迷い
シルヴァラントにあるファルス研究所の一室で、プロットがクリスから報告を受けていた。
この頃になると、殆どの国でマナの存在が認識され始めており、彼方此方で起きていた小規模な戦争はマナをめぐる世界大戦へと激化しつつあった。その為、マナの研究の第一人者であったファルスは国王に請われ城へ上がる事が多くなり、今ではそんなファルスに代わって、彼の片腕であったプロットが研究所の一切を仕切るようになっていたのだった。
もちろん今でも研究所の所長はファルスである。だが実質動かしているのはプロットであり、全ての情報もまずプロットの元へ集められるようになっていたのである。
そこで今回もクリスはプロットの所へ報告に上がったわけであったのだが…。
「クラトス様が私の命に背こうとしていると?」
プロットの瞳に宿った剣呑な光に、思わず体を震わすクリス。
正直、クリスはプロットが苦手であった。元々クリスは世界に役立つ研究をしているというファルスに憧れてこの研究所に入所してきたのだが、先の事情からプロットの下に配属されてしまったのである。入所して来て初めて見たファルスも、今まで抱いてきたイメージと違って不気味さを覚えたものだが、このプロットの場合、更にその上をいっている。出来れば拘わりたくない人種であったが、そこは宮仕えの辛いところ。下手に逆らえば首が飛んでしまうので大人しく従っている。
「い、いえ。背くなんて大袈裟な事ではなく、その、何と言うか…気分が乗られないようだと言いますか……そ、そう!何だか迷っておられるようで。」
「フンッ!」
鼻を鳴らすプロットを見て、更に体を縮込ませるクリス。
「で、でも、大丈夫です。クラトス様は忠実なお方ですし、何よりアマンダ様を大切に思っておられます。ちゃんと任務を果たされる事でしょう。それにブレイズ様がそばにおられる事ですし。」
「だから余計に心配なのだ。」
「え?」
そうとも。奴が一番信用出来んのだ。
クラトスならどうとでもなる。あいつが私の事を快く思っていないのは分かっているが、アマンダの事がある以上、私に従うしかないのだから。
だがブレイズは違う。あいつはファルス様にさえ逆らった事があると聞いている。クラトスの心を動かす事が出来る者がいるとしたら、それは奴しかいない。
クラトスが心を許している唯一人の男…だからこそ油断が出来んのだ。
これは今の内に手を打っておくに限るかもしれんな。
「クリス!」
「は、はい!」
「お前は今すぐにクラトス様の所へ戻れ。だが、彼等に合流するのではない。陰からこっそりとクラトス様の行動を見張るのだ。」
「へ?陰から?それじゃあまるでスパイ…」
キョトンとした顔のクリスを、プロットは苛々したように睨み付けた。
「何か文句があるのか!」
「ヒィッ!……い、いえ、ありませんです。」
「ならばさっさと行かんか!何か動きを見せるようだったら直ぐに私に報告するように。分かったな?」
「しょ、承知致しました!」
慌てて飛び出して行くクリスを見送ると、プロットはソファーに腰を下ろし煙草に火を付けた。
もうすぐだ。もうすぐ私の夢が現実のものとなる。鼻持ちならぬ人間どもに頭を下げ続け、ようやく今の位置まで上って来れたのだ。誰にも邪魔はさせん。させるものか!
吐き出した煙を見詰めるプロットの目には再び剣呑な光が宿っていた。
その頃、ミトス達はようやく国境である山の麓まで辿り着いていた。
この山は三国にまたがっており、山を中心に西側が今ミトス達がいるウェイン。北側にノーシス。そして東側がシルヴァラントとなっている。これらの三国は協定を結んでいる為、今のところこの辺りでは戦は起きていない。
とはいえ、この山は非常に険しい上にモンスターの出現率も高く危険な山とされており、そこでミトス達はこの登山に備えて今日は一日ここでゆっくりと体を休める事にしたのであった。
「ところであいつはどこに行った?」
滂沱と涙を流しながら玉葱を刻んでいるユアンが言った。
「あいつって誰よ。」
その隣に立って、こちらは人参を切りながらブレイズが答える。
「あいつと言えばクラトスの野郎に決まっているだろうが!」
「へえ、決まっているのかい?俺としちゃあ、ちゃんと名前で言ってくれないと分からないんだけどね。」
ユアンはブレイズを睨み付けた。
「あんな根性がねじ曲がった野郎、名前を口にするだけで汚れちまうわ!」
「それはお互い様だろう。」
「何か言ったか?」
「いや、別に。」
再びブレイズを睨み付けるユアン。ブレイズはそ知らぬ様子である。
すると、彼等の近くでアイテムの整理をしていたマーテルが言った。
「クラトスさんなら、さっき向こうの林の方へ歩いて行ったわよ。」
「何だと!?一人でか?…くそっ、またあいつ、勝手な行動をしやがって。」
「あら、今は自由時間ですもの。構わないんじゃなくて?それに、それを言うならミトスやグランさんの姿もないわよ。それなのに彼だけ責めるのはちょっと違うんじゃないかしら。」
ぽかんと口を開けてマーテルを見るユアン。てっきりマーテルも同調してくれるものと思っていたようである。
そこへニヤニヤと笑いながらブレイズも口を出して来た。
「そうそう自由時間だもの、何をするが自由でしょ。もっとも、あいつがモンスターに襲われるのを心配しているって言うのなら分かるけどね。」
「冗談じゃない!何故私があんなやつの心配をせにゃならんのだ!」
怒り心頭に包丁をマナ板に突き刺すユアン。
クラトスが旅に加わってからというもの、二人は事あるごとに衝突していた。衝突と言っても実はユアンが一方的に食ってかかるのが常で、クラトスの方ではそれを適当にあしらっているだけなのだが。
クラトスは一緒に旅をしているにも拘らず、決してミトス達と交わろうとしなかった。皆が談笑している時も一人離れた場所に立っており、誘っても断ってくるのだ。戦闘時もミトス達が戦っているのを傍観しているだけで自分では何もしようとしない。かと思ったら、誰よりも早く飛び出して行き、たちまちの内に一人で一掃してしまう事もある。
常に無愛想で、お前達とは格が違うのだと言わんばかりの態度(とユアンは思っている)を取り続けるクラトスが、ユアンには気に食わなかったのである。
「大体、あいつは勝手すぎる。仲間が困っていたって知らん振りだ。共に旅をしている仲間同士であるなら、もっと協調性を持つべきではないか。マーテルだってそう思うだろう?」
「そうね…でも、もしかしたら彼、私達を信用していないのではないかしら。」
「だったら、何故一緒に旅に付いて来たのだ。嫌なら断ればいいだろう。」
「それはそうなんだけれど…」
「とにかくだ!あいつが我々を信じていないというのなら、それはこっちだって同じだ。あんな態度を取られて、誰が信用できる?あいつは仲間を犠牲にしても自分だけは助かろうとするタイプだ。そうに決まっている!!」
一人エキサイトしながら玉葱を刻むユアンを見て、困ったような表情を浮かべるマーテル。その横ではブレイズが黙って人参を切り続けていた。
一方、クラトスと言えば、物思いに沈んだ様子で林の中を歩き回っていた。
明日あの山を越えればもうそこはシルヴァラントだ。そのまま彼等を研究所へと連れて行けば自分の任務は完了する。そうすればアマンダは再び肉体を得る事が出来、自分は長年抱いて来た夢をようやく叶える事が出来るのだ。
本来なら喜びで一杯になる筈だ。それなのに何故こんなにも心が重いのだろう。いっそこのまま時が止まってくれればと願ってさえいる自分がいる。
今までこんな気持ちになった事などなかった。クラトスにとって、ハーフエルフはアマンダの体の代用品であり、それ以上のなにものでもない。だからこそ、多くのハーフエルフが実験によって命を落として行くのを目にしても、何の感情も起きなかったのだ。
それなのに今回に限って、どうしてこんなにも心が揺れ動くのか?
何故いつものように彼等を物として見る事が出来ないのか?
このままではいけない。アマンダに肉体を与える為にも、私は迷ってなどいられないのだ。
そこまで考えた時、クラトスはふと気配を感じ、剣の柄に手をやると足音を立てぬようにそちらへと近付いて行った。だがそこにいたのはモンスターではなく、ミトス少年であった。
ミトスはぼんやりとした様子で目の前の湖を眺めていたのだが、クラトスの姿に気付くとニッコリと笑顔を浮かべた。
「ああ、クラトスさん。」
そのあまりに無邪気な笑顔に、反射的に目を逸らすクラトス。
この少年は苦手だ。この澄みきった瞳の前に立つと、心の奥底まで見透かされているような気分になってしまい、どうにも落ち着かない。
「こんなところでぼんやりと何をしている。今来たのが私ではなくモンスターだったら、やられてしまっていたところだぞ。」
「そうだね…。ごめんなさい。」
ミトスは素直に謝って来た。
「マナをね、感じていたんだ。ここのように自然に囲まれた所ではまだまだマナが一杯ある。そんな中に立っているとすごく落ち着くんだ。それでも前より少なくなっているけど。」
「……」
「マナ達の叫ぶ声が僕の耳にははっきりと聞こえるんだ。『助けて、このままだと僕達は消えちゃうよ』って言う声が。」
そこで言葉を切ると、ミトスは小首を傾げながらクラトスを見上げた。
「笑わないんだね。」
「え?」
「こんな事言うと、みんな笑うんだ。でもあなたは笑わなかった。」
「……」
「そんなあなただから僕は信じられる。ねえ、クラトスさん、僕に剣を教えてくれないかな?」
「剣を?しかしお前には、剣など習わずとも強力な魔力があるではないか。」
「魔力だけじゃ駄目なんだ!僕はもっと強くなりたい。その為には剣術も必要なんだよ。」
少年の強い語調に思わず目を細めるクラトス。ミトスの目は真剣だった。
「…お前は何故そんなにも強さを求めるのだ?」
「前に話したよね。僕達は減って行くマナをどうにかしたくて旅を続けている。その為にこの長い戦乱を終わらせたい。そして人間もエルフもハーフエルフもない、皆が平等に暮らせる世界を作りたいんだって…。でも、さっきも言ったように、その夢を聞いた誰もが笑った。そんな妄想を描くなんて頭がおかしくなったに違いないって。でも、夢や理想がなければ人は前には進めない。最初から叶わぬ夢だと諦めてしまったら何も出来はしないじゃないか。そうでしょう?このままだったら世界は滅びてしまうんだ。」
「…だから強くなりたいと?世界を救う為に?」
この問いにもしもミトスがYesと答えたのなら、恐らくクラトスの心が揺れ動く事はなかっただろう。だが、少年はペロリと舌を出すとこう答えたのだった。
「そう言えたらカッコいいんだけどね。確かに世界を救いたいとは思っている。それは本当だよ。でも今の僕は何よりもまず姉様を守りたい。僕の理想を笑う事無く、僕を信じてついて来てくれた姉様…この大切なたった一人の家族を守れなければ、とてもじゃないけど世界を救うなんて事出来るはずないもの。だから僕は強くなりたいんだ。ねえ、だから僕に剣を教えてよ。いいでしょう?」
澄んだ瞳でクラトスを見詰めるミトス。
この少年は本気だ…まだ12歳の子供だというのに、真剣に世界の事を考え、そして理想の実現に向けて実際に行動を起こしている。
それが分かっても、クラトスには少年の願いを聞き入れる事は出来なかった。
少年が守りたいと思っているものとクラトスが守りたいと思っているもの。この二つは相対するものなのだ。クラトスが少年に手を貸す事は、同時にアマンダを見捨てる事につながってしまう。
だからクラトスには、どうしても聞き入れる事が出来なかったのである。
「…いや、駄目だ。それは出来ない。」
「どうして?基礎だけでもいいんだ。だから…」
「どうしても習いたいと言うのなら、グラン殿にお願いするといい。その方が私などよりずっとお前の為になる。」
「僕はあなたに教わりたいんだ。」
「断ると言った筈だ。」
がくりと肩を落とすミトス。
「そう…。でも、僕は諦めないよ。弟子入りを認めてくれるまで何度でも頼みに来るからね。」
そう言って走り去って行く少年の背中を眺めながら、クラトスは疲れたように息を吐き出した。
あの少年は愛する姉を守る為に強くなりたいのだと言った。
私もアマンダを守る為に強さを求めた。
あの少年と私は同じなのかもしれない。
同じ?……いや、違う。
彼は姉の事を思うと同時に世界の事も考えてる。だが私は自分の事ばかり。マナの木の危機を誰よりも早く知ったにも拘わらず、何もしてこなかったではないか。憎しみに囚われ、全体を見渡す目を失っていた…。
私は一体、何をやっているのだ。
するとそんなクラトスの耳に、突然聞き覚えのある声が響いて来た。
「迷っているのか、クラトス。」
それは忘れようとて忘れられない声。
ハッとしたように振り返ったクラトスの目に映ったその姿は、果たして幼い頃に会ったあの精霊王の姿であった。
「精霊王…オリジン…」
オリジンはクラトスの前に立つと、その瞳を覗きこんだ。
「久し振りだな、クラトス。随分と逞しくなった。もう立派な大人だな。」
「……あれから何年経ったと思っているのだ。私はもう22歳になった。」
「そうか、そうだったな。これは失礼した。長く生きていると、時は流れるものだという事をつい失念してしまうものでな。」
そう言って笑い声をあげるオリジンを、クラトスはぼんやりと見詰めていた。
考えてみれば、全てはこの精霊と出会った時から始まったのだ。ある日突然に自分の前に現れ、何度か言葉を交わした。それから少ししてマナの木を見せられ、そしてアマンダが…。
長い間抱き続けてきた疑問…今こそそれを質す時ではないのか?
クラトスには、その為にこの精霊王が再び自分の前に姿を現したように思えてならなかった。
そこでクラトスは思い切って尋ねてみる事にしたのだった。
「オリジン…あなたに聞きたい事がある。」
「ん?」
「…あなたが精霊王だと知ったあの日からずっと考えていたが、私にはどうしても分からなかった。あなたは何故私の前に現れたのだ?何故私にマナの木を見せた?一体あなたは私に何を望んでいるのだ。」
今まで抱えて来た疑問を一気にぶつけてきたクラトスをオリジンは静かな目で見詰めた。
「いつか、そう尋ねてくる日が来ると思っていたよ。あの日も…お前にマナの木を見せ、私の正体を明かしたあの日も、お前は『どうして?』と尋ねて来たな。しかし私は答える事をしなかった。幼いお前には到底受け止めきれまいと思ったからだ。そのお前も今では立派な大人へと成長した。そろそろ話さねばならぬ時なのかもしれん。」
「……」
「マナの木の寿命が近いと知った時から、私は救世主たるものの出現をずっと待ち続けていた。」
「救世主?」
「そう…。確かに今、マナの木が枯れかけている為に世界中のマナが枯渇しつつある。しかし、木は枯れ果てる前に必ず種子を落とす。その種子が大地に根付き次世代のマナの木として作用する間、マナを大切に使って行けばそれで済む事なのだ。だが、この大地に住む者達はそれをしようとしない。己の欲望のままに動く事しかせず、挙句の果てには残り少ないマナの利権をめぐり殺し合いまで始めてしまった。マナの減少を食い止める一番の早道は、そんな人々の考えを改めさせ、正しい方向へと導いて行く事だ。それは我々精霊がやろうとて出来るものではない。同じ人である者でこそ出来る事なのだ。」
「それが…救世主だと?」
頷くオリジン。
もうクラトスには彼が言おうとしている事が分かってしまったのだろう。僅かに体を震わせている。
「そんな時、私はとてつもなく大きな力の誕生を感じ取った。それがお前…」
「もう、いい…止めてくれ…そんな事、聞きたくない…」
「そう…お前こそが、今訪れているこの世界の危機を救うべく使命を負って生を受けた救世主。マナの木とこの大地に選ばれし者なのだ。」
「止めろ っ!!」
クラトスは叫び声を上げると、オリジンを睨み付けた。
「そんな事を勝手に決め付けるな!私にはそんな力はない。私は…私はたった一人の人さえ救う事が出来ないただの弱い人間なんだ。」
“たった一人の家族を守れなければ、とてもじゃないけど世界を救うなんて事出来るはずないもの”
それはさっきミトス少年が言った言葉…。
そうだ。その通りだ。私はアマンダを救う事が出来なかった。こんな私が救世主である筈がない。
だがオリジンは、そんなクラトスの考えを即座に否定したのだった。
「いや、お前には力がある。それはお前自身分かっている事ではないのか?お前の持つ力はその強大さ故に周りの人間をも巻き込みその運命を変えてしまう。時にはその命さえ奪ってしまう程のものなのだ。」
(命を…奪う?)
クラトスの脳裏に幼い頃に見たあの惨劇が浮かんでくる。
あの時私の中で何かが弾けた。同時に凄まじい悲鳴が聞こえ、そして私は意識を失った。
それではあの光はやはり私自身が発したものだったのか?
私があのハーフエルフ達を殺した…一瞬の内に…。
「あ…あ…」
ガクリと膝を折り、両腕で自らを抱え込みながら震え出すクラトス。
「もしかしてアマンダも私の所為で?…私がいなければアマンダもファルス様もああはならなかったのか?私さえ生まれて来なければ…。」
「クラトス、それは違う。お前は生まれて来なくてはならなかった。マナが、大地が、お前を求めたのだよ。ある意味、これはお前の運命なのだ。」
オリジンは膝をつくと、両耳を塞ぎ激しく頭を振っているクラトスの肩に優しく手を置いた。
「その運命が故に、お前はこれから常に激流の中に身を置く事になるだろう。如何にお前が平穏な生活を望もうとも、運命が、お前の中に流れる血が、それを許しはしない。だがな、お前はそれを乗り越えていける力を持っている。目を背けるな、クラトス。しっかりと自分自身を見詰めるのだ。そうすれば自ずと道は見えてくる。お前が今抱いている迷いも解かれるだろう。運命とは流される為にあるのではない。自ら切り開いて行くものなのだ。その事さえ忘れなければ何も恐れる事はない。」
「……」
「また会おう。私はお前を信じているよ。」
そう言って姿を消すオリジン。
一人残されたクラトスは、ただただ呆然と座り込んでいた。
それからしばらくしてブレイズが探しに来ると、クラトスは岩に腰掛けぼんやりと湖を眺めていた。その手は、昔アマンダからお守りだと言って渡された七色に輝く石を弄んでいる。
「クラトス、どうしたんだ?」
声をかけられ、ぼんやりとした目をブレイズに向けるクラトス。
「ああ、ブレイズか…。何か用か。」
「何か用かって…いや、飯が出来たから呼びに来たんだが…。どうした?何かあったのか?変だぞ、お前。」
「全ては運命が為せる業なのだそうだ。」
「は?」
「アマンダがああなったのも、ハーフエルフを私が憎むようになったのも、全部私の中に流れる血が為す運命だったそうなのだ。笑えるじゃないか。こんなに可笑しい事はない。」
わけが分からない事を呟きヒステリックな笑いを上げるクラトスを、ブレイズは奇妙な生き物でも見るかのような目で見詰めた。
「私の中に流れる血か……なあ、ブレイズ。私の母は…」
言いかけてクラトスは強く頭を振った。
「いや、何でもない。今となってはもうそんな事はどうでもいい事だ。」
「クラトス…」
「さっき、ミトスと話をしたよ。あいつはどこまでも真っ直ぐだ。真剣に世界の事を考え、そして姉を守りたいと思っている。まだ12歳の子供だというのにだ。それに比べて私は…」
クラトスは立ち上がると、手に持っていた石を湖に放り投げた。
「!!…おい、クラトス、あの石は…」
「あんなものはもういらない。何が救世主だ。何が選ばれし者だ。私がそんなものであるわけがない。そうだろう?ブレイズ。」
「……」
「私はただの人殺しだ。今もあの三人を殺そうとしている。」
くるりと踵を返し湖に背を向けるクラトス。その口から小さな呟きが漏れる。
「……私は間違っているのだろうか?」
結局ブレイズにはその問いに答える事が出来なかった。
そしてクラトスはそれ以上何も言わず、そのまま歩み去って行ってしまったのである。
翌日、一行は山へ入った。
話に聞いた通り険しい山道であったが、若く体力がある彼等にとってはそれ程苦にはならなかった。出てくるモンスターもそれ程強いものではなく、相変わらず傍観を決め込んでいるクラトスを除いたミトス達だけでも十分倒せる範囲のものであった。
こうして然したる障害がないままに一行は登り続けていたのだが、あと少しで頂上の山小屋に着くといったその時に、それは起こったのだった。
一行の前に突然現れたのは熊のモンスターだった。しかも普段は群れをなす筈のないそれが今回に限っては数頭の群れで襲って来たのだ。その中でも一際大きなモンスターが一頭、奥に構えている。
「あれが恐らくリーダーだろう。あれを倒せば群れは散り散りになる筈だ。ミトス君はリーダーに向かって術を。あとの者はそれ以外のモンスターを押さえる事に専念するのだ。」
グランの指示に黙って頷くミトス達。そしてミトスとマーテルは術の詠唱に入り、ユアンは相変わらず動こうとしないクラトスに舌打ちをしながらグランと共にモンスターに斬りかかっていったのだった。
咆哮を上げ、襲いかかって来るモンスター達を次々に切り裂いて行くユアンとグラン。マーテルはそんな二人に援護の魔法をかけ続けている。こうして、モンスター達は瞬く間にその数を減らして行ったのだった。
ところが、そんな風に仲間が次々にやられて行っているにも拘わらず、奥にいる大きなモンスターは全く動こうとしない。
だがミトス達は、いや、グランでさえも、それはあのモンスターが動きが鈍いからだと決めつけ、さして深く考える事をしなかった。それは戦い慣れしてきた彼等の生んだほんの小さな油断であったのだが、それが彼等に、次にそのモンスターが起こした動きを見逃させてしまったのである。
ほんの少しだけ両手を動かしたモンスターは、それと同時に光に包まれていた。それは余程注意して見ていないと気付かないぐらいの淡い光で、ミトスも気付かぬままに術を完成させてしまう。
しかし、それをはっきりと確認した者がいた。それはもちろん背後にて戦いの様子を眺めていたクラトス達である。
「ブレイズ、あれは…」
「あれは反射魔法だ!あんな魔法を熊の野郎がつかえるのか!?」
「反射魔法?」
「その名の通り攻撃魔法を反射させるバリアーを張る魔法だよ。だが、この世界にそんなもの存在していたっけな?…てか、やべえぞ。坊主が術を放っちまう。」
ブレイズが言う通り、ミトスはまさに術を放とうとしている。
次の瞬間、クラトスは飛び出していた。
「伏せろ っ!みんな伏せるんだ!!」
クラトスの有無を言わせぬような勢いの怒声に、グラン、ユアン、マーテルは訳も分からず身を伏せていた。クラトスはそれを確認してから、術を放った直後で硬直しているミトスの体を抱え、自らも地に伏せる。
その直後、辺りに爆音が響き渡りモンスター達の悲鳴が聞こえて来た。どうやら撥ね返って来たミトスの術にやられてしまったようだ。
「う、嘘だろう。魔法を撥ね返したっていうのか!?」
両手に頭をやって身を庇いながら、驚愕の声を上げるユアン。そのすぐ横を大きな地響きが通り過ぎて行く。何事かと顔を上げたユアンは、悲鳴を上げた。
「ぎゃ〜〜〜!モンスターが…モンスターが…。ミトス、気を付けろ!モンスターがお前を狙っているぞ。」
その声にハッとして顔を上げるクラトスとミトス。
ユアンが言うようにモンスターがこちらに向かって突進して来る。しかもその動きは想像以上に素早く、もう目の前まで迫って来ていたのだった。
二人がいた場所も悪かった。術の詠唱時間を稼ぐ為に、ミトスは崖を背にした一番端に立っていたのである。
あのモンスターの素早さから考えるにこれでは到底逃げられないと判断したクラトスは、素早く剣を抜くと、驚愕のあまり固まってしまっているミトスの体を突き飛ばし、向かってくるモンスターに向かって剣を突き出したのだった。
クラトスの剣は狙い違わずモンスターの体を貫いた。しかし勢いのついたモンスターは止まる事なく、クラトスごと背後の崖へと落ちて行ってしまったのである。
「ク、クラトスさん!!」
ミトスは急いで崖に駆け寄るが、モンスターと共に落ちて行くクラトスの姿を確認出来ただけでどうする事も出来なかった。
「そんな…僕の為に…」
「ちょっとそこをどいてくれないか、坊主。」
呆然と覗きこんでいるミトスをどけて崖の端に立つブレイズ。
「おい、どうするつもりなんだ。」
「どうする?決まってるでしょうが。クラトスを助けに行くんだよ。この先に山小屋がある。お前さん達はそこへ行って待っていてくれないか。クラトスを連れて必ず戻るから。」
「て、まさかそこから飛び降りるつもりじゃないだろうな。下まで何メートルあると思っているんだ!」
だがそんなユアンの引き止める声を聞く事無く、すでにブレイズはその身をダイブさせていた。
「冗談だろう!?間違いなく死ぬぞ、あいつ…」
ユアンは後ろにいるマーテルを振り返った。
「どうする?」
「どうするって、彼が言ったようにするしかないでしょう。彼はクラトスさんを必ず連れて戻って来ると言ったわ。それを信じて待ちましょう。」
「しかし、飛び下りたんだぞ。この高さで生きていると思うか?」
「ユアン!私が言った事が聞こえなかったの?」
マーテルに睨み付けられ、身を竦めるユアン。
「わ、分かったよ。山小屋に行って待っていればいいのだろう。」
「そうよ。分かったのならさっさと行きましょう……あら?グランさんは?」
そう言われてみれば、グランの姿も見当たらない。
「まさかあの人まで飛び降りたのではあるまいな。どうなっているんだ一体…集団自殺か?」
「グランさんなら、たった今、向こうの坂を滑り降りて行ったよ。」
ミトスが指さす方を見てみると、そこには細く急な坂道が崖下へと伸びていた。
「ほう、こんな所に道があったとは…。急ではあるが、下りられない事はないな。ちょっと怖いけど……。マーテル、私達もここから…」
「ユ ・ ア ・ ン!!」
「そ、そうですね。やっぱり私達は山小屋で待っている事に致しましょう。」
そう言いながらヒョコヒョコと歩き始めるユアン。
マーテルはそれでも動こうとしないミトスの肩に手を置くと優しく語りかけた。
「気持ちは分かるわ。でも、例え私達も下りて行った所で、かえって邪魔になるだけなのよ。下手をすれば二重遭難にもなりかねないでしょう?だからブレイズさんは敢えて私達には山小屋へ行っているように指示したのだと思うの。ブレイズさんだけでなくグランさんだっている。あの二人に任せておけば大丈夫。きっとクラトスさんを助けてくれるわ。それを信じて待ちましょう。」
マーテルの言葉に泣きそうな表情で頷くミトス。
「…そうだね。分かったよ。僕も信じて待っている事にする。」
クラトスさん、死んじゃったりしていないよね…。
僕はまだあなたに剣を教わっていないんだよ。
だから帰って来て、必ず…。
ミトスは祈るような気持ちで、再び崖下を見たのだった。
−迷い 終−