16.クラトスの離脱
アンナが去った後、クラトスは木に背を預け、一人ぼんやりと村の様子を眺めていた。
彼方此方に疲れ切った兵士たちが横たわっており怪我の手当てを受けている。戦死者の亡骸は一か所に集められ、近く合同葬が執り行われると聞いた。多くの建物は魔物によって破壊され、村は廃墟同然に荒れ果ててしまった。そしてあの時の恐怖は村人達の心の中にも大きな傷となって残ってしまうだろう。
だが、人はどんな苦難をも乗り越えて行ける強さを持っている事を、クラトスは知っていた。エビルの標的である自分達がこの村を去れば、恐らくエビルはもう襲ってくる事はないだろう。時間はかかるかもしれないが、人々は村の再建を立派にやり遂げるに違いないとクラトスは思っていた。
それにしても、エビルの意図が読めない。この村を襲撃しても奴には何の益もないはずだ。聖剣の完成を阻止するために、神を呼び出せる存在である長老達の抹殺を狙ったのだろうか。それとも単なる脅しだったのか。あるいは…
「クラト〜ス!!」
自分を呼ぶ声にクラトスの思考は中断された。顔を上げると、ロイドがこちらに走ってくるのが見えた。
ロイドはクラトスの所まで来ると、口をとがらせた。
「アンナさんと何かあったのかよ。なんか様子が変だったぜ。」
「彼女は私がダイナス殿を探しに行く事を拒んだのが面白くないらしい。」
「その事なら屋敷に入ってくるなり長老達にも訴えてたな。」
「長老方は何と?」
「さあ?意見が割れていたのは確かだな。」
「そうか……それより、ストレイの具合はどうだ?」
「治療を終えて休んでる。割と元気そうだったぜ。今は一人で退屈してんじゃないかな。」
「そうか。」
そう言って歩き出すクラトス。ロイドは慌ててマントをつかんで引き戻した。
「って、どこに行くんだよ!」
「ストレイを見舞おうと思ったのだが?」
「何言ってるんだよ。今はあんたの方が大変な状態なんだろ!……左手出せよ。」
ロイドはなかなか出そうとしないクラトスに業を煮やし、無理やり腕をつかむとクラトスをその場に座らせた。
「何をする気だ!?」
「応急処置。」
そう答えながら、ロイドは持ってきた道具を広げ、クラトスの要の紋をまじまじと見た。
「ロイド?」
「親父程の腕はないけどさ、何もしないよりはましだろ?……うん、とりあえずこの辺りの一番傷付いてる所を直しておくか。これなら俺でも何とか出来そうだな。」
早速修復作業を始めるロイド。クラトスは黙ってその手元を見詰めている。
「どうせユアンだってこの件で何処かへ行ってるんだろ?」
「…ああ。…だが、もう間に合わんかもしれんな。」
「何言ってるんだよ!間に合うに決まってるだろ!!あんたは何でも簡単に諦め過ぎなんだよ。」
「……」
「よし、出来た。これで要の紋は大丈夫。でも、帰ってから一応アルテスタさんか親父に見てもらった方がいいかもな。」
「分った。そうするとしよう……それはそうと、ロイド。お前に頼みがあるのだが。」
クラトスはそう言うと、以前叔母のアマンダから貰ったという革袋を取り出してロイドに渡した。
「折を見てこれをアンナに渡してほしい。お守りだと言えば分る筈だ。私から渡しても今の彼女では受け取らんだろうから。あと、これも返しておこう。」
「これは…エターナルソード!?」
「オリジンがそれを聖剣に宿らせてくれていたお陰で私は何度か命を救われた。お前がオリジンを寄こしてくれた事には感謝している。だが、それはお前が持っているべきだ。元の世界へ戻るのに必要になるだろう。私の事ならもう大丈夫だから。」
「でも!!」
「その代わりと言ってはなんだが、今度はそれでアンナを守ってやって欲しいのだ。本当なら、もうこれ以上お前を巻き込みたくはない。だが、これはお前でないと駄目なのだ。この世界で私が唯一信用できる存在であるお前にしか頼めない。」
「なんだよそれ!これじゃあまるで遺言みたいじゃないか!一体何をするつもりなんだよ。」
クラトスは泣きそうになっているロイドに優しく微笑むと、その体を抱きしめた。
「心配するな。私はそう簡単には死ぬつもりはない。お前はさっき私に諦めるなと言っただろう?だから私は足掻いてみようと思ったのだ。もう遅すぎるのかもしれんが、それでも最後の最後まで足掻いてみるつもりだ。生きて再び戻る為に。有難う、ロイド。前にも言ったが、お前は本当に私にとって自慢の息子だ。」
そして体を離して額にキスを落とすと、屋敷の方へと歩き去って行った。
ロイドは呆然とその背中を見送って立ち尽くしていたが、やがて手に持っていた革袋に目をおとすとそれを力強く握り締めたのだった。
アブソーブは二階の一室でこの男にしては珍しく緊張していた。原因は、目の前で自分を真剣な目で見詰めて立っている男にあった。
今までアブソーブは一階の居間で寛いでいたのだが、突然駆け込んできたアンナがダイナスの件を持ちだすや否や状況が一変した。例によって、ああでもない、こうでもないと小難しげに議論を始めた他の長老達に辟易して二階へと逃げ出してきたのだ。そこをこのクラトスに捕まった。
どうもこの男は真面目すぎて行かん。わしとしては勇者様位、くだけた人物の方が肩がこらずに済んで助かるのだが。
「お主の言いたい事は分かった。だが、何故それをわしに?」
「貴方は見掛けに依らず、長老方の中でも頭の切れる方だとお見受けしました。」
「…み、見掛けに依らず…?」
アブソーブはクラトスの言葉に肩を落とした。確かに見掛けはあまり良くない事は自覚してはいるが、こうもストレートに言われるとさすがに応える。
だがクラトスは彼のそんな様子に気付く事なく話を続ける。
「貴方は恐らく長老の中で唯一人真相に気付き始めている…そう感じたから貴方にお願いしようと思ったのです。私はこの世界の人間ではありません。いずれはいなくなる身です。その後の事に関知する事は出来ないしその資格もありません。ですから信頼できる方に託したいのです。」
アブソーブは溜息をついた。
「分かった。その事に関してはわしも気にはなっていたからな。出来る限りの事はやるとしよう。」
「有難うございます。」
クラトスは深々と頭を下げた。
こうしてみると、勇者様がこの男を放っておけない理由が分かるようなきがする。この男はとにかく真面目過ぎるのだ。その為に何を仕出かすか分からない危うさを持っている。
アブソーブは、ユアンがこの男を心配そうに眺めていたのを思い出し苦笑した。
するとそこへ、扉がノックされ、ルフィアが入って来た。クラトスがいた事に一瞬驚きの表情を見せるが、すぐに微笑を浮かべると言った。
「アブソーブ様、光子様からお話があるようなので居間に来て下さい。クラトスさんもこちらにいらしたのですね。ちょうど良かったですわ。貴方も呼びに行く所でしたから。」
居間に下りて行くと、そこにはやはり呼ばれたらしくロイドも来ていた。長老達は難しい顔をしてテーブルに付いている。アンナは長老達の横に立っており、やって来たクラトスをちらりと見るとすぐに視線をそらした。
「クラトス殿。貴方にお聞きしたい事がある。」
中央に座っていたブラストが口火を切った。
「先程からユアン殿の姿が見えんようだが、どちらに行かれたのですかな?」
「ユアンには私達が元の世界に戻る方法を探してもらってます。」
「本当に?実はエビルの元にいるのではないですか?」
「!!どういう事だよ、それは!!」
いきり立つロイドをクラトスが抑えた。ブラストは話を続ける。
「この村が襲われた時にも姿が見えんかった。我々がここに集まる事は誰にも口外していない。それなのに我々がここにいる時を狙ったかのように魔物が現れたのはどうしてですかな?考えられる事は一つだけです。我々の中にエビルに情報を流している者がいる。。そしてあの時この場にいなかったユアン殿が一番怪しいという事になる。あなた方は実はエビルのスパイだったのではありませんか?」
「待って下さい。彼らは別世界の人間であるにも関わらず、私達の世界の為に戦ってくれているのですよ。そんな人達を疑うなんて人の道にはずれた行為ではありませんか!」
サラが即座に異議を唱え、アブソーブもそれに同意した。
「サラ殿の言う通りじゃ。第一クラトス殿は光の神に選ばれた戦士なのじゃぞ。そんな事あるはずがあるまい。」
「でも、私、二人が話しているのを聞いてしまったんです!」
アンナが叫んだ。
「あの時ユアンさんは、クラトスがエビルの元に行くとか、裏切るとか言ってました。それを聞いても私はクラトスを信じようとしました。でも、さっきの戦闘でクラトスがストレイにした事やダイナスさんを平気で見捨てようとしているのを見て、もう信じられなくなってしまった。クラトスお願い、皆も納得できる説明をして!そうでないと私は…」
クラトスは、涙を浮かべているアンナや不審そうに自分を見ている長老達を見回して目を伏せると、腰に差していた聖剣を外しサラへ渡した。
「クラ…トス?」
そんなクラトスを驚いて見つめるアンナ。
「光子様や長老方に疑われている以上、私はこれを持つ資格はありません。そして信頼し合ってない者同士が共に戦う事もできないでしょう。私はここを去ります。」
クラトスはロイドへ目をやった。ロイドは黙って頷き返した。クラトスはそれを見て静かに微笑むと出口へと歩いて行く。
「待って、クラトス!それは私達の嫌疑を認めたという事なの?」
「一つだけ光子様に言っておきます。私の事をどう思おうと構わない。だが、ユアンとロイドは誓ってこの事には関係がない。その証拠にロイドはこの場に留まると言っている。ですからこのロイドだけは信じてもらいたいのです。」
クラトスはそう言ってアンナに頭を下げると今度こそ、その場を後にした。アンナは声もなく呆然と立ち尽くしていた。
「待って下さい!」
クラトスが屋敷を出ると、すぐにその後をサラが追って来た。クラトスは振り返りサラを見詰めた。
「貴方が必要としている物は今ロイドが持っています。近い内にアンナの手へと渡されるでしょう。」
サラはクラトスの言葉に目を見開いた。
「…アンナを宜しくお願い致します。」
クラトスはそう言ってサラに微笑むとそのまま村を後にしたのだった。
こうしてクラトスはある決意を胸に秘め、一人旅立って行った。
その先に待ち受けるものが何なのか分かってはいない。だが、それでもクラトスは自分が選びとった道を信じて突き進むしかなかったのである。
−クラトスの離脱 終−