プロローグ
満天の星空を見上げ、小さな男の子が歓声を上げた。
「うわ〜、きれいだね。あっちも、こっちも、キラキラが一杯だよ!」
男の子は、落ちていた小枝を拾って、それを空に向けて動かした。
「あれえ、届かないや。こうすればキラキラをひとつ取れると思ったのにな。もっと大きくなったら届くようになるのかな?」
「そうね。もしかしたら出来るかもね。」
男の子の傍らに立つ女性は、優しく微笑み男の子を見た。
「だったら、僕、頑張って大きくなるね。そして、アマンダにあのお星さまをあげるよ。」
「フフフ。楽しみにしてるわね。それにはまず好き嫌いを無くさないとね。トマトもちゃんと食べなきゃ大きくなれないわよ。」
「ちぇ〜、アマンダったら意地悪なんだから!」
男の子はプーっと膨れて見せると、なんとか星を捕まえようとピョンピョンと跳ね始めた。
「ほら、クラトス、見て。」
傍らの女性 ―― アマンダは、そう言って手を挙げた。その掌が星と重なったところでギュッと握ってみせる。
男の子 ―― クラトスには、その仕草がまるで星を掴んだように見えたのだった。
「あっ、ずるい!僕も僕も!!」
アマンダはクラトスを抱き上げてやる。
クラトスは小さな手を目一杯伸ばし、開いたり閉じたりしながらキャッキャッと笑い声を上げた。
「ねえ、アマンダ。僕の父さまはお星さまになったんでしょう。」
「ええ、そうよ。お星さまは、私たちには見えないけど昼間もちゃんとお空にいるのよ。だから、いつだってクラトスの事を見て下さってるわ。]
「だったら、僕が大きくなったら父さまを捕まえられるよね。そうしたら一緒に暮らせる?」
「……そうね、そうなったらいいわね。」
「母さまは?」
「クラトスのお母様は、遠い所にお仕事に行っているのよ。」
「お仕事が終わったら戻ってくるんだよね。そしたら友達のウチみたいに、僕も父さまや母さまと暮らせるんだ。そうでしょ?」
「クラトス……」
アマンダはクラトスの小さな体を抱きしめた。クラトスは、キャーと嬉しそうに笑っている。
クラトスの父ブレイヴは、天才剣士と謳われた王国の兵士だった。数々の戦功を立てて、低い身分にもかかわらず騎士隊長にまで上り詰めた男であったが、先だっての大きな戦で行方知れずになってしまった。軍から戦死の報告が来たのは、クラトスが生まれて間もない頃だった。
母親のサラも、やむを得ない事情で、まだ赤子のクラトスを置いて姿を消した。
その為、ブレイヴの妹でクラトスにとっては叔母にあたるアマンダが、孤児となったクラトスを引き取り母親代わりとして育てているのだった。
まだ、クラトスには真実を知らせてはいない。だが、いつかは本当の事を知る時がくるだろう。そうしたら、クラトスはどうなってしまうのだろう。これ程までに、いつかは会えると信じている両親が、もう彼の前に現れる事はないのだと知ったら…。
明るく振る舞いながらも友達が両親と一緒にいるのを見て、クラトスがひどく寂しげな表情を浮かべているのを、アマンダは何度も目にしてきた。なんだかんだ言ってもまだ三歳。母親が恋しい年齢なのである。
「ごめんね、クラトス。今すぐにでもお父様やお母様に会いたいよね。」
クラトスを抱きしめるアマンダの目から、不覚にも涙が零れ落ちた。
「アマンダ、泣かないで。」
クラトスはそんなアマンダを見て、小さな手を伸ばすとそっと涙を拭いてあげる。
「僕は平気だよ。父さまや母さまがそばにいないのは寂しいけどさ、でも、僕にはアマンダがいるもん。アマンダがいれば僕は大丈夫だよ。早く大きくなって僕がアマンダを守ってあげるよ。だから泣かないで。」
この子は何て優しい子に育ってくれたのだろう。
出来る事なら、この真っ直ぐな心のまま大人になってもらいたい。
両親の事がこの子の心に暗い影を落とさなければいいのだけれど…。
「クラトス。これをあげるわ。」
アマンダは小さなお守り袋をクラトスの手に握らせた。
これはサラが旅立つ時に、いつかクラトスに渡してほしいと預かったものだった。
「これなあに?」
クラトスはお守り袋を開けて中を覗いてみる。
「うわ〜!きれいな石だね。いろんな色にキラキラしてるよ。お星さまみたいだ。」
「お守りよ。これを持っていればいつだってお母様が一緒にいて下さるわ。」
「母さまが?本当に?」
「ええ。クラトスが良い子でいれば、必ずあなたを守ってくれるでしょう。」
「うん。僕、良い子でいるよ。約束する!!」
クラトスは嬉しげに石を透かして何度も何度も眺めていた。
あれを渡すのはもっとずっと先の事だと思っていた。クラトスに両親の事を話して、その時にと…。
でも、今でよかったのかもしれない。
あの石からは何か不思議な力を感じられる。
その力が、きっと、数奇な運命を背負って生まれてきたあの子を守っていってくれるだろう。
私にもしもの事があった時にも、きっとあの子を導いて行ってくれるに違いない。
もしもの時…アマンダの頭にふと過ったその不安は、このすぐ後に現実のものとなってしまう。
もちろん今のアマンダにそれが分かる筈もなかった。
後から思えば、これは彼女が、これから訪れるであろう自分の運命を予感しての事だったのかもしれない。
アマンダは、飽きもせず石を眺め続けているクラトスに向かってそっと呟いたのだった。
「強く生きて。その石の輝きのように気高く真っ直ぐに。それが私の願い。クラトス…愛してるわ。これからもずっと…」
−プロローグ 終−