丈夫だ。大した怪我ではない。それより術はどうなっている?」
「え…ああ、もういつでも大丈夫。準備は出来たよ。」
「よし。ではあのもう一匹がやって来たと同時に、目の前のこいつを向こうへ放り込む。その瞬間に術を放て。それで一掃できる筈だ。」
「それは三匹とも同じ所にいた方が確実だけれども…でも、そんな事出来るの?攻撃が全く効かなかった相手だよ。」
「斬るのと弾き飛ばすのとは違う。斬り付ける事は出来ずとも、この大きさならば十分に弾き飛ばす事は出来る。」
 竜の攻撃を防ぎながら男が言うのを聞いて、ミトスは頷いた。
 兎に角今はこの男を信じるしかない。こうしている間にも、もう一匹が物凄い勢いでこちらへと近付いて来ているのだ。
 男は目の前の竜の相手をしながら、その飛んでくるもう一匹との距離を測っていたが、いよいよという距離まで縮まって来たその時、
「よし。前の二人は退避しろ!」
 前衛に注意を促し、二人が退避したのを確認すると、
「今だ!行くぞ!!」
 体をひねった反動を使い、大きく回転しながら剣を繰り出す男。
 竜は見事に撥ね飛ばされ、三匹はぶつかり合いながら固まって落ちて行った。
「グランドダッシャー!!」
 そこへミトスの地系上位術が炸裂し、三匹の竜達はその岩に飲み込まれて息絶えたのだった。

「やった……」
 ミトス、ユアン、マーテルの三人は、へなへなとその場に座り込んでしまう。
「三人ともよく頑張ったな。立派なもんだ。」
 グランは、豪快に笑いながら、ミトス達の肩を叩きながら労を労った。
 すると、そこへ一人の青年が駆け寄って来た。鳶色の髪の男と共に丘の上にいたあの青年である。名前はクリス。彼は戦いの間、村の人達の避難の誘導をしていたのだった。
 青年は真っ直ぐに鳶色の髪の男の元へとやってくると、興奮したような様子で言った。
「ご無事で何よりです。あんな竜を三匹も退治してしまうなんて、さすがクラトス様ですね!」
 すると、その名を聞いた途端、村の者達の間から、ざわめきが起こった。

「クラトスだって?…彼があのクラトスなのか!?」

 そんな村の人達の反応に、首を傾げるミトス達。
「…クラトスって?」
 ミトスに尋ねられた村の者は、大袈裟に驚いてみせると、
「何だい、あんた達知らないのかい?シルヴァラントにこの人ありと言われた天才剣士だよ。旅に出たとは聞いていたが、まさかこの村に立ち寄るとはなあ。ここは国境に接しているとはいえ、シルヴァラントじゃないからな。実物が見られるとは思ってもいなかった。感激しちまったぜ。」
「シルヴァラントの天才剣士…。」
 目を丸くして鳶色の髪の男の方を見るミトス。
「ねえ、グランさんはシルヴァラントの人だったよね?それじゃあ顔見知りだったとか?」
「言っただろう?俺が国を出たのは、もう二十年以上も前の話だ。顔見知りであるわけがない。だが旅先で、シルヴァラントの天才剣士の話は小耳にはさんだ事はある。その時は名前までは分からなかったのだが、なんでもそいつは十五歳でシルヴァラント軍に入隊し、僅か四年の間に中隊長にまでなったという逸材らしい。まさに天才だな。」
 グランは、渋い顔で近くに立っている鳶色の髪の男に目をやった。
「あんたが、その天才剣士のクラトスさんなのかい?」
 男はグランの問いかけに小さく溜息をつくと、
「…天才かどうかは分かりませんが、確かにシルヴァラントのクラトスというのは私の事です。」
「軍にいる筈のあんたが、どうしてこんな所にいるんだ?」
「軍隊の方は現在休職中です。私用で旅に出ていたのですが、それも終え、今は国へ戻る途中なのです。」
「すごいや!!」
 二人の話を聞いていたミトスはまさに飛び上らんばかりの様子で叫んだ。
「偶然って重なるんだね。グランさんもシルヴァラントの人で、そしてあなたもそうだと言う。そして僕達もシルヴァラントに向かう途中なんだ。」
「シルヴァラントへ?」
「うん!あそこはハーフエルフを差別しない天国のような国だって聞いたから。」
「……」
 クラトスは、なんとも言えないような表情でミトス達を眺めていたが、やがて目を伏せると、呟くようにこう言った。
「…そうか。ならば、そのハーフエルフの天国とやらに着くまで襲われぬよう、精々気を付ける事だな。」
 そして踵を返してその場から立ち去ろうとする。
「あ、待って!」
 そんな彼を、マーテルが慌てて引き止め、クラトスの左腕に触れたその時だった。

「触るなっ!!!」
「きゃあ!」

 なんとクラトスは、突然に表情を一変させると、怒号と共にマーテルを突き飛ばしたのだった。その直後、クラトスは一瞬、ハッとした表情を浮かべたものの、すぐに元の無表情に戻ると、転んだマーテルを冷めた目で見下ろしていた。
「貴様、何をする!」
 いきり立ってダブルセイバーを構えたユアンを見たマーテルは、急いで起き上がり彼を押し止めると、クラトスに向かって頭を下げた。
「急に腕を掴んだりしたから驚かせてしまったのね。ごめんなさい。でも、あなたは怪我をしているじゃない。だから回復魔法をかけようと思ったの。私、こう見えて回復魔法は得意なのよ。」
 しかし、それでもクラトスは拒絶の姿勢を崩す事をしなかった。再び差し出してきたマーテルの手を振り払うと、
「聞こえなかったのか?私に触るなと言ったはずだ。」
「でも触れなければ回復は出来ないわ。」
「余計な事だ。回復なら自分で出来る。」
 クラトスの言葉に目を見開くマーテル。
「あなた…魔法が使えるの?」
「だったらどうだと?」
「だってあなたは人間でしょう?普通、人間なら魔法は使えない筈だわ。」
「普通ならば、な…。だが、そうではない人間もいるという事だ。それとついでだから言っておくが、お前達とは、あの竜との戦いで一時的に手を組んだだけの事。戦いが済んだ今では私達は赤の他人だ。お前達と馴れ合うつもりなど更々ない。私はハーフエルフが大嫌いなのだ。」
 そう言ってミトス達を眺めたクラトスの瞳は、氷のように冷たかった。そこには憎しみさえ感じられ、ミトス達は思わず体を強張らせたのだった。
 そしてクラトスは、これ以上話す事はないとでもいうように、再び踵を返した。
 その背に向かって思わず叫ぶミトス。
「でも…でも、あなたは僕達を助けてくれたよ。僕達がハーフエルフだって分かっていただろうに、それでも助けてくれた。」
「……」
「それにあなたは僕にこう言ったんだ。『自分が術を使えるよう生を受けた事にもっと誇りを持つべきだ。』って…。僕はあの言葉に目が覚める思いだった。あれはハーフエルフを嫌っている人の言葉じゃない。もしそれでもあなたがハーフエルフが嫌いだと言うのなら、何故あんな事を言ったの?」
 クラトスはミトス達に背を向けたまましばらく黙りこんでいたが、結局その問いには答える事無く、宿屋の方へ行ってしまったのだった。

「一体なんなのだ、あいつは!?…全く失礼な奴だな。」
 吐き捨てるように言うユアン。
「でも彼は、私を突き飛ばした時、一瞬済まなそうな表情を浮かべたわ。きっと根は悪い人ではないのよ。」
「あんな親の仇のような目で睨みつけられたと言うのに、よくそんな風に言えるものだ。お前だって私達を見るあいつの目を見ただろう?あの目には、殺意さえ感じられたぞ。」
「そんな…大袈裟よ。」
「マーテル!お人好しにも程があるぞ。奴は危険だ。私の野生の勘がそう教えてくれている。もう近付かない方が無難だな。」
「でも僕は何だか気になるよ。もう一度あの人と話がしたい。」
「おい、ミトス…人の話を聞かんか!私の野生の勘がだな…」
「僕だって最初は気に食わなかったよ。あの人ったら、冷淡だし、偉そうだし…。でもあの人は、もしもの時には僕を見捨てるとまで言っておきながら、自分が怪我をしてまで僕を助けてくれたんだ。」
「それはあの戦いに勝つためにはお前の存在が必要だったというだけで、別に親切でやった事ではないだろう?あの手の奴は、何事も計算尽くで動くタイプだ。」
「そうかもしれないけど、それでも気になるんだ。あの人の目って、確かに冷たくて怖かったけれど、そんな中でもどこか悲しそうにも見えた。それが何なのか、僕は知りたいんだよ。どうせ行き先が同じなんだし、一緒に行こうって誘ってみようかな。」
「あいつは、ハーフエルフは嫌いだと言っていたではないか。それなのに同道する筈がないだろう?」
「そんなの、誘ってみないと分からないじゃないか。ねえ?姉さま。」
「ええ、そうね。グランさんに、彼程の剣士が加われば鬼に金棒だわ。」
 ニッコリと笑い合っている姉弟を前に、ユアンは一人地団駄を踏んだ。
「全くお前達は姉弟揃って、馬鹿が付く程のお人好しだな。何かあっても知らんぞ。」
「何かあったって、別にユアンに助けを求めたりしないから安心してよ。今までだってユアンに助けてもらった事なんてないんだし。ユアンってただいるだけって感じで、ペットみたいなものでしょ。」
「フフフ…そうかもね。青髪の可愛いワンちゃんってところかしら?」
「き、き、貴様等〜〜〜!!」
 二人のあまりな物言いに、湯気を立てて怒るユアン。
 そんな騒々しい三人の横で、グランだけはクラトスが去って行った方を見詰めながら何やら考え込んでいた。



 一方、宿屋へ向かっていたクラトスは、後を追って来たクリスに噛みつかれていた。
「クラトス様、何故あのような事を言ったのです?」
「あんな事?」
「ハーフエルフは嫌いだと言った事ですよ。あれでは彼等に警戒されてしまうではないですか。」
「事実を言ったまでの事だ。それに彼等はシルヴァラントへ行くと言っていた。放っておいても彼等の方から行ってくれるのなら、何も無理して仲良くなる必要はあるまい。要は、彼等をファルス様の元へ連れて行けば良いのだろう?」
「しかし…」
「どうでもいいが、どこまで付いて来るつもりなのだ、クリス?私は自室で怪我の治療をしたいのだがね。それとも私が痛がっている顔を見たいとでも?」
 いつの間にか宿屋についており、二人はクラトスの部屋のドアの前に立っていたのだった。
「あ…い、いえ、そんな事は…。し、失礼致しました!」
 真っ赤になり、慌てて別の階にある自分の部屋へと走り去って行くクリス。その姿が見えなくなるまで見送った後、クラトスは部屋の中へ入ると、疲れたようにベッドに倒れ込んだ。

 怪我の方は大した事はない。確かに出血は酷かったが、それも戦闘終了後直ぐに止血を施したお陰で殆ど止まっていた。問題は別にあったのだ。それは彼の左手の甲にあるエクスフィアと呼ばれる石…。
 あれから四年。寄生したエクスフィアは確実にクラトスの体を蝕んでおり、侵食を現す不気味な蛇状の痣は、今では左腕全体へと広がっている。それが見られたくなかったが為に、さっきはマーテルを突き飛ばしてしまったのだった。
 そしてその痣は、時々、耐えられない程の苦痛となってクラトスに襲いかかっていた。今も他人の前ではなんとか平静を装っていたものの、クラトスは一人、その発作と戦っていたのだった。

 あと少しこの部屋に辿り着くのが遅れたら、恐らく自分は大勢の人達の目の前で無様にぶっ倒れていた事だろう。
 それでも、ベンが作ってくれたこの要の紋のお陰で、進行は非常に緩やかに進んでいるのだった。さもなければ、とっくの昔に自分の命はエクスフィアに吸い尽くされていたに違いない。

 クラトスは痛みを堪えながら、傍らに置いてある荷物から小さな瓶を取り出した。それは、ベンが残して行った痛み止めの薬であった。それを震える手で錠剤を取り出すと、コップの水と共に一気に飲み干す。それから仰向けになり目を閉じると、痛みが引くのをじっと待った。
 それはこの四年間、ずっと続けて来た事…。最近は発作の起きる間隔も短くなってきており、その度に飲んで来たこの薬も、残りあと僅かとなっていた。ベンが要の紋を持ち帰るまでの辛抱と頑張って来たのだが、そろそろそれも限界のようだ。

「この薬が無くなったら、私はどうなってしまうのだろうな…」
 思わず苦笑を浮かべるクラトス。

 だが、あと少しだ。あのハーフエルフ達さえ、無事にファルスの元へと送り届けられれば、それで全てが終わる。今度こそ、アマンダを助ける事が出来るのだ。その後でなら、こんな私など、どうなっても構わない。
 そんなクラトスの脳裏に、あの三人のハーフエルフ達の顔が浮かんできた。今まで散々、人間達に虐げられて来ただろうにも拘わらず、どこまでも澄み切った瞳。見ているこちらが苛々するぐらいに、馬鹿みたいに純粋で…。

 何故あのようにしていられるのだ?
 何故憎まない?…私のように…。

 ファルスの所へ行けば、あのハーフエルフは確実に殺されるだろう。だが、それがどうだというのだ。アマンダをあんな姿にしたのはハーフエルフではないか。彼等はその報いを受けるだけの事。何を悩む必要がある?

 そうだとも。私には関係ない。彼等が死のうが知った事ではないのだ。

 “ハーフエルフが嫌いだと言うのなら、何故あんな事を言ったの?”

 何故?…何故だろう…。
 もしかしたら、あれは私自身に言った言葉だったのかもしれない。
 石に寄生され、尚且つ生き続けている自分。
 そこにあるのは、どす黒く渦巻く憎しみと後悔だけで…。

「ハーフエルフが化け物だと言うのなら、今の私はそれ以上の醜い生き物なのかもしれないな…」
 クラトスはポツリとそう呟くと、そのまま深い眠りへと入って行ったのであった。



 翌日、クラトスは目覚めて直ぐに村の中を散歩していた。
 体調は最悪だった。今のところ痛みは治まっているものの、薬を飲む回数が増えた所為か酷く怠くて、朝食も食べる気にならなかった。かといって部屋に籠っていても気分が滅入るだけなので、こうして外に出て来た訳なのだが、目的がなくただ歩き回るのも非常に疲れる。
 そこでクラトスは、村の隅の神社でベンチを見付けると、そこに腰を下ろして一休みする事にしたのだった。
「これではまるで老人だな…」
 苦笑を浮かべるクラトス。
 するとそれから少しして、そこにグランが通りかかった。彼はクラトスの姿を認めると直ぐに近付いて来て、落ち着いた声で話しかけて来たのだった。
「クラトス君…だったね?隣に座ってもいいかね?」
 クラトスは返事の代わりに、座っている位置を少しずらして彼が座るスペースを開けてみせた。軽く頭を下げ、そこに腰を下ろすグラン。
 しかしグランは、何を話すでもなくただ黙って座っているだけで、二人の間に気まずい沈黙が流れた。先に口を開いたのはクラトスの方だった。
「何か私に話があるのではありませんか?」
「何故そう思うのだね?」
「そうでなければ、あなたが私に近付く理由がない。それにあなたは昨日、何故か妙に私に興味がある様子でしたから。」
 クラトスの答えに、意外そうな表情を浮かべ、目を細めるグラン。
「私が気付かなかったとでも思っていたのですか?馬鹿にしないでいただきたい。一体何の用があるのです?何故私に興味を持ったのですか?」
 捲し立てるクラトスに、グランはフッと笑ってみせるとこう言った。
「…君は、まるで周りに怯えている小動物のような目をしているな。」
「なっ!?」
 そのあまりに失礼な物言いに、クラトスは勢いよく立ち上がるとグランを睨みつけた。グランは臆する事無く、静かに見返している。
「その目だ。周りの者全てを拒絶するかのような冷たい瞳…。だが、その奥には怯えが見える。君は一体何を恐れているのかね?」
「わ、私は、何も恐れてなどいない!」
「…君は、その冷たい瞳の中に君の思いの何もかもを隠したつもりでいるようだが、そんなものは、見る者が見ればすぐに分かってしまうものだよ。現にあのハーフエルフの少年…ミトス君も君の心の内を見抜いてしまっている。」
「!!」
「何故、自分を偽る?何故、殊更悪者のように振舞おうとするのだ?」
「……黙れ…」
「確かに君はそうする事で強くなって来たのかもしれない。だが、それには限界がある。自分の弱さを認められない者には、それ以上の成長は望めないぞ。」
「黙れ!黙れ、黙れ、黙れ   っ!!」
 堪らずにクラトスは叫んだ。
「怒るという事は、図星を指されたという事かな?」
「何故だ…何故、そのような事を言う?一体何を企んでいるのだ!?」
「企んでなんていないさ。」
 グランはゆっくりと立ち上がると、クラトスの顔を覗きこんだ。
「私はただ、思った事を言っただけだ。」
「失礼する!」
 クラトスはそれ以上聞いている事に耐え切れず、逃げるようにその場から立ち去ろうとした。そんな彼の背中に向かって、グランは更に言葉を継いだ。
「もう一つだけ…。君の剣は、天才的と言われているだけあって基本がしっかりしているな。所々に我流らしき動きも見受けられるが、全体的には綺麗に纏まっている。確かな剣士の元で修行しなければ、ああはなれない。誰に師事したのだ?」
「……そんな事はあなたには関係ない。」
「もしかして、マルクスではないのかな?」
 驚いたように振り返るクラトス。
「またもや図星のようだな。なに、昔、マルクスとは剣を交えた事があってね。それでもしやと思ったのだが。」
「……あなたは一体何者なのだ?」
「私はグランと言う、ただの旅の剣士さ。」
「……」
 クラトスが浮かべた表情を見て、グランは笑った。
「信用出来ないという顔をしているな?だったら、私達と一緒に来るかね?」
「えっ?」
「君が私の正体を探りたいと思っているのなら、その方が手っ取り早くはないかね?幸いミトス君達も、君と一緒にシルヴァラントまで旅をしたいと思っているようだし、それは君にとっても好都合な事ではないのかな?」
「……」
「まあ、出発までまだ二、三日はある。それまでよく考えておいてくれや。」
 それだけ言うと、グランはクラトスに向かってひらひらと手を振りながら行ってしまった。

 (一体、彼は何者なのだ?何を考えている?)

 クラトスはいくら考えてもグランの心の内を推し量る事が出来ず、去って行くグランの背中を見詰めながら、ただ呆然とその場に立ち尽くしていたのだった。


−冷たい瞳 終−