裏切り


 裏切り裏切られ、私達は否応なく運命という流れの中に巻き込まれて行く。私達が出会う事もまた運命だったと言うのなら、それはもう逃れられない事なのかもしれない。
 大きすぎる流れに翻弄されながら、それでも私は足掻き続けた。傷つき戸惑いながらも前へ進んで行くしかなかったのである。



 “ここで別れよう。”

 このクラトスの言葉はミトスにとって、まさに青天の霹靂たる事であった。

 ミトスは翌朝一番にクラトスの部屋を訪れのだが、そこに彼の姿はなく、焦って探し回った挙句に、ようやく小屋の外で眼下に広がる景色をじっと見詰め立っているクラトスを発見したのであった。
 安心したように息を付くと、ミトスはゆっくりとクラトスに近付いていった。
「よかった…そこにいたんだ。」
「よかった?」
 不思議そうに振り返るクラトス。
 ミトスは照れたような笑いを浮かべると、
「なんだかクラトスさんがどこかへ行っちゃうような気がして怖かったんだ。そうしたら部屋がもぬけの殻だったでしょう。だから焦っちゃった。」
「……」
「もう起きて大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ。」
「よかった。」
 ミトスは心底ホッとしているようだった。
「クラトスさんに何かあったらどうしようって、ずっとその事ばかり考えていたんだ。ごめんね、クラトスさん。僕の所為で酷い目に遭わせちゃって…僕がモンスターの動きにちゃんと気をつけてさえいればあんな事にならなかったんだよね。本当にごめんなさい。」
 そう言って深々と頭を下げるミトスを前に、クラトスは複雑な表情を浮かべた。
「…その事なら気にする必要はない。あれはお前の所為ではない。いや、むしろ私の個人的ないざこざにお前達は巻き込まれただけなのだ。」
「え?それってどういう…」
 目を丸くするミトス。
 クラトスは目を伏せた。

 そう。全ては私に起因している。私が彼等の未来を変えてしまったのだ。
 私があの時ちゃんとアマンダを守れていれば彼女が体を失う事はなかった。そうすればこの少年達だって研究所に目を付けられる事もなかっただろう。あの男が命を奪おうとする事も…。

 やはり別れるべきだ。自分はこの少年達と共にいてはいけない。

 そう考えたクラトスは、ミトスを真っ直ぐに見詰めるとこう言ったのだった。
「ここで別れよう。」
 目を見開くミトス。
「え?…別れる?」
 クラトスは呆然とするミトスに北に続く道を指し示してみせた。
「この道を行けばノーシスに出る事が出来る。ノーシスはシルヴァラントに比べると小さくて貧しい国ではあるが、のどかで良い所だ。お前達もきっと気に入るだろう。」
「僕はシルヴァラントに行きたいんだ!!」
 ミトスはそう叫ぶと、クラトスの腕を掴んだ。
「どうしてそんな事を言うの?僕がクラトスさんに怪我をさせてしまったから?…やっぱり怒っているんだね。これからは気を付けるよ。クラトスさんの足を引っ張らないようにする。だからそんな事言わないでよ!」
「違うのだ、ミトス。」
 必死になって訴えてくるミトスの手をそっと外すと、クラトスは静かな声で言った。
「昨日の事なら、さっきも言ったようにお前に責任はない。」
「だったら、なんで!」
「私がノーシス行きを勧めるのは、その方がお前達の為だからだ。分かって欲しい。」
「分からないよ!だってやっとここまで来たのに…クラトスさんやグレンさんとも折角会えたのに…。それなのにどうして別れなくちゃならないの?シルヴァラントじゃない所に行かなくちゃならないのさ!!…やっぱりクラトスさんは僕の失敗が許せないんだ。だから僕から離れたいからそんな事を言い出したんだ。そうなんでしょう!?」
「そうではない。聞いてくれ、ミトス。」
 クラトスはミトスをなんとか宥めようとするが、すっかり興奮してしまったミトスは治まる様子はない。そうこうしている内にミトスの声を聞きつけたマーテル達が小屋から出てきてしまったのだった。
「一体どうしたの?何の騒ぎ?」
 半分泣きそうになりながら姉に駆け寄るミトス。
「クラトスさんが僕達とここで別れるって言うんだ。僕が失敗したから…」
「え?別れる?」
 この事はマーテルにとっても相当意外だったようで、彼女は驚きの表情でクラトスに視線を移した。
「どういう事なの?昨日の事を怒っているのなら私からも謝るわ。私達の不注意からあなたを危ない目に遭わせてしまって申し訳なかったと思っています。本当にごめんなさい。でもあれは私達全員の油断が招いた事…だからどうかミトスだけを責めないで欲しいの。」
「違うんだ。昨日の事でミトスを責めているわけではないし、お前達と行動するのが嫌になったわけでもない。ただ私は……正直に言おう。私はお前達にずっと嘘をついて来た。」
「嘘?」
「そうだ。私はお前達をずっと騙していたのだ。実は私は…」

「クラトス様!」

「!!」
 突然自分の話に割り込んできた声にハッと顔を強張らすクラトス。
「あら、クリスさん。戻っていらしたの?」
 マーテルの声に振り返ると、果たしてそこにはクリスが立っていた。
「ええ。用事が済みましたので。ところで何の騒ぎです?」
「クラトスさんが僕達とここで別れるって言うんだ。」
「別れる?」
 クラトスの方を見るクリス。
 クラトスは目を逸らした。
「そうだよ。僕達にシルヴァラント行きは止めてノーシスへ行けって言うんだ。」
「やだなあ。そんな事あるわけがないじゃないですか。」
 笑うクリス。
「でも本当なんだ。」
「それは冗談ですよ、冗談。クラトス様お得意のね。まったくクラトス様にも困ったものです。クラトス様はたまに皆を驚かすような冗談を言われるんです。そうですよね?クラトス様。」
「クリス。私は…」
 クリスに自分の気持ちを伝えようとするクラトス。だがクリスはあくまでもクラトスに発言の暇を与えまいとしていた。捲し立てるように話し続ける。
「実は皆さんの事をクラトス様のお父上にお話ししたんですよ。そうしたらぜびとも屋敷にお連れするようにと。皆さんにお会いできるのを楽しみにしていらっしゃいます。私がお父上にお話しする事はクラトス様も承知なさっていた筈です。ですから別れるなんてあり得ません。冗談ですよ、冗談。」
「あ、もしかして僕達に嘘をついていたってこういう事だったの?別れるつもりなんてなくて、僕達を驚かそうとして。」
「ええ、そうですよ。」
「クリス!」
「なあんだ。僕、本気だと思って焦っちゃったよ。」
 ホッとしたようにニッコリとするミトス。
 クリスはなおも口を開こうとするクラトスの腕を掴むと、
「クラトス様、もうその辺で冗談はお止めになって下さい。皆さんをシルヴァラントに連れて行かなければ私がお父上に怒られてしまいます。そうそう、アマンダ様からのメッセージをお預かりしてきたのです。お部屋の方でゆっくりと…。」
 そして嫌がるクラトスを無理矢理に小屋の方へ引っ張って行ってしまったのだった。

「なんだありゃ…。本当に人騒がせなやつだな。」
 目を丸くするユアン。
「ねえ、ブレイズさん。クラトスさんのお父様ってどういう方なのかしら?」
 マーテルが傍に立っていたブレイズに目をやり言った。
「どういうとは?」
「いえ、さっきのクリスさんのお話しでは随分と偉い方のように言っていたものだから、ちょっと気になって。」
「……学者だよ。シルヴァラントではちょっと名の知れた学者さん。あいつは学者の家で育ったんだ。」
「学者?」
「ああそうだよ。これで気が済んだろ?だったら、俺はクラトス様のところへ行かせてもらうぜ。」
「ちょっと待って。」
 さっさとその場を離れようとしたブレイズであったが、再びマーテルに呼び止められ仕方なく足を止めると面倒臭そうに振り返った。
「まだ何かあるのかよ。」
「学者の家の人が何故軍人になったの?」
「何になろうが勝手だろ。」
「だって普通、後を継いだりとか考えない?クラトスさんは頭の良い人だわ。お父様の後を継いだとて不思議はないでしょう。学者と軍人じゃ、あまりにも違い過ぎるもの。おかしいわよ。」
「それはあんたの物差しで見ての事だろう。世の中には常識じゃ測れない事だってあるんだよ。大体、余所様の事情にまで首を突っ込んでくる資格があんたにあるのかよ。」
「それは…」
「人にはな、他人には知られたくない事が一つや二つ誰にでもあるもんだ。それを穿り出そうとするのは、あまりにも無神経な行いだと思うがね。」
「貴様!マーテルが無神経だと言うのか!?」
「待って、ユアン。」
 いきり立つユアンをマーテルは慌てて押さえた。
「今のは私が悪かったのよ。…ブレイズさん、私はただクラトスさんの事をもっと知りたいと思っただけなの。でもちょっと急ぎ過ぎたみたい。あなたが怒っても当然だわ。ごめんなさい。」
 そう言って頭を下げてくるマーテルをブレイズはじっと見詰めた。

 まったく、こいつらは揃いも揃って素直と言おうか何と言おうか…。クラトスがあんなにも悩んだ気持ちが分かるような気がするな。

「いや、俺の方もちょっと言い過ぎたようだ。悪かったな。」
 苦笑を浮かべ、自分も謝罪の言葉を口にするブレイズ。
 するとそこへ今度はグランが口を挟んで来た。
「さっきクリス君がアマンダと言う名を口にしていたが、もしかしてその学者というのはファルスの事ではないのか?」
 思わずグランを見やるブレイズ。
「…ああ、あんたはシルヴァラントにいたんだっけ。ま、今更隠したって仕方がないしな。そうだよ。ファルスの事だよ。」
「ファルスって聞いた事があるわ。人々の役に立つ発明品を数多く世に送り出した人よね。クラトスさんってあの人の息子さんだったの!?」
「しかし彼は根っからの平和主義者だった筈だ。争いを好まず、戦へと暴走する軍部を嫌っていた。その彼がクラトス君の入隊を許すとは到底思えないのだが。」
「だが今のファルスは陛下の許可を得て自分で軍隊を持っている程なんだぜ。まあ名目上は国軍の中の一部隊って事になってはいるが、指揮権はあいつにある。」
「ファルスが軍を!?まさかそんな事はあり得ない。」
「あんたが知っているファルスは20年以上も前のやつだろう?人間20年も経ちゃあ変わるさ。」
「それはそうだが、しかし180度変わってしまうというのは…」
「そうさせる何かがあったんだろう。俺は知らねえよ。」
 ブレイズは肩をすくめると、今度こそ小屋に向かって歩き出した。
 すると…

「ふざけるな!!」

 突然クラトスの怒号が響き渡ったと思ったら、クリスが慌てた様子で小屋から飛び出して来たのだった。彼は小屋の入口近くに立っていたブレイズに勢いよくぶつかってしまう。
「おいおい、今度はお前何をやったんだ?」
 キッとブレイズを睨み付けるクリス。
「『今度は』とはどういう意味です!?失礼な。私はそんなに何度もクラトス様に怒鳴られるような事はしていません!今だって私はただプロット様から預かって来たものをクラトス様にお渡ししただけなんです。それなのに突然怒り出してしまって、ホント、私には何が何だか…」
「とにかく俺がクラトス様と話をしてみるから、お前はあちらさんを何とかしろ。」
 親指で背後を指差すブレイズ。見るとミトス達がこっちに走って来るのが見える。
「いいか。俺達の話が終わるまで絶対に小屋に近付けるな。口だけはよく回るお前さんならお茶の子だろ。」
 『だけ』という言葉にクリスはピクリと反応したが、時が時だけに敢えて反論は控え、その代わりにブレイズに恨みがましい視線を送ると大袈裟すぎるぐらいの笑顔を満面に浮かべゆっくりとミトス達へと歩み寄って言った。
「いや〜、驚かせてしまってすみません。クラトス様ったら、懐かしい方からの便りに感動してしまってつい大声を…」
「あいつは感動すると怒鳴るのか?ますます変な野郎だな。」
「クラトス様は照れ屋さんですからね。」

 何が照れ屋さんだ。あれじゃあ全く説明になってねえじゃないか…。

 クリスの声を聞きながら苦笑を浮かべるブレイズ。だがあのクリスなら何とかミトス達を丸め込む事が出来るだろうと考え、ブレイズはクラトスの元へ向かった。
「クラトス、俺だ。入るぞ。」
 軽くノックをして中に入ると、クラトスはベッドに腰をかけ頭を抱えており、その足元にはくしゃくしゃに丸められた紙が、そしてドアの脇には小さな箱型の機械が落ちていた。その機械はファルスが考え出した録音機で、携帯に便利なよう小型に作られており、どこででも自由に再生出来るという便利な代物であった。まだ開発途中であるが、短いメッセージならばこれで十分に録る事が出来るまでに作り上げられている。
 だが恐らくはクラトスが怒りにまかせて投げ付けたのだろう。それは半分壊れてしまっていて、途切れ途切れの声を繰り返し流し続けていた。

 “クラトス…あな…たが…戻るのを…楽しみに…待って…います…どうか…私の為に・・任務を完遂して…下さい。そして私を…たす…け…て…”

「この声…アマンダか?」
「違う!アマンダなんかじゃない!!」
 瞬時に否定の声をあげたクラトスに、ブレイズは目を丸くした。
「クラトス?……しかしこれは…」
「確かにアマンダの声だ。だがアマンダじゃない。アマンダがこんな事を言う筈がないんだ。」
 確かにクラトスの言う通りかもしれない。アマンダ程クラトスの微妙な立場を理解している人はいない。だからこそ彼女は今までただの一度として“自分の為に”などという言葉を口にした事はなかった。況してや命乞いなどする筈もないのだ。
 ブレイズは録音機を拾い上げるとスイッチを切った。
「て事は、これはファルスが彼女の声を合成させて作った嘘っぱちって事か。」
「いや、父じゃない。ああ見えてあの人はアマンダを何よりも大切に思っているのだ。アマンダを道具に使う事などしない。」
「だとしたら残るは一人しかいねえな。」
 クラトスは頷くと足元に落ちていた紙を拾い上げブレイズに渡した。
「これを見てくれ。」
 それはプロットからの手紙だった。書かれているのはただ一言…。

 “アマンダ様は息災でございます。”

「録音機に添えられていたものだ。あなたならその意味が分かるだろう。」
「つまり…今は無事だが今後のお前の出方一つでどう変わるか分からないと?」
「そういう事だ。プロットの奴、私が翻りそうなのを知って脅しをかけて来たわけだ。意識を移した石を破壊されれば今度こそアマンダはこの世から消え失せてしまう。」
「彼女が消えて困るのは奴だって同じじゃねえか。プロットは野心の塊のような男だ。あいつがファルスを蹴落として自分が研究所の実権を握ろうと考えている事は分かり切っている。その為にアマンダさんの件を利用しようとしている事はお前だって気付いている筈だ。そうだろう?」
「確かにな…。アマンダの事は今でこそ秘密になっているが、プロットは実験が成功した暁にはその全てを国王陛下に報告をし、技術を軍隊に売り込むつもりのようなのだ。それと同時に研究所のトップの座を要求すれば、如何に父をひいきにして下さっている陛下でも断りきれないだろう。結果、父は研究所を追い出される事になる…。」
「そんな企みがあるなら尚更じゃねえか。アマンダさんがいなくなったら奴はその機会を逃す事になるんだぜ。」
「だが今回の事に失敗した所で奴の受けるダメージは然したるものではない。元々プロットの目的はエクスフィアの開発にある。この私の左手にあるエクスフィア…これがある限り、この先奴が名をあげる機会などいくらでもやって来るだろう。アマンダがいなくなろうがあいつとっては痛くも痒くもないわけだ。」
「つまりクラトスがミトス達を連れてくれば恩の字。例え失敗したとしても次があるって事か…。」
「とは言え、アマンダの件が成功するに越した事はない。そこで私に揺さぶりをかけて来た。プロットと違い、私にとってはアマンダが全てなんだ。今回ミトス達を逃がせば彼女に体を与えられなくなるが、それでも彼女の意識だけは存在し続ける。例え体はなくても存在していてくれればそれでいい…そう思っていた。でもその存在までが消されてしまったらもう私には何も残らないんだ。生きる意味を失ってしまう。」
「…もうミトス達を連れて行くしかないって事か。」
 クラトスが今回の事で結論を出すにあたり、どれだけ苦しんだのか、ブレイズには十分に分かっていた。だからこそこれ以上残酷な決断を迫る事は出来なかったのである。
 しかしクラトスはそんなブレイスに頭を振ってみせるとはっきりとこう答えたのだった。
「いや、彼等は逃がす。その気持ちに変わりはない。」
「しかしそれではアマンダが…」
「プロットがアマンダを盾に取るなら、私はこのエクスフィアを盾にするまでだ。それでアマンダも救ってみせる。万一それが叶わなかった時でもアマンダ一人を逝かせたりはしない。もしもの場合はこの身もろともエクスフィアを葬り去る覚悟も出来ているんだ。」
「お前…それ程までしてあいつ等を助けるのか?」
「いや、ミトス達の為ではない。これは言ってみれば私の意地なのだ。プロットの好きにはさせない。絶対に。」
 ブレイズはしばらくの間クラトスを黙って見詰めていたが、やがて溜息をつくと肩をすくめながら言った。
「俺としちゃあ、出来れば避けて欲しいような危険な賭けではあるが、全く勝機がないわけでもない。お前の決意も固そうだしな…。分かったよ。協力してやるよ。」
「すまない、ブレイズ。」
「となるとだ。急いで事を運んだ方がいいかもしれねえな。何があるか分からないし…」
 そう言いながらさりげなく立ち上がるとドアに目をやるブレイズ。
 少し前からドアの向こうに人の気配を感じていた。誰かが自分達の話を立ち聞きしているようだ。クラトスはと見てみると、彼も気付いていたようで黙って頷き返してきた。
「まずはクリスに話をして、それからミトス達か…。」
 ブレイズは剣を抜くと、話を続けながら音を立てぬようにゆっくりとドアに近付いて行き、一気にドアを押し開いた。
 そこに立っていたのはクリスであった。彼は小さく悲鳴を上げると尻もちをついてしまう。その顔は恐怖で引き攣り、見開かれた目はブレイズと剣との間を彷徨っていた。
 ブレイズはクリスの胸倉を掴み部屋の中へと引き摺り込むと、廊下に他に人影がないのを確かめてから静かにドアを閉めた。
「クラトス様。でっかいネズミを見付けましたぜ。」
「ヒイイイ〜!」
 抜身の剣を手にしたブレイズに睨み付けられ、声にならない悲鳴を上げながら後退るクリス。その目は剣をじっと見詰めている。
「こいつ盗み聞きをしていやがった。」
「ち、違います。私はクラトス様の事が心配で…」
「何が心配だ。ふざけるな!!お前がプロットのスパイだって事は分かっているんだ。」
「す…スパイだなんてそんな…」
「大体お前にはやつらを小屋に入れないよう見張っていろと言っておいただろうが!それがなんでこんな所に突っ立っているんだよ。」
「彼等なら外にいます。私が持ってきたアイテム類の数を確認してもらっていまして、しばらくはその作業にかかりきりの筈です。」
「『筈』じゃあ困るんだよ。」
 剣を振り上げたブレイズを見て、クリスは再び悲鳴をあげると頭に手をやり蹲った。
「どうします、クラトス様。殺っちまいましょうか?」
 思わずブレイズを見やるクラトス。
 この男はたまに思いもよらないような大胆で過激な発言をする。いつものようにニヤニヤと笑いを浮かべているその面から彼の本心を探り出す事は、長年共にいるクラトスでさえも至難の業であったが、恐らくクラトスがGOサインを出せば彼は一も二もなくクリスを手にかけてしまうだろう。
 苦笑を浮かべるクラトス。
「まあ待て、ブレイズ。クリスはただ任務に忠実なだけなのだ。それ程悪い奴ではない。彼は私が説得する。話せばきっと分かってくれる筈だ。」
「それはちょっと甘いと思うけどね。ま、クラトス様がそうしたいのならやりたいようにすればいいさ。だがこいつがあくまでも逆らうようなら俺は遠慮なく斬らせてもらいますぜ。」
「…ああ、分かった。」
 クラトスはゆっくりとクリスの元へ行くと、彼の体を抱き起こしながら静かな声で話しかけた。
「丁度良かった。お前に話があったのだ。」
「あのハーフエルフの件でしたら私は引きませんよ。ええ。絶対に引きませんとも。」
 体を震わせながらもしっかりとクラトスを見て答えるクリス。
「クラトス様、何故分かって下さらないのです。確かに私はプロット様の命によりクラトス様の動きを逐一報告しておりました。でもそれだってあなたの身を案じた故の事なのです。プロット様は恐ろしい方です。いざとなったらあなたの命さえ平気で奪いかねない。ですからどうかプロット様に逆らう事はお止め下さい。このままではあなたの身に危険が及んでしまうのです。」
「クリス…お前の気持ちは有難いと思う。だが、お前は今回の任務についてほんの一部しか知らされていないのだ。彼等は今までのハーフエルフ達とは違う。研究所へ行けば確実に殺されてしまうだろう。」
 驚きに目を見開くクリス。
「お前は彼等が死んでも平気なのか?そんなわけないよな?短い間だが共に過ごして来たのだ。彼等の純粋さはお前だって十分に分かっている筈だ。」
「……ええ、分かっています。彼等に親近感をもっているのも事実です。でも、それでも私は彼等を研究所へ連れて行きますよ。私はあなたを心から尊敬しているのです。あなたに死んで欲しくない。だからあなたと彼等のどちらを取るかと言われれば、私は迷いもなくあなたを取ります。」
 そう言って真剣に自分を見詰めてくるクリスの眼差しを受け、クラトスは僅かに目を伏せると呟くように言った。
「…お前は素晴らしい男だな。」
「え?」
「どこまでも真っ直ぐで正直で、そして忠実な男だ。ミトス達と同じでお前も私にはないものを持っている。だからこそ信じたいと思ってしまうのかもしれないな。どうやら私はそんなタイプの人間に弱いようだ。」
「クラトス様…」
「だがそれでも私はお前の期待に添う事は出来ない。お前はさっき私の身を案じてくれたが、もうすでにプロットに私の心変わりが知られてしまっている以上、ミトス達を連れ帰ったとて危険なのは同じなのだ。だからと言って別にお前を責めているわけではない。お前の報告がなくても遠からず奴は感付いてしまっていただろうからな。それならばだ。どちらにしても同じ事なら、私は自分がやりたいようにしたいと思う。プロットの言い成りにはなりたくはないのだ。もちろんこれは私一人が勝手にやった事とし、お前には迷惑をかけないように配慮する。だから…」
「いえ、そんな事はいいんです。どうせプロット様は私の事などそんなに当てにはしていないでしょうから、プロット様の手が私まで及ぶ事はないでしょう。私が心配なのはクラトス様の事だけなのです。でも…決心は固いのですよね。もう私が何を言っても変える気はない?」
 頷くクラトス。その目からは彼の強い決意がひしひしと伝わって来て、クリスは思わず考え込んでしまった。そしてそのままずっと考え続けていたクリスだったが、しばらくしてようやく顔を上げると、はっきりとした声でこう答えたのだった。
「分かりました。クラトス様がやりたいようにやって下さい。」
「すまない、クリス。恩に着る。」
 頭を下げるクラトス。
「そんな!とんでもないです。どうか頭を上げて下さい。私はクラトス様を尊敬してしているのだと言ったじゃありませんか。私も及ばずながら協力致します。」
 そう言ってクリスは笑顔を浮かべたのだが、彼の視線がふと窓の外へと向いた途端、その笑顔は凍りついた。
「あれは…まさか…?」
「!?」
 その言葉にクラトス達も窓の外へと目を向けると、大勢の兵士達がこちらに向かってくるのが見えた。そして程なくしてミトス達の悲鳴が聞こえて来たのだった。
 ハッとして小屋を飛び出して行くクラトス達。外ではミトス達が兵士達と揉み合っていた。兵士達は現在クラトスが指揮を取っている研究所所属の小隊であった。
「何をしているのだ。剣を引け!これは命令だ。ただちに剣を引け!」
 大声で叫びながら両者の間に割って入るクラトス。兵士達はこの突然現れた上官にたいそう驚き、すぐに剣を引くと後ろに下がったのだが、剣を鞘に収めようとはしなかった。
 クラトスと兵士達はミトス達を挟んで対峙する恰好となる。
「一体これは何の真似だ。すぐに撤退するんだ。」
「申し訳ありませんが、今の隊長に指揮権はありません。従ってその命令を聞くわけには行かないのです。」
「なんだと!?…馬鹿な!それならば今は誰が指揮をとっていると言うのだ。」
 いきり立つクラトスを前に戸惑いの表情を浮かべる兵士達。
「まさか…」
 クラトス以外にこの隊を動かす事が出来る者は二人しかいない。一人はファルス。そしてもう一人は…。

「やっとお分かりになったようですね。」

 背後から聞こえてきたその声は、まさしくクラトスが今思い浮かべた男のものであった。
 近付いて来るその男の足音を耳にしながら、思わず天を仰ぐクラトス。

 “万事休す…”

 クラトスはゆっくりと振り返った。
「やはりお前か…プロット。」
「ええ、そうです。私の命令で彼等はここへやって来たのですよ。」
 プロットはニヤリと笑うと恭しく頭を下げて見せた。
「クラトス様。お帰りなさいませ。」
「挨拶などいい。それよりも兵士達を撤退させるんだ。」
「撤退?…これはまた異な事を仰る。クラトス様のお言葉とは思えませんな。そんなご命令を聞くわけには参りません。だってそうでしょう?あなた様が苦労してここまで連れて来た大事な獲物に逃げられでもしたら大変ですからね。」
「クラトスさん、これはどういう事なの?この人達はクラトスさんの知り合いなの?獲物って一体…」
 ミトスの問いかけにクラトスは答える事が出来なかった。黙ったまま目を伏せてしまう。
「どうやらクラトス様は突然に口が利けなくなってしまわれたようですね。では私が代わりに説明致しましょうか。」
 ニヤニヤとクラトスの方を見ながら前に進み出るプロット。
「実はあなた方とクラトス様が出会ったのは偶然ではないのですよ。クラトス様は任務であなた方と接触したのです。研究材料として捕獲する為にね。つまりあなた方はまんまと騙されたってわけですよ。」
「研究…材料?」
 あまりの事に呆然としてしまうミトス達。
 そんな彼等を嘲笑いながら、プロットは兵士達に命令を下した。
「捕獲しろ!」
「はっ!」
 動き出す兵士達。まずはマーテルを羽交い絞めにする。
「きゃあ!…止めて!離して!」
「姉様!」
「マーテルを離せ!!」
 武器を抜こうとするユアン。
 とその時、クラトスは微かな音を耳にして次の瞬間素早く飛び出していた。彼は真っ直ぐにユアンの前に駆け寄ると、武器を弾き飛ばし剣の柄を腹に叩きこむ。峰打ちではあったが強烈な一撃であった。ユアンは腹を押さえ呻き声を上げながら蹲ってしまい、そこを兵士によって押さえられてしまう。そしてブレイズもクラトスと同時に飛び出しており、こちらはグランの動きを封じていた。
「ユアン!グランさん!」
 ミトスは悲鳴を上げて、信じられないといった様子でクラトスとブレイズを見た。そんな彼もたちまちの内に兵士達に押さえつけられてしまう。
「クックックッ…お二人ともご協力感謝致しますよ。」
 プロットは笑いながら捕えられたミトス達一人一人の頭にリングを取りつけて行く。
「これは魔封じのリングです。悪く思わないで下さい。魔術を使われては困るものでね……さて、これでいいでしょう。連れて行きなさい。」

「くっそお〜。クラトス、貴様!よくも私達の信頼を裏切ってくれたな。絶対に許さんからな!!」
「クラトスさん、本当に僕達を裏切ったの?違うよね?違うって言ってよ!!」
 自分に向かって様々な声を投げかけながら連行されて行くミトス達を、クラトスは何も言わずただ無表情に見送っていた。
「プロット様。こいつはハーフエルフではないようなのですが、いかが致しましょう。」
 兵士が指す人物はもちろんグランの事であった。プロットは興味がなさそうにグランを見やると、
「人間ではねえ…。頭も悪そうですし下働きぐらいにしか使えそうにありませんね。連れ帰っても仕方がありませんから放しておあげなさい。」
「それはそれは。寛大なる御処置を頂きどうも。」
 兵士の手を振り解くグラン。
 プロットはグランの嫌味は軽く聞き流すと、クラトスに近付き言った。
「クラトス様も一緒に来て頂きましょうか。」
 プロットの合図で、クラトスから剣を取り上げ両脇から押さえる兵士達。
「待てよ!それじゃあ丸っきり罪人扱いじゃねえか!」
「仕方がないでしょう。今回の事はすべてファルス様に報告しておきました。大変ご立腹の様子でしたよ。命があるだけでもよしとして頂かなければね。」
「なんだとっ!!」
「ブレイズ、止めろ!」
 剣を抜こうとするブレイズをクラトスは目で制した。
「私が父を裏切ろうとした事は事実なのだ。このような扱いを受けたとて何も言える立場ではない。」
「しかし…」
「もういいんだ。私は結局、最後までどちらも選ぶ事が出来なかった。アマンダも、ミトス達も…。その結果、私は両方を裏切ってしまったのだ。きっとその罰があたったのだろう。全て終わってしまったんだ。」
「クラトス、それは違う!お前はちゃんと選んだじゃないか。悩み苦しみながらもしっかりと自分の道を選び取ったじゃないか。」
 しかしそんなブレイズの叫びにクラトスの答えが返って来る事はなかった。クラトスは僅かに首を横に振ってみせると、寂しげな微笑みを一瞬浮かべそのまま連行されて行ってしまったのである。


−裏切り 終−