アマンダ


 封印の間を出たクラトスは、ミトス達が連れて行かれたのとは反対の方角へと歩き始めた。マーテルの腕を掴むでもなく、ただ黙って暗く入り組んだ通路を進んで行く。そんな彼の背中を見詰めながら、マーテルも何も言わずに後をついて行った。
 やがてある部屋の前に辿り着くと、クラトスはやはり黙ったままで扉を開くとマーテルに中へ入るよう促した。
 そこは浴室やトイレが完備されている綺麗な部屋であった。高価そうな家具調度も揃えられており、一見高級ホテルに来たかのようである。
「私は牢屋じゃないのね。」
 マーテルは冗談めかしてそう言うと、ベッドに腰を下ろした。
「このベッド、フカフカ…私一人がこんな素敵な部屋だなんて、ミトス達に申し訳ないわ。」
「お前はあの二人とは違う。」
「そう…」
「今からこの部屋はお前のものだ。家具調度類も好きに使ってくれて構わない。ただし部屋の外に出る事は出来ぬ。抜け出そうとしても無駄だ。ドアは閉まると同時に自動的にロックされ、中から開けることは出来ないようになっている。窓から外の裏庭に出る方法もあるが、それも裏庭には常時兵士が巡回しているからすぐに見つかり連れ戻されるのが落ちだろう。そうなったら最後、今度は拘束される事になる。それが嫌なら下手な事は考えず大人しくしていた方が身の為だ。部屋の中にいる分には自由なのだからな。食事はそこにある小型エレベーターで厨房から直接運ばれてくる。好きな時に取り出して食べればいい…と、こんなところか。他に何か聞きたい事はあるか?」
 クラトスはそのまましばらくの間、マーテルが何か問うてくるのを待っていたが、彼女は窓の外に目をやったままで何も話す様子はない。
「ないようなら私はこれで失礼する。」
 クラトスは踵を返すと部屋を出て行こうとした。

「…私、殺されるのでしょう?」

 聞こえてきた呟くような小さな声に、足を止め振り返るクラトス。マーテルはいつの間にか窓の外から視線を戻しており、じっと自分を見詰めていた。
「何も言わなくても分かるわ。ここへ連れて来られてから受けた検査も尋常ではなかったし、私一人がミトス達から離されている。この豪華な部屋も束の間の自由も、死出のはなむけと言ったところかしら?」
「……」
「やっぱり何も言ってくれないのね。」
 マーテルはクスッと笑った。
「何か質問はあるかと聞いて来たのはあなたの方なのに。それとも私が怯えると思って気を遣ってくれているのかしら?」
 目を伏せるクラトス。
「悪いが私はこれから行われる実験については話す事が出来んのだ。」
「口止めされているというわけね。」
「そう取ってくれても構わない。」
「だったら他の事ならいいのかしら?…あの封印の間での事。」
「…その事か。だが、あれはもう終わった事だ。今更聞いたとてどうなるものでもあるまい?」
「でも気になるのよ。隣の小部屋から出て来た時にあなたが一瞬浮かべた表情…あれには失望や悲しみが入り乱れていた。あなたは何に失望したというの?だって、あんな物を見せられたら誰だって怒りを覚える筈よ。私達はただ、誰しもが抱く当たり前の感情を言葉にしただけだわ。それなのに…」
「それなのに『何故』か?…その言葉、出来る事ならあの封印の間で聞きたかったな。」
「え?」
 クラトスは首を傾げているマーテルの前を通り過ぎると、窓辺に立ち外の景色に目をやった。
「…あのカプセルを見た時、お前達が放った第一声は『酷い』だった。当然だ。それはお前の言う『誰しもが抱く感情』だろう。だが、それからもお前達は我々人間に対する憎しみをあげつらうだけで、最後まで『何故』と言う言葉を口にする事はなかった。」
「それは…」
 マーテルはすぐさま異を差し挟もうとしたのだが、しかしクラトスはそれを許さず、彼女の言葉に被せるように後を続けた。
「それはお前たちが彼らの事を傲慢な人間による哀れな被害者だとしか考えなかったからだ。だから何故彼等がああなったのかを尋ねようとも思わなかった。まあ、当然と言えば当然だ。ハーフエルフというものは、悪者は常に人間の方なのだと決め付けているきらいがあるからな。長年虐げられてきたが故の被害者意識と言ったところか…。だがそれでも私は、お前達は違うと信じていた。お前達なら中立の立場で見てくれると信じていたのだ。結局、見事に裏切られたがな。」
「ち、違うわ!被害者意識なんかじゃない!!だって、現にあなた達はあの三人に酷い仕打ちをしていたじゃない。瀕死の者をカプセルに入れ実験材料にするなんて許される事ではないわ。あれが虐待でなくて何だと言うの!?」
「虐待?違うな。あれは復讐だ。」
「…え?」
「……昔、お前達と同じように種族間の軋轢をなくし、皆が平等に暮らせる世の中を作ろうと志した者がいた。彼はそれこそ全てを擲ってハーフエルフ達の救済に努めていた。だが15年前の事だ。彼が信じ守ろうとしていたそのハーフエルフ達が暴動を起こしたのだ。」
「それって、もしかして…」
「そう。その男の名はファルス。そして暴動の首謀者があのカプセルの中にいたハーフエルフ達だ。あの日ファルスは出かけていて留守。屋敷にいたのは妻のアマンダと当時7歳だった私だけだった。ファルスの姿がなかった所為だろう。彼等は代わりにその怒りの矛先をアマンダへと向け、集団でリンチを加え始めたのだ。私は必死になって彼女を救おうとした。だが子供の私に暴走を止める事など出来る訳もなく…気が付いたら私は自らに眠る力を解放し彼らを殺していた。」
「!!」
「その日を境にファルスは人が変わってしまい、ファルス家は崩壊してしまった。ファルスも私もあの事件の所為で全てを失ってしまったのだ。残ったのは深い悲しみと怒りだけ…。私達があの生き残った三人をカプセルに保存し実験材料としたのは、その復讐だったのだ。」
「そんな事が……でも、例えそのような理由があったとしても、復讐なんてしてはいけないわ。復讐なんて意味がない。そんな事をしたって新たな憎しみを生むだけよ。」
「ミトスやユアンが目の前で殺されても、お前は今と同じセリフを言えるのかっ!?」
「!!」
「…お前に言われるまでもなく、あれがどれだけ残虐な行為かは、ファルスも私も十分に承知している。だが膨れ上がる悲しみや怒りを持って行く場所が他になかったのだ。どこかへぶつけなければ自分達が壊れてしまっていただろう。傍からなら何とでも言える。だが当事者からしてみればそんな簡単に片付けられる問題ではないのだ。」
「……」
 クラトスは黙り込んでしまったマーテルを一瞥すると、踵を返しドアへ向かった。そしてノブに手をかけると最後に小さな声でこう言ったのだった。
「…愛する者を失った悲しみにハーフエルフも人間もない。違うか?」
 マーテルは何も言い返せず、閉じられた扉を呆然と見詰めていた。



 一方ミトス達はファルス軍本部の地下室にある牢へと連れて来られていた。
 まずはユアンが入れられ、次に、ここに来るまでずっと暴れ続けていたミトスが放り込まれる。
「確かさっき我々は客人だと言われていた覚えがあるのだが、どうやらこの国では客を牢に入れて持て成す習わしがあるようだな。」
 ユアンがミトスを助け起こしながら嫌味を言うと、プロットは鼻で笑いながら、
「それはこの国のというより、我が研究所独特のものと考えていただければよろしいかと。これでも精一杯気を使っているつもりなのですがね。ここは最近建て増ししたところですから綺麗でしょう?それにベッドとトイレまで完備されていますしね。」
 そんなプロットを睨みつけながら今度はミトスが叫んだ。
「この牢がどんなものであろうがそんな事はどうでもいいんだ。それよりも姉様をどこへやったんだ!姉様に会わせろ!!」
「それは出来ない相談ですな。ファルス様が言っていたでしょう?あなたのお姉様こそが今回の目玉商品なのだと…。実を申せば、我々が欲しかったのはお姉様だけで、あなた方二人はどうでもよかったのですよ。ですからあなた方を彼女に会わせる訳にはいかないのです。そんな事をすれば、あなた方は間違いなく彼女を逃がそうとするでしょうからね。残念ですが、もう彼女の事は諦めてもらうしかないでしょう。」
「どういう事?…まさか姉様はもう…」
「いいえ。まだ生きていますよ。ですが、近いうちにあなたの想像通りになるでしょうね。」
「!!そんな事許さないからな!」
 柵越しにプロットに掴みかかろうとするミトス。が、それより一瞬早く、どこからかモップが飛んできて柵にぶち当たったのだった。すると…

 バリバリバリ…!

 突然柵に電流が流れ、モップはミトスの目の前で無残に焼け焦げ床へと落ちた。
「な…何!?」
「何って見りゃ分かるだろ。その牢の柵に触れると高圧電流が流れる仕組みになっていたんだよ。掴んだ途端にあの世逝きってわけだ。モップに感謝するんだな。お前の身代わりになってくれたんだからよ。」
 そう言いながら近づいてきたのはブレイズであった。
 檻の前まで来た彼は、焦げたモップを隅に放り投げると、横に立つプロットを見てニヤリと笑った。
「余計な事をしやがって、てな顔をしているな。」
「…何を言っているのか分かりませんね。私だってまさかこんな仕掛けがあるとは知らなかったのですよ。」
「はて?確かこの牢を設計したのはあんただったと記憶しているんだが、違ったか?」
 忌ま忌ましげにブレイズを睨むプロット。
「くっ……私に恥をかかせて、只では済ませませんよ。よく覚えておく事ですね。」
「幸い俺は記憶力はいい方でね。ちゃんと覚えておいてやるから心配するな。」
 揶揄するブレイズを睨み付けると、プロットは出て行った。
 それを見送った後、ミトス達に視線を戻すブレイズ。
「あの人、僕達を殺そうとしたの?」
「さあな。あいつの考えている事は俺には分からねえよ。」
「助けてくれて有難う。」
「え?…い、いや…」
 封印の間での事があったにも拘わらず、自分に対して全く敵意を持つことなく素直に礼を言ってきたミトスに、ブレイズは戸惑いを覚えた。
 だがそれだけではなかった。ミトスは更に彼を驚かす事を言い出したのである。
「…で、あのさ…さっきの件なんだけど。」
「さっきの件?」
「ほら、僕達を逃がしてくれるって言う……あの約束ってまだ生きているのかな?」
「!!」

 俺にはこいつらの事も分からねえ…。
 あの封印の間での事で人間不信にならなかったのか?
 俺だってこの研究所の人間なんだ。ちっとは疑っても良さそうなもんだが…。

 もちろん当初の予定通りであれば逃がす事になるのだが、問題はクラトスの意思であった。あの封印の間での彼の様子を見る限り、もしかしたら決意を翻した可能性もある。
 以前の軟禁状態からの救出であれば自分一人でも出来た。だがこの牢からの救出となると、セキュリティーシステムの解除が必須となってくる。それはクラトスにしか出来ない事なのであった。

 やっぱり直接あいつに確認するしか手はないか…

 ブレイズは早々にそう決断を下すと、ミトス達に少しだけ待つように言い置き、走り出したのだった。




 部屋を出たクラトスは、疲れ切った足取りでアマンダの元へ向かっていた。
 我ながら子供じみた事をしてしまったと思う。あれではまるで八つ当たりではないか。
 マーテルに罪はない。
 あのカプセルを見て彼等が示した反応が自分の考えていたものと違ったからと言って責めるのは、彼等にとって理不尽以外のなにものでもないだろう。それは我儘というものだ。分かっている…分かってはいるがどうしても抑える事が出来ず、つい棘のある言い方をしてしまった。
 扉を閉じるときに見たマーテルのなんとも言えない表情が頭から離れない。彼女は何を思ったのだろうか…。
 だがあの苛々は彼女に対して抱いた感情ではない。私は自分自身に怒っていたのだ。どんな状況に置かれても決して揺るぐ事のない彼女に比べて、少々の事で簡単に挫けてしまう私のなんと弱い事か…。
 今でも彼女を助けたいとの思いに変わりはない。だが彼女が入れられた部屋のセキュリティーは厳重過ぎて、自分でもそう簡単には破る事が出来ない。細工が必要であり、それには少々時間がいるだろう。ならばその前にミトス達だけでも…。

 そんな事を考えながら歩いていたクラトスは、ハッとして足を止めた。余程考えに入り込んでいたのだろう。気が付けばもうアマンダの部屋の前を通り過ぎており、その先の曲がり角まで来てしまっていたのである。
 クラトスは全く気付かなかった自分に苦笑を浮かべると、頭を振りながら後戻りをして、中へと入るべく扉に手をかけたのだった。
 と、その時である。

『クラトスに話すだなんて、止めて下さい!』
「どうしてだね?あいつにも知る権利がある。それにもう隠しておくには限界なのだ。」

 突然耳に飛び込んできた言い争うような声に、クラトスは思わず手を止めた。その声はもちろんアマンダとファルスのものであった。二人がこんなにも激しく言い合う事など珍しい。しかもその内容はどうやら自分に関するもののようで、クラトスは首を傾げると、開きかけた扉の隙間からこっそりと中を覗き見たのだった。

「どちらにせよ、近い内にあいつは真実を知ってしまう事になるだろう。全てが終わってから知るのと、今私の口から知らされるのと、どちらが負う傷が軽くて済むか、よく考えればお前にも分かる筈だ。」
『それは…』
「今まで私はお前との約束通り、ずっと沈黙を守って来た。今回だってそうだ。あいつがあのハーフエルフ達を逃がそうとしている事を知っても、真実を告げる事なく、なんとかあいつに奴等も他のハーフエルフ達となんら変わらない事を分からせ思い止まらせようとした。それにも拘らずあいつはまだ迷っているようで、あのままだと奴等を逃がしかねん。そんな事をされてみろ。全てが水の泡だ。奴等が今までのようなただの研究材料ならそれでもいいだろう。だが、今回は違う。あの女は、ようやく見付ける事が出来たお前の第二の肉体…これが最後のチャンスなのだ。あの女を逃がしてしまったら、今度こそお前は本当にこの世から消えてしまう。だから私はあいつに真実を告げる事にしたのだ。」


(!!…最後のチャンス?この世から消える?…何を言っているのだ?)

 愕然とするクラトス。ノブを持つ手が震えて来る。


『例えそれで消えてしまったとしても、それが私の運命なのでしょう。そもそも私は15年前のあの日にもう死んでいるのです。それなのに本当ならクラトスの成長を見守る事など叶わなかった筈の私が、15年もの間こうして見守って来れた。それだけでもう十分。だからこれ以上……!!…クラトス!?』
 そこまで来てようやく入口に立ち尽くしているクラトスに気付いたアマンダは、ハッとして声を上げた。ファルスも振り返り目を見開く。
「クラトス!?…聞いていたのか?」
 ファルスはゆっくりと戸口に歩み寄ると、呆然としているクラトスを中に入れ扉を閉めた。
「…今…アマンダが消えると言っていましたよね。あれはどう言う意味です!?」
「……その通りの意味だ。」
「それじゃあ分からない!一体どうして?」
『クラトス、落ち着きなさい。これはずっと前から分かっていた事でした。でもあなたには黙っているよう私がファルスに頼んだのです。』
 ファルスに掴みかからんばかりの勢いであったクラトスは、その声にハッとしてアマンダの映像を見上げた。
「…前から…分かっていた?」
 茫然とアマンダとファルスの顔を見比べるクラトス。
 そんな混乱した様子のクラトスに、ファルスは溜息をつくと、アマンダに代わり説明を始めた。
「アマンダの意識を移したのがエクスフィアの原型にあたるものである事はすでにお前も知っておろう。」
 ファルスに視線を移し頷くクラトス。
「それがあの生き残りのハーフエルフの一人、ランスの体で作られたものである事も?」
「…はい。薄々感づいておりました。」
「そうか。さぞ私の事を残酷な男だと思っただろうな。今更弁解するつもりはないが、それも仕方のない事だったのだ。幻の石の研究はもともと私が進めていたもので、石自体はプロットが来る以前からこの研究所に存在していた。だからあの15年前の夜、瀕死のアマンダを見付けた私は咄嗟に彼女の意識だけを近くにあったその石に移した訳だが、しかし当時の石は寄生させる体に動物を使っており、その強度は非常に脆く壊れやすいものだった。このままではそう長くは持たないだろうと考えた私は、そこで、ランス達の体でそれに代わる石を作り出す事を思い付いたのだ。石は2年後に無事完成した。人の体で作られただけあってその石は以前に比べて強度も数倍に跳ね上がっており、これなら大丈夫だと判断した私は、早速それにアマンダの意識を移し替えた。それで終わる筈だった。もう二度と人体は使うまいと決意もしていたのだ。だがその数年後、思わぬ事態が起きてしまった……石がアマンダの意識を取り込み始めたのだ。」
「!!」
「それでも今まではアマンダ自身の精神力でそれを抑えてきた。だがそれも限界に近付いている。このまま行けば一年もしない内に彼女は完全に石に取り込まれてしまうだろう。」
「……もし取り込まれてしまったら、アマンダはどうなるのです?」
 その答えはクラトスにも分かっていた。だが、聞かずにはいられなかったのだ。いや、心の奥底で、もしかしたらと言う希望を抱いていたのかもしれない。
 だがファルスの答えはそんなクラトスの儚い希望を瞬時に打ち砕いてしまった。
「それはお前にも分かっている筈だ。完全に石と同化してしまえば、彼女は消えてしまう事になる。」
「あ……」
 クラトスは全身の力が抜けていくのを感じた。
「分かっただろう?もう私達には時間が残されていないのだ。アマンダを救う道は一つしか残されていない。あのハーフエルフに犠牲になってもらうしかないのだよ。」
「……」
「それでも裏切ると言うのなら、私はお前を容赦なく殺す。だが、そんな事をする必要はないと私は信じている。アマンダを救いたいと言う思いはお前も私と変わらない筈だからな。」
 ファルスは最後にそう言うと、立ち尽くしているクラトスを残し部屋から出て行ったのだった。

『黙っていてごめんなさい。あなたを傷付けたくなかったの。』
 ファルスの姿が扉の向こうへ消えると、アマンダが口を開いた。
『でもね、クラトス。ファルスはああ言ったけれど、あなたは自分がやりたいようにすればいい。あのハーフエルフのお嬢さんはあなたにとって大切な友人なのでしょう?ならば助けてあげなければいけないわ。私の事は気にしなくていいのよ。さっきも言ったように、私はもう死んだ人間なんですもの。だから、今生きている彼女の方を救うべきだわ。』

「私にそれを望むのかっ!!」

『クラトス?』
 堪りかねたように大声をあげたクラトスを、アマンダは驚いて見つめた。
「あなたにも私の気持ちは分かっている筈だ。子供の頃から私がどんな思いであなたを見てきたのかを。長い間私が何だけを願って生きてきたのかを。それなのにあなたは…」
 ゆっくりと戸口に向かって歩き始めるクラトス。そして扉の前まで来ると、今にも泣き出しそうに顔を歪めこう言ったのだった。
「……あなたは酷い人だ。」

『!!…待ってちょうだい、クラトス!』
 だが、もうクラトスは立ち止まる事はなかった。扉を開くとそのまま振り返る事なく走り出て行ってしまったのである。


「これはまた、大変な事になっちまったものだな。」
 クラトスの後を追う事も出来ず、しばらく茫然としてたアマンダは、聞こえてきたその声にハッと我に返った。
 声の主はグランであった。彼はファルスがやって来た事で、出るに出られなくなってしまい、ずっとアマンダの姿を投映している装置の陰に身を潜めていたのである。
「それでどうする気だね?あの調子では恐らくクラトスはマーテルを助けたりはしないだろう。」
『そうでしょうね…。クラトスを守りたいと思いながら、私はまた一つクラトスの重荷を増やしてしまった。結局私はどこまで行ってもあの子を苦しめる事しか出来ないのかもしれない…。」
「……」
『でも…それでも私はあのハーフエルフのお嬢さんを助けたいと思います。例えこれがあの子にとって酷な選択になろうとも、これ以上クラトスやファルスに罪を重ねさせない為にはそうしなくてはならない…。協力して下さいますか?』
「おいおい、私にクラトスの代わりをやれというのかね?私だってお前に生きていて欲しいと思っている一人なんだがな。」
『残酷なお願いだとは思います。でも他に頼める人がいないのです。ですから…』
 グランはアマンダの言葉を手を上げて遮った。
「いいんだ。お前の気持ちは分かってるよ。それにこれは私がやらなければいけない事なのかもしれん。今までお前だけに重荷を背負わせて済まなかったな。」
『いいえ。帰ってきてくれただけでもういいのです。これで私がいなくなった後もクラトスを見守っていってくれる人がまた一人出来たのですから。』
「お前に比べてちょっと頼りないがな。」
 照れたように笑うグラン。
「しかしどうするんだ?私は研究所の人間ではない。セキュリティーに引っ掛からずにこの部屋まで来れたのは奇跡だとお前も言っていたではないか。内部の構造もよく分かっていないし、動き回るには無理がある。」
『お嬢さんの事とセキュリティーの解除は私の方でなんとかします。ですからそちらは残りの二人の方をお願いします。最短距離の道順は教えますので。』
「分かった…だが、お前にセキュリティーの解除なんて出来るのか?」
『この装置はメインコンピューターに繋がっています。ですから実体のない今の私なら、姿を見られる事なくメインコンピューターに入り込む事も可能な筈。』
「筈…か?」
『ええ。だってやった事がないんですもの。うまくいかなかったらまた別の方法を考えればいい事ですし。』
 ペロリと舌を出してそう言うアマンダを、グランは驚いたように眺めやった。
「変わったな、お前…何と言うか、随分と大胆になった。」
『20年も経てば変わりますよ。あなただって随分と変わりましたもの。最初見た時に分からなかったぐらいですから。』
「そうか…。だが本当にいいのか?これを実行したら、クラトスはお前を恨むだろう。それでもお前は…」
『そうかもしれない。でも、あの子ならきっといつかは分かってくれる筈。そう信じて、もう迷わないと決めたのです。これが私があの子に出来る最後の事ですから。』
「……お前は、もうすっかりあいつの母親だな。」
 グランのその言葉に、アマンダは照れ臭そうに、しかし心底幸せそうに、深い笑みを浮かべたのだった。




 クラトスはふらふらと自室に戻ってきた。全身が酷くだるい。頭の中は真っ白で、もう何をする気力もなくなっていた。監視の為に廊下に置かれていた警備兵の姿は消えている。どうやらファルスはもうクラトスが裏切る事はないだろうと判断したようだ。クラトスはドアを開けると、よろけるように中へと入って行った。
 大きな姿見の前に立ち、そこに映っている自分の姿をじっと見詰める。

 ここに写っている男は何者だ?
 お前はどうしてここいる?

 マーテルを助けると決めた時自分は、これはただアマンダが肉体を得る日が先に延びただけだと考えていた。代わりの体はまた探せばいい。いや、もしかしたらいつかは誰も犠牲にする事なく彼女を助ける方法が見つかるかもしれないではないか。それまではアマンダに悲しい思いをさせるかもしれないが、それでも彼女はこの先もずっと自分の前で微笑み続けていてくれる…そう思っていた。
 だが、違っていた。彼女はもうすぐいなくなってしまう。そもそも永遠なんて事はあり得なかったのだ。もっと早くそれに気づくべきだった。

 私はこれまでずっとアマンダの為だけに生きてきた。
 いつかは肉体のある彼女をこの手で抱きしめる事が出来る。幼い頃に当たり前のように感じていたあの優しいぬくもりを再びこの身に感じられる日がきっと来る。その日まで彼女は自分が守らなければならない。
 だから必死に強くなろうと努力した。そして実際に彼女を守るだけの強さを身に付けたと思っていた。

「とんでもない!!」

 鏡に拳を叩きつけるクラトス。
 鏡はガシャンという大きな音と共にひび割れ、そこに映る彼の姿も歪んだ。

 そう、ここに映っている男こそが私なのだ。
 一人で生きて行くと言っておきながら、実際は何一つ一人では出来ない哀れな男。命をかけて守ると誓った女性を救う事すら出来ない。
 私は何者だ?
 何故ここに存在している?
 あんなにも心優しい天使のような女性が消えて行こうとしているのに、何故私なんかが生き続けているのだ!?
 本当に消えるべきは私の方なのに…。

「私は!…私は!…私はっ!!」
 拳が傷つくのも構わずに鏡を叩き続けるクラトス。
「私は何故生きているのだ!!」

 と、その時だった。一瞬部屋の電気が消えたかと思ったら、俄かに廊下が騒がしくなったのである。
「!?」
 クラトスは訝しげに廊下へ出ると、通りかかった兵士を呼びとめ尋ねた。
「一体何事だ!?」
「あ、クラトス様。それが突然メインコンピューターがダウンしたんですよ。でも不思議な事に落ちたのはセキュリティープログラムだけでしてね。管理室の者の話では侵入者はなかったと言うし、私にも何が起きたのかさっぱり…。しかもこの混乱に乗じてか、あのハーフエルフの女が部屋を抜け出し姿をくらましたそうなんですよ。それで現在総出で探索中なのですが未だ見つからず…。」
「セキュリティーシステムがダウンした?…まさか…」

 誰にも姿を見られずにそんな事が出来る人物など一人しかいない…。

 クラトスは目を丸くしている兵士をその場に残し走り出した。

 そう考えたのはファルスも同じだったようで、クラトスがアマンダの部屋に辿り着いた時、もうファルスはアマンダを詰問している最中であった。
「やはりお前の仕業だったのだな。何故こんな事をしたのだ!?おかげであの女が逃げ出してしまったのだぞ。まさかそれもお前がやったのではあるまいな?」
『……』
「!!そうなのか?…そうだな。如何に部屋を抜け出したとは言え、これだけの時間探し回る兵士達の目を躱し続けるなど、誰かの協力なしではあり得んからな…。何故だ!?何故お前が私の邪魔をするのだ!」
『ファルス…あなたは変わってしまった。私はそんなあなたを見ているのが辛いのです。私は体を得たいだなんて望んでいない。それを何故分かって下さらないのです。お願いですからもうこんな事は止めて下さい。これ以上罪のない人の命を奪わないで。』
「分かっていないのはお前の方だ!…私にとってこの研究所が大きくなろうが、そんな事はどうでもよかった。私はただお前を元の姿に戻す事だけを願って今までやって来たのだ。その為に国王に媚び、やりたくもない兵器の開発にも手を染めた。クラトスを巻き込み、あいつが苦しんでいるのを知っていながら追い込み続けて来たのも、全てお前を元に戻したいが為だった。そうやってお前を元に戻した暁には、私は研究所の事はプロットに任せ、何処かの小さな家に移り、また昔のようにお前とクラトスと三人で静かに生活を送っていこうと考えていたのだ。……それなのにお前は事あるごとに私の邪魔ばかりしおって!そんなに私が憎いのか!あの惨劇の夜、私が留守にしなければお前はそんな姿になる事はなかっただろう。だから私を恨んでいるのか!?」
『!!…ファルス!それは違うわ。私はただ…』
「だがな、私は諦めんぞ。お前がどれだけ邪魔をしようとも、必ずお前に再び体を与えてみせる。」
 ファルスはぎらぎらとした目でアマンダを見詰めると、踵を返し出口へと向かったのだった。

 その一部始終を入口で聞いていたクラトスは、ファルスがこちらに来るのを見て咄嗟に扉の陰に身を隠した。ファルスは怒り狂ったように床を踏み鳴らしながら出てくると、そのままクラトスには気付かずに角の向こうへと姿を消した。

『違うのよ、ファルス…』

 聞こえてきた声に、アマンダの方へ目をやるクラトス。アマンダはクラトスが入口に立っている事にも気付かずに、今はもう立ち去ってしまったファルスに向かって呟き続けていた。

『私はあなたを恨んでなんていない。私はただ昔のあなたに戻って欲しかっただけなのよ。そしてあなたの優しい微笑みを見ながら消えて行きたかった…』

(!?)

 その時クラトスはアマンダの目から光が零れ落ちるのを目にした。光は幾筋もの輝く軌跡を残しながら床に落ちては消えて行く。それは今は映像に過ぎない彼女が流せる筈のないものであり、単に別の何かが窓から差し込む光に反射しただけなのかもしれない。だがそれはクラトスの目には確かに彼女の流した涙として映ったのだった。

『何故こんな事になってしまったの?私はただ愛し続けていたかっただけなのに…ただそれだけを願っていたのに…』

「……」
 悲しげに呟き続けるアマンダの声を聞きながら、クラトスはギュッと拳を握りしめた。そしてやがて何かを決意したかのように顔を上げると走り出したのだった。



 その頃ブレイズは、クラトスを探し回っていた。
 あれから時間も経っている事でもあり、恐らくはもうマーテルの護送は終わっただろうと踏んだ彼は、ミトス達と別れてすぐに、まずは部屋の方へと行ってみたのだった。しかし予想に反してそこにクラトスの姿はなく…
「くっそ。一体どこをふらふらしているんだ、あいつ。まだマーテルのところにいるだとか?…しかし行ってみようにも、俺にはマーテルがどこに連れて行かれたのか分からねえ。」
 そうこうしている内に、突然辺りが騒がしくなった。すれ違う兵士達の会話に耳をそばだててみれば、どうやらメインコンピューターに異常が発生したようである。一瞬クラトスがやったのかと思ったが、話からするとそうでもないようであった。
「ちっ…一体どうなっているんだ。」
 すると、そんなブレイズの肩を叩いてきた者がいる。振り返ってみるとそこには…
「グラン!?どうしてあんたがここにいるんだよ!」
「丁度よかった。ミトス君達を助けに行こうとしているんだが、どうやら道に迷っちまったみたいでな。」
「あいつ等を助けに?じゃあ、この騒ぎはあんたが?」
「いや、これはアマンダだ。彼女がセキュリティーシステムを解除したのだ。」
「!!…あんた、アマンダに会ったのか!?彼女がセキュリティーを解除したって?それって一体…」
「話は後だ。混乱状態の今こそが彼らを逃がすチャンス。そうだろう?だからこの騒ぎが収まらない内に牢までの案内してくれないか。」
「あ、ああ…分かった。牢はこっちだ。」
 訳が分からなかったが、取り敢えず先に立って走り出すブレイズ。
「だがミトス達はこれでいいとして、マーテルはどうするんだ?」
「大丈夫だ。彼女の事はアマンダが何とかしてくれる筈だから。」
「へえ、そうか。何だか全く話が見えていないんだが、後できっちり説明してもらうぜ。」
「ああ、もちろんだ。」
 こうしてグランとブレイズは、混乱状態の中、急ぎ足でミトス達がいる牢へと向かったのだった。



 一方マーテルは、どこからか聞こえてくる声に従って館内を移動していた。だがその声も時間が経つに連れ徐々に聞き取りにくくなってきており、今では周りの騒々しさも手伝ってか殆ど聞こえなくなってしまっていた。
 一人だけではこの迷路のような通路を一体どう進んでいけばいいのか見当もつかない。現在自分がどこにいるのかさえ分からず、途方に暮れてしまうマーテル。
 すると向こうの方から兵士達がやって来るのが見えた。マーテルは慌てて近くの角に入ったのだが、運悪くそこは袋小路であった。

(このままでは見つかってしまう。どこか…どこか隠れるところは?)

 もうマーテルはパニック状態に陥っていた。どうしよう、どうしようと気ばかりが焦って、体が動いてくれない。
 と、その時であった。誰かが駆け込んできたかと思うが否や、マーテルは腕を掴まれ、そのまま傍にある掃除用具が入っているロッカーの中へと押し込まれたのであった。暗闇の中、訳が分からず身を強張らせる彼女の耳に、外での会話が聞こえてくる。
「あれ、クラトス様?…こ、これは失礼いたしました。」
「話は聞いている。例の女が逃げ出したそうだな。」
「ええ、そうなんです。それで色々と探し回っている訳でして…。そうしたらなにやらこちらに人影が見えたような気がしたものですから、もしやと思い来てみたのですが、どうやらあなた様だったようですね。」
「それは煩わせて済まなかったな。それで捜索の方は?未だ収穫はなしか?」
「はい。ですが何分内部の事情には暗い捕虜の事。そう簡単に逃げ出せよう筈もありませんし、恐らくはまだ建物内にいるものかと…。」
「うむ、そうだな。…では、手分けして当たるとしよう。私はこちらの方を探すから、お前達は向こうを頼む。」
「はっ!分かりました!」
 駆け去って行く兵士達の足音が聞こえ、しばらくしてロッカーの扉が開かれた。
 眩しさに目を瞬きながら外へ出てきたマーテルは、信じられないといった表情を浮かべクラトスを見た。
「どうして…あなたが?」
 確かにマーテルは彼に助けに来て欲しいと思っていた。だがそれはどう考えても虫がいい話であり、あんな別れ方をした以上、もう来てはくれないだろうと諦めていたのだ。
「これって、夢じゃないわよね?あなたは本当にクラトスさんなのよね?」
「何、訳のわからない事を言っているのだ。とっとと行くぞ。助かりたいのだろう?ならば黙ってついてこい。」
 マーテルの腕を掴み先に立つクラトス。マーテルはそんな彼に引きずられる様にして、未だ夢心地のまま歩き出したのだった。

 二人は探索の兵士達を避けながら慎重に複雑な通路を進んで行った。やがて兵本部とファルス邸を繋いでいる渡り廊下までやってくると、そこにはブレイズが立っており、クラトスは彼と一言二言言葉を交わした後、小さな庭の向こうに停まっている馬車を指さしながらマーテルに言った。
「あれにスティルという少年が乗っている。彼がうまく外へ逃がしてくれるだろう。彼には全ての事情を説明してあるから心配はいらない。」
「でも…ミトスとユアンは?」
「大丈夫だ。彼らもすでに乗り込んでいる。ブレイズが手筈通りに動いてくれたからな。」
「本当に?…有難う!」
「礼など必要ない。私は彼女がそう望んだからやったまでの事。」
「彼女?…それってもしかしてあの声の人かしら?」
「声?」
「ええ。あの部屋からずっと女の人の声が私を導いてくれたの。」
「……そうか。」
「ねえ、あの声の人って一体…」
「もうお前には関係のない事だ。知る必要はない。」
「……」
「それより人が来ない内に早く行け。彼女の好意を無にするな。」
「…ええ、そうね。それじゃあ、あなたからその女の人に伝えておいてくれる?私が感謝していたと。」
 頷いて見せるクラトス。
 そんなクラトスに頭を下げると、マーテルは馬車に向かって歩きだしたのだが、二、三歩行ったところでまた戻って来た。そして不思議そうな顔をしているクラトスの右手を取ると目を閉じ短い呪文を唱えた。クラトスの右手は温かな光に包まれ、先程鏡の破片で傷ついた傷が塞がって行く。
「!!」
「…これでいいわ。さっきから気になっていたの。剣士にとって右手は命でしょう。大切にしなくては駄目よ。」
「……馬鹿か、お前は。私はお前を殺そうとした男だぞ。そんな男の傷を治してどうするのだ。」
「でもあなたは私を助けてくれたわ。だからこれはほんのお礼。」
 にっこりと笑ってそう言うマーテルを、クラトスは驚いたように見詰めていたが、やがて目を伏せると言った。
「…ここを出たら、すぐにこの国を出るのだ。メインコンピューターにあったお前のデータは消えていたが、それでもこの国にいれば、必ずや見つけ出され、再び囚われの身になってしまうだろう。だから追っ手の手が届かぬよう出来るだけ遠くに逃げるのだ。分かったな?」
「ええ、分かったわ。なるべく早くにこの国を出て行く事にする。有難う、クラトスさん…さようなら。」
 今一度頭を深々と下げ、馬車へと乗り込むマーテル。
 そして馬車はそのまま走り去って行った。

「これでよかったんだよな?クラトス。」
「ああ。」
 ブレイズに頷いて見せ、歩き出すクラトス。

 そう、これでいい。アマンダがこうする事を望んだのだ。
 だが、これが最後だ。
 もしまた再びあのハーフエルフ達が自分の前に現れたなら、その時は私は迷わず敵に回るだろう。
 例えそれがアマンダの意思に背くことになろうとも、今度は自分の願いを叶える為に私は動く…。

 もちろん、彼等はこの国を出てしまうのだから、そんな事は起こり得ない。そして彼自身、そんな事はしたくないと願っていた。
 だがクラトスは何故か近い内にそれが現実のものとなるような、そんな妙な胸騒ぎがしてらなかったのである。

 と、突然、クラトスは激しい眩暈に襲われ、咄嗟に柱に手をつき傾く体を支えようとした。しかし支えきれずに、ずるずるとその場に蹲ってしまう。それでも傾き続ける体。ブレイズが自分を呼んでいる声が何故かひどく遠い。このまま地面に倒れこむと思った瞬間、クラトスの目にひらひらと揺らいでいる青い光が映った。だが、その正体が何かを確認する間もなく、クラトスの意識は闇へと沈んで行ったのだった。



 その夜の事であった。
 プロットは自室にて苛々と煙草を燻らせていた。
 まんまとあのハーフエルフ達に逃げられてしまった。あと一歩だったのだ。あと一歩で名声をこの手に出来る筈だった。

 あの女が邪魔さえしなければ…。

 メインコンピューターに誤作動を起こさせたのがアマンダである事はファルスから聞いた。それはプロットにとってまさに青天の霹靂たる事であった。
 あのハーフエルフ達を逃がせば自分が消えてしまうと知っていながら、何故アマンダは敢えてそれをしたのか…全く理解に苦しむ。馬鹿な女としか言いようがない。
 しかもアマンダはコンピューターからマーテルのデータまで消し去っている。その所為でもうマーテルが持つマナから足取りを追う事さえ不可能になってしまった。

「これで全てがおじゃんだ!」
 プロットは煙草を灰皿にこれでもかというくらいに押しつけながら叫んだ。それでもまだ怒りがおさまらないのか、今度はその灰皿ごと壁に叩きつける。
 と、その時である。

“あのハーフエルフ達の居所が知りたいか?”

「!!…だ、誰だ!?」
 突然聞こえてきたその声にギクリとしてキョロキョロと見回すプロット。するとそこへ、クラトスと同じ鳶色の髪をした青年が姿を現したのだった。
 ここは研究所の中でも最奥近くに位置する部屋。如何にセキュリティシステムがまだ復旧されていない状態だとはいえ、多くの兵士達が警備に立っているのだ。その全てを掻い潜りここまで来るなど、どう考えても不可能な筈。

 それなのになぜこの男はここにいる?
 どうやって入って来たというのだ?

 プロットは背筋が寒くなるのを覚え、思わずその身を震わせた。
「一体お前は…」

 男はそんなプロットの様子をしばらくの間面白そうに眺めていたが、やがてニヤリと不気味な笑いを浮かべるとこう言ったのだった。

「私か?私はこの世に闇をもたらす者…人は皆、悪魔と呼ぶがな。」


−アマンダ 終−